第129話 慕。
「ぐえっ」
エアの魔法によって、エルフが一人吹き飛んでいく。
小高い丘の様な場所で、時刻は昼過ぎ、私達は少し早いが夜営の訓練の為この場所でのんびりと過ごしていた。
まあ、のんびりとしてるのは私だけで、一緒に街までいくことになっているエルフの里の青年達は私の視線の先でエアと魔法の練習をしている。
「ぐえっ」
エアの魔法によって、エルフがまた一人吹き飛んでいった。
エアと五人は最初のなんだかんだの仲直りも済んで、今ではだいぶ打解けている。
というか、エルフ達がエアの凄さを理解したらしい。
私とエアの訓練を見ていた五人はその技量の高さから、エアが魔法使いとして彼らの師匠以上の腕前だと気付いたのだそうだ。
エアは彼らと普通に会話をしながら、冒険者の心得や、街に行った時の必要最低限の常識、覚えておいた方が良い冒険者のあれこれなどを楽しそうに教えてあげていた。
誰かに教えると言う事はエアにとってもプラスになる事が多いので、今回はエア先生に張り切ってもらっている。……まあ、ちゃんと私も補佐として情報の抜けがある時には降臨していた。ダンジョン都市の道場のやり方を真似しているのである。
今の所、旅の道中はかなり順調で、エアは自分の練習も確りとしつつ、彼らに教える事もそつなく熟していた。
ここまでエアが上手く教える事が出来るとは思ってはいなかったものの、私と精霊達(今日はやってきた)はお茶を嗜みながら、エアの事を褒めちぎり合っている。
こういうのんびりとした一時にやはり幸せをある様に感じる。……はぁぁ~お茶がおいしい。
エアは真剣な表情でエルフ達に魔法を教えていた。
冒険者として三年目になるエアは、ああしているともう完全に先輩冒険者である。
なんと言うのだろうか、雰囲気があるというか?滲み出るオーラみたいな?そう言うのがエアから溢れている気がした。……うんうん。君達もそう思う?わかる。エアは凄い。
ここぞとばかりに、"親ばか"ならぬ"エアばか"な会話のオンパレードを続ける私達であったが、エルフ達が五人吹き飛んで気絶し、エアが彼らを魔法で四人浮かべて一人を背負い戻って来るまで、その幸せなやりとりはずっと続くのであった。
夕方から、夜にかけて、エアは目を覚ました生徒達に夜営の準備の仕方やその他諸々を教え始めた。
どういう場所が夜営に適しているのか、テントを使う場合に気をつけておかないといけない事、使わない場合の夜風の凌ぎ方、ロムをまくらとして使う時はこうした方が良い等々……うむ。最後のは説明しなくて大丈夫だぞ。
途中で、森で採って来た鳥を丸焼きにして一人に一本ずつ渡してあげたり、エアは色々と後輩冒険者達にお世話焼きたいらしい。見ていてほっこりする光景であった。
『あれ、きっと旦那の真似ですぜ』『だねっ、やってることがそっくり!』『全く一緒』『こういうのも似るものなんですね~』
傍で精霊達も感心したように声を出しているが、私はあそこまで誰に対しても世話焼きになれるわけではないと思う。
その点を考慮して貰えれば、エアの方が余程凄いと言う事は明らかなのだ。偉い。
『でたな。旦那の甘やかし』『でたわね』『でた』『でましたね』
……はて、なんのことやら。
さてと、そろそろ私も夜営の手伝いをしに行くとするか。
そうして私達は、七人で小さく焚き木を囲いながら、冒険者の事について語り合って一晩を過ごした。
──それから数日私達は歩き続けて、私達はようやく目的の街の目の前にまで到着した。
現在は、街へと続く人の列に並んでいる所である。
今日は生憎と曇り空でムシムシする気温であった。
雨が近いのかもしれない。後で精霊達にも聞いておく事にしよう。
いつも通りに私達は自分達の周囲を涼しくしているのだが、今日は私達の前後にいる者達もどこか距離が近い様に感じる。
それに、エルフが六人に鬼人族一人と言う、あまり見ない珍しい組み合わせに周囲の好奇な視線も集まってきているようであった。
私とエアは街を歩いている時に、よく似たような視線で見られることがこれまでにもあった為、そこそこ慣れていたが、森から初めて出てきたばかりのエルフの青年達は見られている事に凄く敏感になってしまい、今は周囲をキョロキョロしてとても警戒している。……君達、ダンジョンでも森の中でもそこまで警戒したことなかったのに。
「もっと肩の力を抜いてっ。それだと直ぐに疲れちゃうよ」
「……はい。エアさん」
五人はエアの言葉に頷きを返すと、なんとか肩の力を抜こうと深呼吸した。……やはり素直。
それに、すっかりもうエアとの先生生徒の関係が板について来たのか、そんなやり取りもだいぶ安心してみて居られる。
なにより、エアの笑顔がだいぶ彼らにとって安心感を与えているらしく、彼ら的にもエアの傍だと心なしか表情が柔らかい様に感じた。……え?私の傍だとどうなるのかって?んー、ちょっと何を言っているのか分からないな。
私は精霊達からのそんな厄介な質問をサラッと回避しながら、エア達と一緒に街へと入って行く。
そして、先ず行くべきは宿をとる事。
今回は暫くこの街で滞在する事が予定として決定しているので、全員で宿から確保していこうと思う。
青年達はこの後ギルドへ行って冒険者の登録をし、その際に仕事先を斡旋されるわけだが、仕事先に新人用の宿泊施設ない場合もあるので、ちゃんと宿を確保しておく事が大事だと教えているわけなのだ。
ギルドに行って登録するだけとは言え、混んで予想外に時間がかかり、後からだと宿をとれなくなると言う場合もあるので、これは地味に大事なのである。
「おいおいおい。見ろよ!エルフがいっぱいいるぜ!」
現に、宿をとり終わって、ギルドに入って最初に聞こえてきたのがそんな言葉であった。
なんとも見世物になっている様な気がしないでもないが、まあ今は気にする程のものでも無いと思い、私達は青年達を引き連れて『新人用窓口』へと向かう。
「なあ、あんたらそんだけいっぱいいるんだから、一人くらいこっちに来ないか?ちょうどうちのパーティに魔法使いでまともに使える奴が欲しかった、んだが……あ?全員『白石』かよ」
ただ、場所が変われば人も変わるもので、この街のギルドにいる冒険者は少し荒々しそうだ。
私達に声を掛けて来たのは、まだ若そうな獣人族の男性、それも熊種?だろうか、体格の良さが秀でているようで堂々とした立ち姿だが、あまり誘い方には魅力的な言葉を使えないみたいである。
とりあえずは、この手のお約束はお任せあれと言う事で、青年達には先に窓口へと座っておいてもらい、ここは目をギラギラと輝かせて『ついにこの時が来たか』と満を持して登場する──嬉しそうな笑顔満開の、我らが『エア先生』のご出立であった。
耳長族に用事があると言う事なので、とりあえずは私もエアの隣に並び立ち、その熊種の男性へと『すまないが、断らせて貰う』とだけ答える。
「はぁ?どれも同じ『白石』なら男なんかいるわけねえだろう。女を寄越せよ馬鹿が。──ん?こっちは鬼人族か。だけどまあ良い顔してんじゃねえか。別にお前でもいいぞ」
すると、そんな返事が返って来た。
ふむ。この男の首には『金石』の印が見えるけれど、どうやらこれもまた権力か何かで得たランクだろうか?全く冒険者らしくないし、強そうにも見えない。……"潰し"の人という訳でもなさそうであった。
そして、男はエアの顔を見ると、ニチャリとした笑みを浮かべてエアを引き寄せる為か肩に手を置こうとする。
だが次の瞬間、エアは指を一本だけ立てたまま、男の手のひらのド真ん中を下からズボッと指で突き刺した。
「……はっ?……ぐああああああああ!」
エアの細い指は下から手のひらに突き刺さり、男の手の甲まで指先は貫通している。
男はその一瞬で何が起こったのか咄嗟に判断できず、数秒眺めてから痛みを感じ、ギルド中に響くような悲鳴をあげた。
「ゴホン。んー、んー、こほん──てめえ、誰に向かって声かけてんだ?」
そしてエアは、そんな男に向かって若干顎をあげてから、ツンと澄ました様な雰囲気と表情を作りだすと、かつて私の時代では絶対に毎日耳にしていた挨拶を口にする。
その冒険者用語を翻訳すれば、『何か御用ですか?』と言う意味であった。
まあ、もっと厳密に言うと、この場合はしつこい男性冒険者を丁寧にあしらう女性冒険者バージョンの冒険者用語の応用でもあるので、『止めてください。触らないでください。殴りますよ』と言う意味のダブルミーニングでもあった。……流石はエアである。勉強熱心なので最初からこんな高等文法を巧みに使いこなすとは、恐れ入った。
「て、てめえ、俺にこんな事してただで済むと思ってんのかッ」
おおっ!?だが、それに対して若そうに見えた彼からも冒険者用語が返ってくる。……もしや彼、出来るタイプだとでも言うのか。まさか意外と勉強家?
……因みに、それを翻訳すると、一般的には『少しお話したいことがあるんですけど』となり、男女編では「貴方の事が好きになってしまったかもしれない」と言う意味にもなる。
つまりは、どちらにしても好意的にエアと話をしたいと言う意思表示なのであった。
……だが、という事はつまり?彼はエアに一目ぼれをしたから、付き合って欲しいと言ってきているのである。
最初はただの下品でお馬鹿な男かと思っていたが、意外と丁寧で情熱的な誘い文句を使って来るではないか。……やるではないか。
「し、知らねえな~。て、テメエがどこの誰かなんて興味はね~。消えなゴミめぇ~」
おっと、それに対してエアは恥ずかしがったのか、間延びした台詞回しになってしまった。
……因みに、翻訳すると、どちらも『ごめんなさい』とだいたい似たような意味になる。
まあ、流石に、いきなりが過ぎたのだろう。
エアはこの手の話題がまだ地味に苦手なので、いきなり接近してこられると距離をとってしまうらしい。
既にエアの手は不安そうに私のローブの端をギュっと掴んでいた。
だが、本人的には冒険者同士のやり取りが出来たことに、満足そうな顔である。
エアはもう彼の手のひらから指を引き抜いており、傷にも【回復魔法】を施したので彼の手のひらにはもう穴どころか傷一つなくなった。
彼はそんな自分の手のひらに驚きの表情で目をやると、再びエアの顔を見つめ、振られた事のショックが余程大きかったからなのか、大きく目を見開くと私達の前から逃げる様に走って去って行くのであった。
──暫くして、ギルドで登録を終えた青年達が私達に先ほど何があったのかと尋ねて来たが、私とエアは少しだけ視線を合わせると、一緒に肩を竦めてとぼける事にしたのであった。……ピュアな恋心を笑いものにするつもりはない。そっとしておくに限るのである。
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