第128話 慧。
里の者達は第三の選択肢を選ばず、ギルドに高位の冒険者を斡旋して貰う事を選んだ。
その事に、青年達はずっとイライラしている。
『なんで俺達に任せてくれないんだっ!』と言う言葉がその表情からずっと伝わって来る。
だが、私は里の者達の選択に納得していた。
森に余所者が来ることは嫌だが、死ぬのはもっと嫌だ。
それは冷静になってみれば、誰にでも判断できることである。
里の者達からすれば、私から安全な方法が示されているのに、なんで態々出来るかどうかも不確かで危ない選択肢を選ばなければいけないのかと思っただろう。
遊びではないのだ。里の大人たちの判断に甘さはなく、常にクールなまま青年達の弁を全て説き伏せていったのだと言う。
青年達がいくら『俺達に任せて欲しい!』と言っても、『あーはいはい。実力がついたら、その時はまた言って来い。そうなったら話を聞いてやる……聞くだけ、だがな』と返され、『師匠の仇が討ちたいんだ!』と言えば、『そうか。そんなに仇が討ちたいか。なら街にでも行って冒険者登録でもして来い。……だが、知ってるか?"白石"だとダンジョンに入っても、お散歩するだけらしいぞ?』と返されたらしい。
そんな言葉に、青年達は『馬鹿にしやがって』と憤ったと言う。心中はグツグツだろう。
そして、『わかったよ!そんなに余所者の手を借りたいなら、そうすればいいっ!俺たちはこの里を出ていく!』と言って、結局は里を飛び出す事……いや、冒険者になる事にしたようだ。
そんな青年達に、里の大人達は皆『気をつけてね。いってらっしゃい!』と笑顔で言って見送ったそうである。
流石に里の大人達の対応は、現実的で素晴らしいと私は感心した。
私は里の決定を耳にした時点で、頼まれずともこの里の存在と、上級ダンジョンの危険性をギルドへと報告するつもりであったのだが、私達がこの里から出る前に先ほどの代表者の男性が密かに訪ねて来て、深々と頼んできたのである。
彼は、この里の事とダンジョンの事を、私達が街に行った時にギルドに伝えて欲しいと最初に言って来た。
そして、それに対して私が元々そのつもりであった事を告げると、それではどうか、あの子達も街まで一緒に連れて行ってあげて欲しいと重ねて頼んできたのである。
それに出来れば、どうか少しでも冒険者としての手解きをあの子達にしてあげてくれないかと。
初対面である私達に、いきなりそんな事を頼んでくる理由が分からず尋ねてみると、ダンジョンであの子達の代わりに師匠を弔ってくれた上に、里の危険を態々教えてくれた人物を信じないわけがないと微笑みで返された。
……それに何よりも、あの子達が私達に深く感謝をしていた事が一番の理由なのだとか。
まあ私的には、そこまで感謝されるような事はしたつもりはないし、ただ単に一緒に街へと行くだけだし、その道中の暇潰しがてらに少し話をするくらいは大した面倒でもない為、その頼みは引き受ける事にした。
彼ら大人達は、なんだかんだと言っても君達五人の事が心配だったらしい。
そして、師匠を失ったばかりのあの子達に、私が生きる目標を与えてくれようとしていた事にも気付いたのだとか。
あの子達にとって師匠である女性は特別な存在であり、そんな人物を失ったばかりの彼らがもう立ち直ろうとしている事に、彼はいち早く気づき、驚きを覚えたのだという。
そして、それらは全て、私達のおかげなんだと、彼はそんな大袈裟な事まで言って来た。
……それに、彼にとってもそれは同じだったらしく『妻を止めてくれて、ありがとうございました』と、彼は切なそうな表情で私へと礼を言って来たのである。
子供達がもう里の為に立ち上がって前へと歩き出そうとしている姿を見て、自分も立ち直ろうと奮起できたのだとか。
そして、生き急ごうとする彼らの姿に『これ以上子供達だけに命がけの戦いなどさせたくはない』と思ったのだそうだ。
本当の事を言えば、森に外の者達を招き入れる事を嫌う者達は多かったのだと。
だが、それでも家族の命には代えられないと、大人達は相談し、皆で決断した。
戦いとは時に、強い決意が必要になる時がある。
何かを守り、何かを切り捨てる。そんな時がある。
大人達には、その決意があった。
『子供達を死なせない。家族の命を守りたい。』
その為に必要ならば、嫌だと思っている事でも、喜んで受け入れようと。
大人である自分達が率先して動かなければいけないと、彼らはそう決心したのだ。
それもまた戦いであった。
──街へと向かう道すがら、未だ怒りに燃えていた青年達へ、私は冒険者の心構えを聞かせながら、大人達のそんな話をポツリポツリと話していた。……言うなとは言われなかったので、言ってしまったのだが、これって言ってはダメだったのだろうか?ま、まあ、でももう言ってしまったのだからしょうがない。
それにおそらくは、彼もそのつもりで私へと話をしたのだと思う……たぶん。
きっと大人達は、君達の決意を馬鹿にしたわけでも蔑ろにしたわけでもなかったのだ。
君達が里を守ろうと思った様に、大人達は君達の事を守りたかった。
だから、君達が『任せて欲しい』と言った時には、『力をつけて戻ってきて欲しい』と返した。
そして、君達が『仇を討ちたい』と言った時には、『ゆっくりと無理せずランクを上げていけばいいからな』と返したのである。
言葉は少し不器用であったが、そこに込められた想いと内容を紐解けばそう言う事であろう。
そして、私は彼らにギルドに伝えてくれとは言われたが、助けを連れて来てくれとまでは言われてない。
彼らは、家族の安全を守るためにギルドへと頼る事を選んだが、君達が成長して戻って来る事までを否定したわけではないのだ。
「…………」
ダンジョンが本格的に動きだすのはいつなのか、それはまだ誰にも正確な事は分からない。
だが、あのダンジョンならばもしかしたら、いきなり現れた私とエアと言う未確認の存在を見た事で警戒し、また潜んで力を溜め続ける可能性もある。
だから、里の者達は出来る事なら、君達が『金石』となって戻って来てくれるのを待っているのではないだろうか。
ギルドから里へと斡旋されてやってくる冒険者達が、君達ならば良いなと彼らは思っているのではないだろうか。
きっと、師匠の代わりに仇を討って欲しいと思っているのは君達だけではない。
里の者達もちゃんと、君達には期待しているのだ……。
──私がそんな話をしていると、彼らはポケ――っとどこか遠くを見つめる様に私の事を見ていた。
怒りがいきなり鎮火して、どんな顔をすればいいのか分からなくなっている様な表情である。
『そんなこと、思いもしなかった』と呆けている五人だった。
だが、こらこら君達。そんなよそ見ばかりして森を歩くのは、幾ら耳長族とは言えあぶな──
「──いだっ!?」
だが、私のそんな注意は間に合わず、彼らは五人揃ってよそ見をしたまま、仲良く別々の木々へとぶつかって行った。
……まさか、こんなベタな事が目の前で起こるなんて、思いもしなかった私である。
ただ、それを見て私は彼らへと最初に教えてあげるべき事がもう決まった。
私はその一言へと、色々な意味を込めて彼らに告げる事にした。
『確りと前を向いて歩き続けていきなさい』と──。
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