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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第127話 求。




 何故、私がその第三の選択肢を良いものだと言えなかったのか。

 ……それは、その道が簡単なものでは無いからである。


 そんな事位、当たり前じゃないかと思ったかもしれない。

 そんな事位、承知の上だと、俺達ならばそれ位乗り越えて見せると、彼らも思ったかもしれない。



 青年の言葉に他の四人もその選択肢へと気付いた。

 その選択肢を得た今の彼らの表情はとても明るい。


 それを選べば、里の者達は森から去る必要がなくなり、森に他から余所者を招かなくて済む様になる。

 その上、自分達を守ってくれた師匠の代わりに、今度は自分達がみんなを守れると。

 師匠に対する贖罪にもなると、心のどこかで彼らは思っているのかもしれない。



 ……確かに、彼らの言うその選択肢は希望に溢れるものだ。

 弟子が師匠の思いを引き継ぎ、その役割を担うという素晴らしい道でもある。



 だがそれは、その希望に見合うだけの絶望が、常に寄添っている事を見落としてはならない。

 その未来は、誰かに道を示されて『はいっ!やりますっ!』と引き受けられるような、そんな生易しい選択肢ではないのだ。



 なぜならば、それを選んだ時の五人に掛かる負担は、他の選択肢の比ではない。

 里の者達に掛かるそれより、桁違いに重いのである。



 こう言えば、それももっと分かり易いだろうか。

 ……もしも、君達が成長できなければ、その時は『里』の者達は、皆、死ぬのだ。


 その選択肢は、君達の背中に、里の者達全ての命を背負わせるという、そんな話である。



「…………」



 希望に目が眩んで見えていなかったものが、彼らにもちゃんと見えて来たらしい。

 これはそう、『共に生きるか』『共に亡びるか』という、そんな命がけの選択肢だ。


 それは決して生半可な覚悟では務まらない。

 彼らの師匠である女性も、こんな選択肢を彼らに背負わせたくて弟子にしていたわけではないだろう。

 そんな重みに、彼らが縛られなければいけない義務なんかないのだ。



 正直な話、彼らはお世辞にも才能に秀でているという風には見えない。

 普通の耳長族(エルフ)の青年達なのである。


 どちらかというと、我々の成長は緩やかな方だろう。

 人の様にあっと言う間に短期間で成長すると言う事はあまりない。



 そんな彼らに、ダンジョンが力をつけるよりも早く、成長を遂げなければ家族が死ぬという目標を掲げさせて、地獄の様な厳しい日々を過ごさせる事の、なんと惨い話だろうか。


 もちろん、彼らだけにその責を負わせる必要はない。

 里の者達全員で、その問題へと取り組めば何とかなるかもしれない。



 ……だが、おそらくは冒険者で言う所の『金石』のレベルまで、いったいその中の何人が辿り着けると言うのだ。


 そんなもの、結局は師匠に長年の手解きを得て来た彼ら五人が最もそれに近く、この五人以外の里の者達では、彼らよりも更に険しい道のりを歩む事になるだけなのだ。


 ……そんな道をいったい誰が歩む?私が視た所、それに適うような者は他に一人も居なかった。



 つまりは、ここに居る五人に、里の命運をかけた使命が任される事になるのは、考えるまでも無く目に見えているのである。



 里でこの選択肢が決定されたから、みんなでやる。

 誰かに言われたから、仕方なくやる。

 ……そんな理由で始めた者達では到底届き得るはずがない。そんなに甘くはない。



 それこそ目の前の青年の様に、自分で気づき、その上、強くなろうと決心した者だけが、達成可能かもしれない、そんな険しい目標だ。



 自分達の努力次第で、家族が死ぬと聞かされ、日々悩みながら、君達はちゃんと覚悟を保ったまま前へと進み続けられるか。


 正直な話、このダンジョンは油断がならない。

 タイムリミットなどあってないようなものかもしれない。



 そんな曖昧な時間の中で、己の成長と言う曖昧なものを信じ続ける事の、その精神的な辛さは計り知れないものがある。


 それこそ、人として、何かを失う程の決意と行動力が必要になるだろう。

 かつて私が、一時も休まる事のない環境に身を置き、戦い続けたが故に、己の表情をどこかへと置き忘れてしまったのと同じように。


 彼らもそんな道を歩もうとしているのである。




 これは一度決めてしまえば、途中で投げ出す事が出来ない話だ。

 決めればもう戦士として生きる以外に逃げる事が許されず、今後の人生を戦士として捧げ続けると言う選択なのである。


 途中で自分には無理だからと、やっぱり冒険者ギルドに頼みますと言うくらいならば、そんな可能性が少しでも心に影を差しているのなら、最初からギルドに頼んだ方が絶対にいい。


 そうしなければ、君達の安易な決断によって、里の者達が、皆死ぬ。

 だから、よく考えて欲しい。



「……君達は本当に、そんな道へと進む覚悟があるのか」



 自分達のせいで師匠が死んでしまった事を嘆いた彼らなら、その選択肢を思いつくだろうとは思っていた。

 そして、その道を選んで進んでくれるのではないかと期待もしていた。

 出来る事なら心に強く揺るがぬ決意をもち、やり遂げて欲しいとも思った。



 だが、それが自分達だけの問題じゃない事。

 里の者達の命の重さまで、その全てを背負う覚悟がちゃんとできているか、そこだけが心配だった。


 希望だけ見ていれば楽だったのかもしれない。

 だが、絶望を知ってこそ、越えられる壁もある。

 清濁を飲み込み、その上で確りと決心し、目標へと突き進んで欲しいと、私はそう思ったのだ。



「俺達が師匠の代わりに、里を守れるように、力を付けなきゃいけない。みんなの命を背負って」


「出来るだろうか、俺達に」


「やらなければいけないでしょ」


「他に人が居ないなら、決めるしかない」


「わたしはなにより、お母さんを奪ったこのダンジョンに、これ以上何も奪わせない」



 彼らは一人一人、自分に問いかける様に、決心を固めていった。

 おそらくはまだ冒険者のランクで言う所の『赤石』になりかけの『緑石』位が彼らである。

 そんな彼らがこれから『金石』を目指すというのだ。これは応援せざるを得ないだろう。



 私の予想でしかないが、彼らの師匠は『赤石』の上位と言う所だったと思う。


 つまりは、彼らは全員師匠を越えなければいけない。

 上級ダンジョンを管理するという事は、そう言う事なのである。



 ……正直な話、ギルドに任せた方が、里の者達も安心できる上に確実な道であろう。



 定期的に調査が入り、高位ランクの者達が対処してくれる。

 里の者達が、その言葉を聞いた時に、外の者を入れるのを嫌がるかもしれないが、この土地を失う事や自分たちの家族の命を守れる事と天秤にかけた時に、その安心感は比べられない程に興味を引かれるものとなる筈だ。



 結局な話、君達がなると決めても、里の者達の総意がそちらに傾いてしまえば、この第三の選択肢はそこで終わりでもある。


 事前に話した理由の中には、余所者の私が説明する事で信頼を得られないかもしれないという懸念と、君達が里の者達へと確りと説明できるだけの覚悟を決める為の時間を設けたいという思いがあった。



「心は決まっただろうか」


「……はい」



 私の問いかけに、彼らは真剣な眼差しを返してくる。

 彼らは本当にやり遂げるつもりなのだ。師匠の死に報いるためにも。


 私とエアは彼らが第三の選択肢を選ぶと言うのなら、そんな彼らを応援する事にした。

 もう無関係だとは言えない。

 私達は私達の出来る精一杯で、五人の青年達に協力したいと思う。




 ダンジョンから出た私達は、青年達と一緒に『里』へと入った。

 彼らの師匠が死んだことで、一応辺りを警戒をしていた者達は、五人が無事に帰って来た事をとても喜んだ。


 そして当然、里の者達は、彼らの師匠の死を悼み悲しんだ。

 里の者達は皆、家族の死に涙をこぼしている。


 私達は、そんな彼らを少し離れた場所から見つめていた。邪魔をしたくはなかったのだ。



 暫くの間、里の者達は皆で祈りをしていた。

 そして、祈りが終わると、里の者達は五人の帰還を喜んだ。

 しかし、そんな喜びの空間にも関わらず、五人の雰囲気には険しさが残ったままであった。

 里の大人たちは、そんな彼らの雰囲気を感じ取ると、何があったのかを尋ねている。


 そして、五人はたまたまダンジョンの中で出会った私達と言う冒険者から聞いた重要な話の全てを、この里の大人達やこの場に集まっている全ての者達に語り始めた。


 今、里の傍にあるあのダンジョンがどれほど危険な状態なのかと、放っておけば間違いなくこのままでは酷い事になると。

 五人は、ダンジョンに殺された師匠の代わりに、自分達が命がけで里を守るつもりであると、堂々と宣言している。



 流石に里の今後を決める大事な話し合いであり、場所を変えてもっと詳しく話を聞く事になって、彼らはかなりの長い時間話し合っていた。

 おそらく全ての話が終わるまで明け方近くまで掛かったと思うので、その大変さは言うまでもないだろう。


 因みに、私とエアは、里の方のご厚意に甘えさせて貰って寝床を貸して頂いた。

 現状はまだ、この里にとってはただの部外者でしかない私達は、そのまま一足先に睡眠をとらせて貰い、翌日へと備えた……。





 ──そして、翌日の昼過ぎの事。



 私達は、里の者達から頭を下げられていた。



「それでは、どうか何卒お願いいたします」


「……ああ。任せてほしい」



 そう言って、私に頼み込んで来たのは、この里の代表者の一人の男性だった。

 そして、そんな私達の周囲には、旅支度を整えた五人の姿と、そんな彼らを見送る大勢の里の者達の姿がある。


 ……皆、里を出ていく事になった青年達を見送りに来たのだ。

 ただ、青年達の表情は、そんな見送りに顔を緩ませる事もなく、喜ばず、既に険しい表情をしている。


 もうこの先の事を考えているのだろうか。

 彼らの心に熱い思いが滾っているのが、傍に居る私とエアには凄く伝わって来る。


 余計な言葉でその思いの邪魔をしたくはなかった。

 そうして、私達は挨拶もそこそこに、すぐさま里の外へと向かって歩み始める。



 天候は雲一つない晴れだ。旅立ちには最適の日だと言える。

 そんな私達に向かって、里の者達からは応援する様な、沢山の声が聞こえてきた。 

 特に、あの代表の男性の声は大きく、未だにはっきりとよく聞こえてくる。



ギルド(・・・)に斡旋の件!よろしくお伝えくださいーーー!」



 そんなハキハキとした声に、私達の傍らからは五つの『チッ!』と言う舌打ちが聞こえた気がしたけれど……よく聞こえなかった事にする。


 そんな、凄く不機嫌そうなオーラが隣からジワジワと伝わっては来るけれど、私とエアは浄化でそれを払いながら、今日ものんびりと歩き始めるのであった。



 ──まあ、あの五人が、なんでこんなにも不機嫌なのかと言うと……結局、話し合いで決まったのが、『ギルドから高位の冒険者に来てもらう事』だったからである。




またのお越しをお待ちしております。

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