第126話 狙。
「あの……私達、なにか怪しい儀式にでもかけられているんですか?」
私がグルグルと周囲を回っていたら、目を覚ました彼らにそう言われてしまった。
いや、大丈夫だ。何もかけていない。歩いていただけである。
強いて言うのならば、君達にエアが【回復魔法】を掛けた事くらいだ。
眠っていた五人は、ほぼ一緒に目を覚ました。
視た所、身体に異変も無いようである。頬ももう痛くない様で一安心だ。
「かいふく?ほほって……あっ」
すると、彼らは眠る前の事を思いだしたのか、エアの顔を見た瞬間にムッとした表情を浮かべるが、対するエアの元気も既にすっかりと回復していたので、『回復、かけましたけど、それがなにか?』と言わんばかりに堂々と仁王立ちしていた。
……ふむ。まあ、しょうがないか。
だが、回復を使ってくれた者に対する姿勢としては、彼らの態度はあまり見ていて気持ちの良いものではなかったので、私は少しだけ苦言を零してしまった。
『誰かに何かをしてあげたい』と言う、その純粋な気持ちに貴賤はないだろうと。
君達の師匠もまた君達を救いたいという、その純粋な気持ちで救ってくれたのだろうと。
もちろん、師匠が命がけでしてくれた事と、これとを比較したいわけではない。
ただ、君達との戦いが終わった後、エアは感情を抜きにして『痛いままは嫌だろうな』と、素直な思いやりで君達の傷を回復したのだ。それだけは悪く思わないでほしい。
「…………」
私がそう言うと、彼らは少し申し訳なさそうな表情をした。
……何となくなのだが、彼らは五人共に素直だと感じる。恐らくは元々良い子達なのだろう。
『まあ、確かにそうだよな。感謝しても罰は当たらないし』と確かに一理あると納得していた。
……まあ、とりあえずは両者とも元気になれたし、この話はここで一旦終わりにする事にしよう。
──それよりも、今はもっと大事な事を話さなければいけないのだ。
そして、『君達を集落まで運ばず、ここで起きるのを待っていたのには理由があるのだ』と言って、私は彼らに話を切り出し始めた。
「二人で五人を運ぶのが大変だっただけなんじゃ?」
だが、そんな事を言う子がいましたので、私は彼らの信用を得る為に魔法で浮かべておいた。
すると、彼らはみんな驚いてジタバタとする。分かって貰えただろうか。
いつかの道場青年の様に、彼らが暫くジタバタしていたが、少しすると大人しくなったので、彼らゆっくりと下ろすと私は話を続けのであった。
……彼らは素直で良い子ではあるが、どうやら少し勉強不足な部分があるらしい。
だが、これは冒険者ではない者達からすると本来は仕方のない話でもある為、彼らには特別にダンジョンの事をもっと知ってもらおうと私は思った。
そして、出来たら魔法や、冒険者の事なども多少は理解しておいて貰いたい。
それらが彼らに不足しているという事をほのめかしながら、このままだとやがて大きな問題に発展するかもしれないと私は誇張するかのように語った。
彼らはその言葉に『いきなりそんな事を言われても』と、半分疑う様な顔をしているが私の次の言葉を聞くと、彼らは皆一斉に息をのむことになる。
「──そうしなければ、君達の『里』はなくなるかもしれない」
──と、当然、そんな物騒な話に彼らは驚きを覚えて尋ねてきた。
『何でそんな事になるのか!』と。
そこで、私は現状の問題点を簡単に説明していく。
先ずこのダンジョンが"上級"である事。
そして、それに対抗する戦力が『里』には居なくなってしまった事が問題なのだと。
つまりは、このままだとこのダンジョンを管理する事などは不可能であるし、ちゃんと管理ができていなければ、結果的にこのダンジョンに『里』は滅ぼされることになるだろうと。
「じょうきゅう……ここが?」
「うそだ。だって師匠は精々が中級だろうって」
「ああ。俺たちだって今まで何度もここに入って来たけど、こんな事は初めてだった」
「何かの異常だったんじゃないんですか?」
「うん。お母さんもきっとそうだろうって言ってた。だから日常の巡回は私達の役割にしていたくらいだし……」
そんな彼らの言い分は分かる。
だが、君達の師匠は、魔法も使える剣士であり戦士だ。
その点、私は生粋の魔法使いである。
先程君達をすんなりと浮かせた事でも分かる通り、君達の師匠以上に魔法に関して言えば専門家の様なものなのであると答えた。
それに、残念な話だが、私は『ダンジョンの死神』が発生する様なダンジョンで、上級より下だと言う場所を聞いた事が無い。
つまりは、あれが発生する事が、既に何よりもの証明になってしまっている。
もちろん、上級だからと言って必ずあれが発生しするわけではないし、ダンジョンによって色々と違いはあるのだろうが、私はいくつもあるそうした上級の中でも、ここはかなり特殊な場所だと感じた事を彼らに話した。
おそらくは、ここはかなりの期間、ずっと沈黙したまま、ひたすら中級ダンジョンとして装っていたのである。
それが、昨日今日でこうして動き出したのは偶然だったのかもしれないけれど、このダンジョンは明らかに魔素だまりを多数蓄えており、いつ『ダンジョンの死神』を動かしてもおかしくない状態で戦力を隠していた。
ダンジョンとは出来上がった時から、入口付近の環境などを察知し、考えている。
そして、それぞれの考えに沿ったダンジョンを造るそうだ。
各地にあるダンジョンが、一つとして同じものがないのはそういう理由かららしい。
『ダンジョンが思考している』と言う話は、その事を意識していなければ、ついつい忘れがちになってしまうマイナーな情報である。
だが、その点を踏まえて考えれば、このダンジョンは他では類を見ない程に忍耐強く、賢い種類のダンジョンであると冒険者達にはすぐに分かっただろう。
……それも、このダンジョンは狙いを君達に定めていた。
実際に襲いにかかるまで、いったいどれだけの時を掛けて準備していたのかは分からないけれど、かなりの慎重さがあり、用意周到であると感じる。
おそらくだが、君達があの袋小路に追い込まれたのも、ただの偶然ではなく、このダンジョンの思惑が影響しているだろう。
君達が逃げるだろうと思われる他のルートにも、何カ所か『ダンジョンの死神』が発生しているのを先ほど調べてきた際に発見したので、まず間違いないと私は思った。
「…………」
私のそんな話に、五人は驚愕して声も出ていないようである。
そう、間違いなく彼らはずっと狙われていたのだろう。
『里』の者しかやってこない、この人通りの少ないダンジョンに入って来る数少ない侵入者達の力量を、このダンジョンは見極めながら、ずっと中級を装って準備していた。
そして、君達が『ダンジョンの死神は倒せないが、ある程度までは強く成長する』事を、こいつはずっと待っていたのだろう。
「……私達が成長するのを待つ?……なんでですか?」
「君達を取り込んだ後、君達の師匠を倒すためだ」
現に、彼らは五人いれば、『石持』と化した師匠を魔法の集中攻撃で吹き飛ばし、一度撃退しているのである。
その状態になれば、さらに四方から『ダンジョンの死神』で襲い掛からせれば、ほぼ間違いなく倒せると、このダンジョンは確信したに違いない。
……だから、このダンジョンは動き出したのだ。獲物を罠にかけるには、今しかないと。
「…………」
「このダンジョンはそれほどまでに賢く、恐ろしいのだ。ここが上級でないわけがない」
だから、これに対応できる高位の者達が小まめに処理をしていかないと、このダンジョンはいずれ本当に手の付けられない恐ろしい場所へとなる事だろう。
そうなってしまえば、いずれ『里』は間違いなく滅びる事になる。
……だが、それを防ぐための戦力がここにはないのだ。
君達でも、力不足だし。里の者達の中にもそのような実力者がいる様には視えなかった。
ならば後は、ここのダンジョンの事を近くの街のギルドへと報告し、ここの危険性を伝えて冒険者達を斡旋して貰う以外にないのである。
だが──
「そんなの嫌だっ!俺たちの『里』にそんな他の者達を入れたくない──」
──とまあ、こう考える者が少なからず居るのである。
だがしかし、こうなったからには、里の者達は今までと同じではいられないだろう。
この地に残るのならば、ギルドにここの場所を伝える事は必須だ。
そして、この場所へと高位の冒険者達に来てもらう他にない。
おそらく最初は慣れないかもしれないが、いずれはそれにも慣れるだろうし、他の場所ではそういう場所もあると聞く。今ではそう悪いものではないとの噂もあった。
一方、ダンジョンに襲われない様にする為に、里の者達が住処を別の場所に移すのであれば、それもまた一つの対処法にはなるだろう。
だが、全員でこの土地を去る事になるのであれば、その大変さは言うに及ばず、またそもそもこの地を愛している者達にとっては、その選択は身を裂くような苦渋の決断となる筈だ。
……たぶんだが、恐らくはその選択肢は選ばれる事が無いと私は思う。
結局どちらにしても、『里』の者達の同意は必要になるだろう。
だが、いきなりこんな話を余所者である私からしても、里の者達には信じて貰えないと思った。
だから、私は事前に君達へと説明する事にしたのだと話す。
君達ならば私の話でもしっかりと聴いてくれると判断したわけだが、正直な話、ちゃんと話を聞いて貰えるかは半信半疑だったので、少しだけ安心した。
「…………」
私がそう話すと、彼らはみんな顔を俯かせた。
恐らくは彼らにとって、私が示したその選択肢はどちらも嫌だったのだろうと思う。
森に住む者達は、生まれた場所を大切にして、あまり外へと出たがらない。
そして、外からの人をあまり歓迎したがらない事が多い。
だが、どちらも嫌だろうけど、外へと出るよりはまだ外の者達を迎え入れる事になるだろうと、私は予想した。
そして、それは彼らも同じ考えへと至っているからこそ、こうして俯きながら憂鬱を感じているのである。
「…………」
だが、一人だけ、五人が泣き崩れた際も、一際早く仲間達を支える側に回っていたそのエルフの青年だけが顔を上げて、私の方へと強い視線を向けてきていた。
……ふむ。なんだろうか。
「じゃあ、なんでそれを俺達に……いや、違う。里に説明する時に必要だ……ってだけど、それだけじゃない。他に方法が?……いや、そうか……貴方は、俺達に成れって言ってるんですか?」
彼はブツブツと呟きながらも、突然何かを思いつくと、そう私へと問いかけて来た。
……おお。正解だ。リーダーは彼かな。
彼の呟きは耳に入っていたので、そのまま私は頷きを返した。
師匠の代わりに彼らが力を付け、この場所を管理し守れるようになれば、その第三の選択肢は確かに生まれる。
彼らがちゃんとそこへと気付けた事は、私は嬉しく感じた。
──だが、まだ私はその事を手放しでほめたりはしない。
何故なら、その気付きは、彼らにとって必ずしも良いものであるとは言えなかったからである……。
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