第125話 問答。
「エア、どうした」
エア達の異変に気付き急いで【転移】して戻ってくると、五人の青年達(内二人は女性)はそれぞれ顔に張り手を受けたと一目で分かる赤い手の跡が残っていて、みんな気絶していた。
「…………」
私がそう尋ねても、エアは珍しく何も答えず、プイっと横を向いている。
これは『私は悪い事をしていません』と言う風にエアが自己主張する時によくやる仕草であった。
……そうか。エアが悪い事をしてないなら、悪かったのは彼らだな。
私はエアを魔法で浮かすと、強制おんぶをした。
そして、そのままエアを背負い、気絶した彼らの周りをゆっくりとグルグル回りながら、エアの気持ちが落ち着くのを待っていると、次第にエアは何があったのかを教えてくれる。
──それによると、暫くは周囲の警戒のみをし続けていたのだが、しばらく経っても五人が元気無さそうだったので、エアなりに励まそうと思って声を掛けてみたらしい。
だが、そうしたら『放っておいて』と軽く拒絶されてしまったのだとか。
まあ、エアも彼らの気持ちを察して、それならば今はまだあまり話しかけない様にしようと思ったらしいのだが、その時逆に、彼らがエアにとっての禁句となる系統のワードを言ってしまった様なのである。
そのワードとは……つまり、簡単に言えば、私の事を悪く言われたらしい。恨むようにと言ったのは私なので、それで彼らの心の均衡がとれるなら私的には構わなかったのだが、エア的にはやはりちょっと納得がいかなかったらしい。
それで、いつもの様に怒ってくれたみたいなのだが、彼らはそんな怒るエアに対して、更に言葉で反撃してきたのだとか。それも、かなり挑発に近い内容だったらしい。
……エアが戦っている所を遠目に見ていたにも関わらず、彼らはかなりやる気満々だったようだ。
その内容的には『師匠が師匠なら弟子も弟子だ』みたいな話で、聞けばよくある挑発言葉でしかなかったのだが、エアはもうそれにムカッときてしまって、これまた逆に彼らにとっては特大カウンターとなる言葉を言い放ってしまった。
つまりは『あなた達が確りしていないから、師匠が魔物になってしまった』みたいな言葉を、エアはついぽろっと言ってしまったらしい。……あらら。
当然、その後の展開は火を見るよりも明らかで、彼らもまだ気持ちの整理が付いていない状態でその言葉を聞かされてしまった為、それはもう一気に怒りが燃え上がった。
自分達でもそう思っていた部分、本心にかなり近い言葉であった為に、その怒りは尚の事深く、一瞬で我を失わせる程のものだったみたいだ。
でも、そこでエアは直ぐに言い過ぎたと思い、謝ったのだそうだ。……偉い。直ぐに自分の非を認める事が出来るのは素晴らしい事だと私は思う。
……だが、既に彼らの感情は冷静さを取り戻せる部分を過ぎていたようで、またまた更に逆の言葉のカウンターがエアへと飛んで来たのだとか。
「お前だって──」
とまあ、それも簡単に言えば、一人で異常の元を探りに行った私の事を引き合いに出して『お前の師匠も死ねば、私達の気持ちがわかる』とか、なんとか、それに近い事を言ったらしい。
もうただの売り言葉に買い言葉みたいな状態である。
誰よりも今一番その辛さを分かっている者達が、言いたくてそんな事を言う訳がないと私は思った。
あれだけ人を慕っていた者達が、そういう風な事を言う様には見えない。
──だが、それには流石のエアも切れたらしく。
まあ、そこからは両者ともに煽り合いになって、実力を見せ合う展開になって、戦う事になって、エアが一人でビンタを五人に一発ずつ叩きつけてウィン!した、と言う訳である。
「うむ。エアは悪くない」
「うー、ろむーー」
彼らには悪いが、最初から最後まで私はエアの味方である。
一人対五人の口喧嘩で、本当はかなり心細かっただろうに、よく頑張った。
そもそもが、彼らの実力不足は否めない真実なのだ。
実際エア一人に対して、五人がビンタ一発ずつで負ける時点で、そこはお察しである。
もしも彼らが強ければ、『ダンジョンの死神』に対処できるほどの力を持っていれば、彼らの師匠は亡くなりはしなかった。それは嘘ではない。
これは彼らに意地悪がしたいわけでも、叱責したいわけでもない。
厳しいかもしれないが、彼らにとっては受け止めなければいけない揺ぎ無い現実なのである。
もちろん、彼らを擁護する事も出来る。
『もう少し早い段階で師匠と彼らが合流さえできていれば、全ては違っただろう』とか、そんなたらればを言い出したらきりがないが、そんな言葉でも彼らの気休めにはなるかもしれない。
だが、彼らの求めているものは、そうではないだろう。
彼らは、己に責を感じて泣いていたのだ。
そこに半端な慰めなどしても、無意味なだけである。
エアに挑発をしたのも、もしかしたら、わざとなにか罰を受けたいという、そんな心境からだったのかもしれない。
だから、そこを態々追求したりはしない。
それよりもまずは、今の彼らに必要なのは『前を向く為の目標』なのではないかと私は考えた。
かつて、私が幼き時分に友から『世界で最初の一人になれ』と発破をかけて貰ったあの時と同じように、明確な指標が必要なのである。
だから、厳しい話ではあるものの、彼らは再び選択しなければいけないだろう。
彼らがどうするかによって、彼らの『里』のこれからも決まる。
……彼らが目を覚ましたら、私はそんな話を色々としなくてはいけないだろう。
──だが、正直言ってそんなあれこれよりも、私にとってはエアの方が大事なわけで、全てはエアの機嫌を直ってからの話である。
「エア、大丈夫だ。私は死にはしない」
私は、背中にしがみ付くエアに向けてそう言って話しかけた。……少しでも不安を払拭し、安心して欲しいと思ったのだ。
それに、自分で言うのもなんだが、なんだかんだ言って私はかなりしぶとい。
泥に這いずろうとも羽トカゲの臭い胃袋の中で寝ようとも、ちゃんと生還してきたビックリエルフである。
そうそう死にはしない。
沢山そのお話もしたはずである。
……もう忘れてしまったかな?
「……ううん。ちゃんと覚えてる」
私のローブに顔を押し付けながら、少しくぐもった声でエアはそう答えた。
そうか。なら安心していい。私は意外と丈夫なのだ。
腕をムキっとしても上腕二頭筋がモコっと出たりはしないが、意外と力もある。子供二人位は簡単にぶら下がれるぞ。
枯れ木の様な貧弱さに見えるけれど、腹筋ならそこそこ堅くて丈夫だ。エアも時々枕にしているから知っているだろう?
怪我は【回復魔法】があるし、病気はここ数十年から数百年はかかった覚えがない。
だから、まあ、死なない。
……それに、エアを残して死ねない。
エアにはまだまだ伝えたいことが沢山あるのだ。
だから、安心して欲しい。
「ほんと?」
「ほんとだ」
「居なくならない?」
「ならない」
「傍に居てくれる?」
「ああ。傍に居る」
ローブから少し顔をあげたエアはそんな風にいくつも問いかけてくる。
きっと甘えたくなったのだろう。
今日はまた随分と幼さが目立つが、さっきまでは気を張っていたのだから、これでちょうどいいのだ。
私は、そんなエアの言葉の一つ一つにちゃんと応えた。
何故ならこれらはエアが本心から聞きたい言葉であり、想いであり、願いである。
私はそんな願いを叶えてあげられるものでありたい。
だから、私も心のままに、ちゃんと言葉を返した。
エアがずっと笑顔でいられるようにと沢山の想いを込めて。
そうして、寝ている五人の周りをずっとグルグルと歩き続け、私はエアの元気が戻るまで話し続けた。
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