第124話 蹴。
目の前の五人は全員、同じ様な装備をしている。
そして、あの『石持』の女性の装備とも、彼らのそれは同じ物であった。
……そこから察すると、おそらく彼女は彼ら五人の"師"であったのではないだろうか。
感知で判断するに、一番実力があったのもおそらくは彼女であった。ほぼ間違いはない。
だが、そこまで慕われている様な人物が、弟子達を残して無茶をするとは到底思えなかった。
いったいここで、彼女に何があったのだ。亡くなるには早すぎただろう。
「……何があったのだ」
私は泣いている仲間達を支えようとして、いち早く行動し始めた青年に事の経緯を尋ねてみた。
それによると、五人による習慣的に行っていたダンジョンの巡回の最中に、突如として現れた正体不明の敵が原因なのだという。
その相手には実体がなく。如何なる魔法の攻撃も効かなかった。
師匠である彼女から、他のダンジョンには接近するのも危険な敵が居る事を教えられていた彼らは、その相手がここにも現れたのだと察すると四人は逃げ回りつつ、一人が師匠である彼女の元へと走り、判断を仰ぐ為の持久戦を開始し始めたのだ言う。
彼らが完全に全員で逃げ出さなかったのは、そいつがダンジョンから外へと出ると思って、それをさせないようにする為だった。
万が一にもそいつが『里』へと向かわない様にする為、ダンジョンの中で食い止め確りと仕留めたいと、彼らは考えたのだそうだ。
師匠である彼女が来るまで持ち堪えられれば、『この相手は倒せる』と、彼らはそれが最善だと判断した。
実際、そこまで敵の動きが早くない事が幸いして、耐える事は出来ていた。
だが、それでも何時間にも亘って休憩も無しに動き続け、逃げ耐えるのは流石に無理がある。
そして遂に、運悪くも一つの判断ミスと、敵の追い込みの上手さがかみ合い、彼らは逃げ場のない袋小路の方へと追い込まれてしまったのだという。
その上、不運とは重なるもので、師匠が『里』の外に小用があり探すまで時間が掛かった事と、まさかこんな袋小路に居るとは思わず、師匠と師匠を呼びに行った娘は、彼ら四人を見つけ合流するまでに時間を掛け過ぎてしまったのだった。
──その結果、彼女らが何とか四人を見つけた時には、今にも彼らが相手に飲みこまれる寸前であったのだという。
だがその瞬間、彼らの師匠である女性は咄嗟に判断を下し、無理を承知で彼らの脱出を助ける為にその敵へと自ら飛び込んで行った。
彼女は、そのガス状の敵に自らの身体を囮として引き寄せ、袋小路の弟子達の逃げ道をなんとか作り出しては、全力で彼らを逃がしたのだそうだ。……上手くいけば、自分も逃げられる可能性はあったのだろう。
だが、そのキラキラと光る物体に、ほんの少し身体が触れただけで彼女の動きは固まってしまい、それを隙に敵に一気に包まれてしまった。
そして、その途端から師匠の身体はふっと全身の力が抜ける様に倒れかかり、彼女はなんとか最後に彼らに逃げる様にだけ告げて、そのまま眠る様に倒れてしまったのだという。
その倒れるまで僅かな間、師匠は微笑みながら『この敵は、ダンジョンの中でしか存在できない。里は大丈夫。こいつは足が速くない。これからは常に、みんな遠くへと、逃げるように……』と告げたのだとか。
その短い時間で、彼女は精一杯『ダンジョンの死神』について語ったのであろう。
まさか、こんな中級のダンジョンだと思っていた場所に出るとは師匠も思わなかったに違いない。
弟子である彼らに対処法を説明するのを忘れていたのもその為だろうか。
そして、逃げられた彼らは一旦ダンジョンを出ると『里』の者達へと事情を説明し、しばしの休憩を挟んで身体を休めてから、再びこの場所へと戻って来たのだそうだ。
彼らの目には師匠はただ倒れたようにしか見えなかった。死んでいるとは考えられなかった。
だから、あの場所に戻って師匠を助けに行きたかったのだという。
足の速くないガス状の敵がいない隙を見計らえば、その救出も可能だと彼らは判断した。
休憩を経て、遭遇から暫く時間も過ぎた事により、ガス状の敵があの場所から少しでも離れている可能性に彼らは賭けたのだ。
……そして、案の定、同じ場所で倒れたままの師匠を見つけ、辺りにはガス状の敵も消えていたことに彼らは喜んだ。
後は、そのまま師匠を救出し『里』へと戻るだけ、と彼らは思いそのままに行動する。
──だが、そこで今度は、近付いた師匠にいきなり襲い掛かられたのだという。
弟子達は瞬間的に、師匠が錯乱しているのだと判断した。
だから、なんとか師匠の攻撃を避けながらも、五人がかりで協力し合い、説得しようと試みたのだそうだ。
でも、いくら説得を重ねようとも、師匠は容赦なく襲い掛かって来て、彼らは次々と怪我を負ってしまう。
青年の内一人の判断により、一旦は回復が必要だと決断した彼らは、協力して魔法を使って師匠を吹き飛ばし、一時離脱して自分達の体勢を立て直す事にしたらしい。
傷を魔法で癒し、錯乱した師匠を一旦落ち付かせるためにも拘束する用の作戦を立てて、準備を整えてからまた師匠を探していた。
するとそこで、私達と戦っている師匠の事を見つけたのだそうだ。
魔法で吹き飛ばした時の影響で顔が潰れてしまったのも、彼らは私達がやった事だと思っていた。
彼らが私達を睨みつけていたのは、そんな師匠の傷ついた顔を見て、動転してしまったかららしい。
その上、私の言葉で既に彼女が死んでいると聞かされた彼らは、それまで胸の内に必死に押し秘めて考えない様にしていた想いが、一気に溢れてしまったのだ。
……ほんの一日ちょっと前までは、彼らの師匠は、彼女はまだ普通に生きていたのである。
そして、あの最後の笑みは、彼らを逃がす時に見せたものと全く一緒だったのだとか。
自分たちのせいで、師匠を死なせてしまった事に、彼らは深い悲しみを感じていた。
彼らの話を聞いているだけで、私は切なさが止まらない。
何か一つでも上手く事が運んでいれば、全く別の結果になっていた気がしてならない。
正直、今の彼らを慰められる上手い言葉など、私には何も思いつかなかった。
私の隣でエアも、沈痛な顔で彼らを話を聞いている。
──だがしかし、ならば一層の事、私がここでこのまま彼らの悲しむ様を眺め続けて居るわけにはいかなくなった。
今この場で出来るのは私だけだと判断し、私は自らのやるべきことの為に動き出す。
そして、エアには少しだけ彼らの事を見ていてくれる様にと頼んだ。
『ロムはどうするの?』と、エアは私に尋ねてくるが、私は一度このダンジョンに他の脅威が潜んでいないかを調べてくるつもりであると告げた。
現状、話を聞く限りだとここはそれまでとは違い、急に変化したように聞こえる。
だとするならば、何かしらの異常がある筈なのだ。
よって、その対処に当たるまでの間、冒険者として彼らをエアに守っていて欲しいと頼んだのである。
エアは私の言葉を聞くと、真剣な顔で頷きを返し『早く帰って来て』とだけ返して来た。……もちろん。早く戻って来るとも。
──そうして、私は感知を使ったまま連続した【転移】を行ない、このダンジョンの階層を次々に見て回った。
入口付近の魔素の濃度から中級だと判断したが、その割にはここは階層が明らかに少ない。
これでは魔素だまりが出来るのも納得だった。
彼らが遭遇した以外にも何カ所か隠れる様に『ダンジョンの死神』も居たので、私はそれらを一応消し去っておく。
そして、おそらくは彼らが追い詰められたであろう袋小路も見つけた。
もし、最初からこの経路にまで追い詰める予定だったのだとしたら、このダンジョンはだいぶ賢い。
それに暫く調べた結果だが、私はこれが異常などではなく、どちらかと言うとこのダンジョンの独自の仕様ではないかと判断した。
……だとすれば、これが一時の異変ではないのなら、あの五人に託された物は少し大きいのかもしれない。
私は事が済めば、また冒険を続けるつもりではいたが、これはこのまま放っておくわけにはいかないと判断した。
せめて彼らに最低限の知識と力を伝えておかねばと思う。
初対面且つ、彼らの師匠を消し去った私に彼らが素直に教えを聞いてくれるかは分からないが、そうでもしなければ、このダンジョンはギルドに報告しなければいけない場所だ。
そもそも、『ダンジョンの死神』が現れるのならば、ここはもう上級ダンジョンであると判断していいと私は知っている。
──急いだので、おそらくは四半刻ほど、約三十分くらいで私は元の階層へと戻って来れた。
階層が違うと感知の範囲外になってしまう為、エア達の安否が気になってしまったが、流石にこの短時間で何かが起きるとは普通は考え難い。
それに、エアが居ると言う事がだいぶ心強い。正直、彼らだけを残して行くのは不安だった。
私はエアの強さをかなり信頼している。
だから、そのエアがいれば、彼らが少々の危地にもしも遭遇した所で、負けるわけがな──
「この位で寝ないでッ!さあ、起きてッ!」
──い、とは思っていたが、何故か守る筈の五人の青年達を、エアが一人でボコボコにしているとは、私は想像もしていなかったのである。
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