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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第123話 別。




 彼らのその行為は大変に不快だった。

 その行動はダンジョン内で忌み嫌われる行いに幾つも当てはまっている。



 冒険者の心得としても、『互いの邪魔をしない事』、『相手の仕事を取らない事』、そんな二つに抵触する恥ずべき行為でもあった。

 見た所彼らは冒険者ではなさそうだが、それにしてもダンジョンでのルールと言うものを知らなさ過ぎる。

 彼らは現時点で三点もやってはいけない事をやっているのだ。



 一つ、『他者の戦闘へといきなりの介入』。

 基本的に、してはいけない事であり、もしする場合もせめて声掛けして相手の許可をとってからである。そうしない場合は一緒に攻撃されても文句は言えない。



 二つ、『他者の獲物への横やり』。

 基本的に、かなり嫌われる行為だ。窃盗と同罪かそれ以上と考えられており、横取り行為は極めて悪質な為に、起きた時点で殺し合いへと発展する可能性は限りなく高い。



 三つ、『他者の獲物を保護?』。

 もはや論外である。なんだお前らそれは、冒険者を舐めてるにも程があった。



 恐らくは集落のものだと思われる──同じ装備をした男女五人組の耳長族(エルフ)の──若者達が、エアと『石持』の戦闘に水を差して、あろうことか『石持』を庇っているのである。


 どうやら冒険者ではない、と言うそのただ一点のみで現状は消していないが、即プチュンされても普通はおかしくない。

 そんな事を彼らはしているという自覚があるのだろうか……いや、そんな事を考えている様にはどうにも思えなかった。



 それどころか、既に彼らの視線は私達から外れていて、木に槍で縫い付けられた状態の『石持』女性の方へとその意識は向いているのである。



 ……よく見れば、彼らは何かと戦闘した後なのか、色々と格好がボロボロとなっていた。

 一応、回復した後だと分かる様な血の痕もあるので、まず間違いないだろう。



「……横やりを入れた説明は貰えるのだろうな?」



 言外に『死にたいのか?』と言う意味を込めつつ、そう問いかけた時の私の瞳は、恐らくは鋭利かつ冷酷なものであったと思う。

 隣でエアが浄化をかけようかどうしようかと、タイミングを計っているのがわかった為、一思いに消し去ることは控えたが、流石に彼らには私も怒っているのだ。……エア、浄化はもう少しだけ待っていてください。



「あんたら!何者だっ!なんでこんな場所にいるっ!!」



 すると、驚いたことにエルフの青年の一人が逆にそんな事を言って来た。

 ──おっとっと。これは拙いですよ。イライラします。『はいっ!浄化っ!』……ありがとう、エア。

 さてと、何から説明したものか。今回も頭が痛い事になりそうである。



「私達は冒険者だからな、ダンジョンに入るのに不思議はない」


「ここは俺達がいる『里』のものだ。勝手に入って来ていい場所じゃない」


「……そうか。百歩譲って、その発言を認めても良いと思えるのは、この場所をちゃんと管理が出来ているのならば、それでも良かった。だが、見た所この集落に居た者達の中で、その『石持』に勝てる者がいたのか?『里』でダンジョンの所有を主張するのは構わないが、それを主張していいのは最低限管理が出来ている者だけなのだ。その相手を倒せない君達にその資格はない」



 私が青年達にそう告げると、青年達は憎々し気に私を睨みつけてきた。

 その表情からは『余所者が勝手な事を言うな』とでも言いたいように見える。



「先ずは、そこの『石持』に止めを刺した方がいい。話はそれからだ。……それと危険すぎる。あまり近づき過ぎるな」


「それはダメッ!お母さん(・・・・)は殺させない」


「…………」



 一応は彼らの身を案じてそう言うと、彼らの一人、女性のエルフの一人からは、そんな想像通りの言葉が返って、きてしまった。……薄々ではあるが、一目見た時から気づいてはいたのだ。



 今までにも何度か同じような経験はあるものの、こういう状況はあまり目にしたいものではない。

 ……悲しい話しか残らないからだ。

 だが、今は私が悲しんでいる場合ではない。



 『石持』はもう君のお母さんなどではない。ただ死体が動いているだけなのである。

 その仕草や行動が本来の持ち主の『身体の記憶』を使い、本人そのままに似たように動くから、そう感じてしまうのも分かる。

 だが、もう違うのだ。彼女は死んでいる。

 私はそう、彼らに説明した。

 話を聞くうちに彼らの顔は見る見ると悲し気に変わって行くが、どうか納得して欲しい。



「そんなことない!わたしには分かるっ!お母さんはまだ戻れるっ!」



 気持ちは分かる。認めたくない心もだ。

 だが、戻れないのだ。もう。

 片方の目が潰れてしまっている状態の『石持』に、彼女達はまだ生前の姿を重ねてしまっていた。

 青年達の中ではまだ、彼女は生きているのだろう。

 信じたくないのだ。



 だが、信じなくてはいけない。目の前を見なければいけない。

 病気ではない。戻す事等、もはや出来はしないのだ。

 回復も浄化も効かん。何故ならもう死んでいるからである。


 君達は知っているのではないか?彼女が死んだその理由を。このダンジョンの中で何が起こったのかを。

 生きている様に錯覚しようとも、その女性は既に死んでいる。

 そして、今はダンジョンにその死体を操られているだけなのだ。


 君の母親だと言うのなら、早く倒してあげて土に、ダンジョンの中ではなく、ちゃんと外の故郷の地へと、彼女の墓を作り心を還してあげなさい。

 その大切に思う気持ちは、『石持』に向けるべきものではない。



「違うっ!あんたなんかにっ、余所者なんかには分からないっ!お母さんは死んでなんかないっ!」



「…………」



 死んだ女性の娘だけが未だ納得いかないようにそう声を荒げていたが、周りの四人は少しずつ私の言葉が理解できたようで、先ほどとは顔色が少し変わって来た。

 大丈夫だ、話は通じる。

 私は残り一人であるその娘だけを説得に掛かった。



 先程、彼らの集落を感知した時に、戦えそうな者はあまり多くは無いと私は視た。

 おそらくは狩猟は出来るだろう。

 だが時に、戦いとは単なる暴力とは違い、それ以外の異なる力が必要になるのだ。

 目の前の彼らは魔法を使えはするだろう。剣も振れるだろう。

 だが、彼らには戦うための決意だけが大きく足りていない。



 情に篤い冒険者にも時々いるのだ。死んだ仲間を『石持』だと認めたがらない者が。

 大切であれば大切であるほど、目の前の光景を信じる事が出来ない者が。

 最愛の者を失った悲しみと、その大切な者が変わり果ててもなお、まだ動いてくれて(・・・)いるという事にどうしても感じてしまうのだ、そのどうしようもない喜びを。



 それは理性を越えた純粋で素直な感情であり、生きていて欲しいという願いであり、彼らの心の優しさが見せる残酷な幻影でもある。

 気持ちは痛い程に分かる。私も自分の故郷を失った人間だ。その事実が認められず、数百年は彷徨った愚かな人間だ。


 『里』では皆が家族だった。

 その家族を手に掛けたくない気持ちなど、理解出来て当たり前である。

 だが──




「──ならばどうするっ!そのままにしていれば、いずれ必ずその『石持』は更なる淀みを孕み、外にいる他の家族をも殺すようになるのだぞ!大事に思っている家族達を、家族の亡骸に殺させたいとでも言うのかッ!」



 そう言って私は語気を強めた。彼女に納得して欲しかった。

 強引に私が魔法で焼き払う事は出来る。だが、そんな事をさせないで欲しい。

 それでは誰の心も納得がいかないだろう。



 戦いには時として、残酷な決意が必要になる時がある。

 何かを守り、何かを切り捨てる。そんな時がある。

 心や感情を抜きにしても、非情な現実を行なわねばならない時がある。

 そうしなければ、どちらも守れないという時があるのだ。


 ダンジョンの中とは、冒険者とは、そうした決意を持った者達が集まる場所なのである。

 だから、半端も甘えもいらないのだ。

 私達はいつも、このような状況になっても毅然として対処しなければいけない。



 君達もダンジョンに入ったからには、その決意をもって事を成せ。なさねば、その代わりにもっと多くのものを、大切な人達を失う事になる。



「なにか……ないの……どうにかできる方法は……」



 ない。ないのだ。

 仕方ない事が、この世には多くある。



「だから選べ。君達に出来るのは、自分で始末をつけるか、無関係な私に任せるかだ。……気持ちは察する。そして個人的には、私に全てを委ねよ。君達が家族の亡骸に手に掛ける位ならば、私に全てを委ねて、私を恨め」


「…………」


「その上で、君達はもっと力を付けるべきだ。自分達で確りと力を付けよ。もう二度とこんな事が起きないように。次は確りと家族を守ってやれるように。もう失わずに済むように。全力で力を付けよ。決意を持て、今の君達に出来るのはそれだけだ」


「…………」



 『石持』の女性をお母さんと呼んでいたエルフの女性は、私を見て、声を聞き、逡巡し悩み、周りを見て同じように悩む仲間達を見て、どうしようもない事なのだと悟ると、瞳を濡らしたまま、また私を見つめ、心から何かを零すかのように、小さく声を発した。



「……おねがい、します」



 それは絞り出すような声だった。

 私はその声を受け取ると、『石持』の胸の奥にある魔石を魔法で砕き、浄化を流し込む。

 すると、それだけでその身体は、ほぼ一瞬で消え去っていった。



 ──だがその瞬間、刹那の間、消える寸前に生前の彼らが知る女性の笑顔が見えた気がした。

 それは私が何かをしたわけでも、彼らが幻覚を見たわけでもない。

 恐らくは『身体の記憶』に残った最後の記憶が、この人物の笑顔を見せてくれたのだろう。



 だが、その笑みは五人の青年達にとっては特別な意味をもつものだったようで、五人はその場に蹲ると泣き崩れるのであった。




またのお越しをお待ちしております。

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