第122話 理。
「帰れ」
「…………」
「…………」
私とエアは今、しょぼんと肩を落としている。集落に入れて貰えなかったのだ。
結界近くに行くと、ちょうど向こうも私達に気付いたのだろう、集落の人間らしい金髪の耳長族の青年に、挨拶する間もなくその一言で追い払われてしまった。……悲しい。
でも、こちらの大陸に来て初めて見つけた集落ではあったが、やはりこうなったかという思いは実はあった。
心の中では既にこれはしょうがないものだと、納得もしている。
それぞれの『里』と呼ばれるこういう場所は、荒らされたくないから余所から来るものには厳しく排他的な所があるのだ。
その分、彼らは自分達の集落の仲間達を皆家族の様に思っており、互いに支え合って大切に暮らして居るのである。
種族の違いも気にせず、互いの子供達は一緒に育てられるし、お祭りや何かの催し物などは全員で創り上げて参加するのだ。
そこに邪魔者や危険分子、不審者を入れたくないという心理が働いてしまうのは、まあ納得できなくはない感情なのである。
『こちらは上手くやっているんだから邪魔をしないでくれ』と言う心境なのだろう。そう言われてしまったらこちらからはもう何も言うことは出来ない。去るだけだ。
まあ、場所によっては開放的な所もあるので、また今度そういう場所を見つけたら訪ねてみるとしよう。
「……残念だったね」
エアも元気なさげだ。申し訳ない。
こればっかりはどうしようもないし、魔法で強引に、みたいな手法も取りたくはないのだ。
ただ、そうはわかっていても、やっぱり残念な気持ちは拭えず、互いに肩を落としていた。
そこで私は、元気回復の特効薬代わりにになるかと秘跡産果物『ネクト』を取り出し、エアへとそれを食べさせてあげた。今は二人で落ち込みながらも無言でパクパクしている。
そうして暫くして居ると『うんっ、美味しい!』と、ぱあっとエアの笑顔は花開いたかのように一気に戻ってきた。流石はネクトである。
そして、私もそんなエアの笑顔に元気を貰って、また二人で一緒に元来た道へと私達は戻って行った。
──すると、その時。
集落の全体を感知だけはしていたのだが、少し離れた場所にこれまた別の面白いものをみつけてしまったので、私はそちらは大丈夫だろうとエアを連れて行ってみる事にした。
そうしてしばらく歩いていくと、エアが『あっ』と何かに気付いて、声を上げた。
おそらくは魔法で隠してはいたのだろうが、私とエアにはそれがなんであるのか、一目見て直ぐに分かってしまう。
何故なら今、私達の目線の先には森の中に似つかわしくない、不思議なピンク色の水溜まりがあったのだった。
「あーっ。ダンジョンだっ!」
そう言って私の方を見てくるエアの顔はとても嬉しそうである。
何気に『お散歩ダンジョン』以外のダンジョンには、ダンジョン都市では入れなかったので、こういう発見は嬉しいものがあった。
自然にあるダンジョンならば、それがどのランクに適したものなのかまだ決まってない為、ランクの判断がされるまでは、『白石』である私達が入っても規則的には構わないとなっているのだ。
まあ、普通は危険などで入りはしないだろうけど。
ただ、入っても良い代わりに、こういう場所を見つけた際は近くの街にあるギルドへと報告するというのが普通の流れである。
だが、ここの場合は恐らくこの『里』の者達が普段から使っているだろうし、ここを報告してしまうと『里』の存在が周知されて、ここに住む者達に迷惑がかかってしまうだろうから、今回はダンジョンの状態を見て、大丈夫そうならば報告は止めておこうと思った。
こういうのは臨機応変に対応する事が重要である。
私はダンジョンの入口の周囲を見回しつつ、ピンクの水溜りもジーっと凝視していく。
とりあえず見た所、このダンジョンは外に淀みが漏れ出しても居ないし、対処もちゃんとできている様には見えた。
まあ、中に入ってみないと更に詳しい事はまだ分からないが、今の所はあえて報告するまでも無いダンジョンだと判断している。
さて、では実際にどんなダンジョンなのかが気になるので、私とエアは相談して、少しだけ中へと入ってみる事にした。
一応、ダンジョンの入口には隠蔽と侵入を塞ぐ結界が張ってあったが、私達にはその結界が反応する事は無く、普通に入っていけた。
別にこれは私が結界を壊したわけでも無効化したわけでもない。『あなた達は入っていいですよー』状態だったのだ。
「…………」
おそらくは何の反応も無かった事から、森の者は素通りできるような結界の調整にしていたのだろう。
これは森に生きる者特有の性質を上手く使っているわけだが、どうにも随分その範囲指定が大雑把な気がした。
密かに何らかの反応が結界にあれば私にはわかるし、里の者達も人を向けてくるはずであるが……暫く待っても、何も無いし誰も来ない。
ふむ。結界の強度自体はそこそこ丈夫だが、識別の面で少々甘さを感じる。
恐らく、ここにこの結界の魔法を張った者と、集落に結界を張った者は同じ者であろう。
使用している魔法がとても似ている。それにこの手法には、同じだけの若さと素直さを感じた。
……もしかしたら、この集落の者達はあまり魔法が得意な者が居ないのかもしれない。
耳長族だからと言って必ず魔法が得意なわけではないのだ。
狩猟する場合にも魔法ではなく、弓の技巧にのみ秀でている者は沢山にいる。
その集落の中で魔法が得意な者が居ればその技術は受け継がれていくけれど、そうでなければ小さい集落なら一人もいないなんて事も時たまにはあるのだ。
ただ、ここの場合、結界は充分に役割を果たしているとは言えるので、現状は全く問題無い。
──そうして、ある程度事前の観察も終えた私は、ピンク色の水溜まりの中へと、ゆっくりと足を入れていった。
そんな私の左後ろで、エアは固唾を呑み、気合を入れてから大きく一歩を踏み出している。
……もしかしたら、エアには大樹の傍にある『秘跡ベイビー』と重なって見えているのかもしれない。
あんな地獄絵図レベルの『秘跡』やダンジョンなど、滅多にあるものでは無いので安心していいとは思うのだが、私は少し懐かしさを覚えて微笑ましく感じた。
エアにとってはこのタイプのダンジョン突入は、やはり少し恐れがあるのだろう。
だが、あそこまでの場所ではないとは言え、急に何が起こるかはわからないのは事実。ならば用心するに越したことはない。
……そう考えると、確かにエアの警戒は間違ってはいなかった。と途中で気づいた私は自分の認識の方を改めることにする。
人の振り見て我が振り直せという言葉もある通り、ここは私の方が少し慢心していた気がしたので、反省しエアを見習う事にした。
冒険者たるもの、常にそうした初心を忘れるべからず、油断してはいけない。
慢心は敵だと覚えよう。
私達はバラバラに入って行こうとしていたが、反省した私は以前と同じようにエアの手をちゃんと引いて、ゆっくりと一緒にダンジョンの中へと入って行った。
何が起きたとしても、ちゃんとエアを守れるように。
「ここがダンジョン?」
入ると辺り一帯が、先ほどまでとほぼ変わらない様に見える場所へと私達は立っていた。
だがそう、景色は変わらずともここはもうダンジョンである。
ちゃんと足元には先ほどのピンクの水溜まりもあった。こっちは出口用である。
見分けは少し難しいが魔素の流れを感じ取れると分かるようになる。
そうして、私は軽くあたりを一周見回してから、ダンジョンの中の魔素を先ずは感じ取った。
すると、どうやら入口周辺の環境を学び、秘跡からちゃんとダンジョンへと成長したごく一般的なダンジョンだと分かる。
そして恐らく、魔素の濃度から判断するに、あって中級と言うレベルだろうか。危険度はそこそこだ。
ダンジョン都市の『赤石』の道場青年達が入っていたのが、おそらくはこれくらいのものだと思われる。
こういうダンジョンに入った際、普通に気を付けなければいけないのが、先ずこの出入口の場所を忘れない事であった。
『お散歩ダンジョン』の様に片道一方通行で、ぐるっと一周すれば戻って来れる様な場所であればいいのだが、だいたいのダンジョンは入口周辺と変わらない景色をこうして作り、出入口の場所を分かり難くして侵入者を惑わしてくるのである。
そして、不用意にも迷路の奥深くへと入り込んできた侵入者達を、罠やら餓死やらで倒そうとしてくるのがダンジョンの基本戦術なのだ。
なので初心者は入ったら先ず、印でも何でもいいので、ここに迷わず戻って来れるようにする事がなによりも重要である。奥に進むのはそれからで。
そして、中で活動する為の食料や最低限の水などはちゃんともっていく事。
この二つは最低限の鉄則として覚えておかなければいけない。
正直な話をすると、ダンジョンの中は魔物がいっぱいで危険だ!などと言われるのはだいぶ高レベルのダンジョンになってからのお話なのである。
ダンジョンに入り込んだ動物や人が死んで『石持』となって襲って来るようになるわけなのだが、先ほどの鉄則にさえ気を付けて、中で死者を出さない限り、基本的にダンジョンは平和なままだ。『石持』が出たとしても精々が迷い込んで死んだ動物の『石持』ぐらいなので対処も簡単である。
逆に、この中で死者を大量に出してしまうと、人型の強力な『石持』が現れる様になるので、かなり気をつけなければいけないようになるのだ……。
──そう、それも、あちらに居る様に、武装をちゃんとしているエルフの『石持』等になると、そこそこ危険度は大きい。
「ロム……あれ……」
ああ。恐らくは集落のものだろうとは思われるが、死者を出してしまったのだろう。
片側の瞳は潰れ、元は美しかったであろう髪もぼさぼさになってしまってはいるが、中々に雰囲気がある『石持』の女性が、そこには居た。
それもあれは、元は戦える者だったな。
『石持』になってしまった者は、生前とは違うものになるわけなのだが、その元の持ち主の『身体の記憶』と呼べばいいのか、身につけていた技量は『石持』となった後でも残る為に、実力者が死ぬとそのまま強敵となって襲って来るのである。
……だが、見た所、これくらいならば敵ではないと私は判断した。
精々エアの経験になって貰うことにしよう。
「エア、戦ってみるか?」
「……うんっ。やってみる」
既に、エアの手には槍が握られおり、戦闘の準備は整っていた。
……少し気になる集団が、横手からこちらへと急ぎで近づいているのを感知したが、今なら邪魔なく倒せるだろう。
エアとその『石持』はしばし見つめ合うと、次の瞬間、『石持』は剣を抜き、風に身を乗せて低空に飛翔して切りかかって来た。
それに対し、エアは投げ槍を一閃。
その速さは目の前の『石持』に躱せるものではなく、敵の剣を砕き、多少は勢いを削がれたとはいえ、『石持』の身体へと槍は深く刺さると、そのまま背後の木へとその身体を縫い留めた。
あとは、止めに魔法を使えばエアの完全勝利である。文句なしに完璧だった。
「待ってくれっ!やめてくれっ!!」
──だがしかし、あとは止めを刺すだけと言うその段階になって、横から急いで近づいて来ていた集団が、その『石持』を庇う様に前へと出ると、両手を広げて立ち塞がるのであった。
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