第12話 やくそう。
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2022・11・09、本文微修正。
「……くしゅん」
「のどは乾いてないか?お腹は?」
「……うん……へーき……」
彼女が体調を崩した。
発熱があり、喉の痛みと鼻水、いつもは綺麗な額の角の輝き具合も、今日は若干くすんで見える。
……恐らくは、普通に風邪を患ったらしい。
強靭な肉体とどんな環境にでも適応できる能力があろうとも毒にはかかるし、免疫機能の低下で身体が弱っている時にはこのように病気になったりもする。鬼人族が如何に素晴らしい力を持っていようとも、万能ではない。体調管理には確りと気を配るべきだし、そこだけは他種族となにも変わらないのだと。
「……そうか」
彼女がこうして寝込んでいるのは、川から帰って来て数日が過ぎた今日、朝から家の中にある水浴びが出来る場所の傍でぐったりと椅子に座っているのを見つけてからの事であった。
普段は私の魔法で朝夕に服ごと全身を浄化する為、滅多にこの場所には近寄らない。
そのはずなのに、彼女がそこに居て座り込んでいた。その姿を目にした瞬間から、なにか異変が起きている事は明白であった。
朝食まではまだ元気だったので私も少し油断していたのだが……やはりまだ中身が幼子に近しい彼女から目を離すのは少々危なかったのかもしれないと後悔もする。
「…………」
彼女がその水場と言う環境で何をやっていたのか……。
本当はそんな事、問うまでもなく想像も出来ていたのだ。
でも、逆に分かってしまったからこそ、その気持ちを尊重してあげたいという思いが強くなり、彼女の行動を見て見ぬふりしてしまっていたのである。
この数日、彼女は密かに、なんなら朝食後は必ずそこへと赴いていた事も実は私は知っていたのだ。
彼女本人はこっそりとやっていたつもりなのだろうが、このまやかしの家の中の事で私に気付けない事はあまりなく……ここ数日は彼女もご機嫌で、順調そうでもあったので、尚更に注意を払う事を忘れていたのである。
「…………」
川から帰り、己の力を知り、学んだことをちゃんと自分のものとする為、彼女はそこで毎日練習をしていたのだと。
その間、私は彼女のそんな素晴らしい努力を影ながら『偉い!』と、褒めてあげたいという心はあっても……もしかしたらこうした問題が起きるかもしれないから止めなければいけないなどとは一切考えもしていなかったのだ。
もしも私に未来が見える力があり、彼女が体調を崩して苦しい思いをすることが予知出来ていたとしても、毎日無邪気な笑顔で頑張るあの彼女の姿を見てしまったら、やめろとは言えなかったかもしれないが……。
「…………」
なんにしても私は、苦しむ彼女の姿を見守りながら、こうして不器用に看病する事しか出来なかった。
一応、病気にも対応しそうな回復魔法を使おうとはしてみたのだが、『天元』の働きと反応を見るに──今は下手に影響を与えない方が寧ろ良いかもしれない状態だと悟り、それすらも出来ず……。
減らぬ食事を机の上に用意しながら、眠っている彼女に心の中で『頑張れ、頑張れ』と応援する事ぐらいしか出来なかったのだった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「……苦しいか?家の薬草を煎じた解熱薬を持ってきた。これを飲んで寝れば熱も下がるぞ。お腹は空かないか?」
「へーき……でも、もうねれない……」
「……そうか。さっきまで寝てたからな。でも、目をつぶっているだけでもいい。一度浄化を掛けるぞ。少しスーっとする」
「うん……あぁー、すずしいー……」
「ほかになにか、して欲しい事はあるか?」
「……おはなし、してー……」
「お話?冒険者時代の話で良いか?」
「……うんー、ききたいー……」
「そうか」
顔色は段々と良くなっている……と思う。
若干『天元』の働きが弱っていたが、それも自然回復で元へと戻ろうとしている。
……恐らくは、もう一度寝て起き、解熱薬で熱が下がれば明日には治るだろう。
大丈夫だ。問題はない。
彼女が急に熱を出して、私も少し焦っていたのかもしれない。落ち着かなければ……。
「…………」
その為にも、彼女にここでお話をするのはいいかもしれない。
……ただ、はてさていったいなんの話をしようかと迷う。
聞いていて落ち着くものが良いだろうか。それとも派手で興味を引くような話がいいだろうか。
……いや、今彼女が風邪をひいているからこそできる、そんな話が良いかもしれない。
だから私は、彼女へと冒険者時代の話を──特に、ソロで活動していた自分が、風邪をひいたときの話をする事にした。
かつて敵が周りに大勢いる中で、体調を崩し、今の彼女と同じように風邪をひいたことがある。
体調管理には気を付けていたつもりだったが、かかる時はかかるものだ。
冒険の為、新しい土地に入って活動しようとする時なんかはよく起こる。しょうがない話だ。
ただ、大事なのはかかった後、どう行動するか、どう準備しておくかが重要なのだと。
当然体調を崩せば動きが悪くなり、魔法も集中できず思う様に発動しない事も多い。
だがそんな事、周りの敵には関係なく、むしろ好機とばかりに容赦なく襲いかかってくるのだと。
その時分の私も、逃げたくないはないが結局は命辛々逃げ出す事にした。そんな苦い思い出の数々である。
「…………」
『羽の生えたトカゲ風情が!』と罵りつつ、いつまでも執拗に追い続けてくるそんな敵どもの攻撃を必死に躱しながら、森で目に入る薬草を片っ端から拾い集め、泥水の中をはいずり、隠れながらもなんとか身体癒して逃げていく、そんな話だった。
自分の未熟さを話すのは少し恥ずかしい気持ちもあったが、彼女はただただ興味深そうに聞き入ってくれていた。彼女に先ほど飲ませた解熱薬なんかは、私がその時に飲んだものと一緒なのだと言うと何故か嬉しそうな顔も見せた。
そして、話し始めてみれば時間が経つのはあっという間の事で……気づいた時には彼女はいつの間にかまたすーすーと眠りについていたのであった。
「…………」
せっかくちょうどこれから羽の生えたトカゲ達に逆襲しにいく私的オススメ部分に入る所だったのだが……それはまた今度話することにしよう。
眠る彼女を起こさぬ内、『早く元気になる様に』と願いを込めて一度だけ頭に触れてから、私は部屋を後にした。
翌朝、昨日は風邪で殆ど喉を通らなかった食事も今朝はモリモリと食べている彼女の様子に一安心する。
最初は『消化に良い物』を身体に負担がない分だけ用意していたのだが……結局は彼女の腹の虫が『全然足りねえぞ!鍋ごと持って来い!』と言わんばかりに騒ぎ出したので、いつも通りの食事となった。もちろんその間はいつも以上に些細な変化も見逃さないようにと細心の注意を払った。
食後、彼女がまた水場へと向かって『天元の特訓をするかもしれない』と内心で危ぶんでいた私に対し、彼女はいの一番でこう言ってきた。
「薬草のこと、おしえてっ!」
「それはもちろん良いが……どうしてだ?」
「ぼうけんしゃは薬草が大事!そうでしょっ?」
『むふー!』と息を吐きつつ、やる気に満ちた堂々たる仁王立ちでそう語る彼女は、昨日の私の話に大分感化された様子で……。
『冒険に出る者は薬草に詳しくないとダメ!いついかなる時、どんな状況にも対応できる良い冒険者になるのだ!』と強く意気込むのであった。
「……そうだな」
私もこれまで数多くの教訓を得て今日まで生きてきたが、彼女にとっての一番最初のそれは『冒険者には、やくそうが必須』と言う事であったようだ。それもまた真理であると私も思う。
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