第119話 毅。
大国側の兵士達がみんな眠ってしまった事を確認できたので、私達は街の方へと向かった。
破城槌によってかなりボロボロとなってしまった外門へと私達は到着する。
一見して、これほど壊れてしまったらもう一度最初から作り直した方が早いだろうとは思いつつも、一応の応急処置として【土魔法】を用いて壁を十倍ほどの厚さに補強しておいた。硬度も高めなので、これで直ぐに破れる心配はないだろう。
そして、私達は一緒に空を飛んで外門を越えた。
急に入って驚かせない様に、普段よりゆっくりと下りて中へと入ってみると、そこには忙しく駆け回る兵士達の姿があり、その多くはいきなり空からやってきた私達の事を、どこか縋る様に見つめていた。
『助けが来たのか』と彼らの表情はそう尋ねてきているみたいだった。
きっと、それほどまでに厳しい戦いの連続だったのだろう。
当然だ、目に見えるだけの範囲には無事な兵等一人もいない。
皆なにかしらの怪我を負いながらも、それでも必死に動いていた。
門の内側だって既にボロボロの状態だった。
元々は家屋だったのだろうが、門内側のバリケード強化の為か周辺の家はとっくに全部潰してしまっている。門の内側はそんな元は家であったものが残骸の山として外敵の侵入を防ぐ役割を担っていた。
周囲の兵士達にもどこか統一感を感じない。
きっと、彼らの多くは周辺の街から最後の望みとしてここへと避難してきた者達が多くいるのだろう思う。食事も満足に取れている様には思えないものばかりだった。
彼らはもう色々な意味で限界に近い、そんな状態である。
そんな中、突然訪れた私達の存在は、彼らの目にどう映っただろうか。希望に見えているのだろうか。
……だが、すまない。私達はお魚を食べに来ただけなのだ。
外の奇妙な状況はさて置き、どんな形であれ敵兵の襲来が一旦途絶えたこの状況は、彼らにとって僥倖だったろう。助けられたように感じているかもしれない。
だが、私達にはその気は一切ないのだ。ただただ、お魚を食べに来ただけなのである。
だから、門内に入ったら、私達は街の者達を助力だと勘違いさせないように、普通に街に訪れた風を装う事にしようと、ここに来る前にエアとは相談して決めていた。
なので、街に入る時はだいたいが『入街金』と呼ばれる少量の税をとっている場所が多い為、私達はその分の少量の銀貨を手にしながら彼らにこう問いかける。
「入門料金は誰に渡せば良いのかな?すまないが、私達は飯屋に行きたいだけなのだ」
「美味しい料理屋さんはどこにありますか?」
きっと助っ人だろうと期待していた人物達から告げられたその場違いな言葉に、周りの兵士達が『はっ?』と言ってしまったのはしょうがない事だったとは思う。
だが、どれだけ悲惨な状況だろうと、彼らがどんなに助けを期待していようとも、私達は無関係を貫かせて貰うつもりである。
『おい、お前ら、この状況を見て何を言ってんだ?』と言うそんな声が、彼らの表情からはビシビシと伝わって来るが……私達の心は変わらなかった。
この状況になったのは君達と外にいる奴等との問題であると。
それは部外者である私達に口出しできる問題ではないだろうと。
そう言って、きっぱりと否定したのである。
『援軍じゃなかったのか……』と兵士達の中には肩を落とし悲愴感に満ちている者も居るが、私はそれに毅然とした態度で答えた。
どんな理由があり、どれだけキツイ状況なのかは知らないが、この戦争は君達が当事者であると。
私達はただの旅人でしかない。無関係を貫かせて貰う。これは何においても絶対であった。
この時点では、まだ彼らに私達の狙いを悟らせたくはなかったのである。
冷たいだと?ああ、もちろんだとも。私は戦争をする者達が好きではないのだ。
自分達で始めた戦いだ。自分達でケツをふき給え。
向こうから襲って来たのか、こちらから手を出したのか、そんな事は私の与り知る所ではない。
耳に痛かろうが、私達は君達を助ける為に来たわけではないのだ。そこの所を勘違いしないで欲しい。
何度も言うが私達は、こちらにお魚を食べる為に来ただけで、外の大国側の兵士達も襲ってこなければ態々眠らようなどとも私達は思わなかった。
中途半端に期待を持たせるような事を言わないだけましだと思って欲しい。
『雇われないか?』と聞かれても答えは決まっている。当然断らせて貰う。
義侠心などはこれっぽっちも湧かない。正義などにも興味がない。
援軍でも何でもないただの旅人、私達はただの冒険者である。
私は、彼らから尋ねられた事全てに、そんな風にそっけなく返した。
密かに戦争を止める為に来ては居るが、私達は彼らの仲間になる気は全くないのである。
──パチン
……だが、おっと頬に蚊がいたらしい。
気づくのが少し遅れた為か、頬っぺたには虫刺され跡が出来てしまっているようだ。
この辺りは少し気温が高いのでこういう羽虫も少し多いようだ。
「はっ?あんた、急に何を言って──」
私がいきなり自分の頬を軽く叩くと、目の前の兵士は怪訝そうな顔を浮かべた。
だが、そんな言葉には一切気にとめる事無いまま、私はこれは身体の気付かない場所も刺されている可能性があるかと思い、こういう時に最適な魔法を発動する事にした。
広範囲に亘って怪我をしている可能性がある場合、全身すっぽりと包めるサイズまで範囲を広げた【回復魔法】を使えば効率よく一発で治ってくれる。……おっと、少々気合を入れ過ぎてしまった為に、街全体を包む程の回復を使ってしまったが、まあ、これくらいやれば私の虫刺されもおそらくは治っているだろう。
「──ッ!?」
「ふふっ」
私達へと信じられないものでも見たかのように目を見開く周囲の兵士達。
私の背中で、同じく虫刺されが治ったであろうエアも嬉しそうに笑っていた。
「……あっ、そっか、次は私だっけ。──えっと、ふぁ、はっ、へくちッ!!」
おっと、すると今度はどうした事だろうか、急にエアが可愛らしいクシャミを無理矢理してしまったではないか。
これはどうやら、こっちの大陸が少し暑かったから周囲の風を涼しくする為に使った魔法が少し効き過ぎたらしい。そのせいでエアの身体が冷えてクシャミがでてしまったようだ。……おー、これはいけない。少し調整しよう。
ただ、そのクシャミの瞬間、エアが背負っていたお気に入りの古かばんの口が逆さになって開いており、不思議な事に本人が取り出そうと思わなければ絶対に出ない筈の中身がそこから大量に辺りへと散乱してしまったのだった。
それも不幸中の幸いだとでも言うかのように、ちょうど今この街の備蓄が少なくなっていた小麦などの主食になる様なものばかりが、大袋に入ってドッスンドッスンと積み上がってどんどん出てきている。
「これは……」
……あー、こりゃ勿体ないが落としてしまった食材はお腹を壊す心配もある。
しょうがないから、捨てるのも忍びないし、これは胃腸の強そうな兵士達に渡して処理して貰うことにしようか。エアもそれでいいかな?
「うんっ!いいよっ。ふふふ」
「い、いいのか?こんなに……」
「ああ、処理を頼む。しょうがないんだ。だって落としてしまったからな」
うちの教育方針で、落ちた食べ物は火の精霊の口に入れる事になっているのだが、生憎と今日は連れて来ていないのである。……残念だ。彼なら幸せそうな顔で食べてくれたとは思うのだけれど。
さてと、今度は私の方が、その大量の食糧を見た事でこの街に来た当初の目的である魚の事を思い出し、【空間魔法】からビチビチ!と未だ元気に跳ね回っている大量の活きのいい魚達を取り出し、空中へと浮かべた。
あとは、この魚達を一時的に保管できる様な巨大な水槽を幾つか【土魔法】で作り出す。
沢山作れた大きな水槽の中には【水魔法】で大量の飲み水を入れておく。
それから、海水魚に必要な塩水を作る為には大量の塩も必要だと思い立ち、長い間ずっと海の上に居た際、錬金術で密かに【精製】し作り溜め続けていた私お手製の塩の山も、水槽とは別に大きな敷き物の上へと大量に出しておいた。
「不足していた、飲み水、それに塩までがこんなに……」
これで後は良い感じに混ぜれば海水ぽいものは出来るとは思うのだが、そこで私はふと一つ重要な事に気付いてしまった。
『あー、しまった』と声を出しながら、よく考えたら、お魚は今すぐに食べてしまうのだから、こんな水槽や塩など準備する必要は全くなかったのである。これは私としたことがついついうっかりしていた。これは私の凡ミスである。
……すまないが、地面に落ちてしまった食糧と同じく、その飲み水や塩の山の処理もどうか頼めないだろうか、と周りにいる兵士達にお願いすると、彼らは快く引き受けてくれた。
彼らは何故かエアがくしゃみをして落としてしまった食料や、私が間違って大量に出してしまった飲み水や塩などを目にすると、その度に喜びの声や叫びをあげて嬉しそうに処理してくれていたが、面倒を押し付けられたにも関わらず、そんな喜んでやってくれるとはなんとも気の良い者達であろうか。まあ、やってくれると言うのだから後は全て任せておく事にした。
そんな事よりも。今の私達にとって重要なのは、この宙に浮かんでいるお魚達を美味しく料理して食べさせてくれるような料理屋を探す事である。そこで、この街の事に詳しそうな地元の彼らにその場所と料理人を教えて貰えないかとお願いしてみた。
……そうしたら、彼らはなんと場所を教えるどころか、喜んで丁寧に案内までしてくれるという。
そして、着いたら料理人にも事情を説明して、最高の料理を食べさせてくれると言うのだから、こちらとしても願ったり叶ったりであった。
最初の時はみんな一見して暗い表情の者ばかりだったが、今では少しだけ明るさを取り戻したらしく、彼らの顔には元気が戻っている。
依然として無関係を貫く私達の心構えを変えるつもりはないが、親切には親切で返すのが大事だと思ったので、私はお魚の半分も彼らにあげる事にした。
まあ、海の街の住人に魚を渡すのもどうかとは思ったのだけれど、それでも彼らは喜んでくれる。
すると、案内役の男性達は私達の近くに来すぎたのか、おそらくは寒さでみんな鼻水を啜っていた。
『これでなんとか助かります……』と皆身体を震わせていたが、それほど寒かっただろうか。
よほどその寒さを我慢していたのだろう。彼らは目からも鼻水を出していたように見えた。
……だが、いやいや待て待てと、目から鼻水が出せるわけがないだろうと思い直し、あれはきっと私の見間違いだったのだと忘れる事にする。
もしかしたら、彼らに勘違いさせてしまったかもしれないのだが、お魚を半分渡したからといって、彼らを助けたわけでも、助けるつもりもない事を、改めて私は強調して主張しておいた。
「分かっています。もう十分です。本当に申し訳ない。ここまでしてもらって……」
案内役の男性達は、分かっているのかいないのか。そんな事を言うと何度も私達へと向かって感謝を述べて来た。
背中に居るエアはぎゅっと強く私の首に腕を回して顔を近づけると、私の耳に『良かったね、ロム』と嬉しそうに笑って囁いている。……さて、なんのことやら。私は本当に何かをしたつもりはないのである。私達は、ただお魚を食べに来ただけなのだから。
またのお越しをお待ちしております。




