第116話 適。
翌朝、一晩『土ハウス』でぐっすりと眠ってから爽快な朝を迎えた海上生活の二日目。
今日の私は天日干しをする為の台を【土魔法】で作り、それを『土ハウス』の屋根の上に並べて浮かべた。
その天日干しの台の上には昨日捕獲した『クラーケン』の足を所狭しと干している訳なのだが、実これ天日干しにするとあるものに使えるのである。
……ん?食べるのかって?いいや、違う。これ自体はあまり美味しくない。
元々全身毒だらけの『クラーケン』の一部であったのだから、そこはお察しである。
それでは、いったい何に使うのかと言うと、これが何気に良いポーションの材料になるのだった。
そもそも海にあるものは意外とポーションの材料に使えるものが多い。
そこら辺に普通に浮かんでいる海藻ですらなんらかの素材になる程である。
海は森に並んで素材の宝庫であり、中々来る機会もない為、取り過ぎる事が無い範囲でそこそこ確保しておいた。
今日の私はポーション作りに励むつもりである。
一方、今日のエアは昨日の反省の真っ最中であった。
モコに使った魔法はまだしも、その後の守りにおいては本人的に納得がいかない部分が多かったらしい。少し悩んでいる。
私的にはモコ戦といい、クラーケン戦といい、エアには『よく頑張ったな』と言って沢山褒めてあげたいのだが、本人がまだまだ足りないと言っているので、今は静に見守っておく事にした。
こういう時は、あまり構いすぎず、黙っているのが経験上は吉だと思っている。
なので、私は私に出来る事を今はしよう。
という訳で、せっせと足を干し、海藻を集め、ポーション作りを始めた。
因みに、私が今作っているのは、『クラーケン』の足のエキスや海上で取れた海藻などを軸に、何種類か森の素材も追加し、魔力で要素を引き出しつつ混合して作った特製の『保湿ポーション』である。
この時期、乾燥しやすい肌や手足、顔、かかとなどの部分に直接塗れば、しっとりサラサラになる自慢の一品であった。寒い季節は何かと水場の作業が辛くなるもので、直ぐに指先などがひび割れてヒリヒリしてくるのである。
なので、そういう痛みから肌を守ってくれる上に、薄っすらとほのかな海の匂いが最初に鼻腔に広がり、その後爽やかな柑橘系の香へと変化して気分まで爽快にしてくれる効果付きだ。
これぞ私の特別製『海と森の保湿ポーション』である。……因みに匂いが苦手だと言う場合に備えて、無香料の物も作ってある。
流石に海の上と言う事もあって、水に触れる機会はいつも以上に多い。
エアも青エアとなっている事で水に対する耐性は今は高いとは言え、ポーションによる保湿をやっておけば、青エア状態以外でも効果が期待できるだろう。やっておいて損はない。
──それと、これは良くある話なのだが、【回復魔法】や【浄化魔法】が使えれば『ポーション』なんて必要ないんじゃないの?と、時々勘違いしてしまう冒険者が居るのだけれど、実はそれ、大きな誤りであったりする。
確かに、回復効果の面だけを見ればそう言えるのかもしれない。
だが、【回復魔法】とポーションでは、実はそもそもの使用用途に大きな違いがあるのだ。
簡単に言うと、魔法は"即効"で効果が表れ、ポーションは"持続"して効果が表れるのである。
重傷などを瞬時に最善の状態へと戻す事が必要な時は魔法が秀でるが、予防的な意味も含めて事前に飲んだり塗布しておく事により、ポーションはゆっくりと回復させる事が出来るのだった。
つまりは、事前に飲んでおけば態々回復に時間を取らなくても良くなり、その時間を節約できると言う利点がポーションには生まれるのである。
これは特に戦闘時の方がその効果の違いが分かり易いかもしれない。
例えばの話で、羽トカゲの討伐に向かう冒険者達がいたとする。
その者達が事前に『耐火ポーション』等を服用し肌に塗布する事で奴等の吐く火から身を守れるように予防しておく。
そして、それでも防ぎきれなかった火傷や重篤な状態を【回復魔法】で癒すわけだが、その際に『ポーション』も併用して飲んでおくと、その後戦闘中に負った小さな傷等は時間経過と共に勝手に治っていき、その回復の為に使わずに済んだ魔力を攻撃へと回す事で、戦闘を有利に進める事が出来るのだ。
その存在価値はどちらも測り知れない。
どちらが上と言う話ではなく、どちらも必要だと言う話であった。
常に両方備えておくのが、冒険者としてベストなのである。
それは当然、今の寒い季節の乾燥によって起こる手のひび割れ等の場合にも、【回復魔法】とポーションの併用は有効で、最初は一度【回復魔法】で確りと治し、その後にポーションで持続してケアしていくと言うのが凄く効果的な方法なのである。
それに『保湿ポーション』で日々予防する事で、少しずつ体質も改善されて、指先などはひび割れ難くもなる。何事もそうだが、こういうのも継続してやる事にかなりの意味があるのだ。
……因みに、またポーションの中で人気なのは『保湿』と並び、暑い季節の『日焼止め』なんかもかなり一般的には人気が高い。そもそもポーションの作り方は一つと言う訳でもないので、使う材料や作る人によってその効果もまちまちである。
人気の錬金術師が作る効果が高いポーションは、それだけでその国の王室専用になったりする程に価値が高い。
私が作るポーションの効果はそこまで高い方ではないけれど、何気に良い素材は使っているので、かなり品質の高いものが出来ていた。
それから、『日焼け止めポーション』や『保湿ポーション』をいつも愛用している人に聞いた話、寒い暑いに関わらず、一年を通してこの二つは特に大事なのだとか。
『寒い季節に日焼け止め?そんなの必要ないんじゃない?』と思うかもしれないけれど、日差しと言うのは寒い季節でも馬鹿に出来ないらしく、御婦人方曰く、やるとやらないのとじゃ大違いなのだとか。『日焼止め』は年中切らすと言う事が無いと言う話だ。もちろん『保湿』も同様で大事らしい。
まあ、そんな事をつらつらと考えながらポーション作りに熱中していると、作業が終わった時にはエアがいつの間にか隣にいて、興味深そうに出来上がった幾つもの『ポーション』をジーっと見つめていた。
……ふむ。どうやら、お悩みタイムは終わっていたらしい。もしまだ悩んでいるようであったら後で差し入れでもするつもりであったが、どうやら表情を見てももう大丈夫そうであった。
私はそんな興味深そうなエアに折角だからと、そんな『保湿ポーション』や『日焼け止めポーション』を使い方や作り方を説明しながら、実演してみた。
見た所エアは乾燥肌ではないらしいけれど、やってあげると『わあああ!嬉しいっ!』と言って満足そうに笑って喜んでいる。
服の時も思ったが、エアもやはりこういうのには興味が強いらしい。オシャレが好きなのだろう。
それに、材料の一つがあの『クラーケン』だと知ると、エアからは昨日以上のやる気オーラが出ている様に感じた。作り方にも熱心に耳を澄ませている。
『これで戦う理由がこれでまた一つ出来てしまった』とばかりに、隣で気合を入れているエアのそんな姿を見て、……これは近い将来、成長したエアが『クラーケン』達を追いかけ回す日がやって来るだろうと、そんな未来を想像し、思わず心に笑みが浮かぶ私なのであった。
またのお越しをお待ちしております。




