第110話 稟。
翌朝、一番最初に目を覚ましたのは剣士少女であった。
目を覚ました少女は、私の姿を目に留めると自分がどんな状況なのかを察し、朝一番から暗い表情で俯いている。
昨日、何も出来なかった自分の無力さに、おそらくは嘆いており、剣士少女は項垂れいた。
だが、そんな少女に私は『昨日は中々に上出来であった』と告げる。
だから、朝からそんな顔をするものではないとも。
「全く何も出来なかったのに?それでも上出来なんですか?」
言外に『そんなわけないだろう。馬鹿にするな』とでも言いたそうな、ムッとした表情を少女はしているが、私はそれに対して首を横に振った。
『何も出来ていなかったわけじゃない』と。
常人では凡そ発揮し得ないだろう力をもって、足を動かし、剣を振るい、そしてひたすら考え続けた。
どうすれば突破できるのかと必死になっていた。そして全力でぶつかって来た。
今の君に出せる力と技の全てを、君の"本気"を私に見せてくれたではないか、と。
私はただ歩いていただけに見えるけれど、ちゃんと少女を感知し視ていた。
何しろ、ずっと木剣を操っていたのも私なのだ。
君がどれだけの力と技でぶつかって来たのかちゃんとわかっている。
……それを忘れてしまったのかな?それとも、あの木剣に別の意思でも感じたかな?
「えっ、いや、その……」
少女にとってはもしかしたら本当に、木剣が意思を持っている様に見えていたのかもしれない。
途中から、明らかに木剣だけを敵視していて、私に一撃を与えると言う事が頭から抜けていたように思える。
こうしてみれば、普段は思慮深い様に見えるけれど、戦闘中は極めて熱血であることが分かった。
逆に少年の方は、戦闘中は冷静さが表に立ち頭の回転が早かったように思う。
……やはり良い二人組なのだなと私は感じた。
「あれっ、ここって……」
「ろむー、おはよう」
そうしている間に魔法使いの少年とエアも起き出してきたので、私達はみんなで食事をとり、暫く食休みを挟んでから片付けを終えて、また街へと向かって歩き出した。
出発した後、直ぐに昨日の戦闘についての私の判断を聞きたいと少年から言われたので、私は自分が素直に感じた事を語りだす。伝えられることは嘘偽りなくそのまま伝える気である。
正直な話だが、二人とも私の想像以上の力であった。
両者とも『天稟』の持ち主だと納得させる腕前であり、尚且つ独自の努力をしっかりと感じさせるものであったからだ。
特に、少年には天性の『察知能力と制御能力の高さ』があり、少女には天性の『肉体運用の耐久性と柔軟さ』があった。
少年の『察知と制御』の良さは今更言うまでもないかもしれないが、その分威力面に若干の不足を感じたので、その点が今後の課題となるだろう。
練習法としては、一点に魔力を集中させてその点の大きさ自体を広げ威力を高めるか、複数の点を同時に狙った目標へと隣接発動させるようにするか等、まあ、方法は他にも色々とあるので試行錯誤すると良い。
一方、少女の『耐久性と柔軟さ』の方はあまり本人が気付いていなかったかもしれないが、少女の運動は身体を痛めてもおかしくない挙動の連続であった。
全力で走っていたのをいきなり何の反動も無しに緊急停止し、そしてまた全力で走りだすと言うのを繰り返している様なものだったのだ。
ハッキリ言えば、常人にはその動きを捉え切る事は適わず、その運動に付いていけるものは限りなく少ないだろう。
……だが、そんな無理は永遠には続かない。
私は少女の方を見ると、その目を見つめて確りと伝えた。
君は少年から魔法の手解きを受けて、少しずつ魔力を身体に馴染ませなさい。
そして、出来る事なら自分で回復が使えるようになりなさい。
魔力で身体を守れば君はもっと自分の身体を大切に出来る。
全く魔力での補助なしで、ほぼエアと同じような運動性能をして居る時点でおかしく、身体には着実に無理が重なっていた。
だから、もっと大切にしなさい。もう回復を掛けて治してはおいたが、身体が痛い時には直ぐに隣の少年に言う様に、と。
そして、魔法使いの少年よ。
「はいっ」
大事だったら少女を守ってやりなさい。
君に付き合い冒険者になったとして、その後高位のランクになれたとしても、このままだとこの少女は近い将来に身体の一切の機能を失って、その後一生を寝たままで過ごす事になる所であった。
君は攻撃方面の察知能力は高いが、その分人の内面に対する魔法、精神的だったり回復に関する部分がまだまだ疎い。技量に未熟も感じる。先ずはそこを重点的に鍛えなさい。隣の少女の為に。
そうして回復や浄化を鍛え、確りと守ってあげなさい。
前を見るのは良いが、それだけではいけない。
魔法使いとして、周りも確りと視ていなさい。
そうでなければ、隣の少女がいつまでも傍に居てくれるとは限らなくなる。気をつけなさい。
「…………」
「…………」
おそらくは何も気付いていなかっただろう。
私の言葉を聞いて二人は驚愕していた。
だが、これらに嘘偽りは全く無い。見過ごせば間違いなくそうなっていただろう。
ただ、この早期の発見は二人にとって僥倖であった。
今からならば、二人で対処して行けば大丈夫である。
「ごめん、そんなに無理してるなんて……俺、全然気づかなかった」
「ううん。わたしも、自分でも全然。時々、骨とか痛かったけど、すぐ治るし、成長痛かと思ってただけだったし……」
二人は見つめ合って互いの事を大事に想い合っているのが伝わって来た。
才能があるが故の悩みや事故は、気を付けていないと大きなものに発展する事が多々ある。
良い二人組だからこそ、互いに大切にしていって欲しいと思った。
……だがしかし、おっとエアさん。あまりこういう時は見つめ過ぎず、そっと距離をとるものなんですよ。ほらこっちに来なさい。背中に乗って良いから。
「いやっ!あのっ!そんな気を回してもらわなくても大丈夫ですっ!!」
「っそ、そうですっ!大丈夫ですから!"あとで"、ちゃんと──」
──その瞬間、『あとで?』という言葉に、少女以外の三人の声が揃い、視線が少女へと集中した。
剣士少女は自分の発言内容に遅まきながら気が付いたらしく、顔を赤く染めて俯いてしまう。
「"あとで"、俺はどうしちゃうの?」
「う、うるさい。だまって。今のはなんでもないって」
エアはそんな二人を見てニッコニコしていた。
私も心の中で微笑ましく思う。
「でもあの、色々と急にすみませんでした。ありがとうございます」
「あのわたしも、いきなり頭に向かって攻撃とかしちゃったりして、すみませんでした」
「えっ、おまえ何やってんの!?」
「いや、違うの!わたしも力を見てもらったんだって!それで、その時に私の方も骨とかいっぱい折れたりしたし、攻撃してばっかりだったわけじゃないよ。どっちかと言うとわたしが攻撃受けるばっかりだったし」
「ええっ、骨折れたのっ!?じゃあ、なんで普通に歩いてんだ」
「えっ?だって【回復魔法】掛けてもらったから。戦ってる間、何度も骨折したけど、その度に治して貰って、諦めずに何度も攻撃してたんだよ。もう何度立ち上がったか」
「いやまて、そういう問題じゃないって。普通の【回復魔法】でそんな直ぐに骨が繋がって動けるわけないだろっ!それくらい知っとけ!」
「えっ。そうなの?」
「そうなの。そういうもんなの」
「……ロム、そうなの?」
彼らの会話に耳を傾けていたエアは自分も出来る事を少年に普通ではないと言われて私に首を傾げて尋ねてくる。
それに対して私は、『回復の効果は修練次第で如何様にもなる』と答えた。
そして、エアには『それだけ頑張ったと言う事だ。誇っていい』と明確な修練の証を告げる。
ちゃんとエアの頑張りは実を結んでいるのだと。
中々にこういうのは伝え忘れてしまうがエアは立派だぞと。
不器用だが、今回は普通に褒める事が出来たと思う。
そうすると、エアは顔を染めて心から嬉しそうに笑った。
自分の成果が認められた気分を恐らくは得ているのだろう。たぶん悪くない心地の筈である。
そして、『そっかー』と微笑みながら私のローブに顔を埋めて、いつも通りクンクンと匂いを嗅いでいるエアは、嬉し恥ずかし状態みたいなものを満喫し始める。
……これは暫く続くだろうと察して、その気持ちを邪魔しない様に好きにさせておく事にした。
「……それと、骨を繋ぐ際に少し歪だった部分を正常な形で繋いだ。内臓も同じ。少しは前よりも体の状態は良くなっている筈だ」
彼女を木剣で攻撃する際に視ていて少し気になったのは、幾つか歪なまま治りくっついてしまっていた骨と、内臓の傷みであった。……普段から中々厳しい訓練を己で課しているだとは思う。
なので、木剣で密かに攻撃する際はそこに注意し、狙って攻撃した。
……剣の腹でのビンタ?ああ、あのビンタはなんとなくである。気合を入れただけだ。まあ、まだ治療中でもあったので『さっさと剣を拾いに行け。治療をさせろ』と言う想いが全く無かったとは言わない。
「…………」
「…………」
『えっ、まじですか』みたいな呆然とした顔を二人がしているものの、たまたま目に入り、たまたま骨が折れてしまったから、ちゃんと治しただけの話だ。内臓もまた然り。特別な事など何もしていない。
「あははは、マジかーこれがエルフかー、遠いなー。……俺、頑張らなくっちゃ」
「わたしももっと頑張ろう!魔法も覚える事にします!」
「ああ。頑張りなさい」
『こうしてまた旦那の毒牙に掛かった者達が』『これを普通に思っちゃダメッ!正気になって!』『でも手遅れ』『まあ、その方が目標が高くなりますし成長に繋がりますしね』
──その後も私達は、次の街に着くまで色々と話をした。
話の内容は、専ら魔法使い少年と剣士少女の今後の訓練について、である。
彼らはその話の途中で『あの、俺達の先生になって貰えませんか!』と私に頼んで来たけれど、『私達には私達のやりたいことがあり、君らにも君らのやりたいことがあるだろう』と言って断った。その代わり、こうして今後の相談に乗っていると言う訳である。
街に着き、ギルドの中でそれぞれの目的の為に別れる際『次に会う時に、どれだけ成長しているのか楽しみにしている』と告げると、二人は嬉しそうに笑って頷いた。その時にはまた必要ならば指導する事も約束する。
そうして、彼らは冒険者登録をしに『新人用窓口』へと向かって歩いて行った。
彼らの隣の窓口で私とエアは早々に旅の報告だけをして離れていく。
その去り際、私とエアが彼らに手を振ると、彼らも笑って手を振り返してくれた。
ギルドを出た私達は、また海へと向かって歩き始める。
この街で一泊したりはしなかった。
……なにせ、目指す街までは、もうあと少しなのである。
またのお越しをお待ちしております。
祝110話到達!
『10話毎の定期報告』
皆様、いつも読んでくれてありがとうございます!
そして百話の折の、皆さまの応援やブクマ、評価、感想等、凄い沁みました。ありがとうございました!
凄く嬉しかったですし、励まされております。誤字報告も助かります。ありがとー><。
ブクマをしてくれている十八人の方々(前回から一人増)、評価してくれている五人の方々。
おかげで、本作品の総合評価は84ptに到達しました!いつもありがとうございます!
油断せずに今後も頑張って参りますので、引き続き応援頼みます^^。
──さて、では今日も恒例の一言!忘れず言葉にさせて頂きます。
「目指せ!書籍化!尚且つ、目指せ!先ずは500pt(残り416pt)!」
今後とも『鬼と歩む追憶の道。』略して『おについ』を何卒よろしくお願いします。
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