第11話 初。
2022・11・02、本文微修正。
話を終えると彼女は目つきを変え、昨日と同じようにまた川の中へと入っていった。
ただその顔つきは明らかに『負けられない者』のそれで、昨日とは大きく異なって見える。
好敵手(?)たる存在と、今まではそこまで具体的に意識をしていなかった『新たな試み』に、彼女は興奮を帯びた独特の震えを感じている様子だった。
「…………」
それはきっと『喜び』であり、武者震いでもあったのだろう。
彼女は瞳を閉じて集中すると『すぅぅぅぅー、はぁぁぁぁー』と大きく深呼吸をした。
魔素を沢山取り込みたかったからなのだろうか、そうして呼吸を意識した方が『天元』に魔素を通す想像もし易かったのかもしれない。
水の中へと一歩ずつ踏み出していく彼女が思い浮かべ望むのは恐らく、『水の魔素』。
普段、無意識的に通している魔素を『無色透明』だとするならば、水のそれはやはり『青のイメージ』が強いだろうか。
彼女の身体に流れる魔力の色とその循環には今、青が混じっていく──そのおへその奥にある『天元』を通して青い波紋がゆっくりゆっくりと身体中へと広がっていくかのようであった。
普段の何気ない『力』に更に『水の属性』が足され循環されていく事で、彼女の肉体はより強化されている。もっと具体的に言うならば、『より水を身近に感じられる様になる』。
その間、彼女はずっと『天元』に集中を向け続けていた。
その表情はまるで、単純にそれを続ける事が楽しくて仕方がなさそうな雰囲気だった……。
「…………」
私は、そんな彼女の様子に、またも『才能』を感じた。
見ているだけで『輝くなにか』を彼女からは感じるのだ。
誰よりも大きな大きな、きっと素晴らしい才能がそこにはあるのだと──。
その額の角の長さを見ても分かる通り、彼女はきっと誰よりも『鬼人族の力』を使いこなすに足る素晴らしい素質もある。
何者にも傷つけられない強靭な肉体を持ち、陸、海、空全てを縦横無尽に駆け回れる様な……。
きっとそんな、誰よりも『自由な存在』に、彼女はなれるだろうと……。
そしてその時の彼女はきっと、この世界の誰よりも無邪気で美しい笑顔を浮かべている事だろうと……。
「……むむ?」
だがしかし、それもいずれはと言う前置きが付く話でもあった……。
既に三十分以上も集中を続けているが、流石にそろそろ彼女の集中も切れてきたらしい。
ただそれだけ集中し続けても、変化できた彼女の『魔力の比率』は私の視た感じだと『水の属性が全体の数パーセント程度』と言った所だ……。
なので、当然それ以外の残りは元々の彼女の『無色透明』のままで、九割以上は変わっていないように感じる。
つまりは、変化できたのは精々『手のひら分』位のものだったと言う事である。
「…………」
うむ。ただまあ、初めての事だし、仕方がない話ではあるだろう。いきなり全てが上手くいくとは限らないのは道理だ。
それこそ無理を強いて数日は水の中に浸かったまま集中し続けていけば、もっと効果は上がっていくかもしれない……。
が、当然その様な無茶はさせたくなかった。寧ろ、彼女にはそんな無理を覚えさせない為にも、余程急いで習得したい事情でもない限りは、ゆっくりと覚えていけばいいと私はそう思うのだった。
「わあっ!すごいっ!!」
それにその変化がほんのわずかだったとしても、『効果』の方は彼女の想像以上だったらしく──
川の中へと更なる一歩を踏み出し、その手に『水を掴んだ』彼女はそう言って、大層感動を顕わにするのであった。
「かるい!?おもくないっ!これ、ほんとにすごいよッ!!」
水を、今まで以上に感じるからだろう。彼女はその感覚の『差異』が楽しいらしく、夢中で水と戯れながら、お散歩し続けていた。
途中、その『喜び』を私にも共有したくなったのか『ちゃんとみてるっ?』と無邪気に『水を掴みながら』手を振って来るので──『ちゃんと見ているよ』と、私も小さく手を振り返した……。
「あっ!?とれたーーーーー!!!」
するとその瞬間、まるで彼女は手を振る事で『相手が気を取られている』事を逆手に取るかのように──『二十センチ弱の好敵手』が、彼女の数歩先を甘えて横切ろうとした隙を見逃さなかったのである。
彼女の反応は俊敏で、振り下ろされた両の手はとても美しく、水の中とは思えない程に滑らかな動き、弧を描きながら見事にその手中へと相手を収める事に成功していた。
「わーーっ!!これやいてっ!やいてっ!」
念願の魚をその手で捕まえることが出来た彼女は、暴れまわる相手を『離すもんか!』とギュッと強く掴みながら、慌てて水から飛び出てくる。キラキラとした笑顔を向けながら、私へと勢い良くその魚を手渡してきた。
「……う、うむ」
見た所、食べられそうな魚ではあった。毒はなさそうだし、中々に立派な大きさもある。
だから私は、見上げて来る彼女に頷きを返すと、すぐさま魔法を施し始めた。
まあ、冒険者時代の最低限度の処理方法ではあるものの、魚のお腹を開いて余計な内臓を抜き取り、悪い虫がいた場合を想定して浄化の魔法を掛け、適度に塩を振りかけてから木の棒へと突き刺すと、同時進行で準備していた焚き木の側へとすぐさま立てかけていく……。
「……充分に焼けてから食べるといい」
「うんっ!ありがとっ!」
彼女はその間、ずっと目の前の自分の魚に興味津々だった。
魚が焼けるのをずっと眺めては、きらきらとした目で楽しそうにしている。
「…………」
なので、『今が好機かな?』と思った私は生け簀に入れていた魚たちも同様に処理をし始め、彼女の魚の隣にどんどんと立てかけていった。
暫くして、一番最初に完成した彼女の魚はパリパリとした皮とホフホフとした身、そして丁度いい塩加減も効いていてとても美味しく焼きあがったらしい。
出来上がったそれを手渡すと、彼女はすぐさまにかぶりついてとても嬉しそうに食べ進めている。
ただ、存外のその身はそこまで多くなかった様で……食べ終わりは早く、終わった後は一目で物足りなさそうではあった。
「──ほら」
なので、元々そんな予感がしていた私としては、彼女が食べ終わるのを見越して直ぐに焼き終わった魚達を手渡していった。
おかわり焼き魚を二本持ちスタイルで持たせてやり『──どんどん食べて良いぞ』と続けると、彼女は『良いのッ!?』と嬉しそうな笑った。
うむ。勿論良い。元々彼女が食べるだろうと思って生け簀に用意していたので、私からしたら全ては想定通りなのだ。
「んーっ!おいひいっ!!」
「……そうかそうか」
渡された焼き魚を彼女は嬉しそうにパクパクと食べ進める。
……が、それを眺めていると今度は、ちょっと変わったことも起きた。
と言うのも、彼女が何本目かの焼き魚を食べ進めている途中で、何故か急に動きを止めたかと思うと──突然その手に持った焼き魚と、次いで私の顔を、何度もキョロキョロと繰り返して見返すのである。
「……??」
彼女のそんな様子に、『どうしたのだろうか?』と、私は素直に首を傾げる。
『もう飽きてしまったのだろうか?』とも思った。
だが、その『焼き魚』を今度は『はいっ!』と言って、私の口元まで持ち上げて食べさせてくれようとしたのを見て、流石に私も察したのだ。『あー、なるほど……』と。
恐らくは、食事時はいつも二人で一緒に食べていたからだろう。今回は私がずっと魚を処理しては焼き続けるばかりだったので、未だ全く食べていなかった状況を見かねて食べさせてくれようとしたのだと。
でも、いつもあれほど食に関して貪欲で、初対面では私の腕にまで噛り付いてきた彼女が……、まさか自分から食べ物を他者へと譲ろうとするとは夢にも思わず、不思議と私は少なくない感動に似た衝撃を覚えたのであった。
「……ああ。いただこう」
その後も、何本かに一本は私が食べる分だったらしく、全ての焼き魚が完全になくなるまで私は彼女にずっとお世話される形となった。
「──おいしいねっ!」
「ああ、そうだな」
私へと食べさせる事を覚えた彼女は、少しいつもとは違う笑みを浮かべており、ほわほわと柔らかな微笑みを浮かべるのだった。
「…………」
午後からは当初の目的でもあった内容として、彼女に水中で足を滑らせた場合の簡単な対処法──慌てず騒がず身体の力を抜けば身体はちゃんと水に浮く事や、簡単な泳ぎ方など──を教えて、少し休憩した後、私達は暗くなる前に家へと向かって歩き出した。
道中、若干泳ぎの疲れが見えた彼女は、運良く猪と鳥を同時に見つける事が出来たと知らせると途端に元気が戻っていた。野営時には往路では出来なかった猪肉と鳥肉の二本スタイルにとても歓喜していた事は言うまでもない。
またその際にはクルクルと回って『精霊の歌』を彼女なりに口ずさんでもいたのもとても印象深かったのだ。その楽しそうな雰囲気には、行きの時よりも確実に精霊達の注目が集まっていた様に思う。
「…………」
ただそんな帰り道の途中で、家に着く寸前、私は考えてみればこれが『久しぶりの冒険』だった事にも気づき……。
その瞬間から、急に自分の心の中に、小さな『光』が灯った様な心地にもなった。
それは言わば『無性に旅に出たくなる気持ち』、とでもいえるのだろうか。
ここ最近、森の中で過ごす時間が多かったのだけれども……。
いずれは彼女も魔法使いとして成長し、そしたら共に『冒険者』としてまた活動できたらいいな──なんて、ふとそんな想像をしてしまったのである。
『楽しい事よりも、辛い事の方が沢山あった筈なのに』と、内心では不思議な心情だったが……。
『またこんな風に、色々な世界を見て回れたらいいな……』と、私は素直にそんな未来を思い浮かべてしまったのだった。
「うんっ!またいきたいっ!!」
だがしかし、どうやらそれは実際に私の口から漏れ出てしまっていたらしく……。
隣へと目を向けると、傍では彼女が満面の笑みで私にそう返してくれていたのだ……。
「……うむ」
大したことは起きなかったとは言え、それが私達にとって記念となる『最初の冒険』であり、『大事な思い出』の一つとして記憶に深く刻み込まれたのは言うまでもない。
またのお越しをお待ちしております