第109話 躍起。
「うわー、初めてみたー」
少女は完全に気絶した少年を仰向けにすると、彼のほっぺをツンツンとして生存確認をしている。
なんか微妙に楽しそうだけれど、少女は少年のこんな姿を見た事が無かったようで『うわー』と言う言葉を繰り返して微笑んでいた。
私は背中にエアを背負っているので、少年の事は魔法で浮かべて運ぶことにする。
こんな所で寝かせておくわけにもいかないしと、少女にも了解をとった。
そして、確認したところによると、行き先は私達も彼女達も次の街だと言うので、それまで同道する事にしたのである。彼の杖は剣士少女に持って貰った。
「あのー、『白石』の人ってそんなに強くても『青石』とか『緑石』とかにはなれないんですか?」
隣を歩く剣士少女は私にそう尋ねてくる。
私達は好きでこのランクに居るだけだと答えると、彼女は不思議そうにして首を傾げていた。
それと、君達なら今の力だけでも充分に『赤石』位の実力があるだろうとも教える。
私の『赤石』の基準がダンジョン都市の道場の青年で、『金石』がドライアドの女性店主しかいないけれども、まあそこまで読みは外してはいないだろう。
「良かったら、君も自分の力を少し測ってみるか?」
と私は、逆に隣にいる少女にそう尋ねてみた。
一人元気な少女は『確かに、それを知れるなら知りたいですけど。でも私は魔法をこいつみたいには使えないですよ?』と答える。
「純粋な戦闘力を見るだけだ。魔法は別に使わなくて構わない。君がどれだけ動けて、どれだけその剣を扱えるのかを見てあげよう」
そんな明らかに魔法使いである私から『お前の剣をみてやるよ』と言う意の言葉が出た瞬間、それまでの思慮深い彼女の表情に、明らかにカチンとした険が浮かんだのを私は見逃さなかった。
「でも、何も持ってないのにどうやって剣を見るんですか?わたしが魔法使い相手にどう戦うかを見てくれるんですか?」
「いや、どちらでも良い。剣で相手する場合は、私は『これ』を使う」
と、そこで私は【空間魔法】から相棒の一つである、身の丈ほどもある木剣を魔法で浮かべて取り出すと、少女の前でフラフラと揺らした。
こと剣に関しては目が働くのか、その木剣がどういうものなのかを少女は自然と見極めようとしている。
だが、一目見てその木剣のおかしさを彼女は何となく感じたらしい。既に目が真剣なものに変わっていた。
こういうのは剣士達や格闘家が相手の技量を察する際に自然と行っている事のようで、相手の手のマメだったり、体つきや、身体の動かし方、足の運び方、関節の柔軟さ、視線のやり場、武器の刃毀れ具合、武器を手にした時の雰囲気やその他等々、独特の判断基準があるらしい。
暫く見ていると、少女はその武器の異様な姿に身を震わせた。
どう見てもただの壊れかけの木剣だが、明らかに普通じゃない。侮って良い武器じゃない。
村の剣道場で振るわれる様な、練習用のそれとは全く違ったその異質さに。少女は息をのんだ。
「見ての通り、私は今エアを背負っているので、手が塞がっている。それに歩くのを止めもしない。そこでルールは、この状態の私へと一撃与える事。身体の何処へでも良いので攻撃を当てる事が出来たら君の勝ちとしよう。私はこのまま歩いていくので好きなだけ攻撃して欲しい。……私の方はそれをこの浮かべた剣だけで防ぐ。頑張って私の防御を突破してみてくれ。……ああ、彼の杖は今だけこちらで浮かべて預かっておこう」
「……本気ですか?こっちは真剣ですよ?一撃を与えればって下手したら怪我じゃすまないんですけど」
「ああ、構わない。あたれば怪我をするだろうが、その心配は……まあ、おそらくはないだろう」
「……そうですか。わかりました。杖、お願いします」
「ああ。預かろう。準備は?」
「出来てます」
「では、いつでも。君の体力が続く限り好きに挑んで欲しい」
そう言って、私はこれまでと何ら変わらないままに歩いていく。
背中にいるエアはいつの間にか気持ち良さそうにスヤスヤと夢の中であった。
それと、杖と一緒に浮かべた少年も仰向けで『くかー』と小さな鼾をかいて浮かびながら眠りについている。
そんな彼に杖を持たせてやると"抱きしめ杖"にして幸せそうにしていた。
私は二人を起こさない様にと、魔法で少し音を遮断しておく。
これから少しだけ騒がしい事になりそうだ。
「だあああああああああああああッ!」
そんな私へと攻撃を仕掛けてくる少女は、最初まあ素直に、私の頭に向かって剣を大上段に振り上げ、全力で振り下ろしてきた。『大言壮語を吐いた事後悔させてやる!』と殺す気満々の顔と一撃である。
……だが、それを私は木剣を操作して、受け止めつつしなやかに流して、隙が空いた少女の脇腹をそこそこの重さで逆に払ってやった。
ただ、少女はその一撃を受ける前にはもう私の近くからは居なくなっており、一旦距離をとったことが分かる。
自身最大の一撃だったのだろうか。それが難無く防がれた事に少し目を見開いているが、今度は頭を切り替えたのか足を使っての速度を活かした連続攻撃で攻めて来た。……まあ、そうだな。一撃与えればいいのだから、それの方があってはいるだろう。
だが、そんな少女の動きに対してもぴったりと付いてくる木剣に、少女は少しの恐怖を覚えている。
……それくらい速度じゃ、当然私の防御は抜けはしないぞ。
攻撃の度に反撃を受け、受ける度に衝撃で骨は折れ、内臓に響けば嘔吐を繰り返し、だがその度に少女は回復魔法を受けて外傷や内臓のダメージを治される。
何をしてもどれだけ打ち込んでも一切木剣は動じず、それどころか少女の剣は幾度も弾かれ、飛ばされ、その度に、木剣の腹でペチンと頬をビンタした。
その時の木剣の太々しさは、まるで彼女から見れば『とって来い』と木剣に言われているかのように少女には感じられたようで、いつしか瞳には涙が浮かび、悔しくて悔しくて、それでも全然届かない絶対的な木剣の防御に、どこか惹かれながらも決して諦めず、少女はひたすら挑み続けた。
最終的に体力を限界近くまで使ってフラフラとした少女は、パタリと道端に大の字で寝転がるとそのまま気を失って眠り始めてしまう。
辺りはもう夕暮れ間近だったこともあり、私は三人分の寝床を用意すると、この場を今日の夜営場所にするのであった。
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