第106話 乱。
王宮でのパーティを終えた私達は、大樹の森へと【転移】で帰って来た。
「きゃはははっあは!ロムー!もっと、もーーっと早く飛んでーーーー!」
エアがパーティ会場でお酒を飲んでしまったらしい。そのおかげで、今はかなりの上機嫌である。
因みに今、私達は空を飛んではいない。エアを私がおんぶしているだけだ。
お酒を使った料理だったらしいのだが、気づいた時にはエアは美味しそうにパクパクと食べていて、序でに果実酒みたいな飲み物も水と間違えてかゴクゴクと飲み干していた。
長年私はこの手のパーティに参加していなかった為に、普段から酒をあまり飲まない事も相まって、すっかりとその存在を失念していたのである。こういう宴席に酒は付き物だと言う事を。
因みにエアは今、私の背中でジタバタとして泳いでいるらしい。この先の海に向けたトレーニングだろう。勉強熱心なのは酔っていても変わらない様だ。
成人前の子供でも薄めたワインくらいは普通に飲むものなので、酔ったと言ってもそこまで心配してはいないのだが、肉体的には問題なくても精神年齢的にはどうやらまだ早かったたらしい。
『クラクラするー』とケタケタ笑っており、背中から下ろすと楽しそうにどこかに走り出していきそうな危うさがある。私にお肉を食べさせてきた後にすぐに異変に気付き、即確保してからその後はずっとこうして背負っていた。
普通ならある程度経験があれば飲む量をセーブするものだけれど、これがお酒初体験であったエアは、当然そんな加減も分からずに一気に飲んでしまったらしい。
ただ、幸いなことにそこまで大量の酒を飲んだという訳ではなく、グラス二杯目でこうなったので、体質的に元々あまり強くはない方なのだろうと思われる。エアの意外な弱点を発見をしてしまった。
本当は【回復魔法】である程度状態を改善できるし、【浄化魔法】なら一発で回復できるのだが、初めての時は出来るだけ経験を積ませた方が、後々飲みすぎないようになると以前に友から聞いたことがあるので、今回は私も甘やかさずギリギリまでは魔法を使わない気でいる。
「うっ、……ろぶ、ぎぼぢわるい……くぢがら、なにか、うまれ……うっぷ」
おっと、案の定エアの様子がおかしくなっている。
……大丈夫だぞエア。何も生まれはしない。
口から生まれるのは不思議な生命体か、お酒の精霊の罰だけだと、昔から冒険者の間では言われている。今回はお酒の精霊の罰だろう。お酒には気をつけなさいと言う事である。因みに、そんな精霊が居ない事は言うまでもないだろう。一般的に教訓として広まっている言葉の一つである。
私の背中に乗っていたエアは振動がダメだったようで、段々と顔色を悪くしていき、気づいたら真っ青になって口を押えていた。
そこで私は一旦エアを背中から下ろすと大樹の傍に連れて行き……『げろげろーぶぴゅーー』させた。先ほどエアが食べていたものが色々と出てくるが……まあ、これはいいだろう。
私は弱々しく吐き続けるエアの背中をさすりながら、『うーうー』と未だ苦しそうに唸っているエアに【回復魔法】を弱めにしてかけてあげた。
『お酒は飲みすぎてはダメだぞ』と囁きながら背中をさすると、エアはコクンコクンと頷いている。
自分の限界を知る為と、軽く耐性を付けてあげる為とは言え、苦しむ姿はあまり見ていたいものではないな。
それに、エアは鬼人族の特徴なのかだいぶ酔いの回りが早いらしい。
実はまだパーティ会場から帰ってきて数分しか経っていないのだ。それでもうこんな状態である。
恐らくは消化吸収が早いからであるとは思う。きっとこの調子なら回復にかかる時間もだいぶ早くなると予想できたので、私も一先ずの安堵を得られた。
「うっ……ろむ、あたま、いたい」
そして、とりあえずの『吐いてスッキリ』と言う暇も無く、浄化で口の周りを綺麗にして水球で水分補給をしていた所で、エアはすぐさま頭を押さえ始めた。
あららと、本当に症状の進行が早いらしい。お水を少し多めに飲ませてから、私はエアを部屋のベッドまで運んでいき、ゆっくりと寝かせた。
「ろむ、あたまが、いたいよ……わたし、もうだめ……うぅー、いやだー……いかないで、ろむ」
未だ少し酔いが残っており、頭が痛くて弱気になっているのだろう。そんな事をエアが言い出した。
大丈夫だ、どこにも行かない。お酒を飲みすぎると皆そうやって頭が痛くなるものなのだ、と私はエアの額に手をあてて【回復魔法】をゆっくりとかけて続けた。
ただ、浄化をかけてしまうと一発で状態が治ってしまい耐性を得られないそうなので、ここは回復で我慢して貰う。
「ろむのて……つめたくて、いいー……」
見ると【回復魔法】でもだいぶ効いている様で、私の手の上から自分の手を重ねるエアはそう言いながら、段々と顔の険が薄れて、少しずつ寝息を立て始めた。このまま朝までぐっすり眠れば、おそらく大丈夫である
「ロム!飲む前にちゃんと教えてっ!お酒は飲みすぎちゃダメってッ!」
そんな翌朝、本人曰く『昨日はもう死ぬかと思った!』と言う程の痛みを味わったエアは、開口一番に私にそう言って怒って来た。……まあ、そうだな。お酒はちゃんと周りの者が警告できるものだ。了解した、今度は私もよく気を付けておくことにしよう。
「でも、看病してくれてありがとう」
「ああ」
だが、エアにとっても今回はいい教訓になっただろう。
あれくらい酩酊状態だと魔法使いは魔法があまり使えない。だから今後はエアも注意しておかねばと思った筈である。
そもそも、エアが自分で異変を感じた時点で【浄化魔法】を掛けていれば一瞬で治っていただけの話でもあった。まあ、酒はそんな判断をさせなくするからな。しょうがない。
酒は飲んでも飲まれるな。
自分を見失うなと言う意の言葉だが、魔法使いにとってもこれほど教訓となる言葉もないだろう。
「お酒は、一杯で充分ッ!」
……どうやら味は好みだったらしい。
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