第105話 憂。
魔法で出来る事と出来ない事の違いとは何で、差とはどこまでだろうか。
私は以前ドライアドの女性に魔法を教える際、『魔法は融通が利く。つまりは好きな様にできる』と言う話をした事があるけれど、今回はそれに少し関わる話でもある。
王都に来てから数日、私達がギルド近くの宿にて休息していると宿の人間から馬車が到着したとの話を聞き、私はエアを連れて一緒にその馬車へと乗り込んだ。馬車の行き先はこの国の王宮である。
私達の服装は今日の為に数日掛けて調べておき作ったエア用の綺麗な漆黒のドレスと、私はいつも通りのローブの下に、今日はそこそこピシッとした質の良いシャツを着ていた。
まあ、私は一見してそんなに変わらないが、エアは服も本人もピカピカしている。
お化粧を軽くしてもらって嬉しそう笑っているエアは、いつもの無邪気な可愛らしさは少しだけ息をひそめ、どこか妖艶らしくもあった。
ポコリポコリと馬が歩き、馬車が微妙に揺れながら進んでいく。周りは連日のお祭り騒ぎで人が多い為、馬車の速度はお察しである。
どうやら今、この国は『ドラゴン祭り』なるお祝いの真っ最中で、この国に数十年ぶりに現れた赤竜を討伐し国の平穏が保たれた事を国をあげて祝っているのだとか。
その赤竜の首は王城の高い所に掲げられ、躯は素材として今国王用の豪華な鎧が密かに制作されているのだとか。なんとも目出度い話である。
私達は数日前、ギルドでちょっとした騒ぎがあった翌日、王宮に招かれてドラゴン討伐の話を求められたので、『竜を地に落として、首を魔法で切り落とした。気を付けておくと良い』とだけ伝えた。
『それだけか?もっと何か、他にもあるだろう!どうやって地に落としたのかとか!どんな素晴らしい魔法を使ったとか!特殊な装備や武器の話はないのか!そこら辺を詳しく教えて欲しいのだが!』と言われたけれど、自分の力をベラベラ吹聴する私ではないので、『お好きにどうぞ。そちらの兵が勇猛果敢かつ劇的に倒したというシナリオに変更して貰っても、こちらは一向に構わない』とだけ告げ、相手がニヤリとした笑みを浮かべたのを見て帰って来た。
結局、この国は周辺諸国に自慢したいのである。
それも彼らは自分達の好きなシナリオで話がしたいのだろう。
だが、その時に本当に倒した私達が本当の事を言ってしまうと彼らの面子が潰れてしまうから、それを避ける為に私達を呼んで、出来るだけ私達から話を聞きだし、最終的には自国の者達主導で倒した事にしたいから取引を持ち掛けるつもりであったのだろう。
だがそこを私に労することなく好きにしていいと言われた為、彼らは大喜びした。精々好きな脚本を書くに違いない。……本当に呼ばれるこちらの迷惑を考えて欲しいものである。
『弁えてはいる様だが、どうせ冒険者など金でも渡しておけばそれで満足なんだろう?多めに色を付けておいてやるから、それで文句もあるまい』みたいに思われるのも甚だ癪だが、こう言う者達は既に感性と思考の基準が国の範囲で考えてしまっている者達ばかりなので、そもそもの話が合わない。
個の気持ちを察せなくなっており、一人一人の顔すらあまり見えてない。人の判断基準が肩書になってしまっているという場合も多いので、気にしていたらこちらが疲れる。
エアは多少思う所があったみたいだけれど、今回はそういう名誉よりも、普通にお祭りを楽しむことを優先したらしい。
『名誉を貰って有名になったら、お祭りの最中は少し出歩き難くなるぞ。それでもいいのか?』と尋ねたら、『えええ!そうなの!?じゃあいいや!お祭りに行きたい!』と言っていた。
私も別に自分達の功績だと言いふらしたいわけでも無かった為に、エアが良いなら面倒な事を避けられた方が良いかと思い、彼らの要求を先読みして飲んだのである。
──さて、それではここからが、私のちょっとした悪戯計画の始まりであった。
数日の間、街中でのお祭りを十分に楽しみ、今は王宮で開かれるパーティに参加している私とエアは、多少ここでは浮いた存在だった。
まあ、それもその筈で、私達の周囲にはこの国で貴族をやっている者とその伴侶、国の政治の中枢を担っている者達とその家族、王宮で働くもの達とここに住む王族等々である。
『ドラゴン討伐のお祭り』の表の功労者達とされている自分達の国の精鋭の兵士達に素直な声援を送っていた民衆達とは違い。ここに居る者は本当は誰がそれを仕留めたのかを知っているようだった。
それ故、私とエアはここに居る事自体は認められているものの、その実少し警戒されてもいるらしい。
普段は会話する事が仕事みたいな者が多いこの場の者達も、私達相手にはどうしていいのか少し測りかねている。
その理由としては、冒険者として普通は高位ランクのものしか相手出来ないであろうドラゴンを『白石』である二人が倒したと言う信じられない話と、それを行なったと言うのがあまりにも美しい鬼人族のお嬢さんと、その彼女の背後で鋭い目つきのまま辺りを常に警戒しているボディガードの様な白いエルフの魔法使いであり、そのエルフの放つ雰囲気が、あまりにも"異常"と言える部類だったからである。
──詳しく話すと、私が行ったちょっとした悪戯とはズバリ『生物の恐怖』を最大限感じとってもらおうと言うものであった。
ここに居る彼らは普段、安全な場所で色々な報告や話を聞く立場の者達である。
それが彼らの仕事であり、彼らの役割であるわけなのだが、それを対岸の火事を眺めるが如く安心しきっているだけなのはいけないと。何かしら活を入れてやりたくなったのだ。
そこで、そんな彼らに根源的に他の生物が放つ気配とはどういうものなのかを、その現実を知ってもらおうかと考えたのである。
要は今、私は魔法でこの前の羽トカゲの雰囲気をそっくりそのまま真似しているのであった。
魔法を使えば、雰囲気再現など簡単なものだし、望めばその上も出来る。
本当は最初、ちょっとした悪戯と言う事で、ドラゴンそのものの姿を錯覚させるぐらいまで、私を一目見ただけでドラゴンそのものであると見間違うまで精巧に魔法で演出してみようかとも思ったのだが……流石にそれをやると悪戯の範囲には納まらない事態に発展する可能性もあった為に、自重して結局は雰囲気だけにしてみた。
だが、これこそが君達が討伐したと言って喜んでいた生物だよと、君達が兵士達に背負わせる恐怖のほんの一握りでも、その身に感じる事が出来たかいと、少々浮かれ過ぎているこの国の者達に、ちゃんと現実を感じておいて欲しかったのである。……これは、この国とほぼ無関係だからこそできる私達の、冒険者ならではのちょっとした悪戯であった。
この国がドラゴンを討伐したとそれを周辺に喧伝し誇るのであれば、それがどういうものであるのかを、少しでも知っておいて欲しかったのだ。
そうでなければ、もし次に似たような状況に置かれた時、彼らは判断を誤る可能性が高い。
一見してそこまで強そうに見えない私とエアが討伐出来たのだから、自分達も簡単にできるだろうと言う、その甘さを少しでも修正したかったのである。
あの鉄鍋達は皆良い奴等だった。
だが、そんな彼らは君らの命令一つでこの恐怖に挑まなければいけないのだ。
大切な者達が沢山居るであろうこの国の為に、気絶した相手に止めを刺す事すら出来ない者達が、その身一つでこの恐怖に挑む事の大変さを、君達は少しでも知っておくべきだ。
戦いにて味方を一番殺すのは敵ではない。その味方を死地へと追いやった無能な指揮官である。
私達は皆心があるのだ。道具ではない。それを忘れないで欲しい。
美味い酒、食事、それを安全な場所で楽しんで居られるのは誰のおかげなのか、それを忘れないで欲しい。
だから、その大変さの一片だけでも君達は知っておくべきだと。
これはそんな相手を討伐した側である私達からの、身勝手な忠告と可愛い悪戯なのである。
だが、悪戯で済んでいる内に気づかなければ、次にもしこの国にまた何かが来た時、この国はきっと亡ぶことになる……。
現に、私達がたまたまあの場に居なかったら、この国の者達は対処できたのだろうか。
聞けば今回の突発的に近い羽トカゲの襲来は、情報伝達に優れたあのギルドの警戒にさえ、ちっとも引っ掛かっていなかった。
そんな無警戒な状態で、この国の兵士達が戦いに赴いた場合、今のままだと全員が戦いに行ってもその全員が死ぬだろうと、私は予想できてしまった。
もちろん、この国の兵力の全てを知っているわけではないが、あそこの砦に配置していた者達の力は、あの時既に魔力で感知していたのだ。……だが、一人も居なかった。立ち向かえる者など一人も。
だから、危機感を持てって欲しかった。現実を見ろと言いたかった。君達は亡びかけていたのだぞと。
こんな祭りを開いて喜ぶのは良いが、指導者や指揮官が浮かれ過ぎていてはいけない。
楽観視していては、皆が死んでしまう。
……無関係だからこそ、逆に私達にはどうやってもできないことがあった。
私がここで素直にした忠告などには、きっと誰の耳にも入らないだろう。精々が、『やはりエルフは辛辣だな』と一笑に付されるのがオチである。
だが、私の様に、こんな気配を放つ生物は沢山居るのだ。
私がこうして『嫌なオーラが出る魔法』を放ち続ける事で、この中の誰か一人でも、危機感を感じて欲しいと私は思った。
……因みに、エアはこのパーティで一人、私の目の前で食事に邁進している。
普段は食べれないものが沢山あって、『むふー。むふー』と美味しそうに食べ続けていた。
綺麗なドレスを着て、綺麗にお化粧していても、エアは変わらない。その笑顔はいつも輝いている。
私が抱くこの国に対する憂慮も、その姿を見ているとそれだけで全てが癒される気がした。
その無邪気さは至宝である。……いつもありがとう、エア。
そんな私の心の声が聞こえたのか、エアは食べながらも後ろを振り向き、私の口にも小さな肉の塊を、笑顔のまま放り込むのであった。
またのお越しをお待ちしております。




