第103話 説。
羽トカゲを狩ってから数日後の事。
私とエアは次の街に着いていた。
特に何か物珍しさみたいなものは無いのだが、なんとなく街行く人々は皆ソワソワしているように感じる。お祭りでもあるのだろうか。
まあ、それはさておき、私達はこの街のギルドに一応顔を出しておく。
これは旅をしている冒険者なら皆が知っている事であるが、新しい街に行ったら先ずその街の冒険者ギルドに行き旅の報告をするのが昔からの常識なのであった。
その報告は楽なもので、報告とは言うがそこまで堅苦しくもなく、旅の間に気が付いたことがあれば何でも良かったりする。それも今では受付嬢に世間話をするだけでいいらしい。
『この道は雨でぬかるんでましたよ』とか、『あの林の周辺は虫刺されに気を付けておいた方が良いかも』とか、そんな些細な情報でも構わない。
それらがもしかしたら何かしらの役に立つ可能性もあるし、それを必要としている人がいればそのまま助けになる。さらにはもっと大きな何かの兆候を察知するのにも意外と役立つのだとか。
また、今の時代では更にそれが発展しており、集めた情報で重要なものに限り冒険者ギルド同士でやり取りが出来るらしい。
専用の魔法道具を使う事により、『こちらで見た事もない動物が出ました!狩りのできる高位冒険者の斡旋をお願いします!』とか『そっちの方面にドラゴンが飛んで行ったから気を付けてくれ!今直ぐにこちらからも応援を送る!』みたいな情報を緊急時に送り合う事が出来る。
そして、情報を得た方の冒険者ギルドは他の街へと冒険者を緊急斡旋依頼で派遣できるようにしてあるらしい。なんとも便利な時代になったものである。
私が昔にやっていた時代にはもちろんそんなものが無かった。
なので、それこそ根性で走って伝えに行ったり、緊急時には馬を潰してでも隣の町へと報せに行ったものなのだ。
私なんかもかつて、自分の足で各ギルドを回った経験があるので、これさえあればもっと楽だったのにとは少し思った。
まあ、結局は実際に顔を出さないと分からない事も沢山あったし、今ではそのおかげで各地に【空間魔法】で転移もできるのでなったので、私は各地を回って良かったと思っている。
エアとこうして旅をしているのも、私が各地でやらかした話をエアが聞き、それに憧れてくれたからであった。
特に、昔の私などは移動に時間がかかる事を嫌っていた時期もあり、あまり回り道をしなかった。常に直進ばかりである。
愚かだったとしか思えないが、そのおかげで新たな秘境を発見できたり、見た事もない生き物の巣に立ち寄れたり、羽トカゲ達の大繫殖の真っただ中に踏み入ってしまい痛い目を見る破目になってしまったりと、様々な経験を積むことが出来た。今となってはいい思い出である。
「今年は星を見るに、日差しの季節は例年よりも暑くなりそうだ。それ以外は特に何も無かった」
私はいつも通りに、ギルドの受付にいる女性に向かってそう報告した。
今まで色々とギルドを回り話をしてきた経験から、こういう時にどういう情報が喜ばれるのかを私は地味に知っている。
まあ、ズバリ天気の話が堅いだろう。特に暑い季節と寒い季節の気温の話はハズレがない。だいたい皆食いついてくる。
これはこの街周辺で農業をやっている者達や冒険者などの外で活動する者達にとって、かなり有益な情報となるのだ。
因みに私は星見は少ししか出来ない。なので恥ずかしい話、実は天気は精霊達に聞いているだけであった。
精霊達は天気にも敏感なので、何時でも知りたい時は周囲の綿毛達に聞くと『晴れですー』『あついですー』『すいぶんほきゅうがだいじー』と嬉しそうに教えてくれるのだ。いつもありがとう。
「えーと、ロムさんとエアさんの『白石』のお二人ですねー。報告ありがとうございますー。旅に出てる方で、白石のままって中々に珍しいですよねー、それにお二人とも美し……ん?あれ、白銀の男性エルフと、綺麗な女性鬼人族の二人組って?これってどこかで聞いた様な……あ、あの、少々お待ちくださいね!」
話の途中で、珍しく受付嬢が離席した。
何やら大事な事を思いだしたという雰囲気で、いきなりギルドの奥の方へと走って行った受付嬢に私とエアは視線を合わせて首を傾げる。
「……あの、率直な話、お二人にお聞きしたいのですが、ここに来るまでもしかして巨大な魔物と遭遇したりしませんでしたか?」
戻ってきた彼女はカウンターから少々身を乗り出し近づけて、周りにあまり声が聞こえない様に潜めながらそう尋ねて来る。が、そんな受付嬢に私達は再び揃って首を横に振った。遭遇していない。ここに来るまでに会ったと言えば、精々が大きいトカゲくらいなものである。
魔物、所謂『石持』とは、体内に淀みの塊である魔石を孕んだものの事である。
そう言えば最近はその『石持』にもあまり遭遇していない気がした。
一応この前にあったトカゲにも恐らくは体内にも魔石があったのかもしれないが、あれは『石持モドキ』であって『石持』とはまた別物である。似たように聞こえるが、その性質は大きく違うのだ。
簡単にその違いを言うなら、基本的にモドキはまだ生きている。が、魔物の方は正確にはもう生きていない。
魔石が命の代わりになって似たような動きを与えるが、元の生物とは別物として動いているのだ。
それをギルドの者達が間違えている言うわけもないと思うので、巨大な魔物と問われればその言葉の通りに何か巨大な魔物で、おそらくはあの『石持モドキ』である羽トカゲとはまた違うものの事を指しているのだろうと私とエアは素直に思った。
「えっ違いますか?んー、おかしいなー他にそんな二人組がいるとは思えないし、あのほんとに知りません?ほら、こう羽があってパタパタ飛んで、ぼーぼーって火を吐くやつです」
受付嬢は自分の手を小さくパタパタさせて、何らかの物真似をしてくれているのだろうけど、私はそんな生物に出会った事が無いので首を傾げる事しか出来なかった。
だが、エアの方が『もしかして、それってどらごんの事?』と受付嬢に尋ねている。……いやいや、待て待てエアさん。そんなわけがないだろうと。どこの世界に羽トカゲを魔物と呼ぶギルド職員がいるのかと、そんな者が居るわけが──
「──あっ!そうですそうです!やっぱりご存知なんですねっ!」
……目の前に居た。
いや、もしかして彼女は新人の子なのかもしれない。……あっ、やはり?そうか、ギルドに入ってまだ三か月と。なるほど、それならば間違えてもしょうがないな。大丈夫。これから覚えればいいのだ。
彼女はだいぶ若く見えたので、聞いてみた所、今年成人してそのままギルドへと入ったらしい。
エアに魔物について簡単に説明して貰うと、受付嬢の子は少し恥ずかしそうに笑っていた。
どうやら二人は初対面でも話の波長が合うのか、元々友達だったかの様に仲良く話をしている。
私よりもエアの方が依頼についての話もよく教えて貰えるかと思い、ここはエアに任せる事にした。
そうして、一歩離れてエアを見てみると、だいぶ冒険者の姿が板について来た様に見える。
今も確りと受付嬢に依頼についての詳細を尋ねているし、何故私達にそれが依頼されたのかその背景までちゃんと確認しているのである。立派なものだ。
だが、一方受付嬢の話によると、それはどうにも面白くない事に、この国の王都で此度のドラゴンの件について詳しい話を聞きたいと言うこの国からの依頼である事と、ドラゴンを倒した祭りと言うのをやるらしいので、是非それに参加して欲しいと言う話の内容だった。
そして、その為に一度王都まで来てくれと、それも出来るだけ早めに来いとの要請である。
一応依頼と言う形式と斡旋自体は強制ではないと言う体はとってあるが、実質これは強制の様な内容であった。
受付嬢の子はエアからどらごんの話を聞いて、面白そうに討伐時の話を聞き入っているが、それと同じ事を向こうに来て話せと言う事なのだろう。それに祭りか。……はぁー、私はあまり人混みが得意ではないのだがどうしようか。だいぶ行きたくない案件ではある。
ただ、ここでこの依頼を無視してはこの受付嬢が叱りを受ける事にしかならないだろう。依頼は急ぎのものらしいからな。
こういう断られる事を考えて無い傲慢系の依頼は、だいたいがろくでもない依頼主ばかりなのだ。
そもそも全く迷惑極まりない事である。どっかの隣国の王にも言ってやったが、そんなに話が聞きたいのなら自分から歩いてやって来いと言ってやりたくなる。……ん?いや、それは案外いい考えかもしれない。
……その時、ちょっとした悪戯計画を思いついてしまった私は、おそらくかなり怪しげな雰囲気を纏っていたに違いない。
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