第102話 コミュ力。
「今なんと言ったのだろうか。良く聞こえなかった。出来れば、もう一度言ってみては貰えないか?……我々がなんだって?」
真っ赤な鉄鍋達はそれでもなお冷静でいようとしているのか、既に切れているのが目に見えて分かる状態にもかかわらず大人な対応をしてくれた。……すまない。私は君達の事を誤解していた。面倒な奴等だなんて思ってしまって本当に申し訳ない。君達は良い奴らだな。
「えっ?もう一回?ゴホン……んー、んー。こほん──」
だがしかし、その大人な鉄鍋達の鍍金を剥がすが如く、更に無邪気な燃料を投下しようとしているエアを私は止めた。これ以上はいけない。
「──え、エア。もう大丈夫だ。一度で充分だ」
「えっ、でもあの人が、もう一回聞きたいって」
「……ああ、あれか。あれはな……兵士版の、用語の一つだろう……おそらく」
……すみません。素直な良い子なんです。悪気はゼロなんです。許してやってください。
それにエアが悪いんじゃない。全ては時代が、冒険者用語が悪い。そして許可を出した私の責任なのである。
だが、まだ大丈夫だ。ここは私がなんとかしてフォローし、全て解決して見せよう。
「えっ!?そうだったのっ!そっかー、私、兵士版の用語があるなんて知らなかったよっ!」
……私も知らない。あれば良いなとは思っている。心の中で強く。
とりあえずエアの勘違いは後で正すことにして、今は目の前の鉄鍋達の誤解を解く事を優先した方がいいだろうと、私は頭を切り替えた。
先ず、彼らが真っ赤になって怒っている理由は、冒険者用語や隠語の存在を知らないと言う部分にあるのだ。
だから、そこの誤解を解ければ物事は全て穏便に解決する筈である。……ここは私のコミュニケーション能力の発揮し所だ。
「あー、兵士諸君。実は先ほどの私達の発言についてなのだが、実はな──」
──と、私は先程のエアの発言について、少し過激で、少し挑発するような文言が多少含まれてはいたとは思うのだけれど、あれは冒険者用語と言う特殊な暗号を使ったコミュニケーション方法で、君達に言った内容は普通に彼女が会話しただけなんだと、丁寧に説明(言い訳)をした。
そして、エアが言いたかった内容も『こんにちは』っていう一種の挨拶みたいなものだったんだよと。
だから、怒らないでねと。ただの挨拶だから。怒ったら逆に恥ずかしいよと。
冒険者って変わってると思うかもしれないが、これが昔じゃ当たり前の事だったんだよと。
ただ、そんな事も知らないのは君達も勉強不足だったんじゃないかなと。
だから、今回はどっちも悪かったって事で、お相子だねと。
……そんな内容を私は遠回しかつ丁寧な言い方で話してみる。
オブラートに包んでいるようで、何となく更に火に油を注いでいるだけな気がしないでもないが、まあとりあえず大丈夫だろう。
流石に、これだけ誠心誠意言葉を尽くせば、彼らにもこちらの謝意が十分に伝わった事だろう。これは私のコミュニケーション能力を十二分に発揮できたんじゃないかと思う。
──だがしかし、不思議と鉄鍋達は皆、私の言葉を聞くと一斉に腰元にある剣へと全員が手を掛けだしたのだが……あれれ、私の目の錯覚だろうか、彼らの顔は先ほどよりも怒っている様に見えるぞ。
ただ、その表情はどれも錯覚と言うにはあまりにも本気な気配を帯びている。
『散々煽ってくれやがってっ!もう許さん!それに、嘘をつくなっ!どこの世界に「ぴーーーーーー」なんて挨拶があるのだっ!お前達二人ともそこになおれっ!叩き切ってやるッ!』と言う殺気が込められている気がした。
ふむ。どうやら現状を冷静に鑑みるに、私の説得は失敗しつつあるらしい。
……私のコミュニケーション能力め。相変わらず頼りにならない。
いやだが、ここは逆に発想の転換だ。私が説明下手だったわけではなく、彼らの頭の方が優れていたのだと考える事にしよう。その方がみんな幸せになれる。ここは彼らを逆に褒めるべきなのだ。
……それにこれは、もうこのトカゲを彼らに渡して、平和的解決の道を試みた方が良いのかもしれない。
なんだかんだと言っても、彼らに失礼な事を言ってしまったのは事実だ。
魔法を使ってまでその事を誤魔化したいとは思えない。
だから、そのお詫びとして、こんな羽トカゲ一つで済むのならそれに勝る事はないだろう。
彼らもこのトカゲには価値を見出しているみたいだし、渡せばきっと機嫌も直してくれる筈だ。
……因みに、このトカゲの肉は硬くて美味しくないので、エアもきっと許してくれる。
私達にとってはそもそも戦闘経験を積むことに意味があり、それ以外の価値はあまりないのである。
と言う事で、いきなりトカゲを渡して何かを企んでいるのではと思われない様にする為、上手く頭を使って交渉をしつつ、機嫌よく彼らには帰って貰うことにしよう。折角だから少しは仲良くなれたらと思う。彼らは良い奴等っぽいし。
ただ、こういう交渉事に私が向いていると言えないのが唯一にして最大の不安材料であるものの、それはこれまでの人生経験を駆使して何とか頑張ってみようと思う。
「あー。兵士諸君。まあそう気を張る必要はない。それよりも、私も心変わりをしたのだ。聞いて欲しい。……君達に一つ、知らせておきたい情報もある」
「なんだ。この腐れエルフめ」
……おっと、冒険者用語を兵士達も使ってくれようとしている。やはり彼らは良い奴っぽい。冒険者の気持ちを分かろうとしてくれているのだ。
それも、翻訳して『ムカつく程のイケメンめ』と褒められてしまった。やはり彼らは優しい。あんなに怒っているのに、もうこちらを褒める余裕がさえあるとは感服するばかりである。
相手の立場に立って物事を考えようとするこの国の兵士達の歩み寄りの精神に、私は心底感心した。
……彼らは本当に素晴らしい者達だ。
「実はな、このトカゲ。未だに止めは刺していない。……まだ、生きている。ただ気絶しているだけだ」
「なっ!?なんだとっ!!」
そこで、私も素直に、おそらくは彼らがまだ気づいていない事を教えてあげた。
このトカゲを貴方達にあげたいんだけど、まだ気絶したままだから気を付けてくださいねと。あまり大きな声を出すと起きちゃいますよと。そんな警告も気持ちに込めている。
だが、頭の良い彼らならば直ぐに私の言いたいことを理解してくれるだろう。
当然の如く、彼ら全員は息をのんだように静まり帰り、その顔を驚愕に染めていた。
「そ、それで、エルフよ。そのドラゴンをどうする気だ。……ま、まさかお前は」
「そうだ。君達の想像通りである。その位はもう言わなくても分かっているのだろう?」
そう。このトカゲは貴方達にあげます。だから仲良くしてください。とそんな意味で私は彼らに告げた。ここまで言えば、もう説明する必要がない程に明らかである。
私はおそらく『こんな価値のあるものを貰っていいのか』と狼狽しているのであろう、そんな兵士達の顔を見ながら、頷きつつゆっくりと、未だ気絶しているトカゲの方に向かって歩いて近付いて行った。
このトカゲはまだ生きているので、目覚めたら大変だと思い、そうなる前にこれから止めを刺すつもりである。
私の見た所、兵士達の中にはそれが出来そうな者が居なかった為、ここは私が代わりに綺麗に仕留めてあげようと思った。中には自分が止めを刺したいと思っている者が居たかもしれないが、まあこれは遊びではないので勘弁して貰おう。
「や、やめてくれ。そんな事をされたら」
「分かっている。君達ではこいつと戦っても、勝てないんだろう?……だからこそやるのだ」
やはり、自分で止めを刺したいと言うその気持ちは分かる。
だが、流石にそれはおススメ出来ない。下手にやって起こして暴れられたら事である。
まあ、こればっかりは君達の実力不足が純粋に問題なのだから、その点は今後修練して頑張って欲しい。
そうして私は、トカゲに近付くと、その首筋に手を当てて、珍しく声を出した。まあ、演出の一種である。こういう時に魔法を使う場合、分かり易く声を出した方が見栄えも良いだろうと思ったのだ。
「はああああー!」
「うわあああああああああーーーーー!!」
──えっ?
だが、私が声を出すと、兵士達全員がいきなり叫び出したので、私は『えっ』と内心で戸惑いの声をだした。いや、もしかしたら普通に口からも出ていたかもしれない。
そのあまりの叫びに一応辺りに異常が無いかと魔法で再確認してみたが、新手に敵が出たわけではないし、兵士達には何も被害が出ていない様にも見える。なのに、何故急に彼らは叫び出したのだろうか……まさか、それって私の応援か?
「──なる、ほど」
ドラゴンに止めを刺せないであろう兵士達の代わりに私が確りと止めを刺して、死んだドラゴンはそのまま今回失礼な事を言ってしまったお詫びに、一体まるまるプレゼントしようと考えていたのだが──どうやらそれが彼らに上手く伝わっていなかったらしい事が判明した。
それも、これから止めを刺す事を演出する為、分かりやすい様にと普段は出さない声をあえて出してまで魔法を使ったわけなのだが、それがかえって兵士達にドラゴンを起こそうとしているんじゃないのかと勘違いさせてしまったようで、こんな至近距離でドラゴンが目覚めたらまず間違いなく死ぬと思った彼らは、その恐怖から突然蹲って泣き叫んでしまったそうなのである。
なので、私が単純に羽トカゲに魔法で止めを刺しただけだと理解した兵士達は、叫び終わると先程迄の殺気が嘘だったかのように、全員がへにょりと力が抜けてへたり込んでしまった。……要らぬ演出をしてしまったようで、本当にごめんなさい。
だが何故、いきなりこんな勘違いが生まれてしまったのか不思議に思った私は、先ほどから代表で喋っていた兵士に詳しく話を聞いてみたのである。最初彼らに『まだこのトカゲは生きていますよ』と話しかけた時は、普通に彼らとの会話が成り立っていたと私は思っていたのだが……。
……成り立っておりませんでした。どうもそれすらも私だけの勘違いだったようで、彼らはあの時から、私が気絶させた羽トカゲを再び起こして、彼らを、ひいてはこの国を、あの羽トカゲで襲わせるつもりなんじゃないかと思っていたらしい。……だがおいおい、なんで私がそんな事をしなければいけないのだと、流石にそれには私もツッコミを入れた。
だって、私は最初に彼らにこのトカゲをあげるって言った筈……え?言ってない?いやまさか。そんな。またまたまたー。冗談が上手いなーこの国の兵士達は。ユーモア迄備えているとは恐れ入る。
まあ、私も少し前から心の中だけでしか言っていないかもと、そんな気がしていた。本当にすまないと思っている。
ただ、私のその微妙な思わせぶりの発言と、先ほどのエアの言葉に対する怒りで、彼らも少し冷静さを欠いており、混乱してしまっていた。そんな理由もあってか、彼らも聞き間違いをしていたかもしれないと、自分達で反省している。……大丈夫だ。君達は悪くない。悪いのは君の目の前の男である。
だが両方とも勘違いをしていたのは事実なので、今回は本当にここはお相子と言う事にして、穏便に話を済ませられる事になった。
このトカゲあげるから許してねと言うと、彼らも快く了承してくれたのである。このトカゲの価値は本当に高かったらしい。
暫くして完全に冷静さを取り戻した彼らに、私は今なら理解を得られるかもと思って、今一度だけ冒険者用語については説明しておいた。これから彼らが国に戻った時に、ちゃんと報告して貰わないと、後々困った事態に発展するかもしれないからだ。
だから、あれは本当に昔はああいう挨拶があったのだと、本当の事なのだと言ったら、彼らも納得してくれた様で何度も過剰に頷いていた。……まるで一見して私が羽トカゲを使って彼らを脅したみたいな状況にも見えるが、まあきっと気のせいであろう。深く考えない事にした。
「羽トカゲを彼らに渡してしまってすまなかった」
あの後、兵士達にトカゲの事を任して早々に元いた場所に【転移】で戻ってきた私達だが、そこで私は開口一番にエアへと謝った。
エアは私が兵士達と会話している間、羽トカゲの身体の方に興味が移り、そちらをずっと興味深そうに観察していたので、私と兵士達の会話の内容を知らなかったのである。
なので帰り際、羽トカゲを置いてくる時には私がトカゲを持って帰らない事に首を傾げていた。
「ううん。いいの。……でも、あれって美味しいやつだった?」
「いや、あれは美味くないやつだ」
「ならもっと大丈夫っ!それに狩りも楽しかったし!私は満足したよ!」
やはり私の読みは正しかったようで、食えないと分かったエアは笑顔で納得してくれた。
私もモドキとは言え、なんだかんだ久々に羽トカゲを狩る事が出来て、気分がスッキリとしている。
正直言って、私も楽しかったのだ。やはり羽トカゲ狩りには他とは一味違った良さを感じる。
そうして満足した私達は、また目的地である海の見える街まで、のんびりと歩き始めた。
……だがしかしその数日後、たまたま寄った途中の街の冒険者ギルドにて、この国の王都から『ドラゴンの件』について呼び出しが掛けられている事など、この時の私達は思いもしていなかったのである。
またのお越しをお待ちしております。




