第100話 遭。
2022・12・31,本文微修正。
「あづいーーーーっ」
厳しい暑さが連日続く日差しの季節の真っ只中。
画家の女性と別れてからも私達の旅は続いている。
昨日と変わらぬ道を、今日もまた歩いていく……。
「…………」
が、今日もまた朝から私の背中にはエアが居た。
歩き出す直前に『おんぶして欲しい!』と言われたので、頷くとエアは喜んで飛び乗ってきたのだ。
私の背に全力で身を預けながら、暫くはのんびりと揺られてエアは気持ちよさそうだった。
……ただ、日が昇って来ると話は変わり、今ではご覧の通り、あまり聞かせた事の無い声で呻いている。
彼女はローブを着たままなので、それが尚更に暑さを感じる要因にもなっているだろう。
だから、私はエアに『無理せずローブを脱ぎ、背中から下りて普通に歩いた方が風が気持ち良いぞ』と勧めてもみたのだが。
「やーだー」
とエアは言って、まだ暫くはこのまま乗っていたいのだと首を横に振る。
「わたしがのってると、ロムが笑顔になりそうだから」
そして、エアもだいぶあの画に影響されているらしく、そんな風に語るのであった。
……さて、私の手ぬぐいはどこへと仕舞ったかな?
本当に出てはこないけれど、何かが零れそうな心地になった。
「…………」
私は、受け取ったあの画を大切に【空間魔法】で収納した。本当に良いものを頂いたと思う。
もっと何かしらお返しが出来ればよかったのだけれど……『画の前に『剣と盾のおまじない』をして貰ったから』と、画家の彼女は笑って断り、何も渡す事が出来なかった。
だからまあ、彼女には海で取ったお魚でもお土産に出来たらと思う。沢山持って帰るとしよう。
……因みに、エアはずっと私の背中に乗っているわけだが、ただ『楽をしている』訳ではなかったりする。
と言うのも、私の背中に乗っている間、エアは基本的にずっと魔法の練習を続けていた。
「…………」
最近、彼女が練習で取り組んでいるのは、『魔法的瞬発力』を鍛える事。
魔法で感知した対象へと素早く魔法を発動し、迎撃する事を練習の重きにおいている。
私が時々エアの感知できる範囲内に水球を浮かべ、それを感知出来たらエアが魔法で打ち抜くと言う訓練だ。
しかし、当然の様にまだエアは自分が動きながら魔法で感知をし、その上で同時に他の攻撃魔法を使うと言う事が上手く出来ないでいた。本気で集中する為には、立ち止まる必要があるほどに……。
だから、こうして私の背に乗って魔法だけに集中すれば、わざわざ立ち止まって練習しなくても済む訳だ……中々に下りたがらないのも色々と理由がある。
「ロムのローブは卑怯だー」
良く分からないけれども、ローブの魅力に取りつかれているのも原因の一つではあるらしい。『暑い、けれども包まれていたいんだ!』と。
ただそんな色々な感覚がぐるぐると合わさりながらも、エアはちゃんと魔法に集中し続けていた。
魔法に集中し過ぎるあまり、その身体は段々と脱力し水飴のように垂れてきてはいるが……その懸命さは、傍で見ていて自然と尊いと感じてしまう。
そんなエアの邪魔をしない様、私は魔法を使ってひっそりと周囲の風を整えていった。
「…………」
この位の調整ならば魔法使いの得意分野であった。
季節に関係なく快適に過ごせるのは魔法使いの特権とも言えるだろう。
ただ、周囲を涼しくしたことで快適にはなったが……逆に今度は快適すぎてエアをうとうとさせてしまったのだ。
なんとか最終的にはグリグリと顔を押し付け、エアはくんくんと私の匂いを嗅ぎ、匂いを嗅ぐ事で集中を持続するようになっていたけれども……良かれと思ってやった行為が、思う様な結果に至らない事はよくある話だとは言え、なんとも言えない気持ちになる。
時として、『下手に手を出さず、静かに見守り続ける事も大事なのだ』と、私は深く肝に銘じる事にした。
「…………」
誰かに匂いを嗅がれるのは不思議な感覚だが、段々と慣れてきたのか私も普通に歩いていく。
そして、今日ものんびりと私達の旅は朝から晩まで変わらず続いていくと、そう思っていた──
──その時だった。私は急に、ピリッとした異変を覚えたのだ。
「……いた」
「えっ?」
同時に、私の通常の感知内、直線距離にして歩いて約半日の距離の所に『そいつ』の反応を感じた取った私は、一気に【転移】で移動する。
「えっ!?ろ、ロムッ!?どうしたの!!」
当然、背後からはエアの驚く声が聞こえる。
だがしかし、私は今、全身の血が沸騰しかかっているかのような錯覚を覚えていた。
恐らく表情こそ動きはしなかったものの、きっと今の私は微笑んでいる筈……。
全身に魔力の充足を感じ、身体の動きにもなんら問題がない事を習慣の様に確認する。
『いつでもいける』と、自分で自分に戦闘準備の完了を告げていた。
「……エア。上だ」
「うえ?……あっ、ああああ!あれって!ドラゴンッ!!」
そう。私達の遥か上空に、そのよく見覚えがある姿が愚かにも飛んでいくのが映る。
「……赤のモドキだな」
「あか?」
「ああ、赤竜と呼ばれる種類の羽トカゲだ。奴の特徴は火を吐く。エアはあいつの口の周辺に魔力の高まりを感じたら『天元』に火の魔素を通せ。そうすれば、奴の炎は一切効かなくなる」
「う、うんっ!で、でもどうするの?空飛ぶ?」
「……いや、先ずはあいつに下りて来てもらう事にしよう。空中戦は奴等の十八番。モドキでも油断ならぬ。エアは投げ槍で、片翼どちらでも良いから狙ってみて欲しい」
「う、うんっ、わかった。ふぅーっ!!」
急な事で驚かせてしまって申し訳ないが、協力を仰ぐとエアも了承し、気合を入れ始めてくれた。
彼女はお気に入りの古かばんから『光の槍のレプリカ』と保険代わりの『かーくん人形』を取り出すと改めて精神集中をしている。
その様子を横目に、一方私も【空間魔法】の中からかつての相棒達を取り出す事にした。
久々の登場だ。どうか精一杯力を貸してくれと、窺いをたてるように私は三種の武器に自身の魔力を充満させていき、傍に浮かべていく……。
彼らからは、元々付加しておいた【剛体】がより一層の厚みを増すのを感じる。
私は再度、軽く周囲を魔力で探り、近くにこの国の砦らしきものがある事と、それ以外ならあの羽トカゲを叩き落としても周囲に大して問題が無い事を確認する。
「──さあ、落ちようか羽トカゲ」
『覚悟しろデカブツ』
『トカゲの分際で空なんぞを飛びやがって』
『貴様らに似合うのは私と同じ泥の中だ』
瞬時に、頭の中を通り過ぎてったいずれの言葉も、過去に使った覚えのある開幕宣言である。
……さあ、今回も狩りを始めよう。
「…………」
はっきり『敵』だと認識する相手を前に、私は勝手にスイッチが切り替わっていた。
エアには『私が消えたらすぐさま槍を投げる様に』とだけ伝え、自分では大弓を先ずは構える。
魔法を使えば弓を使う必要など実はなかったりはするのだが……今回はエアに通常の戦いを見せておきたいと思い、それを優先する事にした。
弓柄という握りの部分以外、太い木製で波うった歪な形をしている私の自作の弓は、ハッキリ言って真直ぐに飛ばない愚作の極みである。
その上、私の弓の引き方は誰に教わったわけでもない独自のもので……正直、その技術も素人以下でしかないだろう。
「…………」
だがしかし、それだけが『武器の扱い』の全てではない。
……持ち方は横に、狙いは適当、大事なのは弓の弦と矢に込める魔力のみ。
私がエアに教えた投げ槍の方法と同じ、独自の投擲系魔法【誘導】を用いた──特殊弓系の撃墜法を実践しよう。
私は空に居る羽トカゲには一切目もくれず、弓も向けず、周辺の木々の間に向かって矢を引いた。
矢は込められた魔力に従い軌道を小まめに変えつつ、飛びたってから段々と勢いを増していく。
通常は距離があればあるほど段々と速度も高度も下がって地に落ちるだけ矢だが、この【誘導】で放たれた矢はその全く逆の効果を現す。
つまりは、私が水平に放った矢はとある一定の速度まで達すると、そこからいきなり空高い羽トカゲへと向かって垂直に下から急に飛び上がり、『ドンッッッ!』と通常の矢では決して鳴らさない激しい衝突音と共に羽トカゲの尻尾へとぶつかって、その身を大きく弾き飛ばしたのだった。
「…………」
弾き飛ばされたモドキはフラフラとしながら、辺りをキョロキョロと見回している。
……周辺の木々の間を魔力で操作して飛ばした為、どこから飛んで来たのか全く掴めていないのだろう。
尻尾に何かが下から飛んできたことは分かっても、それを放った私(敵)の正確な位置まで分からない羽トカゲは、空中で留まり相手を必死に探し始める。
「これだからモドキは簡単だ。エア……槍の準備を、左は任せる」
「うんっ!ロムも気を付けてね」
「……ああ、行って来るよ」
そうして、阿呆な事にその場に留まった羽トカゲの頭上へと、私は迷いなく【転移】で飛ぶ。
同時に、柄から全てが木製で出来た通常の二倍はあろうかと言う大斧を大上段に構え、未だ下ばかりを探しているお馬鹿なトカゲの脳天へと向かって、私は渾身の一撃を振り下ろした。
「──ギャアアアアウウウウ!」
頭を揺さぶられた羽トカゲは更に動きが鈍り、フラフラと揺れる。
そこを狙って、地上からはエアの槍が目にも止まらぬ速度で飛んでいき、衝撃と共に羽トカゲの左の羽を突き抜けていくと、その翼に大穴を穿ってまた持ち主であるエアの元へと帰って行く……。
それを見て私は『上出来だ』とエアを褒めたくなった。
任せた仕事を完璧に熟してくれる──ただそれだけで、共に戦う者としては信頼を得る。
そして、私もまたその信頼に相応しくありたいと思うのだ。
「…………」
私は、揺れる羽トカゲの残りの右の羽に飛びながら近づくと、自分の身長程はある木製の大剣を羽の根本に魔力を込め、力いっぱいに突き立てた。
その剣は、確実に『根』を絶ったと言えるだろう。
よって、これで両の羽に施されたやつらの魔法が解ける。
すると、後は元々の自重で勝手に……。
「──ギャアアアアアアギャアアアアアアッ!!!」
……と、叫びながら奴らはただただ落ちていくのみ。
だがしかし、幾ら叫ぼうとも羽を捥がれれば、こいつらはただのトカゲに戻るしかない。
元々こんな巨大な生物が飛べる事自体がおかしいのだ。
やつらは羽に生まれ付き備えている特殊な器官『天翼』と呼ばれる場所の特殊な効果さえ潰してしまえば、空を飛ぶ事自体が出来なくなる。
破壊するには相応の力と魔力が必要になるが……エアの投げ槍が片羽を貫けたことを見ると、エアならば一人でも十分にモドキは落とせるだろう。
「…………」
しかし、この後エアには忠告するつもりだが……やつらに『天翼』がある限りは、絶対に空中戦はしてはいけない。そこだけは何があろうとも侮ってはいけないのだと。
これは、いかに飛ぶ事に優れている魔法使いであっても絶対の決まり事。
空においては、このトカゲ共はエアの『天元』以上の運動性能を見せて動きまわる。
そして基本的に、こいつらの表皮や鱗は魔法を弾きやすい上に効果が薄い。
魔法を使う場合は口に直接魔法をぶち込んで体内を破壊するか、関節を中心的に叩くしかない。
「…………」
もし、こいつらの防御を貫ける優秀な一撃があるならば、その場合は心臓を狙って撃ち抜いたり、あの太い首を切り落とすのが一番効率的な倒し方だと私は思う。
だが、慣れないうちはかなり厳しい戦いとなるだろう。だから常に最悪を想定し、翼を落としてから戦うのがやはり一番安定する筈。
出来るだけその素材は金にしたいので必要最低限のダメージで抑えて傷も少なくする。それが冒険者にとっての腕の見せ所でもあるのだ。
私がかつて木製の三種の武器を使っているのも、実はその部分を気にしてと言う理由が大きかった。金属武器は不必要に傷つけてしまう事がよくあるから……。
まあ、倒し方自体はいくつもあるから、落とした時点であとは好きな方法を選べばよい。
とりあえずは落とすまでの一連の流れと、気を付けるべき事柄をよく覚えていて欲しい。
「わかったかな?」
「うんっ!わかった!」
「ならば、よし」
空から落ちぐったりとして気絶した羽トカゲの傍ら、走って近寄って来たエアに私はそんな説明をしていた。初めてのトカゲ狩りに彼女も上気した顔で大変興奮しており、私はその様子を見れただけで、不思議と嬉しくなった。
またのお越しをお待ちしております。
祝100話到達!
『10話毎の定期報告』
皆様、百話目です。いつも読んでくれてありがとうございます。
応援、感謝です。励まされてるのが凄く分かります。
感想もありがとうございます。最近は誤字脱字の報告を送って来てくれる方もいらっしゃいます。助かります。
ブクマしてくれた十七人の方々(前回から三人増)、評価してくれた五人の方々(前回から一人増)
おかげで本作品の総合評価は82ptに到達しました!ありがとうございます!
またニマニマしてしまいますね^^。やる気頂きました。
油断せずに今後も頑張りますのでよろしくお願いします。
因みに、今回は100話目と言う事で、少し期待していたりします。
ふ、増えるでしょうか。増えてくれたら素直に嬉しいですね。
今回で総合100pt以上行ってくれたらいいなーとか密かに妄想しておりますw。
まだブクマも評価もしたことが無いと言う方は、この機会に是非とも宜しくお願いします。
作者が喜ぶだけですが、その分頑張りますので^^応援、頼みます。
──さて、今回もまた言葉にさせて頂きます!大事な事ですので、毎回このくだりはご了承ください!では一言失礼します。
「目指せ!書籍化!尚且つ、目指せ!先ずは総合500pt!(残りは418pt!)」
今後とも『鬼と歩む追憶の道。』略して『おについ』を何卒宜しくお願い致します。
更新情報はTwitterで確認できますので、良かったらそちらもご利用ください。
フォロー等は出来る時で構いませんので、そちらも気が向いた時にはお願いします。
@tetekoko_ns
twitter.com/tetekoko_ns




