第10話 『天元』。
2022・10・14、本文微修正。
「いーやっ!」
「……そ、そうか。うーむ」
彼女が魚狩りで疲れて眠りに入り、次に目を覚ましたのは明くる日になってからの事だった。
私は一晩中彼女へと回復魔法を掛け続けていたが、無事元気そうに目を覚ましてくれた事にまず一安心する。
ただ、その後は一緒に朝食を取り、昨日疲れて急に眠ってしまった原因とも呼べる鬼人族の特性を彼女に教え、『限界』について彼女が知った所ではあるのだが──今ここで、ちょっとした問題が発生していた。
「…………」
と言うのも、朝食の時点で『少しおかしいな』とは思ってはいたのだが……。
彼女が目を覚ました時、『魚が食べたい!』と言うと思って、川傍に縦横がそれぞれ二メートルくらい、高さが一メートルくらいの小さな生け簀を作っておき、そこに捕まえた魚をニ十匹ほど入れておいた所──この生け簀を見た瞬間から、彼女の機嫌がその……なんと言うのか、控えめに言って頗る最悪なのである。
朝食時はいつもニコニコと果物と野菜と干し肉を口いっぱいに含ませてモグモグする筈なのに、それもなく……普通に食べて、魚には見向きもしなかった。
その上、彼女が食べないならしょうがないからと、勿体ないので私が食べようと思い立ち、生け簀に近づくや否や、急に『プク―――っ!!』とほっぺを最大までパンパンに膨らませて、いつもの無邪気で可憐な笑顔とは真逆の『私は今、怒っています!』と言う珍しい表情をするようになったのである。
更には、その状態から生け簀にもう一歩私が近付くだけで地団駄も踏みだし始めたので、私はそこで立ち止まり、二歩目を進んだ後の事を考え……一旦、元の足跡を引き返すように戻ってきた。
彼女の傍まで撤退してくると、彼女はジッと私の事を見つめてくる。
……あと一歩を踏み出していたらどうなっていたのだろうか。私にはわからない。
「…………」
だが、その二歩目で完全に『彼女の機嫌』がおかしな事に気づけたので、とりあえずは魚があまりお気に召さないのかと私は判断して──『もう帰るか?』と訊ねたところ……返ってきたのが冒頭の返事なのであった。
まあそんな訳で、これには『少々困っている』のが私の素直な心境だ。
友曰く『女の子とは時々、男の何気ない一言やほんの些細な行動に対して怒る事があるのだ!』と言う。
そして、そうなった場合には『大体男の方に問題がある』らしい。
だからそんな時には『相手の話をよく聞き、誠心誠意謝るべし』なのだと、これもまた深い教訓であった。
「…………」
ただ、その話を聞いた時には正直『私にはあまり関係がない話だろう?』と受け流してはいた。
……が、何となく友の言っていた状況とは『今まさにこの事なのではないか?』と言う閃きが私の脳内に突如として走ったのだ。圧倒的である。
「……すまない」
「え?」
「私が悪かった」
「うん?」
「…………」
「…………」
だが、実際に試してみた結果、沈黙だけが残った。
彼女の方はピンと来ていないらしく、首を限界まで傾げている。
……ふむ。どうやら私は、教訓の活かし方を間違えたのかもしれない。
「いや、なんでもない」
「うん」
そもそもの話、先ほどまでの友の教訓は『同族の淑女達』に対する場合の話であった事を、今更ながらに思い出す……。
つまりは、彼女は見た目が可憐な成人女性の風貌をしてはいるものの、その中身は純粋な幼子の様な存在なので、その『怒りの源泉』ともなるべき要因ももっと単純な所にあるのではないだろうかと思い立ったわけだ。
とすれば、流石にそこまで思い至ると、いくら鈍感な私と言えども大凡の察しもつき……。
恐らくは、彼女の今までの様子から察するに──彼女は今、『魚に負けて悔しがっている』状態なのではないだろうかと。
先ほどから見てはいないふり、気にしてない風を装いながらも、チラチラと川の中にいる魚の方へ何度も視線を送っているし、きっと昨日自分が全力を出しても届かなかった相手に、どうすれば届く様になるのか、それを今まさに一生懸命考えている所なのでは?と。
もっと言えば、『単純にムカムカしている』『どうすればいいかの答えが欲しい』と言う素直な気持ちはあるのだろうが……。
野生に生きてきた者が持つ基本的な『弱肉強食の思考』から、『負けたくない。負けられない』と言う強い思いが頭の中を占めている感覚で、負けたという事を絶対に認めたくない状態に陥っているのではないだろうと。
「…………」
きっと、何かしらの対処法を聞く事すらも、今はなんとなく敗北に感じてしまう心境だろう。
だから、目覚めて直ぐに、私が簡単に魚を捕まえて生け簀に入れている事に気づいた時も、その生け簀に私が近付き、何かしらの答え(捕まえ方)を見せてしまうんじゃないかと思った時にも、彼女は『私、不愉快ですアピール』をしたのだと思うのである。
要は、まだ彼女の戦いは続いていて、必死に自己主張しているのだろう。
『手を出すな!この戦いは私のものだ!私はまだ負けてないぞ!』と。
野生の世界は激しい。生存競争の世界だ。
勝てば生き、負ければ死す。
幼子とは言え、その世界に身を置いていた者が、負けず嫌いでない筈がない。そうあるのは必然であった。
つまりは、現状私の出来る事としては、『ただ見守っている事』──それだけで良かったのである。
「…………」
……しかし、そんな彼女の気持ちに気付けたのは、ここにも『もう一人の負けず嫌い』がいたからである事を忘れてはいけない。
古き冒険者時代、最初から何でもできたわけでは当然なかった。
毎日が試行錯誤の連続で、何度も何度も失敗し、何度も何度も死にかけ、何度も何度も敗走し、だがその度に決して負けを認めず、決して諦めず、最終的に全てを狩ってきた男が、今彼女の目の前に居る『不愛想な白銀の耳長族』の遠き真の姿である。
『ハハハッ、負けず嫌い?奇遇だな。私もそうだったんだよ』と。
だからか、気持ちが痛い程分かる分だけ、彼女の気持ちを損ねない範囲で、私は手助けをしてあげたくなった。……口下手な方ではあるけれど、歳をとった分だけ小狡くなり、敏くなってしまった私の力の見せどころである。
「……先ほど、鬼人族の特性で『限界』の話はしたと思う──が、『天元』の話はちゃんと最後までしただろうか?」
「え?うんっ。おへそにあって、ぐるぐるしてるって」
「……うむ、そうだな。鬼人族は周りの魔素をおへその奥に通して自分の力にする事が出来る。そして、その力を、『天元』を中心に身体の中でぐるぐると循環させることで、鬼人族は身体を強化できる──」
「うんっ、きいたっ!」
「そうか。なら実はもう一つだけ……鬼人族には『素晴らしい力』がある事も伝えておこう」
「──えっ?どんなっ?」
「それはな。魔素と言うのは……大体自然にある木や水、火、土、風、そのどれにも入ってるものなのだが──鬼人族は水の中で意識しながら水の魔素を『天元』に通してやれば、水の力を、火の中でなら火の力を得て、その中で自由に動き回る事も出来る存在なのだ」
「んー?」
……そう。実は、それこそが鬼人族の本来の、そして最大の力だった。
大凡、自然があり、魔素がある場所においては『天元』が働く──そして、その限りにおいて、鬼人族は火の中や水の中はなんのその。風の中であれば彼らは空を疾走し、土の中では潜り泳ぎ回る事すら悠々とこなす存在なのである。
そして、そんな彼らほど『環境適応能力に優れた種族』は他には居ない。
もし彼らが本気になれば、この世に踏破出来ぬ場所などなく……。
煮えたぎる溶岩の中でも『獄炎竜』を殴り殺し、息も届かぬ深海にて『氷竜亀』さえも水底で踏み潰せる筈だ。
無論、その個人差によって『技量の差』で出来る事はピンからキリまであるだろうが、『天元』を極めし者はその肉体強度も含めてとんでもない存在となるのはまず間違いがない。
「…………」
だから、その事を知っている私からすれば、水の中の魚を捕まえるのに彼女にできるアドバイスはたった一つだけであった。
『天元に水の魔素を通せ……』。
ただ、それだけである。
そして、その話だけで、次第に彼女にも理解が出来てきたのか……。
「……うん、やってみるっ!」
生まれた時から自然と身につけている筈の『力』を、意識して使う事に気づき始めたのである。
近くに在るからこそ、逆に疎かになる場合があるという盲点……。
その『差異』に気付けるか否かで、鬼人族の力も、彼女自身も、また大きく異なるのだと。
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祝10話到達。
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