第4章
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出会って3日目に。はじめて名前を知った。
「そう言えばさ、」
「・・・。?」可愛く。首を傾ける。
「・・・。何って、呼べばいいの?」
「・・・。」
「おまえの事。」そう言って。名前を聞いたら。
予想外に。凄く丁寧に、ゆっくりとその魔法のポケットから名刺を取り出して、おれに差し出した。
おれもゆっくりと。その四角い紙に視線を滑らせる。
「・・・・。」
「・・・。」
「そういう、ワケ。」
「・・・はい。」
「・・・・。」
すごく。予想外に凄く。がっかりした。
がっかりしていた。・・・なんだ。
おれと話してたのは何だ、そんな、くだらない・・・目的が、
あったからなのか。・・・・
だから。嫌なんだ、ココは。
「必要ねぇよ。」
そう言って。名刺を突き返す。
・・・頭の中にだけ、残したその名前を、忘れないように何度も。頭の中で。反芻する。
「・・・社会人として。失格ですよ。」その名刺をゆっくりと、受け取って。
「・・・。」
「名刺を相手に返す、なんて。」
彼が少しだけ困った顔をして、笑って、そう言う。
「・・・おれ、社会人じゃねぇもん。」
「拗ねないの。」
ぽんぽんと笑いながら。
彼が、おれの膝を叩いた。
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・・トン、トン、トン・・・と慎重に、・・・・
屋上からの、暗い階段を一段づつ、ゆっくりと降りる。
さすが。
一筋縄じゃ。いかないな。
「・・・ふふ。」ふと、目を細めて、笑って。
拗ねて、尖った。彼の美しい唇の形を思い出して。
思わず自分の。唇に指先で触れた。
とんとん。
「・・・。」
急に肩を叩かれて。ぱっと振り返った。
「よ☆」
「・・・。」
そこに立っていたのは。
僕の同僚。その名も「大空翼」、彼の両親が。
何も考えずにあまりにベタな、その名前をつけたおかげで。この人は。
無類のサッカー好きな青年だと。相手にすぐに思われる。
「どう?調子は。」翼が言う。
「どうも。・・・こうもないね。」階段を、また一段降りる。
「暗い顔して。」
「名刺、返されちゃった。」
「あらら、持ってれば、」
「・・・。」
「何かイイ事あるかも、しれないのにね。」
「・・・ね。」
僕は言って。また慎重に階段に足を一歩、踏み出す。
ここの。階段は苦手だ。
ひとつ、ひとつの段差が、狭くて。ただでさえ、・・まどろっこしくて、仕方がないと言うのに。
「・・っと、」すぐに足がもつれて。
前にのめりそうになる。
「気をつけなよ。ここの階段狭いんだから。」
「ふふ。ぅん。」
同じこと。考えたこの同僚に、向かって。
僕は笑顔を、向けた。
「そっちはどうなの?」前を向きながら、翼に向かって話し掛ける。
二人、歩く人と人の間をすり抜けながら。
「ナギほど難儀、してないけど。」
「それって。・・・ギャグ?」
「ギャグって何?」
「もーーいーわ。」
笑って、
不思議そうな顔してこっちを見る翼に向かって、
最近テレビで見た人の真似をして、肩を叩いた。
ほんのひととき、こうして。息を抜いて。
気を砕いて。
想いを分かち合える人と。
想いを分かち合える事ほど。ほっと安心できる、事はない。
「・・・。」
また想いを。あの人に乗せる。
・・・気を抜いて。ほっとして。
・・・想いを、分かち合う・・・・
・・・か、・・・・
「こっちは、泣いてばかりでさ。」翼が、僕を見て言う。
「・・・。そう。」翼を見ると。
大きな、その黒い瞳が一瞬グレーに曇る。
「そう、まだ。現実を、受け入れられないみたい。」
「・・・そっか。」
「そう。」
「これからが、腕の見せどころだね。」
ぽん、と。今度は優しく翼の肩を叩く。
「だね。」
「頑張ってね。」
「ナギもね。」
「ん。」
・・・どこまで。頑張れるかなぁ。
あの人の。真似をしようと。うーーーんと、思い切り。腕を伸ばしてのびをした。
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