第22章
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「なんだよ。」
「ふふ、」
「水族館じゃねぇか。」
「すいません。」
「・・・。」
「海までは、遠くて。」
「別に。・・・いいけど。」
そのまま。なぎが連れてって、くれたのは。ここら辺では一番有名らしい。近くの、水族館だった。
「・・・。へぇ。・・・・」
わざわざ魚なんて。見に行ったことないおれは。
巨大な水槽を、てっぺんまで。・・・・見上げて。
「・・・はじめて。見た。・・・」
「ふふ。」頭の、上からなぎの。笑い声がする。
「・・・。」車椅子を、押されて。
パジャマの上に、コート羽織った、ままで。てっきりそのうちの話だと思ってた、おれは。
足元は外履き用のサンダルの、・・・ままだ。
・・・そのうちなんて言ってたら、行けなくなるか。
もじもじ、と。その足を動かして。気恥かしさを、隠して。また水槽を。・・・見上げる。
泡立つ水の中で、いわしがダンスする。
「・・・こいつら、笑っちゃうな。」
「え?」
「こんなおシャレなとこ入れられてよ。幸せだな、こいつら。」そう言って、見上げると。なぎが可愛い、顔して、微笑む。
その笑顔が眩しくて。おれは目を逸らす。
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「・・・。」僕は、翼との会話を、思い出していた。
「言わない方がいい。」
「どうして。」
「ルール違反だよ、渚。」
「・・・・ルールなんて、関係ない。たけしを、楽にして、あげたい。」
「ナギ。・・・・」翼が難しい顔をして、溜息を、つく。
「一生懸命になることは、いい事だけど。ごめん、今回は。こっちの事も考えて?」
「・・・・。」
翼がここまで言うのも。無理はない。
僕たちが、自分の患者さんとなった人に、そこまで話すのは。立派な規約違反だ。
でも思わず僕は、言ってしまった。
懸命に、死を恐れる毅に、自分のつらい、思い出までを絞り出して。
少しでも、その死に寄り添おうと。その死への、恐れを軽くしようと。
身を削り。・・・無意識に。まさに、身を削るように、それをしようとしている、彼を見て。
つい、話してしまった。僕も。・・・その、思いに寄り添いたくて。
「相乗効果を狙っています。」
・・・あなたが。楽に、なればいい。
それを、誰かに話す、事によって。
誰かに聞いてもらう。事によって。それがあなたの。・・・救いに、赦しに・・・なればいい。
それが。その相手が僕だったら。もっと。・・・良かったのだけれど。
天井まである。大きな水槽を覗き見て。
「おれんとこじゃさ、もっと色んな魚、いたわ。」
「・・・。」
「オオガイ、セッパ、コノシロ、うなぎ、だろ・・・イワシ、サバ、スズキ、ヒラメ、カレイ、ワタリガニ、モズクガニ、・・あ、カニは魚じゃねぇか。」・・・そう、まるで。子供みたいに。
嬉しそうに、子供の頃に。・・・戻った、みたいに。楽しげに、得意そうに。
指を折り、きらきらとした目で水槽を仰ぎ、懐かしい、記憶を辿る、あなたを見て。
その、折れても、まだ。・・・綺麗に伸びる指先を、うっとりと。ただ、眺めて、いた。
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車椅子を押す。「やめてくれよ。・・・」そう言うたけしに、言って聞かせた。
「体力は温存してください。自分が思ってるよりずっと、・・・」
「・・・。わかったよ。」今日は少しだけ。素直だ。その証拠に、
「なぎ。」
「はぃ?」
「・・さんきゅ。」
・・・。僕は笑う。
「なんだよ、」
「何が・・・さんきゅ?」
「るせぇよ、」
「あははは、」照れて。大人しく車椅子に座る、たけしを見る。
いつも。このくらい、素直に。言う事聞いてくれたら、いいのに。・・・・
僕は、未だ。一番肝心な事を言おうか、言うまいか。
「・・・。」
・・・迷っていた。
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