第14章
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気づいたら、大人しく、隣で聞いていた毅が、ぽろぽろと。もう涙を流していた。
「・・・・。?」
「・・なに、泣いてんだよ。」おれは、笑って。
「・・・・。っふ、・・、」
「おまえを、泣かせようとして。こんな話、した訳じゃないだろ。」
「・・・だ、・・・って。・・・・・だっ、て・・・」顔を腕で覆って。
まるで自分の事みたいに・・・
「・・・何だよおまえ。」・・・ふふ、
「こんくらいで泣くなよ、」
聞けば、生まれて初めてこの手の、話を・・・聞いたと言う。実際に、
当時の事を、人の口から。
「・・・・。」
・・・おれは。それじゃ、しゃーねぇなって、濡れた頭をくしゃくしゃに、撫でてやった。
可愛い、奴だな。こいつも。・・・・おれにもし、弟がいたら。
こんな、感じなのかな。
「・・・・。」
時計を見ると。おれ達に割り当てられた、時間はとっくに、過ぎていた。
失敗したな。
簡単に、話せる話じゃ、なかったんだよな。
「続き、出てからまた話そっか。」ばしゃんと音をさせて、湯船から上がる。
「・・・・。たけ、し君、辛く、ない。・・・?」
「?」
「・・・話す、の・・辛く、ない?・・・・」
「辛くなんてねーよ。」
「・・・。」
「別に話すのくらい。」
「・・・。」
「続き、おまえ、聞いてくれる。・・・?」
「・・・。」毅が、こくんと。頷いた。
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「どこまで話したっけ。」
風呂を出た脱衣所で。ドライヤーで髪を、乾かしていた。
・・・乾かそうと、していた。
「・・・・。」
すぐに気付く。
もうこんなドライヤーでさえ・・・
重くて、簡単に、持ち続けてられない事を。
「・・・・。」
「車で。・・・逃げたところ。」
「ん?」
「・・津波、から・・・逃げたところ。」
「そっか。」
すぐにドライヤーはあきらめて。
タオルでがしがしと頭を拭く。
「・・・逃げられたの?」
「逃げられなかった。」
「・・・。」
「山道をさ、津波がどんどん迫って来て。・・・あっと言う間に、車は言う事、きかなくなった。」
「・・・。」
「すげぇ、力で押し流されて、狭い、松林の間に、車が挟まって。」
・・・でもさ、もう外に出たって、どこにも行くとこないって事だけは。
一目、瞭然、だった。
「でも、おれは外に、出たの。」
「・・・・。」
「あんな中、でさ、外に出るのって、すげぇ、勇気がいるんだよ。」
閉じ込められる、恐怖と。流されるかもしれない、恐怖。
どっちも同じくらい、怖かったけど。
「おれ、家に帰んなくちゃ、と思ってたからさ。家に。母ちゃん置いた、ままだったからさ。何とかして、急いで家に。・・・帰ろうと、したワケ。」
「・・・・。」
すぐさま、開けた窓から身を乗り出して、車を出て。もうそのすぐ下まで勢い良く、流れる水の上を窓から、車体の上にまでよじ登って、すぐ傍の、松の木の枝につかまった。
ガコン、ガコン・・・と益々、音を立てて、水が。・・・そこにある全てを巻き込んで、自分勝手に流れて、行く。
「おれ、ばかだからさ。」
「・・・・。」
「松林を渡って、帰ろうとしたの。」
「・・・ふ、ふ、」
「ターザンみたいに。」
「ふ、はは。」
「ふふ、笑えるよな。」
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「・・・あっと言う間に。おれも。津波に巻き込まれて、飲み込まれた。」
「・・・・。」
・・・そう、訳もなく。あっけなく。足を取られて。引きずられて、そのまま流れに飲み込まれて。気がついたら。黒い。・・・茶色と黒が混じった
・・・ひどく、真っ暗な。
水の。中にいた。
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・・・必死に、もがいた。
死ぬかもしれない。
そう本気で、思うと、同時に。色々な感情が、一気に押し寄せる。
最初に思ったのは、仕方ねーか。・・・・そう。・・・・あきらめと。・・・・
怖い。
ほんとの意味の。・・・・恐怖。
全ての感情を、揺さぶられるほどの、恐怖が、一瞬でおれを襲う。
水の、中でもわかる。
全身の。毛がまさに。総毛立ち、自分の意思とは裏腹に。その恐怖から逃れようと、手足をめちゃくちゃに、動かす。
それなのに。緊張して、身体中の関節がこわばる。同時に心臓が、耳に響くまで痛いくらいに、鼓動し始める。
もう、嫌だ。怖い、死にたい。死んでもいい。
そう思う、自分と。生きたい、ここから。一刻も早く逃げ出したい、と。もがく身体。
そんな、息苦しいばかりの、暗い、水の中で。まさに、おれは。
死に物狂いで、ただ。・・・必死にそんな、感情の狭間で、色々なものと、闘い続けて、いた。
それでも水を、飲み込まないようにぎりぎりまで・・・、それこそ、死にそうになるくらい、ぎりぎりまで。息を、止めて。
上か、下かももうわからない。
洗濯機の中みたいに、水の中、掻き回されるのを、耐えて、いられたのは。・・・・
心の、どこかで。やっぱり、家に帰らなくちゃ、と、思って、いたから。
「・・・・。」
「だからさ、できた訳、おれは。」
「・・・。?」
毅が、おれの顔を、覗き込む。
「母ちゃんが、いるからって。思ってたからな。」
「・・・・。」
「戻んなくちゃって、ただそれだけ、考えてたからな。あの時もういいやって、一瞬でも、あきらめてたら。」
「・・・。」
「あきらめて、一瞬でも気、抜いてたら。・・・・おれ、あっと言う間に水飲んで、溺れて、死んでただろうな。」
「ごめんね。」
「・・・。」
「話の途中だと、思うけど。・・・・」
・・・。なぎ。
「そろそろ、タイムオーバー。」
可愛い顔をまた、困った、ようにさせて。
そんな風にあいつが、洒落た、言葉でおれの話を、遮った。
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