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「A」  作者: みんと*
13/64

第13章



その日。


その日も。いつもと何の変わりない、一日の。始まりの、はずだった。


おれは、いつもの通り。いつもの場所で。父ちゃんの船を見ながら、ただ海を、ぼんやりと。・・・眺めていた。


石巻の水産加工場は、今日もフル稼働で。


忙しそうに。ちっこい人がせわしなく、波止場を行き来するのを。少し離れた、灰色の堤防の上に座って。・・・・煙草をふかしながら、ただそれを、のんびりと、眺めていた。


どこからか、上がる白い煙。漁港や店の喧騒、皆がみな。忙しそうに、働いて、いる。



「・・・・。」



この時期、毎日漁に出る、父ちゃんに付いて、一緒に、船に乗る日もあれば。そうじゃない、日もあった。


底曳きをやる、その船を、継ぐとも、継がないとも、まだ。・・・ちゃんと、言っては、いなかった。


跡取りは、おれ一人だ。


漁師になる、・・・・つもりでは、いた。


でも。その覚悟は、何ひとつ。できてはいなかった。


心のどこかで、逃げたい、気持ちもあった。いつまで経っても、決められない、自分がいた。きっかけがな。・・・なんて。自分の気持ちひとつ決めるのにも。言い訳して・・・


そういう、おれの性格や考え方、全部。・・・・父ちゃんも、母ちゃんも、きっと、わかってて・・・おれには。煩いこと、あまりまだ。何も、言わずに、いてくれた。



だから、ぼんやりと、その日も。


おれは、昼前に起きて、母ちゃんに言われて。置屋に、父ちゃんを車で送り迎えする準備をしていた。




珍しいな、・・・つぅか。怪しいな。・・・・

 


そう思ったら案の定、運転手ついでに、協会の寄り合いに、おれを出させようって。魂胆だった。

 


父ちゃんが言う。


「仕事してねぇんだから、人さまの役にぐらい、立てんだろ。」


「・・・。仕事、してんじゃんかよ。」おれは、口答えする。


「あんなでいっちょ前に仕事してるなんて、気になってんじゃねぇわ。」


「・・・・。」


父ちゃんは、おれが本気になってねぇ事。・・・よく、わかってた。



「めんどくせぇなぁ。」おれは唇を、尖らせて。文句をつぶやく。


「たけし、」


「・・・。?」 


「人の嫌がることやっとくと、」


「・・・。」


「あとで、いい事あるぞ。」そんな事言って。父ちゃんは白い歯見せて、・・・優しく、笑った。


今でもその顔を、よぉく、覚えている。


だって、それが。おれが笑った父ちゃんを見た。・・・・最後の、記憶になったから。





その時刻は、あとから知った。



午後二時四十六分。



まさに。晴天の霹靂、だった。よくね、おれ叱られたの、ちっちゃい頃は。


悪ガキだったからさ。何も、普段は何も言わない両親だったけど。


母ちゃんは、こら!たけしって。よく、イタズラ仕掛けるおれに、よく。・・・そう、言ってたっけな。


父ちゃんはそんなおれを、見て、見ぬふりをして。


それでさ、ここぞと言う時に。でっかい雷、落とすんだよ。


急に、近寄って来て、さ。


やべぇ、と思った時にはもう、遅いの。


それが、すげぇ。・・・・・ものすごく。怖くてさ。


げんこつひとつ、落とされんだけど。


それが、すごく。痛くてさ、当たり前なんだけど。痛くて、怖くて。おれ、


すぐ泣いちゃうの。


そう。・・・そのくらい。


そのくらい、凄かったな。あの、一撃は。


地面の。下の・・・・ずっと、ずっと下の方から。

















どーーーーん!!!!!!!!!・・・・・って。・・・・・・







ものすげぇ、・・・音が、


したんだ。






すぐに、堤防の上からずり落ちて。ぐらぐらと、横に、縦に。大きく揺さぶられる身体を、支えようと、必死になって岸壁に、しがみついた。


そうしてないと、地面に叩きつけられそう、だったから。


鳴り響く、サイレンの音と。激しく揺れる、水面。・・・・・





 ・・・地震、だ。・・・・・すげぇ、でかい。




そう思いながら、海を見ると、あっと言う間にもう水面が、こんもりと山なりに、盛り上がり、始めて、いた。


「・・・・。」不気味に、ゆっくりと、曳きながら、ますます盛り上がる、その、水面みなも・・・・沖に出ていた船が、それと同時に静かに。


まるでひとつの波が、返す前にも似た、その大きなうねりに船体を、乗り上げては、またそれを、やり、過ごす・・・・




・・・・波。・・・・・・



・・・。津波、・・だ。 




 ヤバイ!!!



 津波が来る。




 すぐに、体勢を立て直した。




沖に出ていた船は、けたたましく、エンジン音を鳴らし、更にその沖の方に急ぐのもあれば、陸を目指す、ものもいた。


それを横目で見ながら。




 やべぇ、やべぇ、・・・・・・





この時は。でも、今思えば。言うほど、それ程。・・・焦っても、いなかった。


ただこんな、近くにいたら、下手したら、波に飲み込まれちまう。


そう、思って。とりあえず。港を目指して猛ダッシュで、駆け出し、そのまま必死に地面を蹴ってカーブを曲がった。


途中携帯を取り出して、電話をかける。


この時一度だけ。繋がったんだよな。



「たけし?」のんきな。母ちゃんの声が聞こえた。



「そう、だいじょぶ?」


「大丈夫だけど、家がすごい有様だよ、あんたは?」


「いま、置屋に向かってる、とりあえず、父ちゃん連れてそっち帰る。」


「気をつけなよ。」


「警報鳴ってるよ、津波来るだろ。」


「こっちまでは来ないわ。」そう少しだけ、笑って。母ちゃんはそう言って。


電話を切った。そのあとは。何度も、何度掛けても。


かけてもかけても。母ちゃんに電話が繋がる事は、二度とは、・・・なかった。 

     


置屋に、飛び込む。部屋はからっぽで。


奥で片付けしてる、女将さんの背中が見えた。その間、おっきな余震が二回、来た。

 

海がどんどんと、曳いていく。・・・・その異様な、光景に。


おれはちょっとだけ、初めて、怖ぇな、そう、思った。



「父ちゃんは?」おっきな声で、女将さんに、声を掛ける。


「たけちゃん!どこ行ってたの?!」


「・・・ごめん、父ちゃんは?」おれはまた聞いた。


「船、見に行ったよ、」


「おばさん、大丈夫?津波来るよ?」


「あぁ、すんごい、地震だったもんねぇ、今、支度して。」


「・・・。」


「早く、高いとこ行かんとね。」


「急いでね。おれ、港行って、家戻るから。」


「気をつけなよぉ!」


「おばさんもね!」


置屋を飛び出す。散々世話になった、その女将さんにも。


ちゃんとした、礼さえも言えないまま。二度と、会う事は、なかった。



急いで、父ちゃんの船に向かう。


父ちゃんは仲間のみんなと、作業着のまま、定置船に船を連結させる、作業をしていた。


津波が来ても、船が流されないようにする為だ。



「父ちゃん!!」おれは声を張り上げた。


「早く!!逃げないと、」


父ちゃんは、おれを見て。


「おまえぇ、何やってたぁ、今ごろ。」ロープを引き上げながら、言う。


その間にも、警報と放送がけたたましく、町中に鳴り響く。



「すげぇ、波曳いてんだよ、でっかい。津波が来るかも、」


「わかってんよ、」


「・・・。」


「だからやってんだろ。」父ちゃんの。命より大事な、船。



船は命だ。よく、父ちゃんはそう言っていた。


飽きるほど、飽きるほど。その言葉を聞かされた。


単純な、言葉だけど、その重みを、現実として。そのあと、おれは嫌と言うほど目の前に、突きつけられる事になる。



その時。・・・・船になんて、構わずに。一緒に、車に乗っていたら。

 

おれみたいに。助かったかも、しれなかったのに。



「おまえ先に帰ってろ。」


「・・・。」


「母ちゃん、心細いだろぅから。」


「父ちゃんは?」


「幹さんとこの軽トラ乗って、帰るから。」


「・・・。」


「あと五分で終わる。」


「警報出てるよ?避難警報・・・」


「家までは、来ないだろぉ、」


作業は、続けられる。



「・・・おれも、手伝うよ。」


一歩、脚を踏み出す。


「おまえいたって、邪魔んなるだけだわ。」


「・・・・。」


「母ちゃんと一緒にいてやれ。」


「・・・わかった。」



すぐに走って、駐車場に向かうと。エンジンを駆けて車を発進させた。


港の駐車場を出ると、もうすぐに渋滞に捕まった。



「・・・っくしょ、」



おれは、車をUターンさせると、町とは反対方向の、松林の方向に向かった。


イチかバチか、抜け道を抜けて行くつもりだった。家までの道のりは、車で十分。


こっち抜ければ、二十分以上は、かかるだろう。



・・・・しまった、すぐに思い直す。万が一。・・・・水に浸かって、車が動かなくなったら。幹線道路のほうが、動きやすい。



・・・まぁ、その時は。その時だ。



ただひたすらに、車を飛ばす。


運転は得意だったから。細い松林の間の道を、細かくハンドルを操作しながら、通り抜けた。




・・・・え?




ふと視界に入った、海面を。


見たときの。・・・・衝撃、・・・・を。


今でも、忘れることができない。


多分一生。・・・・忘れない。


黒い、海が。・・・・・壁みたいな、海が。静かに、思うより、静かな。・・・・音を響かせて、まさに。港に襲いかかろうとする、ところだった。



「・・・・・。」



その高さは遥か、堤防よりも高く、あって。せいぜい津波が来たって、二~三メートルだろうと、頭のどこかで踏んでいたおれは。


その光景を映画か。・・・・何かの、出来事のように。


妙に現実離れした、気持ちで眺めて、いた。





 プップーーーー!!!!




後ろから猛々しく、鳴らされた、クラクションで、我にかえる。


後から来た車は、おれが車を動かそうとした、そのすぐ脇を、猛スピードで、すり抜けて行った。


ミラーを擦る。



「ぁ!!ぶねぇよ!!!」おれは叫んで。



また。・・・・海を見た。




・・・あ、れ。・・・・津波、か。・・・・・?




どきん、どきんと、胸が鳴る。アドレナリンが放出される。頭の中で、警鐘が、鳴る。


 

やべぇ、事になるぞって。



おれも、急いで車を発進させた。




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