良く知れ 権能ー4
「ふわあああ~……はぁ~……よく寝たぁ~~」
とても気持ちのいい朝だった。
少年は窓を全開にして大きく伸びをした。少し冷たい風が目覚めたばかりの体に染み渡った。
耳を澄ますまでもなく、いろんな鳥の声が村のあちこちから聞こえてきた。
まるで森のど真ん中で一夜を過ごしたみたいに……というかその通りだった。
木々の隙間から覗き込む暖かな陽光が、朝を迎えた人々に活気をあたえていた。
空を真っ青と赤い色の二色に色分けしていた太陽を望む少年は、この世界で初めての朝を迎えた。
少年は軽くストレッチをしながら家の中をうろうろしていると――
ロナロナが書き残したであろう手紙が机に置いてあった。
それには――プリンをいっぱい!!いっぱい!!!!貰っておきなさい!!っと書いてあった。
それを見てほくそ笑んだ少年は、備え付けの一室に――散湯浴と書かれた浴室に入った。
はたしてこれの読みは、さんゆよくなのか、さんとうよくなのか、もしくはどちらも正解なのか分からなかったが、気にせずに服を脱いで朝シャワーを浴びた。
その後、やたらと大きな木製の冷蔵箱なるものを開けると……一本の牛乳瓶が目に入った。
もちろん――しなくてはならないだろう――。
少年は腰に手を当てて……右手で瓶を持ち……ごくっごくっっと一気に飲み干した。
「……ぷはぁ~~……美味い!!!!」
少年はその後、服を着ていい感じの椅子に腰かけて……窓からの景色を楽しんでいた。
近くの木の枝に二匹のリスがいて飛び回っていたり、村の小さな男の子が大型犬に引っ張られて逆に散歩させられていたりなど――のどかな村の一部始終を眺めていた。
などとくつろいでいると……コンコンとノックがした。
少年は、どうぞ――と一声かけると……リナが迎えに来てくれた。
「おはよう!少年君!!――よく眠れた?」
「おはよう!――うん、よく眠れたよ」
朝食の時間はいつも大きな家でみんなで取ることになっているそうだ。
少年はお腹は減ることがなかったので、再び権能を用いてお腹を空かすことができた。
「――では、いただきます!!」
族長が一声。
――いただきます!!
その後にみんなが口をそろえて一言、そして村人の重役達も含めて――みんなでにぎやかな朝食をとった。
少年がリナに誘われて座らされた場所は……この家の大広間で入り口から一番遠い場所だった。
そこは族長とお婆ちゃんの隣というかなり目立つ場所に座らされ、やや場違い感に襲われる少年だった。
少年はとりあえず――どこに行けばいいのか?雑談のように相談すると――族長は答えた。
「……そうじゃのう~、カラフル一族もそうだが……まず少年殿は確実にゼウセント王国の反感を買ってしまったからのう~。なんとかしないと少年殿にも危機が迫るし……いずれはこの村を滅ぼされてしまうだろう――ならば……今こそ!……カラフル一族の長――このツルツルピッ・カラフルの出番じゃああああああ!!」
ここぞとばかりに立ち上がり意味不明なことを叫ぶ爺。
「ハゲズラの爺に何ができる!!!!――座っとれ!!!!」
婆の一喝に一瞬で黙らされた爺……しゅんとして小さくなってしまった。
「少年よ……この世界には古くから伝わる伝説があるのじゃ……よくお聞き」
爺の意思を木端微塵に打ち砕いたお婆さんは……少年に重要な話をしてくれた。
「――6つの宝玉を集めなされ……火、水、地、風、光、闇――これらの宝玉がこの世界のどこかにある――それを束ねし時、世界の終焉を救わん――とな」
お婆さんのその話は――何も分からない自分にとってかなり重要だと思わされた。
「――世界の……終焉……」
特に気になった言葉を口に出して繰り返した。
「その一つが、ゼウセント王国の国宝にそれらしきものがあるという――先ずは王国に行きなされ!」
「そして……村のことは気にせんでよい――全ては御心のままに――リナをあなた様の御側付きとして差し上げます――リナはいい子ですじゃ……どうか……よろしくお願いいたします」
おばあちゃんや族長、そしてその場にいる村人たちも――少年に土下座するように頭を下げた。
「「…………………………」」
御側付き?何で急にそんな話になってるの?――やや顔を引きつらせ……同じことを思う二人だった。
朝食後……リナは全方位から色んな人に……少年君とはどこまでいったの?っとからかわれては、やや赤面しながら反論していた。
そのころ少年は、騎士団長を退けたと聞いた力自慢の筋肉モリモリ男どもに纏わりつかれては……腕相撲などをさせられて一瞬で敗北、この子になら勝てるだろうと……ついさっき犬に引っ張られていた小さな男の子とも勝負しては――ボコボコにされた。
……果ては女の子にも敗北し……ちょっとだけ少年の男のプライドが傷ついたのは内緒の話――。
――準備を終えた少年とリナは……いよいよレインボービレッジを出発する時間になった。
「とにかく……それじゃあみんな!行ってきまーす!!」
元気に手を振って村のみんなとお別れをするリナ。
「みなさん……お世話になりました!!」
少年はごく普通にお辞儀をした。
「いってらっしゃい――リナ」おばあちゃん。
「お姉ちゃん――必ず……帰ってきてね!」
元気になった妹のルナもお見送りに来てくれた。
「うん!……絶対に帰ってくるよ!!」
ルナの手を握りに行っては……空いている方の手で妹のほっぺをペチペチとしていた。
「少年様――助けて頂きまして……本当にありがとうございました!!……朝に目が覚めるのは数年振りでした!!――このご恩は一生忘れません!!」
姉との別れを済ませ……少年に全身全霊でお礼を言う妹のルナ・コフィン・カラフルさん。
「いいえ……元気になったのなら……それでいいですよ!!」
にこやかに返事をした少年。
「二人とも――気を付けて帰ってこいよ!!!!」
村人たちが口をそろえて見送ってくれた。
村を救ってくれてありがとよ!!リナをよろしくね!!また来てね!元気でな!!王国の奴らに思い知らせてやれ!!道中お気を付けて~!!リナ~~~~!!バイバ~イ!!いってらっしゃい!!
早くひ孫の顔が見たいのう(ボソッと早口で)。
……村人の人達は思い思いのことを叫んで――見送ってくれた。
少年には何か変な言葉が聞こえたような気がしたが……よく聞こえなかったことにしておいた。
村からのびた一本道――リナは村人達の声が届くたびに振り返り、惜しむように手を振った。
リナの村、レインボービレッジを出発して、一度見た生命草の幻想的な風景に心奪われながら歩くこと30分。
二人はカラフル一族しか知らない秘密の獣道を歩きながら話をし始めた。
「…………とにかく、これからどうする?いきなり王国に行くのも色々難しいと思うよ?」
リナは真っ当な意見を言った。
「――うん、そうだよね……僕はこの世界のことも自分のこともわからないからね~」
まるで他人事みたいに言う少年。
「――それなら、いい相談相手をご紹介しましょうか?」
先頭を行くリナが少年を見た。
「……相談相手??」
「そう!昨日の夜おばあちゃんと相談してたんだ!――聖賢竜さんのところに行きましょう!世界一の知恵者なの!きっと今の少年君にとっていいことを聞かせてくれるよ!!」
「竜……か……見てみたいな~」
そんな生物がいるのか……という疑問は今の少年には浮かび上がってこなかった。
なぜなら今の少年は……自分が何なのかも誰なのかも分からず、何も知らない王国でリナの宝石を取り戻し村の安全を保障させたら……リナともお別れしてひとりぼっち……そして何だか分からない6つの宝玉だかを集めて世界の終焉を救わないといけないらしい――それを僕がしなくてはならないらしい――もう何もかも夢みたいに思えた。
いや、これが夢なら……別に醒めなくてもいい……ずっとこの美しい世界でのほほんとしていたい――そうとも思えた。
どうしようもない不安感と数えきれない疑問が少年の精神状態を支配してごちゃ混ぜにしては、少年は常識的思考ができないような状態だった。
――リナが言った聖賢竜に会いに行く道中。
少年はまた……信じられない光景を目の当たりにした。
リナ達の村がある切り株と、その隣にある別の切り株とを繋ぐ吊り橋が少年の視界に入ってきた。
「ふふ~ん……ここが私達カラフル一族の一番の絶景なのだ!……どうかな少年君?」
やたらと自慢げに話すリナだが……これはそういう態度になってもおかしくない絶景だった。
「うわああああ~~~~!!!!…………すっごい眺めだなぁ~~!!!!」
少年はついさっきまで思い詰めていた悩みが一瞬で消し飛んだ……。
その吊り橋は世界樹のツタで作られていて、その距離は5kmに渡り、地上からの高さはなんと2㎞もあった。
二人の足元には、七色に光った雲海が広がっていた。
渡っている吊り橋のちょっと上にできた虹が……まるで手を伸ばせば掴めそうな距離にあった。
左右には大きな滝が轟轟とその存在を歌っていた。
二人が向かっている世界樹の切り株の形は、まるでホールケーキの4分の1を切り取った形をしており、その開けた部分の左右にめちゃくちゃ大きな滝ができていた。
舞い上がった水しぶきが日光に照らされて、何十個もの虹が重なっていたり輪の形をしていたりするものがあちこちにかかっており、縦横無尽の虹たちがとても幻想的で――見る者の目を釘付けにさせた。
とくに濃霧のような濃度の水しぶきを通すと――まるでプリズムのように日光の光が分離して……七色の光へと分けられてゆらゆらと七彩が降り注いでいた。その光が雲を通して虹色の雲を形成し……眼下に広がる光景の全てが七色に染められているかのようだった。
その場所から太陽を望むと……輪の形をした虹がいくつも見えていた。
虹には詳しくないのだが……多分全ての種類の虹を一度に見ることができる最高の場所だった。
……まさに……カラフルだった――。
遠くを眺めているとたまに霧が晴れたところから――ひょこひょこ見える同じくらいの大きさの世界樹の切株が……見える範囲だけでも数十個もあった。
その中の一つの奥地に――リナの故郷の村があったのだ。
「はぁぁぁぁあああぁぁぁ~~……これは確かに……リナの村を見つけ出すのは難しいね~」
「世界樹の切株はね、形を変えて成長もするから……数年ごとにまた風景が変わるんだ!」
「へぇ~~」
「ここが……虹源郷……私の一番お気に入りの場所なんだ……」
少年は――その幻想的な景色に時間を忘れて見惚れていた……すると?
「――コホン!……では、朝のプリン分はしっかり話をしてあげるの!」
少年の右肩の上に現れた妖精ロナロナは、実はとっても甘いものが大好きで目がなかった。
昨日の晩御飯で出された虹色プリンが大のお気に入りになり――今朝には10個も貰った程である。
それを道中でロナロナに渡した端から……小さな体ながら一分もたたずに3個も平らげた。
少年はその分の詳しい説明を要求しロナロナは承諾――無事に協定は達成された。
「……では権能について説明するからよく聞きなさいなの!」
「……うん!」
「――まず、一番大切なことを説明するのね。……権能は大きく分けて三種類あるの!――それは個人、地域、世界の3つ。それぞれの規模に合わせて権能は働くの。――当然、規模が大きくなるごとに消費量は大きくなるの。一個人を変えるのは一画消費して、大まかに地域や一国レベルの変化は二画――最後に世界……時間を止めたり加速させたり、変異を誘導させたり変化させたりする時は三画必要になるの!!」
「…………かく?」
良く分からない単語が出てきたが……今のロナロナの説明が死ぬほど重要であることはわかった。
「そして――ここ重要なの!!――権能は8時間で1画回復するの。そして全部で5画までなら溜めることができる――だから、それ以上は維持できないのよ!……わかった?」
「――そうなのか」
良く分かっていないが……口が勝手に動いた。
「そ!だから昨日の夜みたいに0画になったときにあなたが死んだりしたら――全て終わりだから!」
ロナロナは虹源郷の吊り橋を好きに飛び回って説明してくれた。
「そう……か……やっぱり昨日のあれは相当危なかったんだね……」
ロナロナの説明によると……僕は予め5画所有していたのだろう――僕はあの日……自己強化で1つ、気候変動に2つ、リナに殺されて復活した時に1つ、ルナの完全回復に1つ――計5画消費していたことを思い出した。……だから戦士長との戦いの直前、権能が使えなくなっていたのか。
「はぁ……まったく……なんでこんな奴が私の担当になっちゃったの~?」
いかにも不服そうに嫌そうな顔をするロナロナ。
「――担当?」
「――そうなの。私はあなたのお目付け役――必要最低限のアドバイスはするの……でも過度な期待はしない方がいいのね……」
ロナロナは忠告するように冷たく言い放った。
「――あと、最後に一つ言っておくの――今のあなたは――あくまで……仮の神様なの――」
「……かり?」
ん?……何だか雲行きが怪しくなって来た――と思う少年。
「そう――あなたが本当に世界を統べる神様たりうる人物なのか……その真価を問われているの」
ちょっと……マジでその先の言葉を言うのを止めてほしい――と思った少年。
「あなたに一番わかりやすい表現をするなら~……そう!――これはテストなの!!」
ピカーン!!――と閃いたようなアクションで告げた妖精。
「なん……だと……!?」
テスト!?……僕は僕が僕で何が何だかも分からないのに……テストォ!!??
「――もちろん、何を作れーとか、これをやれーとか何かを成し遂げろーとか、そんなのは一切ないから安心なさい?……全てあなたの好きに世界を作っていいの!」
妖精ロナロナは、少年を見下ろせる所に移動して――はっきり言った。
「……けれど、それがあまりにも大したことがなければ――あなたは神として不適合――つまりは不合格になるの!……そうなるとワールドメイカーの資格と権限は剥奪され――私利私欲で世界を弄んだ罪として――永遠に地獄逝きね!」
「――んぬわんだとぅ!!??」
天変地異が起きたかのような――衝撃的事実だった。
「――ふふん♪」
少年の狼狽える表情を楽しんでいる悪女――妖精ロナロナ。
「…………………………この世界は?」
俯いた少年は――真っ先にその質問を投げた。
「……ん?」
「……もし僕が不合格だった場合は――この世界はどうなるの?」
「…………いらないものは処分される……つまり――この世界の終焉になるでしょうね~」
綺麗な虹の方へと視線を向けて……答えた。
「………………!?」
うっそだろおおおお!?――衝撃的事実の連発に、少年の冷静さは爆発四散した。
「……その……世界が大したことが無いとかって誰が見て誰が決めるの?」
「それは――お目付け役の私がいるでしょ?……誰が決めるかは……教えられない」
プイっと顔を背けるロナロナ。
「………………あっ!……ロナロナ……さっき僕が死んだら全て終わりって言ったよね?」
恐るべき事実に気づいた少年。
「――うん。そうよ」
端的に答えるロナロナ。
「――それって……つまり?」
確認したくなかったが――しないわけにもいかなかった。
「うん。そうよ!!」
冷然と答えるロナロナ。
「……僕が権能が無い時に死んだら……不適合?」
恐る恐る聞いてみた少年。
「うんそうよ!!!!」
淡々と答えるロナロナ。
ひぃぃえええええええええ!!!!…………心の中で絶叫する少年だった。
――つまり、昨日の夜――戦士長に殺されていれば……世界が終っていたのだった。
「――精々頑張りなさい?……新人ワールドメイカーさん♪」
ロナロナはそう言った後、綺麗に輝く羽をパタパタと動かして空の彼方へと消えてしまった。
「……これは大変なことになってしまった…………世界の終焉……永遠に地獄行き……」
嘘だと言ってほしい!!っと吊り橋の中心で叫びたくなる少年だった。
「……なんだか、大変なことになっちゃってるね……私も他人事じゃないけんだけど……」
世界の終焉がこんな身近なものに感じた……リナも動揺を隠せなかった。
「……あっ……」
そして一呼吸おいて――リナもまた青ざめた……もしも昨日、戦士長に少年君が殺されていたら……今の自分もまた存在していないという事実に――。
「………………」
しかし、少年の絶望はリナとは比べ物にならないものだった……その場で跪き頭を垂れた――。
今の彼の姿を最適な文字で表現するとこうだった。
――orz。
「だ……だ……大丈夫だよ……少年くん……きっと……それについても……助言してくれるよ。多分……とにかく歩こうよ!」
何をどう言えばいいのか分からなかったリナだったが……とにかく歩き出さないと始まらないとわかっていたので――歩こうと少年に手を差し出した。
「う……うん……そうだよね……」
全然元気じゃないが……リナにこれ以上心配させるのも悪かったのでリナの手を掴んで歩き出した。
いくつかの世界樹を超えて……二人は無言で歩いていた。
――少年の心は絶望感に支配されていた。
訳も分からず世界を作るとか言われて……リナと約束したからやってみようと思った……そしたらそれは何とこの世界と僕の命を懸けた一世一代の大事だったという衝撃的事実!!!!
僕は……どうすればいいのか、どんな世界を作ればいいのか、頭の中がまるで洗濯機の中で渦巻く衣類のようにグワグワと音を立てて回り混ざって、立ち眩みが起きそうなくらいに冷静さを失っていた――
だが……リナにも言われた通り……分からないことを考えてもしょうがないので、とにかく歩くことにした少年だった。
トボトボと歩く少年を連れて……リナは小高い丘のような山々が見受けられる地帯に来た。
「山をいくつか越えるけど大丈夫かな?」
「――大丈夫だよ」
全く大丈夫そうではない声で力なく返事をする少年――。
それから次第に高さを増してくる山を越え、獣道のような山道を通り、大岩がごつごつと転がっている川を渡って――リナに連れていかれていくこと……数時間。
急に空気の澄んだように感じる少年。
リナが突き進む道の左右には、不規則に捻じれ曲がった不気味な雰囲気を醸し出している木々が……こっちへ来い、こっちへ来いと手招きしているようだった。
「本当に……ここを進むの?」
道の先が見えない……如何にも地獄の入り口へと続くような感じに怖気づく少年。
「そうだよ。確かに最初は私も怖かったけど、別に怖い事はないから安心して!」
そう言ってズカズカと歩を進めるリナ。
高く伸び、生い茂る葉っぱのせいで……何故かこの道だけが暗くなっており……何かしらの者が出てきてもおかしくない様相を呈していた。……しかし、少年はリナについていくしか選択肢は無かった。
その怖い道を歩き続けると――やがて大きな古い建物が出てきた。
その遺跡は二階の窓から木が生えていたり、壁面に苔がびっしりと生えていたりと植物に侵食されていた。
人の気配はすでに無く――色んな鳥や小動物の住処としての役割を果たしていた。
遺跡の正面入り口に立つと――弱々しい風が遺跡の中へ吸い込まれていた。
少年は何気なく扉の無い部屋をのぞいてみると……かつて人が住んでいた痕跡は殆ど見受けられず落ち葉や木の枝、木の実が転がっているだけだった。
――ひびの入った壁や天井、良く分からないくらいに薄く色あせた壁画から、ここが今にも崩れ落ちるような儚さを感じた。
リナは少年の寄り道を気にせずに真っ直ぐ目的地へと進んでいくので……ちょっと小走りで追いかけた。
「――ここだよ」
リナがやっと立ち止まった。
遺跡の奥には――透き通った綺麗な湖が広がっていた。
湖の底には大きな木々と遺跡の残骸が沈んでいた――。
上には木の根が幾重にも折り重なって天井を支え、それは湖の底にまで達していた。
その湖の中心には大きな倒木が積み重なってできた小島があった。
その小島に地上から届いた日光が当たり……スポットライトを浴びているようだった。
そこはとても静かで……まるで時が止まっているかのような……世界から隔絶された秘密の空間のように思えた。
リナはその湖の近くで一歩前に出ると――
「お久しぶりです!!――カラフル一族のリナです!!」
地底湖の小島に話しかけるリナ、――その後ろで様子を見守る少年。
……すると
「………………やあ、おはよう……覚えているよ……大きく――そして美しくなったねぇ」
地底湖に響き渡る穏やかで優しそうな声が聞こえた。
「……そしてもう一人……そうか……ようやく…………その時が来たんだねぇ」
どこかから――まるで実家でゆったりとした雰囲気の持ち主で深々と椅子に座ったお爺さんのような……その低い声が――少年の心にやすらぎを感じさせた。
しかし、その声は地底湖に響き渡るので――どこから出しているのかわからなかった。
少年はどこにいるのかとキョロキョロ探していると……
「はっはっはっ……ごめんねぇ……今起きるよ」
湖や地面に倒れてた苔に覆われた大木と思っていたものが土や木の根を押しのけて動き出した。
――そう……これが聖賢竜の指だった。
「すごく……大きいねぇ……」
地中から出てきた聖賢竜の大きさは、ざっとみても150メートルはいくかという巨大な竜だった。
しかし羽はボロボロ……彼が動かしているのも頭と腕といった主に上半身くらい――もう全身を動かすことはできないようだった。
「おはよう……空虚な少年……」
「おはようございます。聖賢竜さん」
「――うん。私の名前はコルトネリウスと言うんだ――だから、コルトと呼んでくれないか?」
「――はい。わかりました――コルトさん」
「……ありがとう」
コルトさんはニッコリと笑った。
「えっと……僕は……」
自己紹介ができない少年にとって居心地の悪い時間が来た……しかし。
「わかっているよ――名前も思い出せないのだろう?……無理に言わなくていいよ」
優しく諭すように言ってくれたコルト。
「……さて、私に課された最後の役目を果たすとしようか……」
聖賢竜コルトネリウスは天井を見上げ――眩しい太陽の光を浴びて少しすると……口を開いた。
「……君は……作るものだね?……少年」
「…………はい」
コルトは少年がワールドメイカーだと言うことを察していた。
「……まず、私が言いたいことはねぇ……すでに君は言われたことがあることだよ」
「……?」
「少年……君はこの世界を作り変えることのできるたった一人の神様だ――全ては君の心一つ」
コルトは少年の目を見て……話した。
「どうか――自分の気持ちに素直になって……自信を持って……思うままにすればいい……」
まるで小さな子供に言い聞かせるような口調のコルト。
少年は彼の声と言葉を聞いて――まるで自問自答するように……小さな声で答えた。
「……でも……僕は自分に自信なんてありません。自分のことも思い出せないし……そんな僕が世界を作り変えるなんて……そんな大それたことをしてもいいのでしょうか?――もし、命を懸けて何とかなるのならいくらでも懸けます!……でも……僕の命一つなんかでは――何もできない」
ロナロナの話を引きずっている少年は……湖の底で動けなくなった石ころみたいに沈んでいた。
「……うん――では、君の感じている疑問に……私なりの答えを言おうか」
コルトはボロボロになった羽を伸ばし、また折りたたんだ。
「……自分の命を懸けるに値するもの――それに対する考えをねぇ……」
「僕たちはね――死を恐れていない。……みんな生きている間――思い切り生きているからね」
「いつ自分が死ぬのかなんてわからない……今日かもしれない……明日かもしれない……そうやって死を恐れて日々を生きていることはね……自分を殺す生き方になってしまうんだよ」
「自分らしく生きて逝けるなら……例えそれが今日でも、明日でも、――終わりを受け入れられると思う……」
その言葉に……ちょっと悔しさを感じた……自分らしく……という言葉に。
「……でもねぇ……それは死を許容することとは――違うんだ!」
少し語尾を強調したコルト。
「死んでもいいやと思う者は――己の死なない可能性を簡単に捨ててしまう……。そして死を恐れない者はね……死なない可能性に全力でぶつかっていける人なんだよ……」
「……命を持った生き物が……今の自分が……いろんな奇跡が繋がって生きている者が……死ぬことを求めてはいけない」
「……全ての境遇でいえることではないけれど……命を懸けるということはね――それ程までに大切なもの……大事な事を持っている者にしかできないんだ……」
「僕は少年のことをそこまで理解していないけれど……君の目を見て話をすれば――なんとなくわかるよ……」
「今の君には――それ程の大切なものはない……」
「……………………」
完璧に返す言葉が無い……それ程的確に少年の言われたくない事実を言い当てた。
「だけど……悲観してはいけないよ?――だって君はまだ若い!……自分の命より大切なものなんて……簡単に見つかるわけはないんだ……」
「だからね……今の君が大切にしなければならないことは……生きること……生き続けることだよ……」
「そして――今の時間を大切に生きて楽しむこと!……そうして生きていると……自分のことが少しずつわかってくるよ……」
「――そう。そしていつの日か……ふっと気付く時が来る……あぁ……僕にとって……これが一番大切なんだ……ってねぇ」
「そういうものでしょうか……」
やっぱり落ち込み気味の少年だった。
「――うん!……意識して……大切な物を見つけ出そうとすればねぇ」
「……ただ……これはとっても難しいことなんだ――本当に大切なものごとというものは……失って初めて気づくことがね……よくあるんだよ――私もそうだったから……よくわかる」
穏やかな小川のせせらぎのようなコルトの口調が――少し淀んだ。
「――そうなんですか?」
コルトと話す少年は、コルトが完璧なものに見えた――だから失敗なんてするようには見えなかった。
「――うん。私は昔はやんちゃでね……無茶な事をよくしていた……周りの声も聴かずにねぇ」
「そして――私がしてしまったことが原因で……多くの命や……大陸が無くなってしまった……」
何だかスケールの大きい話をしていたコルト。
「そして――ある戦乱の時代を引き起こしてしまったんだ…………今でも後悔しているよ」
「だけど――平和であるということは、むしろ不自然なことなんだ――生き物の世界にとってはね」
「悲しいが命は有限だ……そして、色んな物を必要としている。――だから……争う」
「この世界から争いが無くなることはない……そう思っていたけどねぇ」
「――もしも……君が来たからこの世界があるのだとしたら……君がいなくなってしまったら……この世界は消えてなくなるのだろうねぇ」
少年が思い悩んでいる案件の話に入った。
「……もしそうなってしまったら……世界に生きている人は、生き物は、命は……意味がないのでしょうか?」
僕がどう頑張っても……出来ないことはある――少年はこの世界を守れなかったときの事を考えて、その苦しさから逃れようと何かいい言い訳を欲していた。
しかし、コルトは全く違う答えを返した。
「――僕たちは存在し続けていることに意味があるんだ!……だから、生きていることが――生きている意味になるんじゃないかなぁ」
少年には良く分からなかった。
「例えばね……生きている間に――何かしなければならない使命があるのかい?あったとして、それは誰が決めるのかい?――もし出来なかったら、その生きた命には意味がなかったのかい?」
コルトは話を続けた。
「生きている間に――幸せにならなければならないのかい?……そしてその幸せは……死ぬまで続くものなのかい?――いや……幸せはいつまでも続かないだろう。では一時でも――幸せに生きて、家族に看取られて幸せに死ぬことだけが――生きる意味なのかい?」
「人が抱くそれぞれの夢や目標――目的や使命がなかったら……生きる意味が無いからと死ななければならないのかい?」
「……いや、わたしはそうは思わない。――この世界では命をもらった矢先に死んだ者達もいる。――夢半ばに死んだものもいる。――目的もなく、惰性で生きている者もいる。――自分の手で……自分の人生を終わらせる者もいる……」
「だから――私は思う。……命に意味なんていらない、生きる意味なんていらない――だって……生きていることに……存在していることに意味があるから……」
「生きていれば……それでいい?」
意外と簡単な答えだった。
「そう――今の少年には当たり前なことだから分かりにくいかな……一例を挙げてみようか?」
「……君の大切な人が死にそうになっていたとしたら……君はなんて思う?」
「あ……」少年にも理解できた。
「――元気になってほしい、死なないでほしい…………生きていてほしい……そう思うだろう?」
「だからね……少年はここにいるだけで大丈夫!――生きているだけで……君は自信を持っていいんだよ……」
今の言葉は……少しだけ心が楽になった。
「でも……僕には何もできません……ただ権能とかいう力を持たされたからできるだけで――何もできない僕が世界を作るなんて……できない……何もない僕が世界を背負うなんて……」
少年が一番重く受け止めている事実を……心中を語った。
「そうかなぁ?――私も何もできないしもう自由に動けないけれど……今でも私の心の中でたくさんの命が生きている……思い切り生きていた者達をね……思い出として」
「何もできないという少年よ――もしも……それでもまだ……君だという理由が必要なのだとしたら……それはね……この世界で過ごす日々を楽しむことだと思うよ……」
「……楽しむ?……それだけ?」
キョトンとする少年。
「――そう。朝起きておいしいごはんを食べること……好きなものを好きな人とともに楽しむこと……夢や目標に向かって歩いたり走ったりして頑張ること……やりたいことを思いきりやり続けること……疲れてゆっくり休むこと……強い人と戦う事……眠くなってぐっすり眠る事……」
「そして――守りたいものを守ること……」
「みんな――生きていないとできないことだよ?勿論生きていれば良いことだけじゃない――嫌なことも悪いことも起こるだろう――だけど、良いことしかない人生もまた……つまらないものだと私は思う――良いことと悪いことがあるから……生きるって楽しいんじゃないかなぁ?」
「死にゆく私が言うのもなんだけどねぇ……自分が素直に思ったことをやること、人生を本気で楽しむことが……自分の人生を生きるコツなんじゃないかなぁ?」
「だからね……君がこの世界の美しい景色を見たことや、美味しいものを食べたこと、痛い思いや恐いことを乗り越えて、今君がここにいることが……君の生きた命の証なんだよ……」
「君が……この世界の景色をもっと見ていたい……感じていたい……この場所にいたい……何かを守りたい……自分の心に正直に生きているとね……自分にとって大切なことは知らず知らずに……意外と身近にあったり、守っていたりしていることもあるんだよ……」
「少年よ……君がこの世界の神である理由や資格は……もう君自身がすでに証明しているよ?」
「すでに君は――この世界を楽しんでいるんじゃあ……ないのかい?」
確かにそうだった……見たことのない絶景を見て心が打ち震えた……リナの作ってくれた料理の美味しさは……少年の命に深く刻まれた……虹源郷の景色は……記憶に刻み込まれた。
「もし……君が本当に嫌だと思えば……この世界を見限ればいい――君も、この世界の全ての命も……ただ消えてなくなるだけさ――」
「……そんなこと出来るわけがないじゃないですか!!??」
「それは……なぜだい?」
逆に質問して来た聖賢竜コルトネリウス。
「だって…………この世界の人達も生き物も……みんな……何も悪くない――」
少年は――心から思った言葉を言った。
「悪い事をしたからといって死ぬわけじゃない――良い事をしたからといって……生き続けるわけじゃない――この世は理不尽なものだよ?」
「……そんなのは嫌だ!!!!……必死で生きてきたその先が死しかないなんて……」
許せない――。
「ほらね?――やっぱり……君はこの世界の神様だよ」
にっこりと笑みを浮かべるコルト。
「――え?」
「君の――世界を死なせたくない理由だよ……君はこの世界に生きる全ての理不尽な死を憂いた……たったそれだけでいいんだ……」
「難しいことは考えなくていい――ただ――君の心の思ったようにすればいい」
「時に身を任せてもいいよ?……ただ流されるだけじゃない――君がこの世界を引っ張って――歩き出しなさい――」
「この世界で――君以外には誰も歩むことができない……人生という道があるんだ!その道はどこに行き着くのか、それは誰にもわからない――ただ生きて、前に向かってひたすら進むしかない――それが……人生なんだ……」
「君の見たいものを見ればいい……守りたいものを守ればいい……救いたいものを救って……やりたいことをやればいい」
「――それが君の――神としての人生だと……私は思う」
少年の疑問への答えを述べたコルト。
「…………………………コルトさん」
「……でもそれって……自分勝手でわがままな人ではないんですか?」
しかし、少年も責任重大なため……そう簡単には納得しなかった。
「……いやぁ違うよ!……確かに、その時々の感情や衝動だけであるなら……そうかもしれない。――けどね?……自分でよく考えて決断した意志ならば……信念によるものであるならば……それは決してわがままじゃない――己の心の赴くままに――」
「我儘じゃない……」
「――我が まま……だと思うよ……」
コルトは少年の心に――その言葉を伝えた。
「我がまま……」
その言葉は……すっと心に入ってきた。
「少年よ――我がままであれ――」
「今理解しなくてもいい…………自分で考えて……自分自身の答えを、ゆっくりと出してみなさい……きっと……君だけの世界を……見つけだせる……から……」
そう言って……コルトは目を閉じた。
耳を澄ますとすうすうと寝息を立てていた……老齢の龍は気持ち良さそうに深い眠りについた。
僕たちはコルトさんに一礼して――その場を後にした。
二人は丘山の頂上に来た。
太陽が少年の真上辺りで――ギラギラと輝いていた。
僕はコルトさんに言われた通り、自分の心に素直に聞いてみた。
――僕は……この世界を作り変えるような大それたことをするような人間じゃない
――けれど……なってしまったものはしょうがない
――ここで僕が死ぬのは簡単だ
――でも……本当にそうしたら今見えている全てが消えてしまう
――何もかも無くなってしまう
――この綺麗で美しい世界が……たくさんの命が宿るこの世界が終焉に至るのであるならば
――僕は……それを許さない――絶対にそれは嫌だ!!!!
――だって……この世界は……とても美しいものだったから
――もっと見てみたい……感じてみたい……楽しんでみたい
――だから僕は……僕のできる限り――全力でそれに抗うと決めた
――だから僕は世界を作る……
――決して終わらせないために……
少年は……朧げな幻覚が見えた。
……ここじゃないどこかの世界の国のどこかの言葉なのだろうか……
……どこかの誰かが……妙に分厚い本を広げた
……小さな指で変てこな文字を見ては……声にして読んでいた。
……そう、あれはたしか……
……ポイエイン……だったっけ?
……その言葉の意味が……作るという意味だったことを
……薄っすらと霧に包まれた少年の頭からひょっこりと落ちてきた
――僕はそのままだとかっこ悪いと思ったから、ポイという部分は文字通りポイさせてもらうことにした。
「……だから……エイン――僕の名前は――エインだ!!」
少年はこの世界のワールドメイカーとして……一番初めに自分の名前を作り出した。
「エイン――エイン……うん……うん!……いい名前だと思うよ!!」
リナはその響きを確かめながら……すごく喜んでくれた。
「僕は……絶対にこの世界を守りたい――絶対に無くさせたくない……この美しい世界を――絶対に助けて見せる!!――そしていつの日か――リナとの約束を果たして見せる!!!!」
エインが振り上げた右手は太陽と重なり――光が満ちて輝いていた。
――突然、僕たちは大きな影に覆われた!!
「――何あれ!!??」
リナが空を指さして叫んだ。
エインは空を見上げてたから――すぐに気づいた。
「……生き物と……人?」
――空からの来訪者。
鷲の頭部に大きな翼、大型哺乳類の下半身のグリフォンに乗る白髪で褐色の女の子。
そして、グリフォンより少し大きめの百獣の王の頭部に龍の翼、サソリの尻尾を持ったマンティコアに乗る褐色のおっさんが現れた!!
「貴様が――例の男だな?」
彼らは一体――――何者なんだ!?