良く知れ 権能ー3
カラフル一族の中でも知る人ぞ知る秘湯――夜遅くにしか入れない最奥霊泉ポタトルム……それは世界樹の中にあった。
繰り抜かれたような広々とした空間――湯気がサウナのように充満し、天井にヒカリゴケが生えていてほのかに青白い光が照らし……世界樹の中でしか生成されない紫色の水晶の柱がちらほらと見受けられ――実に神秘的な雰囲気を醸し出していた。
樹壁の高い場所に穴が開いており、そこからお湯が流れ落ちていた。
……なぜお湯が流れ落ちてくるのか?
それは樹上の川の水を世界樹の道管の成れの果てが水を取り込み内部へと移送――木の中のトンネルの至る所に生えている熱を蓄えるヒートプラント属という特殊な植物が、夜には活動して代謝、その時に生じた放熱によって42℃のお湯へと変えてしまうのである。……さらに世界樹の成分が溶け出して、乳白色の見事な温泉へと変わり……この霊泉が出来上がった。
カラフル一族にとって……そこは神聖な場所であり、限られた者のみ禊を行える温泉である。
リナ・クーフィン・カラフルは、次期族長であるため誰の許可もなく自由に入ることができた。
――そこで一人。
――湯につかりながら物思いにふけっていた。
この湯は様々な成分が溶け出していることに加えて、お湯の水分は水蒸気になって木の中を這い出していくしか外へ出る手段がないため……成分はそのまま温泉に残り続ける――結果、非常に高い塩分濃度となっている温泉が出来上がる。
――そのため、この湯は非常に高い浮力を持っており人一人なんて簡単に浮かせられるのだ……それゆえに座ってゆっくりくつろぐことはできず、水面にプカプカと浮いている木の葉のようにリナは温泉の中で揺蕩っていた。
……空から落ちてきた名前も忘れた少年君、この世界に存在しない妖精、私の村を救ってくれた恩、妹のルナを助けてくれた人、ワールドメイカー……
――村の生活は好きだし、みんなのことは大好き……
――だけど、私はこのままでいいのかな……
――私は、どうすればいいんだろう……
――?
リナは、どこかから人の気配を察した。
「………ぅぅぅゎわわあああああああああーー!!!!」
――!?
バシャーーーーーン!!!!!
そこへ……何かが天井の穴から大量のお湯と一緒に落ちてきた。
「――え!?……誰?…………少年君!?」
リナは何かがお湯の中に落ちてきたところを見た――リナはその動体視力で人間だとわかったが誰かまではわからなかったが、浮かび上がってきた人の特徴的な衣服で誰が落ちてきたのかわかった。
「あ……リナ!!…………あっ……」
命からがら逃げ伸びた少年は、お湯から飛び出すと、どこだか分からない場所で見知ったリナを見つけて再会に喜んだが……彼女のその姿を見て動けなくなった。
ここは秘湯……温泉……つまり……入浴しているリナは……
……当然……すっぽんぽんである……。
リナは何かが落ちてくることに驚いて……立っていたので……。
「――きゃあああ!!??」
手足を使って隠そうとしながらざぶんとお湯に入ろうとするが……有り余る浮力のせいで体が浮いてきてしまい上手く隠せなかった。
「いやごめん!!本当にごめん!!――でも魔法は打たないで!!ごめんなさい!!不可抗力だから!!今の僕本当に死んじゃうから!!許してください!!お願いします!!止めて~~!!」
少年はすぐに背中を向けて見ないようにしながら……必死の命乞いを開始した。
「…………ぁ……うん……わかった……信じるよ」
少年の命乞いのあまりの必死さで……魔法を撃とうとしていたリナは冷静さを取り戻し――なんとか少年にトドメをささずに済んだのだった。
「――とにかく……ちょっと出てってもらえる?私……服着るから……」
「はい!!」
良い返事である。
―――――待つこと数分。
少年は秘湯の出入り口になっている大人5人分以上の大きな葉っぱの前で正座して待っていた。
色んなことがありすぎて頭の処理能力が限界に達し、思考停止状態でポケーーっと待っていた。
すると、肩をポンポンと叩いて、妙に顔が赤くなったリナが呼びに来てくれた。
少年はリナと別れた後何があったのか……これまでの状況を説明した。
話をしている間……二人きりで足湯のように温泉につかっていた。
植物の葉や根っこから垂れた水滴がお湯に落ちて……静かな空間にポチャンと音を響かせた。
「――とにかく……もしかしたら少年君……死んでたかもしれないの?」
さっきとはまるで異なる真剣な表情で少年に尋ねるリナ。
「いや――もしかしたらじゃなかったね……多分、今僕がこうして生き残ったのは奇跡だと思うよ――本当に危なかった……」
何度もヤバい状況に追い込まれ……機転を利かせたこと、魔獣が戦士長に襲い掛かったこと、パークに対戦士長の切り札を渡されたこと……色々な偶然が重なって何とか存命できたことに……今更になって恐怖していた。
…………私は、恩人が殺されかけている時に――呑気に湯につかって思い悩んでいたんだ……。
その隣で少年があずかり知る所ではないところで……リナは滅茶苦茶落ち込んでいた。
「――でも、不思議な感覚だったよ。ちょっと不謹慎かもしれないけど……死ぬほど楽しいっていうのかな……?――ちょっとだけ面白かった……生きていることを実感したというか……別に死んでもいいやって思った!――死ぬかもしれない時に、僕にしかやれない事をやりきれたのなら……あぁ~……上手く言葉にできないんだけど……。リナ達の信条だっけ?――予想外を楽しめっていうのも……結構いいかもしれないね!」
今日の疲れからか――既に頭が限界なのか――興奮状態の少年は逆に開き直っておかしな理論を展開していた。
「……そうだね」
リナは少年の話を心ここにあらずの状態で耳に入れていた。
「――だから――決めたよ」
少年のその言葉は……何かしらの決意をしたことを感じ、リナは我に返った。
「――リナ、僕……明日にはこの村を出るよ」
リナの目を見て話す少年。
「僕がここにいたら……やっぱりみんなに迷惑をかけてしまうから――そして、大切なリナの宝石は――僕があの人たちの王国に行って、なんとかして村を見逃してもらって――絶対に取り返す!!」
「そしたらリナに返しに来るからね……」
「……それが終わったら……少年君はどうするの?」
「う~ん……その後のことは、その時に考えるさ……」
足をバタバタして、お湯に波紋を作りながら言った。
「そっか――」
リナは、少年が作る波紋の行く末を眺めていた。
「――本当にありがとう!リナ――色々とお世話になった」
少年はお別れを伝えようとしたが……、
リナは無反応だった……。
「…………リナ?」
少年が見つめるリナは、目を閉じて俯いていた。
そして、何か踏ん切りをつけたのか……バチッと両手で両頬を叩いたリナは、その後に少年君の目を……じっと見つめた。
「――?」
少年はリナが何をしているのか分からなくて首を傾げた。
その間――リナは考えた――
――この先……少年くんと一緒に行けば……色んな予想外が待ち受けていると確信できる……そしてそれは……きっと心から楽しいものなのだろうと……
――私を助けてくれた恩、村を助けてくれた恩、妹を助けてくれた恩、
――そして、自分がいなかったばかりに……その大恩人の命を危険に晒してしまったこと、そして、私の大切なものを取り返しに行くと決めてくれた少年の気持ち――
リナの心の中で、色んな理由が巡って回るけれども――それらが本当の理由ではない。
――うん……正直になって言おう!
――私は純粋に……この少年君と一緒にいたい……一緒に行ってみたい!!
リナは…………そう思った。
「……私も行くよ……あなたと一緒に行く!――今決めた!!」
ビシッと答えを出したリナ。
「――ええ!?」
その思いがけない結論を聞いて焦る少年。
「私は少しなら魔法も使えるしこの世界のことも知ってる!少年君の足手まといにはならないよ!それにそもそも問題の発端はカラフル一族の問題なんだから……次期族長の私が行かないと!」
立ち上がって両手をグーにして握りしめ、やる気満々のリナ。
「いやいやいや……でも、おばあちゃんとか妹さんとか村の人達が心配するよ?それに女の子が見ず知らずの男についていくのはどうかと思うし……」
やや遠慮気味に反対意見を述べた少年だったが……。
「少年君はもう見ず知らずの男の人じゃない!平気だよ!」
「いや……でも僕は……自分が何者かも分からないのに……危険かもしれないし……」
「あれ?……ひょっとして……少年君は私のこと……嫌い?」
リナはわざと顔と顔を近づけようとした……。
「いや――そういうわけじゃないけど……」
少年はやっぱり困った様子だった。
「んん~?まあ~~そんなに嫌なら…………今までの責任を追及するだけだけど?」
そう言うリナは横目で少年を見つつ――胸元をひらりと捲り、胸の谷間を強調させた。
「――う!?」
痛いところを突かれてしまった少年。
「ふふっ……冗談だよ!」
リナはぴょんと軽く跳んでは……目を閉じて……真剣な眼差しでまっすぐに少年を見つめた。
「お願い――私を一緒に連れていって……」
リナの――心からのお願いだった。
今、反対意見を言えば大人しく受け入れて帰ってくれるだろう――でも――
少年もまた……リナと出会って、何かしらの縁を感じた……だから……。
「……わかった……一緒に行こ!」
少年はリナを連れて行くことにした。
「……うん……ありがとう!!」
今までで一番の笑顔だった。
「……とにかく私は君のことが放っては置けないって思ったんだ~!!……だって君、自分のこと大切にしてないんだもん!」
リナは同行の許可が下りて安心したのか……急に声のトーンが上がって語り出し、少年の前をあっちに行ったりこっちに行ったりとせわしなく歩き出した。
「それはお互い様だと思うけど……」
「――私はいいの!全部自分で考えて……全部分かってやった行動だから――でも!!」
リナは振り返ると、人差し指を伸ばして少年の額をペチッと小突いた。
「――んぅ!?」
それに怯んで目をつぶってしまう少年。
「君はダメ!!……だって何にも分かってないんだもん。――少年君のさっきの言葉、やっぱり不謹慎だよ――死んでもいいなんて言っちゃダメ!!だって、君のことを大切に思う人だっているんだもん!――例えいなかったとしても…………これからできるもん!」
「……そうかなぁ?」
自分に自信なんてない……そもそも自分が誰かもわからない……自分を信じることができなかった少年は、リナの言葉に少し落ち込んだ。
「そうだよ!!……だってね?……もう……ここに一人――いるからね♪」
俯き気味の少年の視界に入るように……しゃがんで……ニコッと笑いかけてくれたリナ。
「……うん!――わかった!!ありがとう――リナ!」
励ましてくれる彼女の言葉と行動に、少し元気をもらった少年。
「うん!――でも、まだ君は分かってないと思うから――私が君を死ねなくさせてあげるね!!」
「え!?」
死ねなくさせてあげるね??……何かその言葉は恐かった。
「……約束しよ!――君は……この世界を作る人――なら……今よりもっともっと綺麗で楽しい世界を作って!……そして……その世界を私に見せて?――争いも不幸もない――平和で楽しくて、優しくて……とってもとっても……綺麗な世界を――ね?」
満面の笑みで少年の心を優しく照らしてくれたリナは……小指を立てて……少年の前に出した。
「――わかったよ……約束する」
リナの優しさが嬉しかった……そう感じた少年もまた――小指をリナの前に出した。
「――これからは、もっともっと綺麗で楽しい世界を見せてあげる――もっと輝いていて、みんなが賑やかで――そして――優しい世界を――――僕は作ってみるよ!!」
「――うん……約束!」
少年とリナは……小指を合わせて……ぎゅっと絡め合わせて――指切りをした。
「それじゃあ……そろそろ、村に帰ろうか?」
流石に疲れた少年は帰ることを提案した。
「――うん!」
素直に応じるリナ。
「あ……あと、ごはんすごく美味しかったよ。ありがとう――リナ!!」
心に嘘偽りなく感謝の言葉を述べる少年。
「……どういたしまし……てへ♪」
ちょっとだけわざとらしい愛らしさを披露して……その後に照れて赤面するリナだった。
二人仲良く村に帰ると、火の付いたたいまつを持ったお婆さんが待っててくれていた。
「――帰ってくるのが遅かったから心配したよ……二人とも」
「ごめんねおばあちゃん!……ちょっと少年君とお話ししてたんだ!……さあもう遅いから帰りましょ!」
トトトっと歩いていくリナを横目で見送ると……お婆さんは少年だけに聞こえるように言った。
「リナはとってもいい子です――幸せにしてやってください」
「あっ……いや……別にそういうことでは……」
ちがうちがうと右手を振る少年。
「ほっほっほっ……後々でええんじゃよ?」
いたずらっ子みたいに不敵に笑うお婆さん。
「……ん?……どうしたのお婆ちゃん?……少年君?」
振り返るリナ。
「――なんでもないよ」
おばあちゃんは何事もなかったように振舞った。
少年は死線を潜り抜けて――宿に帰ってきた。
なんかもう――どっと疲れた気がした。
「はああああああ~~生きてた~~~~~よかった~~~~~死ぬかと思ったよ~~~~~~」
どすんと布団に寝転がる少年。
「へぇ~生きてたんだ……意外と運がいいのね~」
すると……ロナロナが目の前に飛んできていた。
「……それと……プリン、持ってきてくれなかったのね……」
不服そうに机の上を見る不貞腐れ妖精。
「あ……ごめん。ある人にあげちゃったんだ。だからリナにもう一つ貰って来たよ。はいどうぞ!」
少年は隠し持っていたプリンをロナロナに贈呈した。
「むぅ……遅いのよ!!……まあ……どうしてもっていうのなら貰ってあげてもいいのよ?」
変にプライドの高い妖精は……そう言って一口頬張った。
「……はぁ~~~~(恍惚の表情)」
ロナロナはプリンのあまりの美味しさと甘さに目が虚ろになった。
「それ……気に入ったようだね。また明日貰ってきてあげるからね!」
「ハッ!?――コホン……まあ~今回は見逃してあげるわ!」
「ねぇ……一つ聞いていい?ロナロナがついて来てくれなかったから……あの時僕は権能が使えなかったの?」
今回の騒動の原因……なぜ権能が使えなかったのかロナロナに聞いてみる少年。
「………あと10秒」
既に全てのプリンを平らげたロナロナは目を閉じて――ぽつりと答えた。
「――え?」
「はい!――午前0時になりました!!……いい子は寝る時間よ――おやすみなの」
自由な妖精である……またそう言って消えてしまった。
少年はロナロナに言われたように眠ることにした。
眠れ眠れと念じてみたら……僕は…………いつの間にか眠っていた。