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いざ行け 異世界-3

 白い雪に覆われた深い森の中、空には地上に覆いかぶさるような雲がゆっくりと流れていた。


 少年とリナの二人は、森の中で退却した戦士達を追跡していた。


「それでどうやって、その本隊を探すの?」リナは走りながら尋ねた。

「さっきの彼らの歩いた跡を追いかければ、おそらく本隊につくはずだ!」

 たまに雪に足を取られてこけそうになる少年。 


「そっか……(さいわ)い、跡は分かりやすいから大丈夫だね!」 


 そこには、大きなものが引きずられた跡がしっかりと残っていた。少年が倒した戦士長の引きずられた跡である。


 それを追いかけること5分、すると急に彼らの跡が道から外れる方へ続いていた。


「これは、一体……あれ?」

 深い森の中に入っていく痕跡(こんせき)を見て疑問が浮かぶ少年。


「……まさか!?あの人たち近道しようとして森の方へ行っちゃったの!?」

 リナは驚いて左手で口を(おさ)えていた。

「どうしたの?」

 その様子を見て質問する少年。

「――ここの地形はね、大きな机のようになっているの。だから道から外れると、とても危険なの。ここ――標高二千メートル近くあるから……落ちたら大変なことになる……」


「……それなら、彼らの追跡はここで止めておいたほうがいいってことだね……」 

 おそらく彼らがどうなったのか……彼らの言動から想像がついたので、二人は追跡を諦めた。


「そうね……あとで助けるとしても、しっかり準備しないと――」

 村を占領しようとする人たちを助けようと真剣に考える彼女を見て、すごくいい子なんだなと思った少年。


「――うん、しかしこれは困ったな。これじゃ本隊の場所がわからないね……」 

 少年は腕を組んで空を見上げて考えてみようとした。

 

 すると、雲の隙間から緑色のカーテンがひらひらとはためく様子が見えた。


 ――オーロラだ!


 村のある方向を見ると、緑色や紫色をしたオーロラはまるで……風に揺られている様に見えた。


 ――初めて見た……なんて綺麗な光景なんだろう、と思っていると黒い点のようなものが動いているのを見つけた。

 

「リナさん。あれ――なんだろう?」指をさしてそれの存在を教えた。

「……あれ?」

 リナも眼を凝らしてみると、鳥が飛んでいるのを見つけた。

 

 (わし)のようだったが、リナは言った。


「――おかしい、この村の付近であんな鳥はいないよ!」

 

 ≪魔法看破≫!!


 リナは魔法を使った。彼女の目がほんのりと光っていた。


 少年には何をしているのかさっぱり分からなかった。


「やっぱり……あの鳥に魔法がかけられてる!……多分これは、視覚共有。中位魔法だよ!」

「チュウイ魔法?……視覚共有?」突拍子もなく衝撃的な単語が飛び出して固まる少年。

「うん……あの鳥の見ている視点を術者も見ることができるの。村の方に飛んでいるから、多分見つかったと思う……」リナはやや不安げに答えた。


「そっか…………あの鳥、寒いのは平気なのかな……」

 疑問は尽きないが、今はすべきことをやるのみだと思った少年だが、騎士団の場所の手がかりを失い途方に暮れた。

「ううん。多分だけど温暖な気候の鳥じゃないかな……長時間この気温だと飛び続けるのは無理だと思うよ」

「そっか!――リナさん、あの鳥を追跡しよう!きっとあの鳥が帰る場所に本隊がいるはずだ!!」 

「そうだね、うん!」

 再び走り出す二人……その途中でリナは警告した。


「でも気を付けて!中位魔法は、41~60レベルで使える魔法なの。人が使える最高位の魔法だよ。本隊でこれを使っている人は……人の中では最強に近い強さだと思う――」


「……わかった!」

 ――大丈夫じゃないかもしれない。けど、やることは変わらない!!


 少年は自分に言い聞かせる様に念じた。




 二人は、慎重になりながらも鳥の後を追って雪道に足を取られないように気を付けながら走った。

 

 鳥はゆっくり上空をその場でくるくると回っていると、突然一変して一方向に下降し始めた。

 

「急に動きが変わった!?」

「――帰還命令が出たんだと思うよ…………この方向は……湖だ!!」




 

 王国騎士団の本隊は、すっかり凍ってしまった湖だった場所の真ん中で一休みしていた。

 そこには木々が密集して生えており、氷から木が生えている不思議な景色を作り出していた。



 彼らは簡易テントみたいなものを建てて休息を取り、焚き木をして体を温めている人達が何人もいた。 

 その中央に一際大きなテントがあり、装飾を施された豪華なものだった。


 その中から話が聞こえた。 


 木造の折り畳みテーブルの上に赤ワインの入ったボトル。

 その中身が入ったグラスを傾ける、長髪の赤髪でオールバックなイケメン男が一人とその人を囲む騎士が三人。


「先遣隊の戦士達はどこに行ったんでしょうか……」女性の声のする騎士が聞いた。


「――分からん。村の入り口に彼ららしき跡があったが、途中で見失ってしまった。……だが、代わりに道案内してくれる者たちが見つかったよ」

 目を閉じて座っているイケメン男が答えた。


「その者たちとは誰ですか?」また別の女性騎士が尋ねる。


「一人はカラフル一族の者だろう……もう一人はわからんな。……異国の旅人なのか、不思議な服装だった。……しかし強くはなさそうだな、戦士長と戦って勝ったとは思えない……」

 グラスの飲み物を飲み干して、目を開けて話す赤い長髪の重装備の人が立ち上がった。


「そろそろ、使い鳥も帰ってくる。――休憩も終わりだ!すぐに村へと出発する!」


「彼らは素直に言うことを聞きそうですか?」最後の一人も女性だった。


 三人の女性騎士を従えたイケメン男が答える。

 

「……何がどうであれ、村の場所はわかった。彼らが何をしようと何もできないさ。この王国騎士団長、無双のガラスティン・アルバーが来たからにはな!」 

 



 二人は湖だったであろう場所のほとりで、本隊を見つけて様子を伺っていた。

 

「本隊というだけあって、結構人がいるね……」 

「20人くらいかな。戦士はいないね……兵士が15人に兵士長が2人、騎士が3人に……団長が1人か」リナは彼らの役職を見分けていた。

「戦士と兵士と騎士って、何か違うの?」

「うん。簡単に言うとレベルが違うよ。戦士は1~5、戦士長は6~10。兵士は11~20、兵士長は21~30、騎士は31~40と強くなっていくの」

「へぇ~、じゃあ僕が気絶させた人はレベル10くらいで、今テントにいる人達は40くらいあるということか」

 弱く見積もっても戦士長の4倍は強い……そんな人たちがいっぱい集まっていた。


「うん……けどこんなに大人数でくるなんて、何かおかしいよ。村の付加価値は無くなったって言ってたのに、なんで私たちの村を手に入れようとしてるんだろう?」


「取り敢えず、ここからじゃ何もできないよ。……どうにかして近づかないと……」 

 少年は何とか距離を縮められないものかと役に立ちそうなものを探した。


「……あ、そうだ!!もしかしたらこの凍った湖……出来てるかもしれない……」

 リナが何か心当たりがあったようだ。

「……何が?」

「いいから、こっち」

 そう言うと、リナは少年の手を引いて岩壁のほうへと連れて行った。


 ――すると、森の中の一部に大きな穴がでてきた。……どう見ても人工的なものではない。


「ここだよ、足元に気を付けてね!」

 妙にでかい穴の奥へ進むと、十字路みたいになっていて、僕達は湖のある方向の穴へ進んだ。


「ほら、やっぱりできてた!……普段なら土の中に穴を作るけど、この状況なら湖にも作れると思ったんだ!」

「これは……すごいね」


 氷の中に洞窟ができていた。

 頭上には分厚い空気の泡が閉じ込められた氷の層ができており、地上の状況は正確にはわからない。その洞窟の中は当たり前だが少し肌寒かった。


 氷の壁面には何かが削った跡と、地面には何か巨大な生物の(ひづめ)の跡のようなものがあった。

 陽の光が氷と溶け合って、水色の光がこの氷結洞窟を照らし出していた。


 

「ここは魔獣の巣穴なんだけど、この季節は巣穴の奥にこもってるの。……たまに出てくるけど、……でも静かにしてれば大丈夫!!これで湖の中心部まで気付かれずに行けるよ!」

 

「うん――わかった!……ここからが正念場だね……」


 凍った湖にできた氷の洞窟の中、音を立てずにこっそり歩いて本隊の人達の音が聞こえる程の近くまでいった。

 

 すると丁度良い所に人が通る事ができる亀裂(きれつ)が入っており、地上からの雪がポロポロと降りてきた。


 二人はこそこそと亀裂を昇り、ひょこっと頭を出して状況を伺った。

 



 そこで見えたのは、見張りのテントの中の机の上に置かれた、やや透明で変な丸いものに入っていた妖精だった。




 二人は小さな声で口を開いた。

 

「あれは……妖精?」

 少年がその中身の推測を述べた。

「小さな人みたい……背中に羽が生えてる、あんな生物初めて見たよ!……あれって妖精っていうの?」

「……もしかして、妖精知らないの?」リナの方を向いた。

「うん……自信はないけど、多分今までこの世界には見つかっていない生き物だよ」

 リナは妖精と言われた生物らしきものに興味津々だった。


「……だとしたら、あの時の答える奴ってあの妖精のことかもしれない――」

 少年も数少ない記憶から思い出した。

 

 ……答える奴が答えるさ……っと……。 



 ドガアアアン!!!!


 

 妖精はほのかに光る白くて丸い球体の中にいて眠っていた。


 それを壊そうとして乱暴にドンドンガンガンと、兵士達が剣で攻撃している姿が見えた。


「ったく、一体なんだよこれ!?小さな魔物がいるから取り出してみろって騎士団長に言われたけど、傷一つできないじゃないか!?」

「……なんでも、行商人のおっさんがくれたんだっけ。また変なものよく買うよなぁ~うちの騎士団長様はよ~」

「騎士団長様が来ているから、あとで中位魔法でぶっ壊してもらおうぜ~」




 ――少年は、その光景をただじっと見ていた。


 ――指一つ動かさず――目を見開いて。


 

「あの丸い物体、すごく頑丈(がんじょう)なのかな?攻撃にびくともしてないね……」 

「…………」


 兵士達はついに諦めて今しがた出てきた人に駆け寄って助けを求めた。

 

「アルバー騎士団長、お願いします。中位魔法でこの球体を壊してもらえませんか?」 

「……ああ、お前たちで壊せなかったか。想像以上に強固だな……わかった、離れてろ……」


 騎士団長は、妖精が眠る球体に向かって魔法を唱えた。


「あの人――きっと騎士団長だ!……41~50レベルの王国の英雄の一人だよ!……どうしよう少年君!?」リナは隣にいる少年に問いかけた……が。

 

「…………………………」 

 

 ――その様子を、微動だにせず見続ける少年。


「――少年君?……どうしたの?」

 リナがその様子を心配して声をかけた。


 しかし少年は全く反応を示さず、ただただその一点を見つめていた。



 ――となりで心配してくれるリナの声も……兵士達の話す声も……


 ――少年の世界から次第に遠くなっていく……


 ――見えている視界もぼやけ始めた……


 ――音のなくなった世界で……

 

 ――朧げに、白い霧の中で映し出されているような映像と幻聴のような声が……


 ――薄っすらと少年の眼や耳に映りこんできた





 ――一人の女性が倒れていた

 

 ――その女性に何かを言いながら長い物で叩こうとしている男がいた


 ――立ち上がったように映像の目線が動いた


 ――小さい子供のような低い目線だった


 ――倒れていた女性の前に立った


 ――男はサッカーボールを蹴るように頭らしき所を蹴り飛ばした


 ――映像がごちゃ混ぜになったように荒れた


 ――どこに飛ばされたのかもわからなかった


 ――男は女性の方へ向き直し、腕を振り上げた


 ――男が女性を長い物で(なぐ)ろうとしたその時だった


 



 ≪業火灰塵(ごうかかいじん)≫!!


 アルバー騎士団長が妖精に向かって腕を振り上げた。





 ――小さな小さな男の子は立ち上がって――叫んだ。





「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!」



 


 少年は走り出していた。



「え!?ちょっと!?」リナは置いていかれた。 


「人だと!!?……マズイ!?」

 騎士団長は突如出現した彼に驚いたが、直ぐに冷静さを取り戻し魔法をキャンセルした。

 

 目の前にいた兵士たちが立ちはだかって少年を捕まえようとした。

 

 少年は無我夢中で走って兵士に体当たりして転ばした。


 鞘に収まっている剣で攻撃されかけたが、運よく足が滑り攻撃を回避して、妖精が入っている球体を掴んだ。

 

 少年の手に触れた途端に、その球体は強く光りだした。


 

 兵士達は混乱していた。

 

 輝きを失い跡形も無くなった球体の中にいた妖精が、少年の手の中にポトッと落ちた。


「なんだ!?このガキは!?」兵士や兵士長達は困惑していた。


「……ああ、君か。先ほど見えた案内人の一人だ、すぐ近くにカラフル一族の娘もいるだろう……警戒はしておけ!」

 ただ一人、冷静に状況を把握して指示する騎士団長。

 

「ああ……どうする!?どうすればいいの?おばあちゃん」

 リナは氷の亀裂の間で半泣きになって混乱していた。


「少年……私たちは争うために来たわけではない。一先(ひとま)ず落ち着け!」

 騎士団長は少年をなだめようとしたが……。


「なんで……なんで暴力を振るった……」静かな声で話す少年。


「……その君の手に入れている者は、この世に存在していないモノなんだ。――新種の魔物なら、その実態を調べなければならない。ただの造形物なら、どこぞの貴族が高く買ってくれるだろう。危険な魔物なら駆除する必要がある。……だからそれの正体を知るために球体を壊そうとしただけだ。――決して暴力を振るったわけではない」

「…………お前たちは……信用できない」騎士団長を睨む少年。

「……私たちは思ったよりも時間を費やしてしまっている。だから早く任務を終えなければならない」

 にじり寄る騎士団長。


「村へ案内してもらおうか。――迅速にね」

 剣も抜かずに……勇敢に少年に近づく騎士団長。


「――そんなこと僕はできない」なおも睨む少年。


「任務に支障をきたす者が現れた場合……その相手を倒すことを許可されている――拒否すれば……私は君の相手をしなければならなくなるのだが?」


「…………………………」何も言わない少年。


「君が、あの戦士長を倒したそうだね。見たところ(ただ)の少年のようだが、先ほどの勇気や良し。君の度胸に敬意を表して、私と一対一――真剣勝負だ!!」


 剣を抜く騎士団長。


「私が負けたなら、潔く村の占領は諦めよう。――君が負けたら、後ろの氷の亀裂の中にいる少女に道案内してもらう――いいね?」

 リナの場所も彼にはバレていた。


「――いや、ダメだ!」 

 なおも敵対心を向ける少年。


「僕の命は別にいい。……だけど、リナのことは絶対に許さない。リナを解放しろ!!!!」

 毅然(きぜん)とした態度で話す少年。


「…………少年君」リナは、今初めて少年の人となりを知れた気がした。


「解放?……ああ、そうか。先ほどの戦士長との取り決めかい?君と彼らの会話は、少しだけ聞いていたんだよ。戦士長の聴覚を共有してね。――まあ、彼らの会話はうるさいからね。要所でしか聞かないし音量も小さめにしてるから、よく聞こえてはいなかったんだけどね」


「……………………」無言の少年。


「……わかった。この騎士団長アルバーが認める。少女は解放しよう。――君が私に勝てればね」

 余裕の笑みを浮かべて言う騎士団長。


 少年はうなずいた。


 そして、足元に先ほど妖精を助けるために兵士と争った時に転がった剣を拾った。


 王国騎士団長は構えて、戦闘態勢へ移行した。


「馬鹿なやつめ、相手が王国騎士団長だと知らないのか、王国で10本の指に入る強者、レベルは45。人間の到達点に至る英雄の一人だぞ!!」

 

 ――兵士や、兵士長などがヤジを飛ばした。



 少年は思わず体が突然動いてしまい、気づいたらこんなことになっていた。


 我に返った少年の目の前に対峙している男の経歴やレベル45がどんなものなのか知らないが、リナも言っていたレベルの違いを直に見ることで思い知った。

 

 周りにいる人たちと、今目の前で構えている人は比べ物にならない程の威圧感を感じた。


 ――僕には、万に一つも勝ち目はない。

 

 ――何もできないだろうけど、逃げるわけにはいかない。


 少年は拾った剣を構えて、ここで人生終了だと覚悟して騎士団長を目で捉えつつ妖精を地面に置いた時。





「……何してんのよあなた――早く使いなさいよ!!」





「え!?誰!?何を?」


 どこから声がしたのかわからない。


 頭に直接流れているような気がした。





「何って?……権能よ」





「――ケンノウ?」





「私はゼウセント王国騎士団長 無双 ガラスティン・アルバー!!――行くぞ少年!!」


「ダメ!!逃げて少年君!!」リナは身を乗り出して叫んだ。


 

 騎士団長のアルバーは、一足飛びで走り出し剣の間合いへと詰め寄ると、一瞬で剣を振り切った。


 刹那の瞬間――少年は……走馬燈(そうまとう)のような時間が圧縮されたような感覚がした。


 ――剣がゆっくりと自分の体に向かってくる。

 

 ……ああ、僕はこれで死ぬ。


 ……村を救う事が、できなくなってしまう。

 

 ……そうだ。


 ……そうなったら、あのリナって子はその身を削ってでも犠牲にしてでも守ろうとするだろう。


 ……僕は、()()救えないのか……


 ……いや、もう二度とそんなことは嫌だ。


 ……もう絶対に。

 



⋘ 僕は……こいつに負けられない!!!! ⋙




 パキーーーン!!!!



 兵士達の足元、そしてリナの近くに、縦に真っ二つになった剣が刺さっていた。


「なん……だと……!?」


 騎士団長アルバーは目を見開いていた。


 彼にも、まるで何が起きたのか全く理解していなかった。


「え………………?」兵士達もただ、固まっている。


 

「ふーん……やればできるじゃん」

 妖精は欠伸をしながらつぶやいた。



「……そうか、これが権能ってやつなんだね――妖精さん」


「あ……あの小さい魔物が喋ってる………………少年君……君は一体……」

 この光景を見ていたリナは、おばあちゃんの言葉を思い出した。

 

 ――予想外を楽しみなさい。


 ……ふふっそうだね。


 ……それがカラフル一族だもんね。


 ……でも、あの少年君……まるで、話に聞いてた私の両親みたい……命を懸けて……守るために……。


 

 ≪レベル判定≫

 騎士団長アルバーは魔法を使い、少年のレベルを図ろうとしたが……!?

 

「…………………………馬鹿な!?」

 イケメンの顔が台無しになる程の驚愕な表情になるアルバー。


「測定不能………………だとぉ!?」

 

「嘘でしょ!?アルバーはレベル45だよ!?レベル判定は自分のレベル以下の判定ができる魔法。ということは、あの少年のレベルは、それ以上ってことになる………………」

 アルバーの言葉に騎士達が狼狽える。


「馬鹿な!?……こんな少年が――私以上の使い手だと!?」


「ええい……ならば、もはや手加減なしだ!!」アルバーは剣の成れの果てを捨て去った。


 ≪業火灰塵≫!!


 アルバーの目の前に大きな炎が出現し、爆発的に広がった。


 炎の海が一気に広がり大波となって少年に襲い掛かった。

 

 少年は、剣の切っ先を氷の床につけ、一気に振り上げた。


「うおおおおおおお!!!!」

 

 まるで、透明な壁にぶつかったかのように剣圧で炎の波は弾かれた。飛び散った炎は空中で霧散し中心から外側へと消えていった。


「な!?――が……ぐぅむむむ!!??」

 アルバーの得意技にして奥義にも等しい中位魔法をあっさりと無力化されて目が点となった。


「……まだ!まだだ!!まだまだぁーーー!!!」

 その後に……アルバーは血眼(ちまなこ)になって叫んだ。

 


浄雨雷鳴(じょううらいめい)


 アルバーの体の周りに電気が纏って、一気に上空へ放たれた。

 雷は雲の中で跳ね回り、そして――。


「消え去れ小僧!!!!」


 雨のように雷が降り注ぐ。


 ドゴオオオオオ!!!!バリバリバリ!!!!ズガアアアアアアンン!!!!


 ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!!!


 30秒間もの間、何百という雷が少年の居た場所に落ちてきた。


 

「ハァハァハァ………………雲のある時限定だが、集中攻撃魔法でこれを上回るのは中々ないぞ」


 雷によって舞い上がった煙が晴れた。


 ……そう……アルバーにとっては、いるはずのない人が――そこに立っていた。


「…………………………ふう」腕をストレッチしながら一息ついた少年が現れた。


「……なんだ……なんなんだ。一体お前はなんなんだあああああああ!?」

 狼狽し後ずさりするアルバー。


「流石に、あれだけの雷を切り払うのは難しいですね」さっきとは逆に、余裕を見せつける少年。


「切り払うっだと!?雷の速度を見切ったというのか……そんな芸当……人間技じゃない……私が知る中でそんなことができる奴は……たった一人だけだぞ!?……そうか、(しん)に調査すべきだったのは、その小さな魔物ではなく――お前か!少年!!」

 何かしらの解答を得たアルバーは突然開き直って、再び闘志を燃え上がらせた。


「……そうだと分かれば、こちらも切り札を出す必要があるようだ。――出番はないと思っていたが、今こそその時というわけだ……」

 冷静さを取り戻したアルバーは、(ふところ)に隠し持っていたものを出そうとした。


 ………………ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。


 ――――――ピキピキキキバキバキ。


 分厚い氷がひび割れる音がアルバーの足元から鳴り響いた瞬間。



 ドドゴオオオオオオオン!!!!


 ブワアアアアアアアアアアアアアアアウウウウウウンンンン!!!!!!!!


「グワアアアアアアアアア!!!!!?????」アルバーは吹き飛んだ。


「「「団長ーーーーーーーーーーー!!??」」」


 体長15mはあろうかという湖の主である大きな魔猪(まちょ)が氷の中からでてきた。

 

 口から二つの大きな牙と、頭から生えている一本の角が生えており、まるでコーカサスオオカブトの角を上下にひっくり返したような武器を持ち合わせていた。体毛は全身に生えており、固まった泥が付着して天然の鎧を備え付けていた。


 魔獣は、見事に王国騎士団長アルバーの背中に渾身の一撃を当てて打ち取った。


 ……と思いきや。


「おのれぇ……猪ごときがぁぁあああああ!!!!」


 アルバーは立ち上がった。


 ……しかしその時、直撃した彼の鎧が砕け散ってしまった。


 ……全員の視線が、アルバーに集まった。


 ……彼は下着姿だったのだ。


 ……しかも、


 淡いピンク色の女物の下着を着用していたのだ………………。


「…………………………」凍り付いたように何も言わない部下達。



 同じく、背筋が凍り付いたアルバーは……何とか弁解しようとした。



「いや………………これには………………深いわけが………………」


 

「「「きも…………」」」ほぼ全員が口をそろえた。

 

「――ぐはあっ!!??」

 天をも貫く凄まじい精神攻撃を受けたアルバー。


 白目を向いて、この世の終わりのような顔をしていた。


 王国騎士団長ガラスティン・アルバーのガラスの心が砕けちった。


 ――バタリ。


 ……アルバーは倒れた。


 ブワアアアアアアアアアアアアアアアウウウウウウンンンン!!!!!!!!


 アルバーを警戒していた魔猪が再び暴れだした。


 兵士たちは大慌てになった。

 頼りの騎士団長が変態だったという衝撃の事実と、今降りかかっている脅威に統制を欠いたのだ。

 完全に烏合の衆となりなす術もなく蹂躙される兵士達。


 猪は騎士団の陣地をめちゃくちゃにして、甚大な被害を及ぼした。兵士達では相手にならず、何とか三人の騎士だけは攻撃を受け流し態勢を立て直している。その内の一人の騎士は、アルバーが切り札と言っていた布で巻かれたものを拾って懐に入れた。

 しかし、彼らの善戦も虚しく遠征道具や物資、テントはボロボロにされていた。

 騎士たちはもう任務どころではないため、王国に退却する決定を下しておろおろする兵士達に命令していた。


 ひとしきりの物を破壊し満足した魔猪は少年も標的にして襲ってきた。

 

「ごめんね――援護するよ。少年君!!」飛び出したリナは、魔猪の死角から手をかざした。


 ≪火球(かきゅう)≫!!


 リナは下位魔法を唱えた。

 

 ブゥゥギイイ!!??


 火の玉が魔猪の目に当たり、一瞬ひるんだ。

 

「ハァァァァアアアアアアア!!!」


 少年はその隙をつき――剣の(つか)で魔猪の額を攻撃した。

 

 ブギィィィィイイイィィイイイイン!!!!????


 渾身の一撃だったらしく、魔猪は足がよろけた。


 このまま帰ってくれ!!と思う一同だった。


 …………しかし、


 ブガアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!


 少年の一撃によって、逆に怒りの頂点に達した。 


 体表が茶色から紫色に変わっていき、湯気が出てきた。


 バアアアアアガアアアアアアアア!!!!!!!!


 目が血走りながら轟音(ごうおん)を立てて、少年とリナの方へ襲い掛かる魔猪。


「少年君!!」

「うん」

 

 二人は協力して何とかしようとした……。


 ――そのときだった。


 ――フッ。


 少年とリナの影が消えた。


 ――いや……大きなものが通ったのだ!


 ――二人の真上を。


「「――え!?」」

 見上げる二人。



 ドオオオオオオオン!!!!


 ピギイイイイイイイイ!!!!


 その後……魔猪のか細い悲鳴が湖に響いた。


 途轍(とてつ)もない大きな生き物が――二人の真上から15mの魔猪を蹴り飛ばしたのだった。


 あまりの衝撃に一目散に逃げる魔猪。



 クアアアッ!クアアアア!!!!



 魔猪を追い払った生き物は、勝名乗りを上げるように咆哮した。

 頭を目一杯見上げても全体が掴めないほどの大きな鷲だった。


 少年は再び追加された強敵に矛先を向けて警戒したが……。


「少年君!待って!何もしないで!……あれは大丈夫だから」

 リナが駆け寄って剣を向けないようにした。


「……そうなの?」

 リナにそう言われ、少し警戒を解いた少年。


 うわあああああああ!?化け物だああああ!?


 ――だが、それを見た王国の人たちは一人残らず先の魔猪と同様に走って逃げていった。


 三人の女性騎士は女性下着姿の変態を引きずって走り去っていった。



 魔猪と王国騎士本隊を退けたその生物は、翼を広げると、翼幅は50メートルになろうかというでかさ。

 そして体高は魔猪くらいもあった。


「イーリスフォーゲル……虹鷲鳥(にじわしどり)っていってね!この一帯の支配者なの……自然を荒らす者には容赦しないけど、何もしなければとっても優しい幻獣なんだよ」


「幻獣?……へぇ~……綺麗な翼をしているね」


 虹鳥と言われる由縁(ゆえん)、体全体が虹色に輝いていた。

 それも一定でなく、カメレオンのように七色に変色して美しさが絶えず移り変わっていた。


 彼を大きさと色を除いて、一番姿が近いものはオウギワシと言われるものだろうか……全てを見透かすような鋭い眼光と全てを握りつぶすような足の爪が、その強さを物語(ものがた)っていた。


 イーリスフォーゲルは、先程の戦いで溶けた氷の水を求めてやってきたのだ。

 二人をチラ見した後、のどを少し潤して……すぐに飛び立って行ってしまった。


 空には粉雪が舞っており、イーリスフォーゲルの虹色と共演する優雅な情景に魅了され、見えなくなるまで二人は見送った。





 ――退却中の王国勢。


「しかし、騎士団長アルバーが変態だったとは、残念だ。これで残念なイケメンランキングでマルアスの一位陥落もありえるぞ」

「いや、間違いなくアルバーが一位になるぞ。ピンクだぞ!ピンク!」


 兵士たちが衝撃的な事実に沸き立っていると。


「……お前たち黙れ!」

 アルバー直属の女騎士三人が怒った顔で睨んだ。

「……はっ!」怯える兵士達。




「……ところで、アルバー様が着ていたものは、誰が買ったものだ?」

「え!?私じゃないよ」

「………………」

「「お前かーーーー!?」

「いや、だって……アルバー様にお願いされたので、洗濯した私のを……」

「――許せん!!」

「そうだな。では、次は私のを着てもらおう」

「いや、次は私だ!」


「……アルバー直属の騎士達も変態だったか」

 あきれ果てる兵士達だった。




 王国本隊は撤退。


 ――この一件以来……王国騎士団長、無双のガラスティン・アルバーは、ランジェリー・アルバーと呼ばれることとなった。



 静かになった凍った湖の上で、少年は聞いた。


「リナさん、宝石は取り返さなくてよかったの?」

「――うん。王様に何もなしに撤退したら、王国の恨みを買ってしまう。――だから、少しでも村と一族のためなら……渡したほうがいいと思う――」


 少し、もの悲しそうな表情をしながらリナは答えた。


「……わかったよ」


「あと、一つ……いい?」


「何?――リナさん?」


「リナ!――リナって呼んで!少年君!」


「……わかったよ……リナ!」


「――うん!」

 ニコっと満面の笑みを浮かべるリナ。


「ふぁああ~……眠くなるわね~この寒さ……」


 妖精は、何事もなかったようなのほほんとした口ぶりでつぶやいた。

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