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いざ行け 異世界-1


 しんしんと、雪が舞い散る森の中――



 動くものも音もない――



 静かな時が――



 流れていた。





 絵画のような美しい世界に……音を立てるものが一人、走っていた。



「はぁ……はぁ……はぁ……」


 真っ白なフードを(かぶ)った少女が、白銀の世界を駆けていく。

 雪化粧をした木々の間を、ぴょんぴょんと。


 白い吐息は、広がりを見せて霧散(むさん)した。


 枝のあちこちで垂れ下がる氷柱(つらら)が、周囲の気温の低さを表していた。


 しばらく走り続けていると、何かが通った跡の残る道が現れた。


 息も()()えな少女は、力いっぱいに飛び出して――唱えた。

 

「助けて……お父さん、お母さん……――≪重力軽減(じゅうりょくけいげん)≫!!」

 

 少女の顔は一瞬こわばった。可憐な体は、薄い光の粒に包まれていた。


 すると、少女は羽毛のように軽やかに飛び上がった。


 重力の影響が五分の一になった少女は、宙に浮きながら木の腹を力いっぱい蹴り飛ばした。


 その振動で、野ウサギが飛び出すが、その頭上を少女は通り過ぎた。


 少女は森の中を縫うように、一国一秒を争いながら颯爽(さっそう)と走り抜けた。

 

 

 

 雪に(おお)われた山道は、しだいに人の気配を(ただよ)わせてきた。


 真っ二つに切られた丸太の山、整備された水路に柵や農具が、雪に埋めれながら顔を(のぞ)かせていた。


 少女は周りの変化など目もくれずに、残る力を振り絞って前へと突き進む。

 

 

 ――吹雪によって白く(かす)む道の先に、村があった。


 入り口の門は、雪の重みに耐えきれず、見事なまでに壊れていた。

 雪かきをした形跡はあるものの、積雪に追いつけなかった様子で、道も見当たらない。家もどこからが屋根なのかわからなくなっており、物置小屋は、完全に雪に埋もれてしまっていた。


 村は数百人が住める程度の規模であり、家の構造は風雨に強くしっかりしたものだった。

 半面、積雪の対策はなかった為に、潰れた家もいくつかあった。雪かきの道具も即興で作られ、質も数も足りていないようだった。 


 まるでそれは、廃村のような様相(ようそう)(てい)していた。

 雪さえ降らなければ、風通しの良い素敵な集落だっただろうに……。



 壊れた門の外、白い闇の中で何かが動いた。



 地上からここまで走り抜けた彼女は、村の門を通った途端(とたん)、フードを脱いで力いっぱい叫んだ。


「来たよ!?奴らが来たッ~~!!!!」


 村中に聞こえる様に叫んだ後、少女は(ひざ)をつき、全身で呼吸した。


 彼女の声を聞きつけた住人達は、一斉に家から出てきて、各々(おのおの)の反応を示した。


 なんだと!?早すぎる!いやぁ困っただな~。まだ朝じゃないか!?王国の奴らめ、今日中に占領(せんりょう)する気か!?逃げようにも、時間がないぞ!?くっどうすればいいんだ!?


 村人達は、血相を変えて狼狽(うろた)えた。

  

「うろたえるでないわッ!!!!」


 びしっと村人たちを一喝(いっかつ)したのは、村にそびえる三階建ての家から出てきたお婆さんだった。白髪頭で杖をつき、腰をかがめて弱々しい印象だったが、老いてなお――力強い眼光を備え、とても気骨(きこつ)ある人に見えた。


「ごくろうじゃったな……リナや」


 リナと呼ばれた少女は、くせのある長くて綺麗な金髪、空のような青色の目、ピンと伸びた耳に、ほど良く鍛えた華奢(きゃしゃ)で可愛い女の子だった。


 雪景色にはぴったりな真っ白の服を脱いだ彼女は、(あたた)かな村で過ごすには快適であろう涼しげな格好をしていた。

 リナの体は、体力の限界まで走り続けたため、全身に汗を掻いていた。額の汗をぬぐいながら、リナはおばあちゃんに(たず)ねる。


「うん!でも、どうしよう!?とにかく、この異常気象のせいで、上納品が足りないよ!?」


 この村では、たとえ真冬であろうとも、雪が降る事など今までなかった。それゆえに、1m以上もの積雪によって、村の機能は完全に停止してしまった。

 そこから更に追い打ちをかける様に、数日に渡る猛吹雪。家屋はもちろん、近くに広がる畑の作物にも壊滅的な被害が生じた。  


「なんとかして、切り抜けるしかあるまいよ……」

 おばあちゃんは、落ち着き払って答えた。


「なんとかって――どうするの!?」

 逆にリナは、焦燥感(しょうそうかん)に駆られていた。


「なんとかするんじゃ!人生は、いつも予想通りにはいかぬもんじゃ!……そうじゃろう?……その予想外を楽しめるようになれば、一人前のカラフル族じゃよ……リナや」

 子供に言い聞かせるように話すおばあちゃん。 


「おばあちゃん…………」

 リナは心配そうな顔をしていたが、「うん……そうだね」と、自分に言い聞かせるように(うなず)いた。


「わかった。なんとかしてみよう!みんなでやれば、きっとなんとかなるよ!!」 

 リナは、両手をグッと握りしめて、みんなを鼓舞した。


 …………。


 あぁ、そうだ。おう!その通り!リナの言う通りだ!……確かに、そうだな!そうじゃなければ何で私がこんな馬鹿の妻になったかわからないものねぇ~。いや、それはねぇだろ!?じゃあどうすっか?お前が王国騎士を倒せばいいんだよ!無理に決まってんだろ!!いや~母ちゃんのビンタなら一撃だって~!そりゃいいや!しかし……落とし穴でも作るか?時間がない、それより今すぐ移住するのはどうだ?無理だ、行く当てもねぇし、この人数の遠出は不可能だ。第一、女子供と老体にこの雪道は無謀だぞ!――それなら……。


 僅かな沈黙の後――村人達は、息を吹き返したように活気を取り戻し、この危機をどう乗り切ろうかと、相談し始めた。


 彼らの真剣な表情と冗談()じりな話は、みんなの村を守りたい、決して諦めたくないという思いで満ち溢れていた。


 取っておきの一品や家宝の貴重品を惜しげもなく出し合い、現実に抗おうとする彼らの姿は、とても追い詰められたようには見えなかった。何気ない笑顔もちらほらと見えはじめ、彼らの人柄が(うかが)い知ることができた。



 彼らの姿を微笑みながら……リナは、決心した。



 ――絶対に、この村を守り抜く!!


 ――私の、大切な故郷なんだ!!


 ――私の、かけがえのない大切な……みんなだから!!

 

 ――あんな人たちなんかに、踏みにじられはしない…………絶対に!!!!

 



 ところ変わって――


 静かな山の中で、ガチャガチャと音を出している4人が歩いていた。



「さむ!?……なんで俺たちはこんなとこでこんなことしてんだ?」

 ブルブルと体を震わせる黒髪の男が訊ねる。


「しょうがねぇさ。ゼウセント王国第二王女様のご要望なんだからさ~」

 時々止まっては雪玉を作り、適当な木に投げつけて暇潰(ひまつぶ)しをする金髪の男。


「はぁ~早く家に帰って寝たい~」

 最後尾をトボトボと歩く眠そうな茶髪の男が、足を引きずっていた。


 三人は、横一列で愚痴(ぐち)(こぼ)しながら歩いていると……先頭を歩く偉そうな奴が口を開いた。

 

「おいお前ら……そんなにやる気がないなら――減給は覚悟の上だということだよな?」

 彼らを威圧的に睨むのは、頭から足先まで鎧を着た男だった。


「そんなことはありません!だって、これ以上下げられたらタダ働きですよ!」

「いや~寒いのって最高だなー!ずっとここにいたいなぁ~!」

「あっ!今起きました!」

 減給と聞いて、三馬鹿は急に態度を一変させた。


「――ふん。それでいいのだ!」

 偉そうなやつは、そういって前に向き直し、再び歩を進める。



「…………ん?……なんだ、あれ?」

 しばらくして、後ろを歩く眠そうな茶髪男は、気になるものを見つけた。


 (やぶ)の中に分け入ってみると、木の上に雪と枝で上手く隠されていた物見矢倉(ものみやぐら)を見つけた。


 のそのそと回り込んでみると、何やら人の足跡が、山の奥へと続いていた。


「あ~、ん~どうしよう~。これ報告したら、お前見てこい!!って激しく言われるからなぁ~、面倒くさいなぁ~見なかったことにしよ~」

「ほう……どこのどいつが……ハゲしいって?」

「それはもちろん、ハっ…………わたしです!」


 激しい奴は茶髪男の真後ろで、激しい形相(ぎょうそう)で、立っていた。

 

 冷や汗をかいた茶髪が、敬礼をしてこの場をごまかそうとしているとき、残りの二人が走ってきた。


「テッカリー戦士長、報告であります!」

 寒がっていた黒髪男が、駆け寄ってきた。


「その名で呼ぶな!!それで、なんだ?」

 怒り心頭のテッカリーだったが、それはそれとして、部下の報告を聞いた。


「我々が探している村の周辺にあるという――どんな荒野にも生えてくる草が見つかりました!」

 敬礼をする指先が、寒さでプルプルしていた。

「あれ、おかしいな?……目の前にも荒野が……?」

 隣のおちゃらけた金髪男が、目を凝らし、ある頭頂部を見て、不思議そうに言った。


「それは荒野じゃねぇ……ハゲ野原だ!!」

 隣にいるおちゃらけ男に突っ込む言葉が、彼の怒りを買ってしまった。


「貴様ら……いいかげんにしろッーーー!!!!さっさと村を見つけ出せ―!!!!」

 頭から湯気を立てたテッカリー戦士長が、激しく咆哮(ほうこう)した。


「はっ!?はいィィィ!承知しましたっ~!!」

 三馬鹿は慌てて逃げる様に、足跡をたどってがむしゃらに走りだした。

  


 一人残された男は、頭に被っている(かぶと)をはずした。


 すると、辺りが明るくなった。


 彼の頭頂部は、まるで太陽のようにキラリと光っていた。


「まったく、何で俺は25歳なのに、こんなつるっぱげに……なんとしても、例の物を手に入れなければ……」

 ぶつぶつと(きら)めく頭のことを気にしながら、兜を被り直した戦士長は、三馬鹿の後を追った。



 三馬鹿は、疲労困憊(ひろうこんぱい)になりながら右往左往と練り歩き、森の中を何とか抜け出した。


 眠そうな茶髪男が雪に足を取られ、道へ転がり落ちた。


「へぶぅ!?」

「お?……おぉおぉおおぉぉぉっ!?やっと、道に出たぁ~~~~!」

 道を発見して歓喜する黒髪男。

「これは……もしかして足跡!?」

 まだ雪玉を持って手慰(てなぐさ)みする金髪男。

「ぶはぁ……この近くに村があるの~?もう疲れたよ~休もうよ~」

 だるそうについてくる茶髪男。


 その道の真ん中で、急に黙り込み、腕を組む三人。


「しかし……あれだな」

「あぁ……あれだ」

「村に着いて上納品を得たところで……」

「今度は、運ばないといけないんだよなぁ~」

 戦士長がいないことをいいことに、三人は愚痴を言いながら、サボっていた。


「あ、村の奴に運ばせればいいんじゃね!?」

 人差し指を立てて、思いついた言葉を述べる金髪。

「それいいねぇ!」

 その彼と同じ行動を真似する黒髪。

「村で寝たいなぁ~ふわぁ~」

 マイペースに大欠伸(おおあくび)する茶髪。

 

 そこへ、ふわりとした白い煙が向かって来ることに気づいた。


「あれ?……何か来るぞ?」


 ノッシノッシと歩く大きな魔獣が、こちらへやってきた。


 額から延びる一本の大きな角、鎧のような皮膚に、大地を踏みしめる四足は極めて重厚だった。よく見ると、口元に結ばれた(くつわ)が伸びており、手綱が弛んでいた。背後には馬車ならぬ、魔獣車が引かれているのが見えた。


「ん?……車?ということは…………行商人か!」

 車を見る黒髪が、その方へと歩く。

「こんなとこまで来るのかよ~大変だな~。俺達の仕事とどっちが楽なんだろうな~」

 隣の男に雪玉をぶつけたおちゃらけ男は、首を回していた。

「………………ふがっ!?……ん~」

 雪玉を顔面に当てられてもなお、半分寝ている男は、目を閉じながら歩きだす。


「ちょうどいい。村のことを聞いてみよう」

 三馬鹿は、その行商人に話しかけた。


「おい!お~い!もしもし?……ちょっといいかぁ?……聞きたいことがあるんだが!」

 如何(いか)にも、真面目な戦士だと思われるような声で話しかける黒髪男。

 

「んん?なんや?こんなところに戦士かいな!?いや珍しいなぁ~、イファンちゃん。ちょいと止めてもらえるか~」

 車の中から、男の独特の方言が聞こえた。


 魔獣の背中に隠れていた、金髪でふくよかなお腹をしているおっさんが、現れた。


「……ん」

 車の中からイファンと呼ばれた少女が、ひょこっと顔をのぞかせた。


 茶色の素肌に、白髪の長髪、眼の色は真紅の炎のように赤く、その肌には美しい白い模様が描かれていた。いわゆる、ペイントタトゥーというやつらしい。


 彼女は、この極寒の中にもかかわらず、ビキニ水着のような露出の多い民族衣装風の恰好をしたナイスバディだった。イファンは、鞭を地面に向けてペシッ!とたたくと、魔獣はピタっと立ち止まった。


「こんなとこまで行商とは大変だな。商品の取引でもしてたのか?」

 やや問い詰めるような口調で、黒髪は話しかけた。


「まあ~そないなとこやなぁ~。なにせここは雪なんて積もらん場所やさかい。農作物なんか大打撃やろうから、ワイができる程度の商品取引してきたっちゅう話や!」

 飄々(ひょうひょう)と言葉を返す行商人のおっさんは、体とは違って流暢(りゅうちょう)だった。


「なるほど……俺たちもその村の支援に来たんだが、この雪のせいで場所がわからなくなってしまった。村はどこだ?あと、歩きでどれくらいだ?」 

 馬鹿なりに機転を利かせて、情報収集しようとした。


「あ~……せやったらあともう少しや。まっすぐやから迷う事もないやろ。ワシらが来た方向に歩いてったらすぐ着くで~!」

 行商人は、歩いてきた方向を指さした。


「ありがとう。感謝する。じゃあ行くぞおまえら!…………あれ?」

 黒髪は、軽く会釈(えしゃく)して振り返ると……誰もいなかった。


「イファンちゃんって年いくつ~?そんな薄着で大丈夫?お兄さんが温めてあげようか~?」

 茶髪が、イファンをナンパしていた。 

「おっさん。暖かい飲み物ある?マジ寒いんだけど~」

 金髪は、自由気ままにお買い物をしようとしていた。


「……」

 声をかけられたイファンは、完全無視だった。


「暖かい飲み物は、今はこれくらいやな。ホットミルクティー、一杯500サークルや!」

「たけぇ!?相場の倍以上じゃねぇか!?」

「なにせこないなところやからなぁ~。運搬費(うんぱんひ)も馬鹿にならんのや。まぁ、いらへんなら、別にええんやけどなぁ~?」

「勿論買いだ!どうせ、戦士長の金だしね~」

「まさか、その財布!?……盗んだのか?」

「ふふ、いや違うっすよ!秘密裏に例の物をこれで買っておけって渡された金っす。だから、使っても文句は言われないっすよ」

「あ~ならいいか。じゃミルクティー3つで!」

「ほい、1500サークルな!」

「毎度おおきに~」

 おっさんは、樽から木製のコップを3つ用意して、あったかい商品を渡した。


「ほな、わてらは先を急ぎますさかい。失礼しまっせ~。毎度ありがとうございました~!」

 おっさんの言葉を合図に、イファンが鞭を振るい、魔獣車が動き出した。


「――ああ。ありがとう」

 三馬鹿はミルクを飲みながら、行商人達を見送った。


「うわ美味い!」

「はぁ~生き返るわ~」

「あと……少しらしいな」

「あぁ~イファンちゃん~……可愛かったなぁ~」

 茶髪男は、上の空だった。


「っていうか、あいつはまだかよ!?遅いなぁ~」

「もういいんじゃね?置いて行ってもいいんじゃね!?」

「声聞きたかったなぁ~」

 

「ん?あぁ……あの肌と体の模様、赤い目に白い髪とくれば……あれだな」

「うん、あれだな」

「勿論……」


「「可愛い!!」

 二人は口をそろえて言った。 


「ちげぇよ!?魔人族だっつってんだよ。マ・ジ・ン!」

「あ~そっち?」

「人じゃねぇから極寒の中でも平気なんだよ。おそらく用心棒だな。戦ったら強え~ぞ~?」

「は~……また会いたいなぁ~」

 三馬鹿は雑談に花を咲かせていると……。


「お前ら…………そんなにただ働きしたかったのか?」

「ひゃぁっ!?」


 なんと!?


 戦士長が追いついてしまった!?


「戦士長ッ~!?いえ、しっかり働いていました。村はここからまっすぐに行けば、すぐらしいです!」

「決してサボっていた訳ではありませんっす!」

「イファンちゃんすっごく可愛いかったです!」

 最後の男の言い分は、よく分からなかった。


「イファン?誰だそいつ?まあいい。それで、お前たちは何を飲んでた?」

 空になったコップを見つけ、問いを投げる戦士長。


「ホットミルクティーです!」

 三人は、口をそろえて言った。


「……俺の分は?」

 

「は?そんなもんあるわけねぇだろ」

「いなかったし~」

「早く行きましょう。寒いっす」


「……貴様ら、帰ったらただじゃおかないからな……」


「ただじゃおかない!?つまり、ボーナス!?」

 

「違う。お前らの給料を、消し炭にしてやる!」


「ひいいいい!?」

 恐れおののく。

「そこをなんとか……」

 こびへつらう。

「あぁ~……イファンちゃんが遠くへ~…………」

 うわ言をいう。


 三馬鹿は、三者三様の反応を示していた。

 

「さ、いよいよ仕事の時間だ!グズグズしてると、本隊が追いついちまうぞ!!」

 

 やる気満々の戦士長と三馬鹿は、霧の中を歩き始めた。


 



「今用意できる上納品は、これだけか…………」


 それは、荷車一つで運べる(わず)かな量だった。


「本来この10倍はあるが……この雪のせいでこうなったと言い張るしかないか」

「そうだね。これ以上持ってかれると、冬を越すこともできなくなっちゃうから」

「だが、これだけで満足するか?あの国王が?」

「んん~……もう少し考えてみるか」


 村人達は、これでは足りないと思い、他に何かできないかと相談していた。



 リナは、その姿を一歩引いた場所で見つめていた。


 もしもの時にそなえて、一族にとっても、リナにとっても大切な――ある宝石を隠し持ちながら……。


 思いつめるリナは、胸に手を当てて、粉雪の空を見上げた。



 お父さん、お母さん……どうかみんなを……村を守って!!



 18年前――


「族長!嫌な予感が的中したっ!!このままじゃ村は水に流されてなくなるぞ!!」

「――何じゃと!?」

「私たちが何とか時間を稼ぎます!!みんなは急いで逃げて!!」

「これ!?お前たちには二人の娘子(むすめご)がおるじゃろうが!!逃げるならお前たちもじゃ!!」

「大丈夫!みんなが生きてさえいれば、何とかなります!……それに、誰かがくい止めないと」

「ええ……リナもルナも……わかってくれます……これを……」


 女性は、青緑色の宝石を族長に渡した。


「これは……」

「リナとルナを……みんなを頼みます!」

「アーサー!?リル!?」

「……早く村を捨てるのじゃ!!みな急げ!!二人の逃げる時間を作るんじゃ!!」


 おばあちゃんは二人の指示に従って行動した。



 村を襲った突然の豪雨は、高さ10メートルもの水を運んできてしまった。


 老人や子供もいるこの村では、多数の死者も出てしまう危険がある。


 そこで、リナの両親は魔法に秀でていたので、自分達の意思で殿(しんがり)を務めることにしたのだ。


 残された二人は、全ての水を押し止めた。


 だが、次第に魔力が尽きていき、魔法が弱々しくなっていった。


「私たち以外はみんな避難できたようだね……」

「そうね……あなた」

「リナ、ルナ……」

「はい……」

「あの子たちの成長を見守る事が出来ない……それだけが……心残りだな……」

「はい……」

「でも、族長やお母さん……みんながいる……だから……」

「はい……大丈夫ですね」

「あぁ……これでみんなを……守ることができた……」


 一難去った後、二人の姿は……どこにも見当たらなかった。


 ――その後、物心のついたリナは、お婆ちゃんからカラフルの秘宝たる宝石を受け取った。


 その時の話と共に……。



 おまえたちのお父さんとお母さんは、みんなと村を……()()()()()()()()()()()


 強くて優しい……最高の親だったと……。


 そして、二人を何よりも愛していたことを……。




「リナや、そう構えることはない。もしもの時は私らに任せなさい……」


 おばあちゃんが、背中をさすって思い詰めていたリナを励ました。


「……うん」

 リナは、お婆さんに促されて立ち上がる。


「しかし、この異常気象はなんじゃろうか?龍の怒りを買ったわけでもないのにのう――」

 

「王国の連中がなにかしたのじゃなかろうか?」

「龍王の逆鱗に触れたのか?」

「それとも、魔人の大馬鹿――魔王の仕業かもしれんぞ?」

 

 


 すると、ついにその時――彼らがやって来た。



「おい!!もうすぐとか言ったやつはどこのどいつだ!!あれから4時間も歩いたじゃないか!!」

「いやぁ~田舎者の感覚ってやつですかねぇ。行商人にとっては4時間は近いんでしょう~」

「寒い!寒い!寒い~!!こんな鎧装備で来るんじゃなかった!」

「あぁ、イファンちゃんが、俺を呼んでいる。今行くよ~」

 変な四人組が村に訪れた。


「なんじゃ、こいつら」村人一同、同じことを言った。


「あ~ゴホン。え~我々は王国戦士団、第八十八部隊所属、私は戦士長のフサウ・テッカリーである!」

 声高々(たかだか)に述べる戦士長。

 

 すると、後ろの三人も同じように口を開いた。

 

「戦士長殿は、なんと二十五歳でありながら、頭皮の毛根が消滅した偉大な人物である!」

「フサウという名前ながら、その実体はツルツルである!」

「だから、本当の名はツルツル・テッカリーである~!」


「貴様らぶち殺すぞ!!!!」


「ひいいいい!!??」

 三人が口をそろえてうろたえた。


「……ゴホン」 


 戦士長は一息ついてから、声をだした。


「――村の長老はおるか?」


「族長は今、療養中のため、代理にこの(ばばあ)がお話を伺いましょう」おばあちゃんが前に出てきた。

「何だと!?……まだ出来上がってないのか……」

 ボソッと何かを言った戦士長。


「……何か?」

「……いや、何でもない」


「え~本日は期日である!上納品を献上せよ!……さもなくば、この集落は王国自治領となる!貴様らの独立を許す条件である年4回の上納品の献上――此度(こたび)も相応のものを要求する!」

 毅然(きぜん)とした態度で述べる。


「はい――しかしあなた方も見てお分かりの通り、予想外の豪雪で作物の不作を招き、上納品が満足に得られませんでした。――次の献上の際には倍以上の量と質を確保することを約束いたします!――だからどうか……此度の上納品はこの量でお許しいただけないでしょうか?」

 おばあちゃんは誠心誠意――包み隠さずに述べた。


「まさかとは思うが……婆――そこにある荷車一つ分しかない……その手荷物のことか?」

 威圧感をかもし出しながら指さして問うた。


「申し訳ございません。これ以上となってしまうと、村人がこの冬を越えること叶いませんのです。どうかどうか……何卒(なにとぞ)……」

 おばあちゃんは土下座をして許しを請うた。その行動に(なら)って遠巻きに見ていた村人達も全員が雪を頭につけて土下座をした。

 

 戦士長は、軽くその様子を(なが)めた後――冷酷なる一言を述べた。


「――無理だな。王国自治領にしてしまえば、この程度の雪にも対策はできていた。――つまり、この失態は貴様ら愚物共がこの土地に巣くう無能な虫けらどもだという証明に他ならん!」

 突き放すように提案を棄却(ききゃく)した戦士長。


「そこを、そこをなんとか……」

 振り絞るような声で懇願するおばあちゃん――それを。


「黙れ!ばばあ!……これは王国に対する侮辱(ぶじょく)であり、反乱とみなす。――これより王国と貴様らカラフル一族との戦争になるであろう。――今のうちに思い残すことのないように……後悔のない行動をとることだな」 

 強硬姿勢を崩さない戦士長。


「……しかし、ここは貴重な植物や薬草の群生地。素人が踏み荒らせば、たちまち全滅することになるでしょう。――さすれば、王国で毎年流行る病に効く薬の配給ができなくなりますが、そのことも承知で申しておいでなのでしょうか?」 

 ついに反撃に出るおばあちゃんだった……が!?


「……そうか、それは大変だな……」思い悩む様子の戦士長。


「では……?」(わら)にも(すが)る思いのおばあちゃん。


「――残念ながら、すでにその薬草の栽培は成功している。また病が蔓延(まんえん)したところで、たちどころに治してしまうだろうなぁ?」希望を打ち砕く一言を放つ戦士長。


「ぐっ……」悔しがるおばあちゃん。 

 

「他には、なにかあるか?」時間を気にしながら戦士長は婆に問うた。 


「ここにしか生えない、どんな病にも効果をもつ万能薬の源、()()()は――ここにしか咲かない花です。上納品にも、少しですが差し上げております。あれはこの村の特産品――それを無くす可能性もございますが……」

 最後の切り札を切ったおばあちゃん……これが最後の交渉材料だった……しかし!?


「――全くもって残念な話だ。――つい最近だ。伝説に伝わる生命草の大規模な群生地を、王国騎士団が見つけて来たという報告があったのだ。――つまり、もはやこの村の付加価値は無くなってしまったということだ。……だからこの私がこのような場所にまで派遣されたのだよ……」


「……何と!?」

 それは、おばあちゃんや村人達にとって絶望的な回答だった。


「――恨むなら、この異常気象を恨むことだな……」


「…………うぅ……」

 ……万策尽きた。


 ――お婆さんの杖を持つ手がプルプルと震えていた。


 ――その時だった。


 

「ちょっと待ってください!!!!」

 一人の少女が戦士長の前まで走ってきた。


「――リナ!?」


「――ん?なんだ小娘?」

 次の仕事の段取りを考えていた戦士長は話半分の様子で聞いた。


「――お願いいたします。これは、カラフル一族に伝わる秘宝でございます。どうか、これを差し上げます。だからどうか……」 

 リナが差し出したのは、緑色に輝く宝石だった。まるで生きているかように緑色の光が動き(きら)めいていた。


「う!?……うーむ……」

 それを見た戦士長は――非常に困った。


 なぜならそれは、第二王女が欲しいと言われていた宝石の一つだったからだ。

 上納品としてはそれ一つだけでも十分価値のあるものであり――彼女の言い分は筋が通っていた。


 しかし、戦士長の任務は、今回の大雪により上納品が少ないだろうということを利用して領土拡大を目的としていた。そのために先行して村人と話をこじらせて、本隊による武力介入で決着させるという役目を(にな)っていた。

 宝石は、村を手に入れてから略奪して奪う算段だったのだが……なかなかの誤算だった。

 優先順位としては、王女の命令である宝石が一番であり、戦士長としての命令でこの村を手に入れることはその次なのである。


「……………………………………」

 非常に思い悩む戦士長。

 

「……何悩んでんだ?こいつ……」その上司を(いぶか)しむ部下。

「もういいじゃん。これ貰って帰ろうぜ?」短絡的な部下。

「え!?ここで宿とって寝てからにしようよ~」能天気な部下。

 

「……いや、ダメだ!」

 答えを出した戦士長。

 

「「「えー!?帰りましょうよ!」」」三馬鹿は叫んだ。

 

「お前らに言ってない!!」

 

「なぜですか?まだ足りないとおっしゃるのですか?」


「そうだ!お前たちカラフル一族は多少とはいえ、魔族の血も含まれる亜人種だ!――それゆえに危険視されているのだよ。今回の件で王国に対し反感を抱くものも少なくあるまい……。王国の平和のため、そしてお前たちの安全にも繋がるのだ。この宝石は頂いておくが……この土地の権利はこれより、王国に帰属することとなる!!」

 

 そんな馬鹿な!?理不尽な!?このハゲ!!口々に村人が反応する。

 

「誰だあああああ!!!!ハゲっつったのはあああああ!!!!」

 彼の禁句に触れて抜刀しようとした戦士長。


「――――――――では、この身を捧げます!!!!」


「……何!?」


 彼女は(ひざまず)いて言った。 


(わたくし)、名をリナ・クーフィン・カラフルと申します。カラフル一族の族長の娘でございます。年は20にございます。――その私の全てを王国に差し上げます。()()()()()()()()()()()()()()()。――だから、この村には手を出さないでください!!!!」

 リナは己の全てを投げ出して……村を守ろうとした。


「リナ!?何を言うとるんじゃ!?」 

 おばあちゃんや村人達は狼狽(ろうばい)していた。


「――ふん、決定は変わらない!……だがそれほどの覚悟だというなら、よかろう。完全に帰属させることは却下する。……そのかわり、共同統治ということになるだろう。――リナとかいう女、お前の功績だ。一生そのことを名誉とするがいい。……では、リナとやら、村の奴らに別れを告げろ!!」

 目的の物は手に入ったので、リナは手見上げにでもしようと考えた戦士長。

 

「――おい三馬鹿、さっさと荷車を運べ!!」


「「「へーい」」」やりたくないという気持ちが滲み出る返事であった。

 

「――ありがとうございます」リナは戦士長にそう言うと振り返り、涙を溜めながら……。


「――みんな。今までありがとう。……さようなら」


「リナ……リナ!?」

 村人達は受け入れがたく現状を否定するようにリナの名前を叫んだ。



 ……ふん、共同統治などただの体裁(ていさい)だ。

 次第(しだい)に我々王国側の人間を重役に据え置き秘密裏に占領、いずれは植民地状態にしてしまうというのにな……三馬鹿程ではないが、馬鹿な奴らだ。

 ……と戦士長は僅かに笑った。



「さて……仕事は終わりか……ん?」


 どこかから、何かの声らしき音が聞こえてきた。


「「「あれ、なんか聞こえる?」」」 

 村の方でも、近くの森からも聞こえてこない。


「……叫び声?」 

 おばあちゃんもきょろきょろと見まわしていた。


「……上?」

 リナは――空を見上げた。

 

「――何?…………人?」

 何か、小さな黒いものが……見えた。


「………………………………ぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 人らしきものが落ちてきていた!!??



 

「なっなんだ!?あいつは!?」

「空から変態が!?」

「ドーイウコトナノ?」


「あぶない!?」

 リナはなんとかしようとしたが、落下が速すぎてどうしようもなかった。

 


 ドゴォォォォォォンンンンン!!!!


 なんと戦士長の頭に直撃した。

 

「グボバハァアアアアアアアアア!!!!????」――戦士長は倒れた。

「「「ツルツル戦士長ーーーーーー!!!???」」」


 なんだ!?、何が起きたんだ。何がどうなった。何が落ちてきたんだ。人が落ちてきたんだ。どうして。わからん。さっきの戦士長にあたったぞ。やったぜ!いや、ヤバいことになるぞ!?大変た!!



 ――大混乱である。



「…………痛ってててて。あのおっさん!?……なのかな?いきなり僕を空から落としたのか!?……なんていうことをするんだ!?……でも死んでないな……痛みもそれほどじゃない。僕は……一体何がどうなっているんだ……?」 


 落ちてきた少年は、長くもなく短くもない程度の黒髪で、見たことのない服装をしていた。

 透き通った青い目をした細い体の彼は、何とか起き上がって一人喋りだしていた。



「――あの、大丈夫ですか?」 

 リナは恐る恐るしゃがんで、落ちてきた少年に声をかけてみた。


「――あ、はい。大丈夫だと思います。ありがとうございます!」

 ペコリと頭を下げ礼儀正しく答えた少年。


「――それならよかったけど、なんで空から落ちてきたの?」

 誰もが思った疑問を投げかけた。


「……いや、それが僕にもよくわからないんだ。なんかいきなり良い世界を、なんて言ってから気づいた時にはこの世界の遥か上空にいたんだ。……綺麗な光景だったけど、パラシュートもないし、絶対に死んだと思ったよ!」

 大興奮の少年はせわしなく動いては体に異常はないかと確認していた。

 

「はぁ……」

 まるで珍しいものを見る様に――少年をじっと見つめるリナ。


「……ところで、ここはどこ?」

  

「あ……うん。ここはカラフル一族の村、レインボービレッジだよ!」

 

「……そうですか。……全く知らないし分からない……取り敢えず説明してくれる人がいるはずなんだけどなぁ……」またきょろきょろと周りを見渡す少年。

 

「――君、人間?それとも魔人?こんな落下してきて無傷なんて、そうそういないよ」

 

「え!?……魔人?ん~人間だと思うんだけど、そうだとすると死んでるよね。普通……なんでだろう?」

 

「……ふーん」 

「……あ、ところで君のお名前はなんて言うんですか?」

 

「私?……私はリナ。リナ・クーフィン・カラフル!……あなたは?」 


「僕?……僕は……あれ?」


「ん?」


 二人で会話をしていると……


「「「おーーーい!!こっちにも気づいて!!!」」」

 三馬鹿が(たま)らずに声をかけてきた。

 

「あ、忘れてた。ごめんなさい。戦士長は……大丈夫じゃなさそうですね……」

 すっかり伸びていた戦士長。


「「「うん。そうなんだよ」」」

 見事に頭に落下したおかげで戦士長は力尽きた。とは言えず残念ながら死んだわけではない。どうやら気絶しているようだった。


「これ、どうする?」

「俺たちで荷物と女と戦士長もっていくのか?」

「重い、寒い、面倒くさい!」


「よし!どうせ騎士団長率いる本隊がもうすぐ到着する。わざわざ俺たちが苦労することもないだろう」

「そうだな。この軽い宝石と、ツルツルだけ持っていこう」

「おい、お前」三人の内の一人が少年を指さした。

 

「あ、僕ですか?」


「そうだよ、お前、名前は?」


「名前……何だっけ?」


「わからないの?」リナが聞いた。


「うん。なんだろう――何も思い出せない」


「あーじゃあ、落ちてきたから、オッチーだな。あとで覚えてろよ、騎士団長はここでのびてる戦士長と違って強いからな」


「あ、私も行きます」

 リナはそう言って立ち上がる。


「あ~いいよいいよ。女連れていくと面倒くさいし、後でかまわないよ」

「じゃあね~」

「ここで泊まっていっぱい寝たかったなぁ~イファンちゃんに会いたいなぁ~」


「てか、こいつ重いんだけど!?」

「引きずっていけばいいんじゃね!?」

「てか、オッチーは大丈夫っぽいけど、コイツはなんで気絶してんだ……」

「俺たちより強いからっつっても年下だしな。体力ないんじゃね!?」

「はぁ……イファンちゃんに会いたい」


 そう言って、三馬鹿はツルツル・テッカリー戦士長を引きずりながら、村から去っていった。


「どうしよう……とりあえず何をどうすればいいのか全く分からない……」

「どうしよう……とにかくこれじゃ、村が大変なことになっちゃうよ……」

 

 ――途方に暮れる二人。


 ――はてさて、これからどうなることでしょうか。 

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