03.陽奈子、初日から睨まれる
捻挫した足首を固定し終えた総一郎は、大丈夫だと言う私の言葉を無視して肩を支えて教室まで送ってくれた。
「休み時間になったら、絶対に保健室へ行けよ」
教室に入る直前、総一郎は私の耳元へ顔を近付けて釘を刺してくる。
心配してくれるのは有り難い。
でも、剣道部エースで成績優秀の上容姿端麗な佐藤総一郎が近付きすぎると、周囲から勘違いされて後で困る。
目立ちたくないから止めて欲しいと何回も頼んでいるのに、総一郎は改めてくれない。
朝のHR開始直前、有名人の佐藤総一郎と手を繋いで教室に入ったせいで、思いっきりクラスメイトの注目を浴びてしまい身を縮めて席につく。
新学年、新クラスになって初っぱなから目立つだなんて、一部派手な雰囲気の女子からは睨まれたし。もう泣きたい。
派手な女子達が此方を見ながらひそひそ話しているのが分かって、これは波乱な一年間になりそうだと肩を落とした。
「今日から君たちの担任となる遠藤一稀だ。一年間青春の汗を流そう! よろしくな!」
教卓へ両手を突いて元気よく挨拶したのは、担任となった遠藤先生。普段のジャージ姿から始業式仕様でスーツを着ている彼は、見た目は別人に見えても中身は変わらない。
白い歯を見せて笑う遠藤先生へ一部の派手な女子は冷ややかな視線を向け、ノリの良い男子と女子からは笑いが起こる。
ゲームでは総一郎の担任は杉山先生だったはず。鈴木陽奈子の担任は誰だったかまでは、覚えてはいないが熱血遠藤先生が担任なら友人関係は兎も角、クラスのイベントは楽しくは過ごせそうだ。
「じゃあ、新しいクラスの仲間を知るため自己紹介を始めるぞ~! 先ずは、有賀からだな」
遠藤先生に名指しされたサッカー部の有賀君は、恥ずかしそうに椅子から立ち上がった。
次々に自己紹介をし終えるクラスメイトに、私は内心焦る。出席番号順に座っている席の鈴木の前は、クラスの中でも一番存在感がある女子、西園寺皐月なのだ。
「西園寺皐月です。このクラスを学校一の活気あるクラスにしたいと考えています。よろしくお願いします」
背筋を伸ばした堂々と話す姿はゲーム画面以上の美少女っぷりで、よくこの西園寺皐月とゲーム内の男の娘総一郎は戦えたなと感心してしまった。
動く度に揺れる艶のある長い黒髪からは良い匂いがして、後ろの席に座る私からは綺麗なお顔は見えないけれど、近くの男子は鼻の下を伸ばして彼女を見ている。
西園寺皐月が一礼をすると、盛大な拍手が巻き起こる。しかも、派手な女子達が羨望の眼差しで西園寺皐月を見ているという、そんな中で自己紹介をしなければならない私は、完全に怖じ気付いてしまった。
拍手が収まったタイミングで控え目に立ち上がる。
「鈴木陽奈子です。一年間よろしくお願いします」
何とか声は出せたが、派手な女子達からの冷たい視線をひしひしと感じて、椅子に座った後はつい俯いてしまった。
一年間、彼女達からこの冷たい視線を浴びせられるかと思うとちょっとしんどい。
休み時間になり、やっと一息つけると肩の力を抜いた私は、ぎょっと目を見開いた。
「陽奈子」
教室の後ろの出入口から、ひょっこりどころじゃなく堂々と総一郎が顔を覗かせていたのだ。
「総ちゃ、佐藤君。何かな?」
周囲の視線を気にせず、ずかずか教室へ入ってきた総一郎は私の机へ手を置く。
「保健室へ行くぞ」
「へ?」と間の抜けた声を出した私へ、遠藤先生から声がかかる。
「鈴木~登校中に怪我したなら早く言わなきゃ駄目だろ。悪化するぞ。事情を聞いたし、遅れても大丈夫だから保健室へ行ってこいよ」
教卓の前という当たり席に座る亜稀が話したのだろう。きょとんとする私へ亜稀は、いってらっしゃいと手を振る。
注目を集めてしまい、西園寺皐月と彼女の取り巻きや派手な女子達からじっと見られるが、許可をした遠藤先生の手前何も言われなかった。
痛めた右足首を引き摺るように歩き、普段はあまり使われていない方の階段まで来ると、総一郎は私を横抱きに抱えた。
「そ、総ちゃんっ、階段っ危ないよ」
階段で両手が塞がっている状態は危ないと訴えているのに、彼は私を下ろそうとはしない。
教室から離れているため普段あまり使われていないとは言え、誰かに見られたら何て言い訳をするのだろう。
「こっちの方が早いだろ」
喚いても総一郎は下ろしてくれないと分かり、私は諦めて彼の首へ手を回した。
校舎一階へ下り、お姫様抱っこで保健室へ現れた私達に養護教諭の飯島先生は一瞬驚き、笑みを見せた。
「あらあら、どうしたの?」
飯島先生は肩より少し長い髪を耳にかけ、泣きぼくろが色っぽい美女で男子からの人気が高い。ゲーム内では総一郎の良い理解者で、サポートキャラの一人だった。
総一郎はピンク色の回転診察椅子へ私を座らせる。
上靴と靴下を脱ぎテーピングテープを外した足首へ触れて、飯島先生は痛む患部に湿布を貼っていく。
「思いっきり捻ったみたいね。圧迫と固定してくれていたから、あんまり腫れてはいないけど痛みがひどかったら病院で診てもらってね」
包帯で固定してもらった足首は大袈裟に感じて、飯島先生を見上げれば彼女は色っぽく微笑む。
「大袈裟の方がいいの。特に鈴木さんのクラスは女子がキツいから」
上目遣いで飯島先生に言われてドキリとする。
私が困っているのを分かっているかのような口調に聞こえたのは、設定上先生がサポートキャラだと知っているからか。
お礼を言い、保健室を出るとそれが当たり前のように二度総一郎は私を横抱きにする。
お姫様抱っこをしたまま階段を上るのは大変じゃないか、と思ったが私を抱く総一郎の有無を言わせない雰囲気に、諦めて大人しく彼の首にしがみつくことにした。
二年生の教室がある三階へ上がり、お姫様抱っこから解放されても肩を抱く腕は離れない。
二年A組が端のクラスで良かった。こんなに総一郎と密着しているのを見られたら確実に誤解されてしまうから。
強引だけど総一郎の温もりを感じて、凹みかけていた気持ちが癒されていく。
頑張れと励まされている気がして、教室へ近付き離れていく腕をぎゅっと抱き締めた。
クラスへ戻った私へ、廊下側の席に座った派手な女子が口を開きかけて、固まる。
顔色が悪くして固まる彼女に首を傾げつつ、総一郎にお礼を言い自分の席へ座った。
(初日からしんどいなぁ。早く帰って寝たい)
席へ戻るまで後ろを振り向かなかった私は知らない。
教室へ戻った私へ嫌味を言おうと派手な女子が口を開きかけた時、総一郎が一瞬だけ本気の殺気を彼女に浴びせたことを。
私に対して、敵意を持ち嫌がらせする女子達が次々に不幸な事故に巻き込まれたり、ネット上の書き込みが炎上し飲酒喫煙写真が明るみになり処分を受けることになるのだが、この時はまだ彼女達も私も予測すらしていなかった。
登校初日、もう少し続きます。




