01.陽奈子は記憶を整理する
二年生になりました。
たった二週間の春休みはあっという間に過ぎていき、今日から高校二年生。
晴天の空とは真逆な、憂鬱な気分で私は身支度と朝食を済ませ家を出る。
「朝から元気無いな。口の中に梅干し詰め込んだみたいな顔をしてる」
「それどういう例えよ」
どんより沈む私とは違い、爽やか少年オーラを撒き散らす総一郎をジロリと睨んでしまった。
「そのままの意味だろ。カビが生えそうなくらい鬱々しているし、そんなにクラス替えが嫌なのか?」
「そうじゃない、いや、そうかも」
朝からゲーム開始時期に入ることを恐れていたけど、クラス替えの心配もあったかと唸る。
今時女子高生やキラキラ系女子との付き合いが苦手な私は、仲の良い友達と同じクラスになれなかったらしんどい一年が決定してしまうじゃないか。
眉間に皺を寄せて唸っていると、総一郎にがっしり手首を掴まれた。
「このままじゃバスに乗り遅れる。走るぞ」
手首を掴んだ総一郎に引き摺られるように半ば無理矢理走らされ、走っていくうちに手首を掴む手のひらは指と指を絡ませた手を繋いだ状態となっていった。
自宅から幹線道路沿いのバス停までは徒歩十分ほど距離がある。その距離を二人手を繋いで走り、バスの停留所へ着いたとほぼ同時にバスもやって来た。
全速力で走ったためフラつく私は、先を行く総一郎の腕にしがみついて何とかバスのステップを上がる。
春休み中ろくに動いていなかったせいで、疲労困憊な私は座席に座りたいところだが朝の通勤通学時間帯のバスは満席状態。仕方なく横に立つ総一郎の体に寄り掛かる。
「陽奈子、重い。何とか間に合ったな。って、大丈夫か?」
「......大丈夫じゃない。しんどいから寄り掛からせて」
「仕方無いな」
溜め息を吐く総一郎に寄り掛かったまま私は目蓋を閉じる。
目蓋を閉じたのは眠気からじゃない。
走っている最中に思い出した、ゲームのオープニングを脳内で整理するため。
ゲームのオープニングでは、高校二年生へ進級した佐藤総一郎が幼馴染みの悪役女子、鈴木陽奈子に罵られている場面から始まる。
怒りを爆発させる陽奈子の台詞から、総一郎がやらかしたのは彼女の恋人を奪ったということ。またなの?! と泣きながら、陽奈子は泣きじゃくる総一郎へ鬼畜なことを命じるのだ。
『私に許して欲しかったら、女子の制服を着て登校しなさいよ!』
『そんなっ! ......でも、陽奈ちゃんが望むなら、分かったよ』
前世の私は「修羅場だわー」なんてドン引きしたものだけど、今考えると女装を命じられた総一郎は嫌そうな感じでは無かった。むしろ......陽奈子に命じられて喜んでいた気もする。
女装をした総一郎はその後、攻略対象となる素敵な男性達と出逢いラッキースケベな展開を経て恋人となっていく。
『君が、男でもかまわない』とぐいぐい来る男性達に流されるまま恋愛関係となる総一郎は、チョロイのかとも思ったけれど実は女装が大好きで、罵られたり無理矢理な状況で興奮する変態だったら?
彼は陽奈子を上手く操り“命令”させて協力してもらっていた。実はとんでもなく真っ黒ヒロイン?だったのかもしれない。
バッドエンドに、手錠やら縄で束縛した陽奈子を男の娘総一郎が犯しまくる、というバッドエンドなんだかよく分からないものもあったような......それって、どういうことなんだろう。まさか。
ドクンッ、心臓が激しく脈打ち私は苦しくなり胸を押さえた。
はぁーと深呼吸をして気持ちを切り替えてから、今日起こるかもしれないゲームイベントを整理する。
大きなイベントは、メインヒーロー三年生の生徒会長と出逢うものだ。
余所見して歩いていた総一郎が、生徒会長とぶつかって尻餅を突くというベタベタのものだが、恐ろしいことに彼は生徒会長にパンチラ姿を披露してしまう。
男の娘のパンチラとか実際は滅茶苦茶じゃないか。
スチルの総一郎は、ピンク色の女性用パンティを履いていた。今考えてみると不思議でならない。どうやって股間の膨らみを誤魔化したんだろう。
興味があっても、背凭れにしている男子の制服を着た総一郎に聞いてみるのは憚れる。いや、勇気を出して疑問を口にしてみようかと、一瞬だけ考えて直ぐに打ち消す。駄目だ。馬鹿にされる以前に気味悪がれそう。
もしもゲームの強制力みたいのが働いたら、男子の制服を着た総一郎が生徒会長とごっつんこして、ズボンの股が破れた隙間からはパンチラ......
「ううっ」
吐き気が込み上げてきた私は口元を手で覆う。
「陽奈子、ヤバイか?」
バスの揺れで酔ったと思ったのか、背後から耳元へ唇を寄せた総一郎が問う。
貴方のパンチラショットを想像して気持ち悪くなった、なんて言えず私は車酔いをした振りをすることき決めた。
「う、うっぷ。朝ご飯が胃の中でぐっちゃぐちゃになってるみたいで気持ち悪い」
「陽奈子、何食べてきた?」
「カツ丼二杯」
正直に答えると、総一郎の視線は私の体調を心配したものから完全に呆れ果てた視線へと変化する。
「馬鹿、朝から食い過ぎだ。......熱は、無いな」
吊革を持たない方の手が私の額へ当てられる。
「な、何してんの?」
パンチラを想像した相手から気遣われ、私は頬へ熱が集中するのを感じた。
「様子が変だから熱でもあるかと思ったんだよ。駄目なら保健室に行けよ」
自分でもカツ丼二杯は食べ過ぎたと思ったのに、そんなダメダメ幼馴染みを気遣ってくれる総一郎は何時もよりイケメンに見えた。
今の総一郎は、ゲーム中で攻略対象キャラ達とイチャイチャする男の娘なんかじゃない。可憐なスチルの、パンチラ総一郎とは全くの別人だ。
(やっと、やっと私の努力が報われたのね!)
此処がバスの車内じゃなかったら、ガッツポーズをしていたところだ。
流れ落ちそうになる嬉し涙を必死で堪えた時、ヤバイと思ったらしい背後の総一郎からそっとコンビニの白い袋を渡された。
嘔吐すること無く学校へ登校し、部室へ寄ると言う総一郎とは下駄箱の前で別れた。
新学年クラス分けの紙が貼られた掲示板の前には人だかりが出来ており、生徒達は自分の名前を見付けて一喜一憂していた。
生徒達の隙間から掲示板を見上げた私は、総一郎とクラスが違うことに安堵する。
「おーい、陽奈子。二年でも一緒だね」
「亜稀ちゃんと一緒で良かったー」
見た目は派手でも中身は真面目な亜稀は、私と違って人当たりの良い性格をしている。彼女と同じクラスになれたなら、一年間何とかやっていけそうな気がする。
ヘラりと笑顔になる私とは逆に、亜稀は表情を曇らせた。
「良かったーと言いたいところだけど、西園寺皐月様と取り巻き様達と同じクラスになっちゃったから、何とも言えない」
「まじか」
西園寺皐月様とは、実家がレストラン経営をしているお嬢様でゲームでは所謂悪役令嬢キャラ。
複数のレストランや洋菓子店を経営するお金持ちのお嬢様が、お金持ち学校じゃなく私立とはいえ庶民も通う高校を進学先に選んだのは何故かは分からない。その辺りはゲームの都合だろうけど、彼女は派手な雰囲気を持ち、長い黒髪は毛先だけ巻いて付け睫を付けているんじゃないかというくらいの目力を持つ、背景に薔薇を背負ったような美少女。その上、成績優秀な生徒会役員でもあるから発言力や影響力は強い。
西園寺皐月は、全ルートに絡む陽奈子とは違って生徒会長と副会長、杉山先生、遠藤先生攻略時に総一郎の前へ立ち塞がる。
いくら美少女でも、あの高飛車な悪役令嬢キャラに真正面から睨み付けられたらかなり怖い。
「西園寺さんは、生徒会メンバーに近づかなきゃいいんじゃない?」
亜稀はチッチッチ、と人差し指を横に振る。
「甘い。佐藤君も気に入られているって噂だよ。幼馴染みポジションで仲良い陽奈子は、既に目を付けられてるかもね」
「まじか。それは面倒くさいかも」
新クラスに馴染めるまでは、なるべく総一郎と一緒に登校しないように、彼と学校内で絡まないようにしよう。土下座する勢いで頼めば彼は分かってくれる、と信じたい。
少し重たい気分のまま、私は亜稀と一緒に新しいクラスへ向かった。
パンチラ妄想するヒロインですいません。