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02.迫り来るゲーム開始時期に怯える(高校一年生)

 前世の記憶が戻ってから、あっという間に時間は過ぎていき私は私立高校一年生になっていた。


 小学生、中学生の間は、学校でもクラスの中心人物から外れた控え目タイプを心掛け、勉強面は平均的な成績を維持ししてきた。

 運動面は誤魔化すのは難しくて、予定外に体育祭で少々活躍してしまったのはしょうが無いけど、何とかクラス内は控え目なキャラの枠内には入っているはず。

 控え目キャラを演じ本来の自分を隠すのはしんどい。とはいえこれも全ては破滅フラグをへし折るため。

 しかし、目立たぬようにと頑張ったのに今回はやってしまったのだ。


 はぁー、深い溜め息を吐きながら私は廊下の壁へ片手を突く。これはエア壁ドンじゃないかと、ひきつった笑いを浮かべてしまった。


(どうしよう。こんなはずはなかったのに)


 先程終わった帰りのホームルームで、弱化目が据わった若い女性担任から赤紙を貰った時は、心臓が口から飛び出るかと思った。


 赤紙とは、A6サイズの赤色の紙、生徒指導室への呼び出し状である。

 固まる私の周りのクラスメイトは、赤紙の登場に何をやらかしたのかとざわめき出す。

 先月、赤紙を貰った素行が悪い金髪男子は生徒指導室で無期限停学処分を受け、自主退学したらしいから周囲の反応は当然の反応だ。


 前世の記憶から、ゲームのプロローグは高校二年生の四月から。

 “もうすぐ始まるかもしれない”という恐怖から学年末試験を大転けしてしまい、まさかの赤点をとってしまったのだ。

 そして、赤紙を貰ったのは学年末試験の結果が配られた直後とか泣ける。

 あまりの出来の悪さに落ち込む私に追い打ちをかけるように、赤紙の送り主は生徒内で「鬼」と言われている杉山先生、赤点をとった英語の教科担当教師からの呼び出しとなればこの世の終わりかと思えるくらい目の前が真っ暗になった。


 友人達からエールを贈られながら教室を出て向かった生徒指導室への廊下は、まだ夕方なのにどんよりと薄暗い気がして足が竦む。



 震える足を叱咤して辿り着いた生徒指導室への扉は、何故かものすごい重厚感を醸し出していて沸き上がる恐怖からなかなかノックができなかった。


「何をしている。早く入れ」


「しっ失礼します!」


 ガラガラ、ピシャン


 ドアの奥から不機嫌そうな声が聞こえ、私は慌てて生徒指導室へ入る。


 初めて入った生徒指導室は壁際に本棚が設置され、部屋の中央には2人掛けのソファーが向かい合わせに置かれている思ったよりシンプルなものだった。

 本棚に立てかけられてある、竹刀とさすまたが無ければちょっとした応接室みたいだ。

 竹刀の柄は薄茶色に変色して、刀身も何かを打ち付けたような跡があるのが、これがただの脅し用の小道具でないことを物語っていた。

 出来ることなら、この部屋と無縁のまま卒業したかった。


 恐る恐る、ソファーに踏ん反り返る男性教師の近くへ歩み寄る。

 若い教師の中では珍しく茶色に染色した髪、着崩したジャケットに第一釦を外したシャツを着た一見したら優男風ホストのような外見をした男性が、学生時代に素行不良の生徒数人を再起不能にしただの、安眠妨害したからと暴走族を血の海に沈めたという武勇伝を持つ、鬼の杉先こと杉山先生。

 血生臭い噂が嘘だと思うくらい、爽やかな美形には似つかわしくない生徒指導室で、彼が放つ威圧感は凍てつく波動となり私の動きを止める。


「1年A組鈴木陽奈子。何故、俺に呼び出されたか、理解しているか?」


「はっはい、英語のテスト結果について、ですよね」


 自分を睨む杉山先生の迫力に、私はゴクリと唾を飲み込む。

 至近距離で美形なお顔を拝見できるチャンスなのに、ものすごい圧力感で直視はできない。


「今回は進級を決める大事な試験だったはずだ。俺としては、留年を回避させるために甘い問題を出していたつもりだった。殆どの者は点数を上げて平均点も上がっている。にもかかわらず、鈴木は赤点だ。授業中も上の空な態度でいるのも以前から気にはなっていたがな」


 杉山先生の声が一段と低くなり、どんなペナルティを課せられるかと私の心臓の鼓動が速くなる。


「他の教科担当とも話したが、俺の教科以外では古文、数学もギリギリ赤点を免れたらしいな。このままではお前の進級は話し合いの結果次第、という事になるな」


「もしかしたら留年、ですか?」


 自分で口に出した「留年」の言葉なのに一気に血の気が引いた。

 学年の中で、たった一人だけ留年するとなったら高校生活を続けていく自信は無い。破滅フラグをへし折る前に早くも退場か、と半泣きになって杉山先生を見詰める。

 私の不細工な顔が面白いのか、鋭く睨んでいた目許をゆるめて杉山先生は口角を上げた。


「留年かどうかは成績不振者に課せられる課題しだいだろうな。春休み返上で俺の手伝いをするならば、英語の課題は無しにしてやるが。どうする?」


「や、やります! やらせてください!私、杉山先生の手伝いしましゅっ!!」


 やべえ、噛んだ。恥ずかしさに、頬を紅潮させた私が右手を上げて力いっぱい伝えれば、杉山先生は口の端を吊り上げた。


「俺は手加減はしないぞ」  


「は、はい」


 ソファーの肘掛けに肘を突き、口許を人差し指と親指で触れる仕草は格好いい。綺麗な顔と真逆の威圧感に悪っぽい仕草をするこの若い教師は、ギャップ萌えと言うのか、確かにこれは男女ともに憧れるかもしれない。


「話はこれで終いだ。帰るついでにこれを職員室の俺の机まで持っていけ」


 杉山先生が指差したのは、テーブルの上に置かれた数十冊のノートの山。


「はい! 失礼しました!」


 ノートの山を両手で抱え入室時とは違い、元気よく杉山先生に頭を下げて生徒指導室を後にした。



「手伝い要員かぁ~」


 赤点採るくらい、テスト中なのに上の空でいる理由を突っ込まれなくて良かったと思う。

 だって、口が裂けても言えない。


 直前に見た、杉山先生と遠藤先生の仲良く話している姿を思い出してにやけていただなんて。

 談笑する二人がイチャイチャしだして、あっはんうっふんな絡みを始める妄想していて、授業中上の空だったなんて!


(春休み中も妄想のおかずにしている先生に逢える口実ができるとは......赤点バンザイだぜー!!)


 なーんて、心の中でガッツポーズをしている私の顔はにやけまくっていたようで、廊下で擦れ違った男子生徒が幽霊を見たようなひきつった顔をして逃げていった。



 意気揚々と歩けていたのは最初の数分だけで、徐々にノートの山を持つ指先が痛みと痺れを訴える。


 職員室は渡り廊下で繋がる隣の校舎にあるため、私は足元をふらつかせて生徒がほとんど残っていない廊下を歩く。

 指先の痛みを誤魔化すために、先程拝んだ杉山生徒の顔とやり取りを思い出す。

 綺麗な顔立ちと冷徹な言動のギャップで怖いけど人気がある杉山先生、頼れる兄貴分の式典以外はジャージ着用体育会系国語教師、遠藤先生も前世の記憶で覚えているBLゲームでは攻略対象キャラである。

 因みに、杉山先生ルートだと束縛凌辱で調教されちゃうハードなエンド、遠藤先生は暑苦しいくらい一途に責められて窒息死しそうな溺愛エンドだった。


 ゲームなら色々されちゃうのは幼馴染みの“総ちゃん”だし、ゲームプレイヤーの私は無傷だから許せても現実になったら束縛凌辱や窒息死ギリギリ溺愛なんて無理無理。

 第三者の立場でいられるなら冷徹教師杉山先生、熱い体育会系教師遠藤先生、対極な二人だからこそ噛み合っていないのに絶妙な絡みは破滅フラグが無ければ是非とも見たい。

 入学してから今まで、なるべく関わらないようにしていたのに手伝いをするって自分なにしているんだか。

 これって留年危機に頭のネジが飛んだのか、杉山先生の大人の魅力にやられたのか。関わりを持っても、私が杉山先生に惚れなければ関係無いのか。


 うんうん唸りながら歩く私は両手に持ったノートの山で見えにくかったせいでもあるけど、明らかに前方不注意だった。


「うわっ、すいません」


 顔を上げた時、前方から歩いて来た人にぶつかりそうになって慌てて止まる。


「何やってんの」


 ぶつかりそうになった相手は呆れ混じりに言う。


「あっ、総ちゃん」


 ノートの山から顔を覗かせ確認して、私はヘラリと笑った。

 ぶつかりそうになった相手は、胴着袴姿の男子。総ちゃんこと幼馴染みの佐藤総一郎だったのだ。


 窓から射し込む夕陽が彼を照らして眩しい。

 オレンジ色の光が総一郎の整った顔立ちに深い影を作り、一瞬だけ見とれてしまった。



手伝い=年度末の大掃除要員。

総ちゃん登場。


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