*初詣へ行こう(高校一年生の元旦)
明けましておめでとうございます
今日は元旦、一年の始まりの日。
「新年明けましておめでとうございます」と、テレビ番組は朝から着物姿の芸能人が体を張って笑いを取る特番を放送し、元旦から営業しているスーパーやコンビニでは雅な音楽が流れている。
弟の隆之介は、両親からのお年玉とお雑煮に大はしゃぎで朝からハイテンションでうるさい。
確かにお年玉は嬉しいけれど、私にとってはそれ以上に大事な一日。
何故なら、今日は高校一年生の元旦。来年の元旦は高校二年生、ゲーム通りの展開が待ち受けていたら私は平穏な元旦を迎えられないかもしれないのだ。
呼び出しチャイムがリビングに鳴り響き、待ちわびていた隆之介がスキップしながら玄関へ向かう。
「総ちゃん! 明けましておめでとうー!」
「明けましておめでとう。隆之介、陽奈子は?支度終わってるか?」
毎年、鈴木家両親と陽奈子、隆之介はお隣さんの総一郎と一緒に近所の神社へ初詣へ行っている。
今年は父親が風邪をひいてしまい両親は留守番、鈴木家姉弟と総一郎の三人だけの初詣。
玄関に天然の栗色の髪、ダウンジャケットとジーンズがよく似合う長身の彼を見付けて、私は着物を着ているのにも構わず廊下を小走りで駆け寄った。
アップにした髪に挿している簪に付いた小さな鈴が、チリンと音を立てて揺れる。
「明けましておめでとう。総ちゃん」
「......陽奈子、明けましておめでとう」
一瞬驚いた顔をした総一郎は、赤地に扇子の柄が入った着物を着た私を上から下までじっくり眺めた。
総一郎の口から出る次の言葉にドキドキしながら、私は「似合う?」とおどけてみせる。
「へぇ、馬子にも」
「衣装って言いたいんでしょ?」
総一郎に言われなくても、自分でもそう感じていた私は横を向く。
「なに自分で言って膨れてんだよ」
「べっつに~」
「可愛いよ」とか褒めてくれる言葉を少しだけ期待していたから、なんて言ってやらない。
拗ねて横を向いていると、総一郎はやれやれと苦笑いを浮かべて私の耳元へ顔を近付けた。
「あのさ、照れ臭いから一回きりだよ?」
声のトーンを落とした総一郎の吐息が耳を擽る。
「あの陽奈子が、別人みたいに綺麗に見える。可愛い」
「えへっ。ありがとう総ちゃん。うん? あの陽奈子がっ、て?」
欲しかった言葉を貰えてみるみる間に熱を持つ両頬、と同時に余計な言葉も聞こえた気がする。
首を傾げる私の髪を飾る簪に触れてから、総一郎は隆之介と外へ出ていってしまった。
普段なら徒歩十五分程で着く神社までの道程。
大通りから神社へ向かう通りに入ると、参道は見渡す限り初詣へ向かう人達で埋めつくされていた。
「はー、毎年の事ながらすごく混んでいるね」
着物が着崩れしないかなと、一人ぼやいている私へ、総一郎は当たり前のように両手を差し出す。
「ほらっ陽奈子、隆之介、手」
「「うん」」
私と隆之介がその手を取ると、総一郎は離れないようお互いの指と指を絡めた。
参拝しようとする人の波に押しつ流されようとしながらも、二人は表参道を抜けて長い石段を登りなんとか本殿へとにたどり着いた。
本殿に入り、参拝するのも順番待ち。
それでも一年の安泰を願って人々は神に祈りを捧げるのだ。
(今年は平和に過ごせますように。破滅フラグは折れますように。総ちゃんが女装に目覚めませんように。今みたいに、総ちゃんと仲良いままでいられますように)
薄目を開けて横をチラリ見ると、私が神様に祈った相手は瞳を閉じ手を合わせてお祈りをしている。
(総ちゃんも私と同じように、ずっと幼馴染みとして仲良くしたいって思ってくれたらいいのにな。あれ?これって)
受験前か恋する乙女みたいな思考だと気づき、何となく恥ずかしくてブンブン首を振ると、隣の隆之介と目が合う。
「姉ちゃん、馬鹿みたいに頭振って何やってんだよ」
「い、いいのっ」
実の姉に対し、残念なモノを見るような目をする弟を睨んでやった。
参拝をすませて石段を下りたところで、「あっ」と隆之介が声を上げた。
「智也ー!」
「あー隆之介じゃん」
石段横のフランクフルトの屋台に並んでいた、隆之介と同じ年頃の少年が片手を振って応える。
「姉ちゃん、友達がいたからちょっと行ってくるわ」
「じゃあ、石鳥居の前で待ってるね」
友達と一緒にフランクフルトの屋台に並んだ隆之介と別れ、私もチョコバナナを買おうと屋台の方へ向かった時、どんっと背中に衝撃が当たる。
人の波を押し退け通ろうとした若者に押されたと気付いたのは、完全に体が傾いだ後だった。
(うそっ転ぶ?!)
「陽奈子っ」
間一髪、総一郎が腕を腰へ伸ばし抱き止めてくれたため、転倒こそしなかったがこの足首に鈍い痛みが走り私は小さく呻いた。
腰を抱き抱えられながら私は足元を見る。
足首を捻ってしまったのは痛いが何とか歩けそうだが、草履の鼻緒が取れてしまっていた。
焦る気持ちを堪えて総一郎に肩を貸してもらい、私は境内の隅に移動して石の上に座らせてもらう。
「大丈夫か?」
「ちょっと捻ったみたい。痛いのは我慢出来る、けど、草履が......」
私の捻った右足首と、鼻緒が取れた草履を交互に見た総一郎は顔を曇らせた。
「早く帰らないと腫れる。鼻緒は、これで何とかならないかな」
屈んだ総一郎は、ダウンジャケットのポケットから取り出したハンカチを鼻緒の通っていた草履の穴に通す。私の足をそっと持ち上げて応急処置した草履を履かせてくれた。
草履は何とかなったとして、捻った足首はじんじんと熱を持ち痛む。家まで徒歩十五分とはいはえ、歩いて帰れば悪化するだろう。
新年早々ついていない。まるで、今年一年は波乱尽くしだという天からの啓示のようで、私の気分は急下降していった。
***
「ごめんね総ちゃん、隆之介」
混雑する神社境内と参道を抜けるまでは頑張った私の足首と応急処置をした草履は、家まで残り半分まで来た所で限界となった。
歩くのは大変だからと総一郎に背負われて、草履は隆之介に持ってもらい、私は申し訳無さから二人に謝る。
「姉ちゃん、大丈夫?」
「謝らなくていい」
二人から気遣われて私の気分は更に落ち込むばかり。
こんな状態で今年一年耐えきれるのかと、私の目にうっすら涙が浮かぶ。
「着物、着てこなきゃよかったなぁ」
「そんな事言わない。俺は、陽奈子の着物姿を見られて良かったよ。それにさ」
足を止めた総一郎は、首を動かして振り向く。
「役得ってやつ?」
そう言ってニヤリと笑う。
何が役得なのか数秒考えて、私は真っ赤になって目を伏せてしまった。
背負われているため、着物の裾からはだけた私の太股は常に総一郎の腰辺りに密着しているし、胸の膨らみも彼の背中に当たっていたのだ。
「総ちゃんの、えっち」
「って」
軽く肩を小突けば、総一郎は大袈裟に痛がる。わざとらしく痛がるくせに、私の太股を抱える手に力がこもる。
(......膨れてみたけれど、落ち込んでいる私に気遣ってくれているんだよね。背負われてて恥ずかしいのに、ちょっとだけ嬉しい)
呆れ果てた顔も意地悪な顔も真剣な顔も優しい微笑みも、総一郎の癖もいっぱい知っている。
友達が一緒に行くのを嫌がる食べ歩きに付き合ってくれて、隆之介も一緒に行くのを嫌がる食べ放題にも付き合ってくれる優しい総一郎。
何時も一緒に夕飯を食べて、幼馴染み以上、もう一人の兄妹みたいな存在の彼が二年生に進級して誰かと恋愛を始めたら、傍から居なくなってしまうかもしれないなんて。想像するだけで泣けてくる。
総一郎が選んだ相手がどんな女の子でも、例え男の子でも上手くいくように応援したいと思う。でも、きっと寂しくて耐えられない。
二年生の一年間を乗り越えたら、お互いのためにも徐々に離れなければと分かっているのに。
「総ちゃんありがとう......大好きだよ」
いつの間にか、自分より逞しく広くなっていた背中に顔を埋めて私はそっと呟く。
「総ちゃんに恋人が出来るまででいいから、今年も仲良くしてね」
「なっ、ちょっ、陽奈子? 何言い出すんだよ」
上擦った声を出す総一郎の肩がビクッと揺れる。
「何、外でイチャつこうとしてんだよ。姉ちゃん、恥ずかしいし総ちゃんも困ってるからイチャイチャは家でやれよ」
半眼になった隆之介に呆れた様子で突っ込まれ、私は我に返る。
イチャイチャしている自覚が全く無かったけれど、端から見たらそうなのかと顔中を真っ赤に染めてしまった。
(おしまい)
ほのぼの、になったかな?




