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幼馴染みはBLゲームの主人公です【連載版】  作者: えっちゃん
悪役女子より普通の女子でいたいのです
14/20

08.フラグの乱立に、私のお腹は限界です

出会いイベントは続く。

 攻略対象キャラの中では、一番爽やかで性格も性嗜好もマトモな狩野理人。とは言うものの、破滅フラグをへし折るためには関わらない方が良いに決まっている。

 さっさとこの場から立ち去ることにした私は、ぎこちない笑みを浮かべて狩野君を見上げた。


「鈴木」


 神妙な顔をして、狩野君は私の顔と足元を交互に見る。


「もしかしてお前、足を痛めてないか? 俺も余所見していたし、その、ごめんな」


 転倒しかけた際、荷重がかかって右足首の痛みが再発していた。早く立ち去りたくて、普通にしていたつもりだったのに狩野君は分かってしまったようだ。


「保健の先生は......今日は出張だって言ってたな」


「あの、私は大丈夫だから。狩野君は部活へ行かなきゃ、でしょ」


「今日はもう帰るんだよ。これから身体のメンテナンスなんだ。そうだ、鈴木も一緒に接骨院へ行くぞ」


 良いことを思い付いたとばかりに、しょげていた狩野君が笑顔になる。


「えっ接骨院? お金も無いし保険証とか無いし、いいよ」


「行くのは俺ん家。正確には俺のじいちゃん家。接骨院やっているんだ。タダでやってもらえるよう頼むから、鈴木も来いよ」


 首と手を振って断っているのに、何かの強制力でもあるのか狩野君は引き下がってくれない。

 ゲームキャラとしての狩野理人は、爽やかでも頑固なところがあった気がする。この狩野君も同じ何だろうか。


「で、でもタダなんて悪いし」


「此処から歩いて行けるし、女の子を怪我させたまま責任取らないなんて、俺が罪悪感で潰れる」


 バスケット部エースだけあって、狩野君の身長は190㎝くらいの長身。その長身の身体を縮めて申し訳無さそうに俯く姿は、飼い主に叱られた大型犬に見えてしまい、一年生の頃みたく素っ気なくしようとしていた私の心は罪悪感に揺らぐ。


「うう、じゃあ、お願いしようかな」


 了承した途端、表情を輝かせた狩野君に少しだけ胸が高鳴った。

 接骨院をやっているという祖父へ電話をかける狩野君を横目に、私はヤバイと焦る。

 断るのが可哀想になってきて了承するだなんて、流されやすい少女漫画や乙女ゲームのヒロイン、男の娘総一郎のことを否定出来ないじゃないか。




 狩野君の祖父宅の接骨院へは、学校からゆっくり歩いて十五分程で着いた。

 接骨院への入り口を「ただいま」と言って入る狩野君に続いて私も中へ入る。


 学校から近かったのもそうだが、まだ部活が終わっていない時間帯で高校生に出会わなかったのは、本当に幸運だったと思う。

 男子バスケット部エースで、高身長で顔面偏差値も高く人当たりも良い爽やか少年、狩野君は男女共に人気がある。そんな彼と並んで歩いている場面を目撃されたら、翌日以降の学校生活はしんどいもなになるのは容易に想像できた。

 佐藤総一郎と幼馴染みというだけで一部女子から睨まれているのに、これ以上周りからの攻撃を受けたら私のメンタルはズタボロになる。断罪イベント前に高校生活は終了だ。


 ソファーが置かれた待合室へ入ると、作務衣姿の笑顔の初老の男性とエプロンを着けた女性に出迎えられた。


「お帰り。理人に怪我させられちゃったんだってね。こんな図体がぶつかったら痛かったよね。ごめんなさいね」


 狩野君の祖母だという優しそうな女性が私へ向かって頭を下げる。


「お金は気にしなくていいから、全く理人は女の子に何て事をもう!」


「いえ、私も不注意だったので、理人君は悪くないです」


 今にも狩野君を殴りそうな勢いの祖母に私は慌ててしまった。

 祖母の怒り様に、気まずさから俯く狩野君の肩を祖父がバンバン叩く。


「お前が彼女を、しかもこんなに可愛い子を連れてくるとはなぁ。よくやった理人」


「えっ?」

「か、彼女じゃないって」


 吃驚した狩野君と私は同時に声を上げた。

 がはがは笑う狩野君の祖父とは逆に、祖母は冷めた視線を送りながら溜め息を吐く。


「分かっとるわ。ヘタレなお前が彼氏じゃ陽奈子ちゃんが可哀想だろう。冗談だよ」


「じいちゃん何時もこんなんなんだよ。面倒臭くてごめん」


 強ばった表情から一気に脱力した狩野君が可笑しくて、私はヘラリと笑ってしまった。



 捻挫した右足首はやはり捻挫で、腫れはあるものの施術が終わると大分痛みは和らいだ。


「これでよし。湿布を貼ってしばらく大人しくしていなさい」


 固定用の包帯を巻いてもらい、私は処置台から立ち上がる。


「ありがとうございます。凄く楽になりました」


 まだ少し違和感は残るが、これなら走るのはまだ無理でも歩くにはさほど支障は無さそうだ。


「家まで送ってやりたいところだけど、この後に予約が入っていてね」


「理人、ちゃんとバス停まで送ってやるんだよ」


 ごめんね、と頭を下げる狩野君の祖父母へお礼を伝え、私は通学用リュックサックを担ごうと手を伸ばした。


「ちゃんと送ってくって」


 ぶっきらぼうに言いながら、狩野君は私のリュックサックを横から奪う。

 自分で持つと言っても、聞いてくれないのは来るときに分かったから、有り難く狩野君にリュックサックを持って貰うことにした。




「喧しいじいちゃんとばあちゃんでごめんな」


「ううん、元気で楽しいお爺ちゃんとお婆ちゃんでいいじゃない。丁寧に診てくれて有り難かったよ」


 日も暮れて、辺りはすっかり薄暗くなっていた。

 狩野君の祖父母との会話は楽しかったし、捻挫も処置してもらえ良かった。狩野君とぶつかった時は何かのフラグかもと怯えてたのが、今では嘘みたいに彼と普通に話せる。

 あまり親しくは出来ないけれど、明日から学校で擦れ違ったら挨拶と世間話くらいは出来そうだ。


 バス停まであと少し、という所で隣を歩いていた狩野君は足を止めた。


「なに? どうしたの?」


 きょとんと狩野君を見上げた時、歩道を歩く私達の横をバスが通り過ぎる。

 今のバスに乗り遅れたら、次のバスを三十分待たなければならない。

 急げば間に合うかもしれないのに、狩野君はじっと私を見下ろしたまま。


「鈴木って教室の隅で仲間同士話していても、あんまり笑ってるイメージが無かったしクラス一緒でも話したこと無かったから、こんな気安かったんだって意外に感じた。お前、笑っていた方がいいな」


 何故か、恥ずかしそうに狩野君は視線を逸らす。


「一年の頃は、近寄りがたい雰囲気があって話しかけにくかったし、避けられている気がしていたんだけど俺は」

「陽奈子!」


 狩野君の言葉を消す大声で名前を呼ばれ、私はビクッと肩を揺らす。

 走ってくる足音と聞き覚えのある声で、まさかと思いいつつバス停の方を向いた。


「えっ、総ちゃん?」


 息を切らしてバス停から走ってきたのは、胴着とリュックサックを担いだ総一郎だった。彼の後方には走り去るバスも見える。

 何で総一郎が此処にいるのだろう、という疑問が顔に出ていたのだろう。私の側まで来た総一郎は、赤信号で停まっているバスを親指で指す。


「バスに乗っていたら陽奈子の姿が見えた。だから降りて来た」


 後ろ姿が見えたからだとしても、バスから降りてくるのはどうかと思ったが、「部活終わるのを待っていて」と総一郎から送られて来たメッセージと、返信を忘れていたことを思い出した。

 捻挫しているし返信も来ないから、何かあったのかと心配させたのかもしれない。


「狩野君のお爺さんの接骨院に行って、今から帰るとこなんだよ」


「あー思い出した」


 それまで黙っていた狩野君は、私と総一郎を交互に見て能天気に言う。


「鈴木って、佐藤の幼馴染み、だっけか」


「だから何だ?」


 不機嫌な口調で睨む総一郎に、怯むことなく狩野君はニカリと笑った。


「いや、噂通りなんだなって思っただけだ」


「噂って?」


 佐藤総一郎の幼馴染み、以外の変な噂でもあるのかと不安になって訊いたのに、狩野君は首を傾げるだけで答えてくれない。

 彼の態度に解せないでいる私の二の腕を、急に総一郎は引き寄せた。


「陽奈子、帰るぞ」


「おいっ、鈴木さんは足を捻挫しているんだ。引っ張るなよ」


 眉を吊り上げた狩野君が総一郎の肩を掴む。

 睨み合う二人の間を冷ややかな風が吹き抜けていく。


(えっ!? 何これ? どうなってるの?)


 二人が睨みあっている状況に、私の脳内はクエスチョンマークで埋め尽くされる。が、何だかよく分からない状況でも、これ以上二人を一緒にしていては駄目だということは分かった。


「狩野君、大丈夫だから。その、ありがとう」


 総一郎の二の腕を掴まれたまま、私は手を伸ばして狩野君からリュックサックを受け取る。


「ああ、鈴木さん気を付けて。じゃあな」


 さっきの睨み合いが嘘だったように、狩野君はにこやかに手を振って元来た道を戻って行った。

 親切にしてもらったのに、追い払うようなさよならになってしまった。明日、もし廊下で狩野君と擦れ違ったら謝らなければ。

 振り返ると丁度角を曲がる狩野君と目が合い、私は二度手を振る。



「陽奈子」


 私の二の腕を掴んでいた総一郎の手に、ぎゅうと力がこもった。


「総ちゃん?」


「陽奈子」


 寂しそうな泣きそうな顔をして、総一郎は私の二の腕から手を放す。


「もしかして、お腹空いたの?」


 ぐーぅ

 赤信号になり、行き交う車が停止したタイミングで元気よく私のお腹が鳴った。


 数秒固まった後、ぶはっと吹き出した総一郎は片手で顔を覆って笑いを堪える。


「このタイミングで、腹鳴らすとか、陽奈子って、ぷぷっ。時間あるし、其処のコンビニに寄ってくか」


 空腹に正直な自分のお腹と、総一郎に笑われた恥ずかしさで真っ赤になる私の頭を、総一郎はぐしゃぐしゃ撫でた。



陽奈子の中では、トキメキよりもフラグへの恐怖、となっているのです。

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