06.呼び出しは、フラグだったりする?
陽奈子の妄想がちょいBLです。
「放課後、私と一緒に生徒会室へ来てくれないかしら?」
西園寺皐月に言われた台詞を脳内で数回リピートして、私はようやく言われた内容を理解した。
まさか、二年生二日目で生徒会室へ呼ばれるとは。
思い付く理由は、昨日の生徒会長とぶつかったことしか無い。大丈夫そうに見えたが、ぶつかった際生徒会長に怪我をさせてしまったのだろうか。
生徒会室で黒服ボディーガードに囲まれて「骨が折れた治療費を出せ」という脅迫を受ける羽目になったらどうしよう。
ガクブルとなった私の動揺は思いっきり顔に出ていたらしく、西園寺さんは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「呼び出しだなんて緊張するわよね。会長がどうしてもって言うから......ごめんなさい」
背筋を伸ばして頭を下げた西園寺さんを見て、彼女の取り巻き女子達の表情が一気に険しくなる。
ヤバイ、これでは私が西園寺さんに酷いことをしているみたいだ。断ったら、今日から卒業するまで女子に避けられ嫌われる、という違う意味での破滅フラグが立つ。
「さ、西園寺さんのせいじゃないし、一回生徒会室を見てみたかったからラッキーだよ」
若干、口元をひきつらせつつも私は笑みを作る。
教室に居るほぼ全員の女子から睨まれている状況では、嫌だと思っても了解するしかない。
「ありがとう鈴木さん」
西園寺さんがにっこりと笑い、教室内に生じていた緊張感が和らぐ。
申し訳なさそうにしていた表情から一変し、笑顔の彼女に私はやられたと気付く。
ゲーム内の西園寺皐月は、生徒会役員の発言力と自分の存在感を利用し、周囲の感情を上手に煽って総一郎を攻撃していたのだ。人心操作なんてしないで直球で攻撃していたのが陽奈子。悪役女子は、立場もやることも悪役令嬢には敵わない。
朝から緊張しっぱなしの私は、この日一日上の空で亜稀に心配され、廊下で擦れ違った総一郎にも、声をかけられるまで気付かず体調が悪いのかと心配された。
そして、とうとうやって来てしまった放課後。
面倒事に巻き込むわけにはいかないと、心配して残ろうとする亜稀には彼氏と先に帰ってもらい私は帰り支度を済ませる。
「じゃあ、行きましょうか」
先に支度を終わらせて、ホールのベンチに座って待っていた西園寺さんは、取り巻きの女子二人に荷物を持たせ先頭を歩く。
同級生に荷物持ちをさせている西園寺皐月と、文句一つ云わずに荷物を持つ取り巻き女子に対して、同じ高校生として突っ込むべきなんだろう。だが、取り巻きを従えた西園寺皐月の女王様な姿が様になっていて、何も突っ込めない。
彼女達と一緒に居たら、私も西園寺さんの傘下に下ったと周囲から思われそうで、内心汗をだらだら垂らしながら最後尾を歩く。
教室棟一階奥にある生徒会室は、前世の記憶にあるゲーム知識によると生徒会長ルート時のみ数回訪れる場所。
生徒会室の更に奥には、選ばれし生徒しか入れない生徒会長室があり、其処の黒いソファーで男の娘総一郎は生徒会長に好き勝手され弄ばれ、お尻を開発されてしまい快感を教え込まれるのだ。そう、生徒会長ルートのハッピーエンドは、身も心もドロドロに蕩けさせられる快楽堕ちエンド。
同性の恋愛は否定はしないし、恋愛は他人に迷惑をかけなければ自由だと思う。けれども、変態プレイを恋人に強いるのは前世今世共に彼氏いない歴=年齢の私にはキツイ。
(画面越しならまだしも、現実で男のお尻を色んなアダルトグッズで開発するかもしれない生徒会長とは、本気で関わりたくないんだよね)
色んな意味で緊張している私の気持ちなど、全く知らない西園寺さんは慣れた手つきでゆっくりと扉を引く。
「失礼します」
「し、失礼します」
取り巻き女子から荷物を受け取った西園寺さんに続き、緊張の面持ちで私は入室した。
生徒会室へ入って直ぐ目についたのは、生徒会役員や専門委員長達が会議を行っていると思われる、ロの字形に置かれた会議用長机。
会議用長机と物の配置は、前世の記憶にあるゲーム画面の生徒会室と変わらない。
入室したのはいいけど、この後どうしたらいいのかと西園寺さんへ視線を送る。私の視線に西園寺さんは困ったような顔をして、奥の生徒会長室の扉をノックした。
ガチャリ、直ぐに扉が開き、隙間から黒髪黒目ら細い切れ長な瞳、黒縁眼鏡をかけた如何にも参謀といった様の男子生徒が顔を出した。
「ああ、西園寺さんか」
西園寺さんの後ろに私の姿を認めた男子生徒は目を細める。
黒髪の男子生徒は勿論生徒会役員。それも生徒会長に次ぐ役職である生徒会副会長、黒瀬川克己。
彼は攻略対象キャラではなく、花京院凪沙ルートでのサポートキャラに近い存在。校内外で“偶然”花京院と遭遇する総一郎を牽制しつつ、時には然り気無く攻略のアドバイスをくれるキャラなのだ。
生徒会主催の生徒集会で初めて彼を見たときは、ゲームの立ち絵と変わらない容姿と知的な雰囲気と眼鏡の似合いっぷりに、少しだけときめいてしまった。生徒会行事の際、黒瀬川副会長を密かに観察するのは亜稀と二人だけ楽しみだったりする。
「鈴木さん、こちらへどうぞ」
憧れの先輩でもある黒瀬川副会長に呼ばれて拒否も出来ず、私は頭を下げて生徒会長室へ入った。
部屋へ入り、生徒会長専用執務机に肘を突いて座る花京院凪沙と目が合う。
重厚な木製の執務机に肘を突き、背後の窓からレースカーテン越しに射し込む陽光で照らされた花京院凪沙は、憂いを帯びた色気を放つ王子様。まるでスチルのような光景だった。
軽く頭を下げると、花京院はにこりと微笑む。
見詰め合いに堪えきれずに、つい視線を横に逸らして室内を見渡す。
室内には、黒光りする木製の執務机と仮眠出来そうな大きさの革製のソファー二台、壁には大型テレビが掛けられ棚にはポットや湯茶セットが置かれていた。
生徒会長室が校長室並の設備なのは、花京院家から多額の寄付金を貰っていると噂で聞いた。おそらく、この設備は花京院凪沙の好みで揃えられている。
親から多額の寄付金を貰っていても、設備まで生徒会長の好きにさせていて大丈夫かこの学校。
「凪沙、鈴木さんだ」
「失礼します。鈴木陽奈子です」
黒瀬川副会長の声で我に返った私は、慌てて花京院凪沙へ挨拶をした。
にこやかな笑みを浮かべて私を見る花京院だが、彼の茶色の目が笑っていないことに気付いて背中が寒くなる。
「突然ごめんね。其処へ座って」
ソファーへ座るよう促されてしまい私は声には出さず「うわぁ」と心の中で呻く。
ゲーム後半の濡れ場イベントで、四つん這いにさせた男の娘総一郎のお尻を花京院が腰をガツガツ打ち付けて攻め、あんあん喘がしていたスチルが脳裏に浮かび上がってきてしまったのだ。
花京院と黒瀬川の台詞で、生徒会長室に気に入った女子生徒を連れ込みソファーの上で淫らな行為をしていた、というのもあったし、このソファーにはちょっと座りたくない。
座りたくないが、座らないと怪しまれる。そうなると選択肢は一つ。何食わぬ顔で座るしかない。
部屋の清潔さから、きっと情事後のソファーの拭き掃除はバッチリしているはずだ。
覚悟を決めて私はソファーに座る。若干、青臭いような気がしたのは、材質が革だから。きっとそうだ。
強張った表情の私に花京院は楽しそうに笑い、椅子から立ち上がった。
「呼び出されたら緊張するよね。鈴木さんに落とし物を渡したかったんだ」
ソファーに座る私の前まで花京院は歩くと、手に持つカードを差し出した。
「はいこれ」
「学生証? 私、落としていたんですね。ありがとうございます」
手渡された写真付きの学生証は、確かに私の物。ジャケットの内ポケットを確認して、ようやく落としていたのに気付いた。
私がジャケットの内ポケットを探っている間、花京院凪沙は無表情でじっと見下ろしていた。
私の動きを観察している彼の瞳に、仄暗い光が宿っているのを感じ、息苦しさに身動きが取れなくっていく。
「鈴木さんって佐藤総一郎君と仲良いんだよね? 君にお願いがあるんだけど、いいかな?」
「お願い、ですか」
何故、総一郎の名前が出てくるのだろうか。私の口から少しだけ上擦った声が出た。
「そう、お願いだよ。鈴木さんからなら佐藤君は断らないだろうし」
もしかしたら、これは花京院凪沙攻略イベントへ繋がるフラグなのだろうか。やはり、ゲームの強制力からは逃れられない?
退学、一家離散の未来は避けたいのにどうしよう。
困惑する私を見下ろしたまま、花京院はくすりと笑った。
今回、総一郎は不在でした。




