98話 冒険者ギルドでの再会
ブラッサムの冒険者ギルドで懐かしい人物に再会した。
「どうもっす。こりゃ奇遇っすね、イェーガー将軍」
「お久しぶりです、ボウイ士爵」
去年、アラバモの街で会った、トラヴィス辺境伯の重臣ジュリアン・ボウイ士爵だ。
工場の視察を終えた翌日、俺はランドルフ含め商会の人間数名と共に冒険者ギルドへやって来たわけだが、偶然にも奥の会議室らしき場所から出てきたボウイと顔を合わせた。
聞けば、トラヴィス辺境伯領からブラッサム近郊に軍を派遣する可能性があるので、状況確認と連絡役を務めるために来ているのだとか。
この辺りの領主はほとんどがトラヴィスの寄子なので軋轢はそれほど無いにしても、王国でも指折りの精強な戦士たちを派遣するとは穏やかではない話だ。
「もしや原因は……」
「レッドドラゴンっすね」
「あいつか……」
レッドドラゴンが王国南部で目撃されたことは俺も知っていた。
去年、新学期が始まってから王都の冒険者ギルドに顔を出した際に、真っ先に受付に薦められたのだ。
サヴァラン砂漠でベヒーモスを倒してきたばかりで、そのような危険な討伐依頼を単独で受けるわけが無かったのだが、記憶には留め置いていた。
件のレッドドラゴンは今も監視が続けられており、討伐依頼も出ている。
中級竜が人里近くに出現した原因が、『黒閻』の連中の工作が影響した生態系の乱れによるものなのかは定かではないが、近くに脅威度の高い中級竜が存在することは事実だ。
「ランドルフさんは知っていましたか?」
「ああ。しかし、実際に周辺諸侯が、それもトラヴィス辺境伯家が動くのはもう少し先だと思っていた」
なるほど、まあトラヴィス辺境伯家だからこその迅速な対応というわけか。
俺はレッドドラゴンの討伐には積極的に関わるつもりは無い。
去年戦ったミアズマ・エンシェントドラゴンよりはマシとはいえ、中級竜はSランクの魔物としても上位に位置する危険なモンスターだ。
聖騎士である俺やヘッケラーに救援要請が来ていない以上、自分から首を突っ込む必要は無く、早々に解決すると思っていた。
愛国心溢れる無謀な新人が、運よく討伐を成し遂げてくれることを祈っていたのだが……。
「結局、愛国者は現れなかったわけですか」
「そうっすね~。まあ、そう都合よくトラブルが片付くことなんて滅多に無いわけでして。それを考えれば、うちのベヒーモスの件はおかげさまで完璧な対応だったわけっすよ」
そりゃ、そうだ。
あれほど迅速に聖騎士が二人も急行して始末したのだ。
経済的な損失も最小限に止められたことだろう。
「イェーガー将軍は当事者っすから、よくおわかりでしょうけど、王都は未曾有の大惨事のせいで未だに混乱は収まっていない状況っす。デ・ラ・セルナ殿が亡くなった影響もありますが、ヘッケラー侯爵はおろかイェーガー将軍、普段は諸刃の剣のようなあなたですら、できれば王都に置いておきたいってのが中央の連中の本音っすよ」
「聖騎士の出動要請が断られた、と?」
ランドルフの質問にボウイは苦笑いしながら頷いた。
「有り体に言えばそうっすね。どこで握り潰されたのか俺は今のところ聞いていませんが、うちの寄子の面子が潰されたことには変わりありません」
なるほど、早々に大物のトラヴィス辺境伯家が出てきたのには、そういう事情もあるのか。
クロケット準男爵は大忙しだろうな。
「今回ばっかりは、うちらも色々と犠牲を覚悟して討伐に臨むしかないと思っていましたよ。王国で最も精強な冒険者と軍を擁するトラヴィス家とはいえ、中級竜が相手ではサンドバッファロー狩りのようにはいかないっすから」
ボウイは大げさに胸を撫で下ろすような仕草で俺を歓迎した。
「いやぁ、まさかイェーガー将軍が偶然にもブラッサムにいらっしゃるとは! これで万が一の場合も安心っすね」
おい待て、やめろ。
フィリップの雑用を手伝うのが嫌で食材探しに来たら、ドラゴン狩りに巻き込まれるなんぞ……。
最早、祟りだ。
何が悲しくて、チャリを避けて戦車に轢かれなければならんのだ。
「士爵殿、私はオルグレン伯爵家の所用で、ランドルフ商会を巻き込んだお仕事の途中でして……」
「いやいや、無理っすから。上級竜を討伐した聖騎士様が、この状況で見て見ぬふりなんて、できるわけがないでしょう」
見回せばギルド職員も俺に期待の目を向けているのが確認できる。
やめてほしい。
俺は持てる者の義務として危険な任務に駆り出されるのが嫌だから、色々と立ち位置を確保するのに躍起になっていたのに……。
最早、聖騎士の肩書きだけですら、俺に厄介な柵を拵え続けるのか?
俺はランドルフの方を見るが、彼も頭を振って俺を突き放した。
「トラヴィス辺境伯家と周辺諸侯からは、事後承諾で救援要請が出るだろうな。どう頑張っても、レッドドラゴンの件が最優先事項であることは覆せないぞ」
ですよねー。
「商会のことなら心配は要らん。遅れて損失が出るような案件ではない。それよりもトラヴィス家とのパイプをより強固につなぐチャンスだ。イェーガー将軍、しっかりと頼むぞ」
気楽に言いなさる。
まったく、嫌な時期に来てしまったものだ。
冒険者ギルドの会議室に足を踏み入れたものの、嫌そうな表情を隠しもしない俺にボウイが宥めるように声を掛けてきた。
「まあまあ、イェーガー将軍。レッドドラゴンの件は今すぐ出動ってわけじゃあありません。今は冒険者ギルドから偵察が出ています。出撃は情報を精査して迎撃地点を見極めてからっすね」
「なるほど、Sランクの魔物である以上、たとえ聖騎士が居ても準備は慎重に、ですね」
「そういうことっす。兵員、魔術師、兵器、物資。備えに備えを重ねて悪いなんてことはありません。相手が相手っすから」
ボウイとギルド職員の話からすると、最新のレッドドラゴンの位置情報はブラッサムの街どころか穀倉地帯からも離れた地点だそうだ。
近隣の地理に詳しくないうえに飛行魔法と膨大な魔力を持つ俺にとっては、多少の距離は誤差に等しく実感が湧かない。
しかし、彼らの話をまとめると、偵察隊が帰還するまでには数日掛かることと、情報が集まらないとレッドドラゴンに対して行動が取れないことはわかった。
「討伐隊の編成の進捗は?」
「ぼちぼちっすね。トラヴィス領だけでやる場合よりは確実に時間が掛かりますけど、それでも諸侯のほとんどがうちの寄子なんで、順調にいけば十分間に合うっすよ」
それは僥倖。
物資、策、人手。
これらの不足で今までにどれほど大変な目に遭ってきたことか。
準備万端なのはいいことだ。
「今から七日後に偵察隊の一部が帰還します。その頃には討伐隊の編成も大筋では終えているはずっすから、情報を統合した後で細かい配置決め、そんで出撃って感じっすね。ランドルフ商会との連携も、イェーガー将軍と会頭のランドルフ氏が懇意であることを利用して、より円滑にいくように調整します。もちろん、そっちは見積もりや決済の仕事が複雑なのでクロケットの兄貴を通しますけど」
チャラそうに見えてもボウイはトラヴィス家の武官だ。
討伐隊の方はお任せで問題ないだろう。
「はぁ……結局、俺もドラゴンハントに強制参加ですか……」
「ご愁傷様っす~」
この野郎……。
そういえば、去年トラヴィス邸に泊まったときに、ボウイが俺を試すような真似をして、危うく弾丸を撃ち込むところだったことがあったな。
自作の六連発の38口径リボルバーは、メアリーとアンの親父さんの協力で、9mmの十五連発のSIG SAUER P226もどきにアップグレードした。
今からでも眉間に全弾ぶち込んでやろうか。
「おーっと、イェーガー将軍! その殺気はいけませんって」
ボウイだけでなくランドルフやギルド職員もこの場に居ることを思い出し、俺は苛立ちをどうにか頭から追いやった。
「……仕方ないですね。レッドドラゴンの件は避けては通れないみたいですし、精々ポーション類と魔法陣の用意を怠らないようにしておくしかないでしょう。それまでは、こっちも自由にやらせてもらいますよ」
「はいはい、了解っす」
「ボウイ士爵、あなたは俺よりも南部に詳しいでしょう。周辺一帯の資源の洗い直し、手伝ってください」
せめてもの当てつけにボウイを食材探しの雑用に巻き込んだ俺は、ランドルフとギルド職員を促して、付近の魔物と植物の資料を漁り始めた。
レッドドラゴンも討伐を終えたら、肉を多めに分捕ってやろう。