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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
97/232

97話 視察


 ランドルフ商会支部のある王国南部の街ブラッサムに到着した。

 道中も馬車の窓から辺りを見回せば、外には広大な花畑と穀倉地帯が広がっている。

 この辺りで最大の都市であるブラッサムも、市街地の中心以外はほとんどが農業用地だ。

 王国最大の植物資源の生産拠点は伊達ではない。

 遠くに見える森にも豊富な資源がありそうだ。

「いい香りだ」

 馬車から降りた俺はアクアフェレットの襟巻きを口元から下げた。

 この魔道具は砂漠の街アラバモで購入したものだ。

 首周りと口元を砂嵐から保護して保湿し、快適な状態に保つので、サヴァラン砂漠で活動する冒険者ならば必需品である。

 粉塵や土埃などにたいしても有効なので、俺も気に入って愛用している。

 しかし、この優雅な花の香りを嗅ぐためならば、しばらくの間は外していてもいいかもしれない。

「お前さん、南部は初めてかい?」

「ええ。もっと内陸の、東部のトラヴィス辺境伯領は去年行きましたが、王都の真南は初めてですよ」

「なるほど。一刻も早くベヒーモスの討伐をってんなら、寄り道する暇は無かったか」

 それほど緊張感のある行軍でもありませんでしたけどね。

 飯の献立を考えるのが最大の仕事だった。

「まあ、何はともあれ、ランドルフ商会の南方支部に来るのも初めだろう。顧問殿の初視察だ。しっかりと実状を見極めていってくれよ」

「ははっ、そりゃ気合も入りますね」



 商会支部で寄った俺たちは、すぐに馬車に戻りアブラナ油とオリーブオイルの工場にやって来た。

 周辺の食物や植物資源についてまとめた資料は受け取ったが、探索に出るのは冒険者ギルドにも寄ってからの方がいい。

 まずは俺の発案で始めた工場の視察からだ。

 書類には油類やマヨネーズやドレッシングの生産数と出荷状況について書かれているが、これだけ見てもよくわからんな。

 前世と違い、ネットで調べて地理の情報がすぐに手に入れられるわけではない。

 各地域における需要を理解していない以上、供給が適切かどうかなどわかるものではない。

 まあ、そこらへんはランドルフ本人や商会の人間の仕事か。

「で、どうだい、イェーガー将軍? 我が商会の誇る、最大の圧搾機を見た感想は」

 ランドルフが自慢げに見せてきた物は、どう見ても前世の食品工場のシステムだった。

 テレビの映像などで馴染みが深いベルトコンベア部分は稼働しておらず、工場の一室に収まっていたであろう大型機器を途中で断ち切ったような不自然な形状や断面は気になるが……。

「他の工場にも圧搾機はあるのだが、こいつは出てくる油の純度が高く効率もいい。同時にいくつものラインを稼働できるので、今はアブラナの種とオリーブを半々……反応が薄いな」

「いや、そんなことはありませんよ。これもアーティファクトでしょう?」

「それがわかっているのなら、もう少し感動してもよさそうなものだがね」

「まあ……大型の製造系のアーティファクトを見るのは初めてじゃありませんからね」

 運送ギルドにも醸造所のアーティファクトがあったな。

 あちらは完全に鉄屑と化しているようだが、こちらは不完全ながらも稼働している。

 見たところ、菜種やオリーブなどの原料からの圧搾と大まかな精製まで、一つの機械でこなせるようだ。

 人の手が入るのは、空樽の補充やかなりの純度まで生成された油の樽を運び出すところからだな。

 前世では、搾油工程において圧搾の後にヘキサンなどの溶剤を使用して抽出、精製工程において不純物のろ過や脱臭などをしなければならなかったはずだが、この圧搾機がどういうメカニズムで動いているのかは謎だ。

 ランドルフも圧搾機と言っていることから、中で精製が行われていることは何となく感じている程度で理解はしていないのだろう。

 今までランドルフ商会で生産されたアブラナ油やオリーブオイルは俺も口にしてきたが、決して不純物や不快な臭いのする低品質なものではなかった。

 複雑な工程を魔導技術だけで解決してしまえるのだから、異世界の技術も侮れない。

 今は土着的な技術と過去の文明の結晶を復元して手探りで試行錯誤することが関の山だが、錬金術師たちが機構の解明と改良ができる時代になれば、現代社会とは別のアプローチで高い技術力を手にするかもしれないな。

「これの動力源も高ランクモンスターの魔石ですか?」

「ああ、ケルベロスの魔石がいくつか必要だったが、トラヴィス辺境伯領から買えたね」

 ケルベロスはAランクの魔物だ。

 俺の戦歴からするとありふれたレベルに感じるうえに、トラヴィス辺境伯領でも討伐記録は山ほどある魔物だが、一般の冒険者や軍からすれば相当な強敵だ。

 この魔石の持ち主であったケルベロスも、討伐したのはサヴァラン砂漠を拠点とする冒険者の中でもトップクラスの連中のはずだ。



「ランドルフさん、あのベルトコンベア……右の部分は稼働していないみたいですが、何故です?」

「ああ、依頼した錬金術師の解析で、瓶に小分けにして詰める機械であることはわかっているのだが……どうにも使い勝手が悪くてな」

「と、言うと?」

 俺はランドルフに促されて、ベルトコンベアに近づき、周辺の機器を観察した。

 何となく、油が出てくるノズルや瓶を固定すると思わしきアタッチメントは確認できる。

「どうやら、この圧搾機が使われていた当時は、瓶も専用の物を用意していたみたいでね。うちも専属の職人と工房は確保しているのだが、どうしても酒瓶と同じものを流用した方が簡単だ。結果的に、充填は手作業になったね」

 なるほど、確かに工業製品であれば容器も専用の規格で大量生産する物だからな。

 この圧搾機自体、全ての工場に配備できる物ではない。

 ならば専用の業者を作るよりも、他の容器を製造している業者の発注を増やして流用する方が簡単だ。

 一つの生産ラインの為だけに特注の瓶を作るより、充填は他の製造所と同様に人や簡単な仕掛けを使った方が安上がりか。

 醤油の容器も昔はガラス瓶だった。

 何も不思議なことは無い。



 ブラッサムの街に近い大型の工場と、近郊の工場をいくつか回ったところで今日の視察は終了となった。

「正直、驚きました。予想以上に工業化できていますね」

 先ほどの製油機然り、他の製油所の圧搾機や製品になるまでの工程も、必要な箇所に魔道具や仕掛けを導入し、思った以上に効率のいい生産体制を築いている。

 マヨネーズの工場も同様だ。

 有名な全自動の卵割り機こそ無いが、撹拌機は魔道具なり手回しハンドルの道具なり、労働者の負担を軽減することで生産量の向上が図られている。

 正直なところ、砂糖農園の黒人奴隷のような酷い状態を想像しなかったわけではない。

 ランドルフが非人道的で非効率的な労働者の使い捨てを進んでやるとは思わないが、中世レベルの文明社会には現代からは信じられない待遇や環境があるところにはある。

 実際に、この世界にも奴隷制度は存在するのだ。

 しかし、ランドルフは俺の想像以上に近代化に適応できるセンスの持ち主のようだ。

 この調子ならば、庶民の家庭がマヨネーズを常備する日も、俺が生きているうちに訪れるかもしれない。

 ただ、労力を確保して生産するだけでなくここまでやってくれるとは想像以上だ。

「そう言ってもらえてほっとしたよ。お前さんに見限られても路頭に迷うことは無い位置にまでは来たが、これから先の儲け話に噛ませてもらえないのは惜しすぎるからな」

「ははっ、需要が見つかれば、ですけどね」

 ランドルフは肩の荷が下りたように息を漏らした。

 まあ、彼にとってもアイデアと開発の両方を担っている俺には、それなりに気を遣う相手なのだろう。

「ところで、私はアブラナ油とオリーブオイルに関しては、少々物足りなさを感じている」

「物足りないっていうと、最初の工場の充填装置ですか?」

「ああ、あれも実用化できる体制が全て整えば、生産量はさらに上がるだろう。うちの商会は富裕層向けの新しい品、それに庶民にとってのちょっとした贅沢品、という路線の商売を広く展開している。前者は常に需要が途切れることは無く、後者は今の王国で一番足りていないものだ。油やドレッシングやマヨネーズは、今の数倍生産しても決して過剰供給にはならない」

 ランドルフは一呼吸おいて続けた。

「しかし、私はこの製油部門には、さらに大きな可能性が秘められていると思っている」

 


 ランドルフは俺をじっと見つめた。

「確かにランドルフ商会の中でも大規模な事業ですからね」

「それだけではない。イェーガー将軍は、油の利用法をもっと知っているのではないか?」

 一瞬、俺の表情が強張った。

 最初に脳裏をよぎったのは、俺が転生者だということに気付いていると示唆している可能性だ。

 しかし、ランドルフは人のプライバシーに意味も無く踏み込んでくる人間ではないことを思い出し、すぐに仮説を頭から追いやった。

 俺の顔の強張りは一瞬だったはずだが、ランドルフは何かを察したように手を振った。

「すまん、忘れてくれ」

「あ、いや……」

「危険、なんだろ? 私も、お前さんが危惧するほどの破壊や殺戮の道具を売ろうとは思っていない。安心してくれ」

 どうやらランドルフの懸念はそっち方面だったようだ。

 恐らく、彼も最初はただ他の儲け話が転がっていないか気になっただけだろう。

 俺の邪推だったようだ。

 しかし、よくよく考えれば油脂を危険な兵器に利用できるのも事実だ。

 この世界でも、石鹸は前世と同じくパーム油で作られている。

 ココヤシが存在しないのか食用植物だと思われていないのかは謎だが、アブラヤシの存在は昔から認識され、利用されていたようだ。

 そうなれば、潤沢に存在するパーム油からパルミチン酸を抽出し、ナフサを確保すればナパーム弾が作れてしまう。

 俺やヘッケラーのレベルになれば、航空兵器並みの殺戮を魔術で起こせてしまうとはいえ、道具が有るのと無いのでは、被害者の数は万単位で違ってくる。

「ランドルフさん、油は当分、食資源として扱っていくつもりです。パーム油ではなくオリーブオイル石鹸なんてのもありますが、すぐにクオリティーの高いものを生産することは難しいでしょう」

「わかった。食用としてさえ需要を満たしていない状態なんだ。まずは生産量の向上に努めるさ。別の部門として立ち上げられるものを思いついたら、遠慮なく声を掛けてくれよ」

「ええ、その時はお願いします」

 そこまで話したところで、その日は解散となった。

 俺はランドルフに紹介された宿に向かい、明日の冒険者ギルド行きに備えて体を休めることにした。


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