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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
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96話 南部の街へ


「で、イェーガー将軍。お前さんは仕官早々に逃げ出し、仕事をサボってきたと」

「嫌だなぁ、ランドルフさん。俺はオルグレン伯爵家の家臣の末席として、お館様の栄誉あるパーティーに少しでも花を添えるため、パシリを買って出たわけでして……」

「本音は?」

「クソ面倒な営業回りなんか、やってられるかってんですよ! 折角、聖騎士になって身分も収入も確保したのに、何が悲しくて売り上げにすらならない愛嬌の振り撒きなんぞ……」

「おいおい、オルグレン伯爵はお冠だろう。まあ、私は最強の護衛がタダで確保できて幸運なわけだが……」

 フィリップの家を飛び出して来た俺は、ランドルフ商会本部に取って返し、南部に出張するランドルフの馬車に同乗することに成功した。

 面倒な根回しはフィリップに押し付けたものの、せめて勇者就任パーティーのために食材を持って帰ってやろうと思っているのは本当だ。

 南部はランドルフ商会のアブラナ油やオリーブオイル、ドレッシングやマヨネーズ工場がある生産拠点で、米や砂糖の生産もされている食の宝庫だ。

 王都周辺では手に入らない食材に出会える可能性も高い。

「しかし……今から食材探しで間に合うのかい?」

「大丈夫でしょう。パーティーは魔法学校が始まる二週間ほど前です。まだ二か月はあります」

 これだけあればサヴァラン砂漠まで行ってベヒーモスを討伐してきても余裕だ。

 ランドルフ商会の支部がある街はアラバモより近いので、移動の時間は去年のアラバモ行きより短くて済むだろう。

 南部の街に着いたら、まずはランドルフ商会支部で情報収集を、次に冒険者ギルドで周辺の魔物を狩って、ついでに採取だ。

 往復で二週間以上掛かっても探索する時間は十分にある。

 のんびり食料確保と行こう。



「そういえば、イェーガー将軍。装備が大分強化されたようだな」

「わかりますか?」

「ああ、武器や防具の目利きにおいて商人の中でとりわけ優れている自信は無いが、それでもただの地味なローブと実用性皆無の銀ピカ鎧でないことはわかるぞ」

「そうですね。ラファイエット先生と行きつけの武器屋の力作です」

 ミアズマ・エンシェントドラゴンの討伐の後、ラファイエットと宮廷魔術師団の優秀な錬金術師たちは、一部の素材の浄化を終えた。

 とはいえ、濃密な瘴気に侵されていた魔物の素材である。

 普通の人間なら触れることすらできない危険物だ。

 安全は確認されたとはいえ、使いたがる人間が軍にはほとんど居なかった。

 作業を手伝った俺たちや錬金術師が既に触れて何ともないにも拘わらず、エンシェントドラゴンの暴れる様を見た人間は誰も近づこうとしないのだ。

 俺もさすがに肉を食おうとは思わないが、ここまで敬遠されるとは思ってもみなかった。

 素材は宮廷魔術師たちにも分配はされたが、王国政府としては折角エンシェントドラゴンの素材で武具を作れる以上、騎士へ下賜したり冒険者たちに販売したりしたいはずだ。

 宮廷魔術師団はじめ開発部門の人間にとっても、実践投入したデータも集めたい貴重な素材である。

 まあ、その当てが外れたおかげで、俺にもかなりのエンシェントドラゴンの素材の武具を回してもらえたのだが……。

 例えば、このローブがそうだ。

 改良前から高い耐久力を持つベヒーモスの革を贅沢に使い、温度調節機能にある程度のサイズ調節もできる。

 今回の改良では、革を二重にして間にエンシェントドラゴンの鱗を敷き詰めてあるそうだ。

 それで体の動きを阻害する固さも無く、重量もそれほど増えていないのだから驚きである。

 確か、重ねるローブは内側の強度が低い面を削ったとか、ドラゴンの鱗は並べ方で撓りを悪くしないとか何とか。

 少なくとも、ローブの防御力はさらに向上したはずだ。

 肘部分はエルボーで攻撃したときに衝撃が通りやすいように処理をしてくれたらしいが、細かいメカニズムは不明だ。

 この改造を施されたエンシェントドラゴンの鱗入りベヒーモスローブは二着。

 これだけの性能にも拘わらず絶対の安全は無いことを理解し予備も用意してくれる辺り、ラファイエットには本当に頭が上がらない。



 ベヒーモスのローブの下には新装備の鎧を装備している。

 材料は新年から2年次が終わるまでの期間を通して廃坑で集めたガルヴォルンで、製作者は当然アンとメアリーの親父さんだ。

 ガルヴォルンはフィリップも左腕の籠手と小盾に使っている、衝撃を通しにくい防具に最適な魔法金属である。

 ローブを上から着られるように、そして体を動かすのに邪魔にならないように形状はハーフアーマーで注文した。

 ローブだけでも下手な鎧を着るより防御力はあるが、俺は戦う羽目になった相手が相手だけに、それだけでは防御力に不安があるのだ。

 斬撃や刺突は元よりベヒーモスローブで防ぐことができる。

 しかし、衝撃は薄く波打つローブでは防御しきれないのだ。

 エンシェントドラゴン戦では衝撃耐性が不十分でダメージを蓄積された。

 ガルヴォルンは衝撃を吸収し伝えにくい性質を持っているので、この上半身をガードするハーフアーマーがあれば心強い。

 親父さんは俺の要求に見事に答えてくれた。

 一人で着脱できるのもいいし、胸部と腹部に背面を別のパーツで構成し動きを阻害しないようにしつつも、質の悪いプレートアーマーのように隙間から刺せるような欠陥は無い。

 さらにラファイエットのような錬金術ではないらしいが、俺の身体の成長に合わせて大きさの修正も親父さんの店に持っていけばできるそうだ。

 間違いなく超一流の品だな。



 あと新兵器は、ガントレットとグリーブだ。

 ガントレットはエルボーパッドに前腕と手の甲を覆う形状で、手袋部分の指先は銃の操作をするために空いている。

 グリーブはニーパッドに、普通のブーツに被せられる脛当てと、足の甲からつま先、踵を防護する形状だ。

 以前は自作した鹿革のオープンフィンガーグローブや安物の手袋の指先を空けたもの、市販のブーツを使っていた。

 手袋は、大型武器を振るう際に掌を保護し、手の甲をある程度防護し、銃を撃つのに邪魔にならなければいい。

 靴は底が薄くない山歩きに耐えるものならば十分だった。

 基本的に消耗品だ。

 高価な品を買ったところで大した差が無い品なのだから、優先順位は低かった。

 腕甲や手甲、レガースにも興味はあったのだが、ガチャガチャ音が鳴ることや付け心地の悪さから敬遠していたのだ。

 適当に革で肘と膝を保護すれば十分だった。

 しかし、今回は珍しいことに現場からの武具の需要を、錬金術師たちの製作欲求と供給が上回っていた。

 普段なら戦士たちが喉から手が出るほど欲しがる上級竜の素材を使った武具も、今回に限っては瘴気への恐怖が強すぎて捌けない。

 結果的に普段なら安物で済ませる装備まで、エンシェントドラゴンの素材で整えてもらえたのだから幸運だった。



 このガントレットとグリーブに組み込まれた新技術は二つ。

 一つはガントレットのエルボーパッドと手の甲の部分、それにグリーブ全体を構成しているドラゴンの骨の粉末を混ぜた魔導鋼だ。

 魔導鋼の魔力伝導率と制御のしやすさは低下したが、純粋な魔導鋼より軽くて頑丈だ。

 ミスリルと比べて軽さはほぼ同等、魔力伝導率は劣り、強度は僅かに勝っている。

 俺の大剣の『真・ミスリル合金』のような完成度の高い合金ではないが、それでも実用性は高い。

 一般的な魔力剣のように火を振り撒いたりするのならばミスリルの方が使い勝手はいいはずだが、格闘で戦うときには強度を優先したいものだ。

 このドラゴンボーン鋼は手甲などにはうってつけの素材だ。

 このガントレットもグリーブもパンチ、裏拳、肘打ち、蹴り技全般とほとんどの打撃部位に対応している。

 靴底は鋼で覆っていないが、横蹴りなど足の底で放つ蹴りはダメージよりも距離を取ることを重視しているので問題ないだろう。

 そもそも靴底まで金属で覆ってしまったら歩くだけでうるさいし、硬さで足も疲れる。

 そういうところに配慮した装備を作れるあたり、さすがに我が国の錬金術師たちは優秀だ。

 因みに、ガントレットの前腕部の基礎はこのドラゴンボーン鋼だが、表面にはガルヴォルンをコーティングしてある。

 この部位ではラリアットなどプロレス技でも使わない限り打撃に用いることは無い。

 こういった技を繰り出すのは、まず間違いなく殺さずに制圧することを目的とする場面なので、殺傷力よりも防御力を優先するべきだろう。

 二つ目の新技術はオープンフィンガーグローブの部分に使われている繊維だが、これは俺の発案で前世の防刃手袋を再現した。

 ステンレス繊維の代わりに使用したのはベヒーモスの筋繊維だ。

 本来、太く固く服や弓の弦には使えない代物だが、これを贅沢に細く加工する。

 表面を削り取るなり溶かすなりするので、かなりの量の筋繊維が再利用できないゴミになってしまうが、結果的に金属繊維に近く強度の高い糸が出来たわけだ。

 これを布に編み込むことで、柔らかさは犠牲になるものの下手な刃物など通さないほど頑丈で通気性も悪くない手袋が完成した。



「いやはや、どれも凄い装備だ。鬼に金棒じゃないか。その格好のイェーガー将軍が傍に居るだけでも、襲撃者は諦めそうだな」

 ベヒーモスの筋繊維の話などは省いた簡単な説明だけだが、それでもランドルフは俺の装備の価値の高さを理解し唸った。

 ランドルフ商会は武具の類はそれほど多く扱っていないが、それでも商人としての目は俺よりも正確にこの装備の価格を見極めているに違いない。

 実際、彼の言うように、実用的な装備で固めた俺が護衛している人間を襲うチンピラはまず居ないだろう。

 しかし、いくら装備や物資を整えたところで、ここ二年ほどは立て続けに想定外の過酷な戦闘に放り込まれ、苦戦させられた記憶しか無い。

 備えを上回る危機に直面し続けた身としては、そう楽観的になれるものではない。

「だといいんですが、どうも俺は人並みでは済まない面倒に巻き込まれる体質みたいでしてね。この装備の実戦データを取る相手に困ることは無い予感がするんですよ」

「ふむ、ここ数年の事情から察すると、杞憂とは言い切れないのが辛いところだな」

「ええ、儲かるのは結構なことですが、ちょっと降りかかるリスクと面倒が大きすぎて割に合わないんじゃないかと思いますね。って、辛気臭い話はやめましょう。そういったトラブルを最小限にするために、こちらも色々用意しているのですから」

「そうだな」

 とりあえず、馬車のルートは町や村を経由する道を優先的に通って、野営は最低限の回数に、ヘッケラーとレイアから警戒用の魔法陣も貰ってきた。

 南部で何が起こるかはわからないが、これで道中の危険はかなりの確率で回避できるはずだ。


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