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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
94/232

94話 就職活動 前編

3年編始まります。


「フィリップ、頼む。俺を雇ってくれ!」

 王都郊外の砦の址を改装した運送ギルド。

 その奥に居を構えるオルグレン伯爵の許を、俺は訪れていた。

 オルグレン伯爵邸は王都の貴族街ならば侯爵か公爵でないと手に入れられないほどの立派な屋敷だ。

 そもそも、法衣貴族でありながら貴族街ではない場所に本屋敷を置くことは珍しい。

 普通の貴族なら、役職としてギルドの統括の任に就いたところで、ギルド本部には家臣や名代を置いて終わりだ。

 自分の屋敷をギルド本部と隣接する場所に作るところに、オルグレン伯爵家の合理的で武人気質な性格が表れている。

「はぁ……クラウス、参考までに聞くが、何故うちに仕官を望む?」

「御社の経営理念に共感しまして」

「……全てが嘘ではないようだが、省略したことが多すぎるな。それに、その表情は私をおちょくっているときの顔だ」

 そして、当代のオルグレン伯爵家当主は俺の魔法学校の同級生で戦友のフィリップだ。

 武人というより猪突猛進で単純な、金髪碧眼のイケメンである。

 そしてリア充、リア充である。大事なことなので二回言いました。

「今度は何か険のある目だが……また、見合いの話で不愉快なことがあったのか?」

 べ、別に悔しいわけじゃないんだからね。

 ただ、俺に近づいてくる女が本当に碌でもない奴らばかりで困る。



 エンシェントドラゴンの討伐の後、魔法学校の授業は一か月も経たないうちに再開した。

 デ・ラ・セルナ校長の葬儀などもあったが、シルヴェストルは並行して魔法学校の授業再開の準備もしていたようで、俺たちは無事に2年次のカリキュラムを予定通り修了したわけだ。

 しかし、全てが元通りで俺たちも普通の学生に戻る、というわけにはいかなかった。

 フィリップは学校には復帰したものの、勇者の肩書の影響は大きい。

 実状としては、フィリップの魔力は身体への定着率が高く身体強化に特化しているため、戦場で特に脅威となる一対多の制圧力は聖騎士とは比較にならないほど低い。

 特に、俺のような歴代の聖騎士の中でもべらぼうに多い魔力と現代兵器の知識を持つ人間とは比べるだけ可哀想なものだが……勇者とは、王国最大の戦力である聖騎士よりも希少で前例の無い称号なのだ。

 周辺各国への通知に関しても色々と面倒が多かったらしい。

 まあ、ライアーモーア王国の聖騎士は他国にとっても目の上のタンコブであり「聖騎士を超える称号を持つ人間を輩出したからよろしく」と言われても、「はいそうですか」とは言えないだろう。

 ただのプロパガンダだとして無視するだけならマシだ。

 下手をすれば、暗殺者が大挙して押し寄せる可能性もある。

 フィリップが生きている間は偽物扱いで、死ねば首級として奪い合いか……。

 醜いものだ。

 さらに、国内からの反発も必至だろう。

 フィリップに嫉妬する暇な貴族の子弟などいくらでも居る。

 そんなわけで、フィリップもごく普通の学生として過ごすのは困難になってしまったわけだ。

 一般の学生とは隔絶した剣の腕を持っていたことで、元からそこそこ浮いた存在であったのだが……。

 2年次が終了した以上、基礎学科の勉強は終わったので、後は研究などを好きなだけして卒業すればいい。

 そんなわけで、フィリップも今年からは魔法学校に顔を出すことは、ほとんど無くなるそうだ。

 毎日出席しなければならない時期を過ぎたことは、本当にタイミングが良かったようだ。

 しかし、フィリップの学業に一区切りついたということは、当然ながら俺にも暇ができたと見られるわけで、腹黒令嬢を押し出して擦り寄ってくる連中の数は劇的に増えてしまった。

「クラウス、見合いの話が鬱陶しいのは貴公だけではないぞ。私の方にも掌を返したように上級貴族の令嬢が側室でもいいからと押し寄せているのだ」

 それは確かに災難だと思う。

 恐らく、伯爵の中でも抜きん出たフィリップの武勇とリカルド王の覚えのめでたさ、それに次男以降へ継がせられる子爵位も与えられていることが大きな要因だろう。

 だがしかし、この男は罪深いことに婚約者が三人もいるのだ。

 いや、いずれ貴族の血筋から娶るであろう正妻も入れれば四人か。

 幼いころから冒険者として活動してきてソロでBランクまで上り詰めた――エンシェントドラゴンの討伐の功績で現在はSランク――ハーフエルフの腕利きの魔術師レイア。

 俺が大剣含め大半の武器を買った武器屋の娘メアリー。

 それに商人の娘で斥候技術に優れた猫獣人のファビオラだ。

 いずれも魔法学校の学生で俺たちの同級生である。

 既に目ぼしい美少女をゲットして、他の側室を薦められるのが鬱陶しいだと?

 俺に寄ってくる奴らは相も変わらず、いや、前より酷い連中しか寄ってこない気がする。

 この前、王城で会った女は最悪だ。

 ゴテゴテの宝石で彩られた下品なアクセサリーを体中に付け、「伯爵位をお望みなら我が家が後ろ盾について陛下に具申して差し上げましょう」と来なさった。

 俺はフロンティアの開拓団長兼国境沿いの砦の司令官になるのはご免だ。

 爵位と婚姻で俺に柵を拵えれば、王国が俺という強力な戦力を確実に配下に置いているというアピールになる。

 俺としても爆弾扱いされることが減るだろう。

 それだけならば、お互いの折り合いのために受け入れてもいいかと思ったのだが、ここで問題になるのが役職だ。

 授爵すれば間違いなく過酷な土地の開拓と防衛を任せられる。

 リカルド王としても俺を最前線で使えるに越したことは無く、俺を警戒する貴族連中もできるだけ自分たちがのほほんと暮らす王都からは遠い場所に俺を送りたいわけだ。

 もし、俺に開拓や経営も楽勝のチートがあれば、黙っていても優秀な人材が周りに集まるカリスマがあれば、引き受けてもよかったのかもしれない。

 しかし、残念ながら俺には単体での戦闘力と有り余る魔力しか無いのだ。

 現代人故にイメージによる制御に秀でているといっても、魔術は決して万能ではない。

 トラヴィス辺境伯のような真似が、俺にできるとは到底思えない。

 だから、俺は三人目の辺境伯になれるなどという甘言も跳ね除けてきたのだ。

 そういった事情を理解できない連中ばかり俺の周りに集まるわけで、迷惑極まりないのである。

 賢い女性は俺なんかよりもっと安全で安定した男を選ぶというわけかね。

 その割には、今後も危険な目に遭いそうなフィリップに美少女が集まっているようだが……。



「まあ、俺がモテない話は終わらせてもらうとして……」

「そんな話だったか……? まあいい、深くは聞くまい」

 俺はフィリップを無視して続けた。

「今、俺の身分は非常に面倒なことになりつつある。エンシェントドラゴンの討伐の第一功はフィリップだが、俺の功績や報酬も虫が群がるには十分なものだ。俺の今後の身の振り方に関しても色々と話に尾ひれが付いている。辺境伯に叙爵云々もその類だ。実際、俺がエンシェントドラゴンと大剣で打ち合っていた場面を見た人間が多いのも要因の一つだろう」

「うむ、貴公が貴族家の当主であったのならば、純粋な尊敬か嫉妬で済む話だがな」

「そう、話が大きくなり過ぎたんだ。ランドルフ商会の顧問というだけでは誤魔化しが利かない。正式に伯爵……いや、辺境伯に叙されるのも時間の問題だと思っている奴らも居る。そうやって俺と王国や陛下との関係を掻き回す奴、どうにかして俺から掠め取ろうって奴が多すぎる」

 エンシェントドラゴンの討伐報酬はフィリップより少ないとはいえ、白金貨で百枚は貰った。

 十億円だ。

 ベヒーモスの報酬と合わせれば三十億を超える。

 他にも俺がまとめた商談の利益からランドルフ商会の顧問料としてかなりの額が毎月支払われている。

 聖騎士の王国軍の将軍としての俸給も加わって、俺の財産は現金だけでも下手な貴族より多いわけだ。

 そうなるとアプローチは必然的に増えるわけで、直接俺に害を成そうってわけでもないから、簡単に排除はできないのだ。

「そして、一部には爵位を持っていないというだけで、クラウス殿に指図できると思う輩も居るわけですな」

 フィリップの横に控えていた家宰のエドガーがまとめた。

 自分より遥かに年上の人間に様付けされるのは慣れなかったので俺の呼び方を変えてもらった結果、クラウス殿で定着したわけだが、これから彼と同僚になるかもしれないことを思うと、ちょうどよかったのかもしれない。

 エドガーは元Sランク冒険者で剣聖の異名を持つほどの男だ。

 彼にも今の俺と似たような経験があったのだろう。

 というよりも、彼が仕官したのは先代のオルグレン伯爵のはずだ。

 てことは、俺と非常に似通った立場だったということになる。

「さすが、エドガーさん。よくわかってらっしゃる。俺が貴族になっても、今のままでも、面倒事は消えない。一番マシな対策がオルグレン伯爵の庇護を受けることなんですよ」



「はぁ……クラウス、それは無理な相談というものだ」

「そりゃまた、何故に?」

「貴公は庇護などと簡単に言うがな、聖騎士である貴公を従わせることなど、本来は王家でも難しいのだぞ。聖騎士の宣誓書を見たであろう。『国に尽くせ』だの『王国の剣となれ』だの書いていないのは、敵対されるとどうしようもないからだ。一貴族家には荷が重すぎる」

「そうなのか……?」

 そこまで言われて、俺はフィリップの胃に申し訳ないと思った。

 猪突猛進、唯我独尊のフィリップにとって他人の妬みや陰口など何の意味もなさないもののように思えたが、さすがに聖騎士である俺を召し抱えるのは、胃酸のラッシュに晒されるほどの大事のようだ。

 王家への配慮と言われればどうしようもない以上、俺は一瞬諦めようとした。

 しかし、意外な人物から援護が入った。

「お館様、それほど深く考える必要は無いのである。吾輩、受け入れてもいいと思うのであるな」

「ロドス爺、どういうことだ?」

 運送ギルドのギルドマスターのロドスだ。

 ギルドの実質的な運営を司る、オルグレン伯爵家の重臣である。

「お館様は千年ぶりに誕生した勇者である。これだけでも、はっきり言って王国一の武官系の大貴族であるトラヴィス辺境伯家を凌ぐ看板なのであるな。イェーガー殿を配下に置ける者は、お館様以外に居ないのである」

「ふぅむ……」

「それに、オルグレン伯爵家は我々のようなはみ出し者のドワーフを大勢召し抱える度量と、ギルドを発展させるだけの手腕を持っているのである。イェーガー将軍を御し切れるのか、などと陰でほざく輩が居ても、我々の信を得た実績がある故に、正面切っては言えないのであるな。であろう、エドガー」

「ロドスの言う通り、お館様がクラウス殿の身柄を引き受けるのに、文句を言える者はおりませんな」



「ロドスさんもエドガーさんも、よくわかってらっしゃる! さあ、オルグレン伯爵様。わたくしめに仕事を!」

 俺は大仰な身振りでフィリップにアピールした。

「ふぅむ、しかしな……」

 まだ押しが足りないのか?

 いや、待てよ……。

 俺は前世で就活を経験しているにも拘らず、大事なことを忘れていた。

 自分の長所と入社したら何ができるかのアピールをしていないじゃないか。

「失礼ながら、社長。私が御社に入った場合、どのような利益を齎せるかお話してもよろしいでしょうか?」

「今度はどうした? まったく……」

 フィリップはため息をついているが、気にせず続けよう。

「私は、幼少期は魔術を主に使用して狩りや戦いをしていましたので、雷の他に火水風土の属性についても人並み以上の知識と技量を持っていると自負しております。特に効率よく命を刈り取る魔術をいくつも修めております。軍勢を崩壊させたり大勢を一度に始末したりする術の研究も怠ってはおりません」

「いかにもだな……」

「銃などのオリジナルの魔道具の作成と運用方法も含めて、敵を効率よく殺害したり、魔術師に特効的な攻撃や軍勢を恐慌状態に陥れたりする方法にも通じています。他にも自然科学の知識もありますので、あらゆる戦術を実施できるものであります」

「……オルグレン伯爵家は今のところ戦争をする予定は無いぞ」

 おっと、これは話を変えた方がいい兆候だな。

「もちろん戦争だけではございません。ときに、社長。私は毒物の知識もありまして……」

 俺は魔法の袋から厳重に密封した瓶を次々に取り出した。

 どれもイェーガー士爵領に居た頃に森で採取したものだ。

「こちらはトリカブトという植物から採取した毒でアコニチン、通称ブシと呼ばれる毒でございます。経口摂取でも毒矢にしても効果のある物でして、生薬となる塊根もお持ちしましたのでお確かめを。こちらはツボクラリン、経口摂取しても問題の無い狩猟に最適な毒でございます。あと、このキノコはツキヨタケ。ヒラタケに似ていますので暗殺に最適です。それに、フグという魚から採取した毒、テトロドトキシン。トウゴマの種子から採取した油から分離したリシンです。時間さえいただければカエルから採取した矢毒や自然界で最も強力と言われるボツリヌス毒素もお持ちいたしまっせ」

 俺が暗殺依頼など受けたことがあるはずもなく、今まで死蔵していたものだ。

 リシンなど土魔術での“抽出”に時間が掛かった割に、何の役にも立たなかった。

 何せ狩りや魔物との戦いでは魔術を使った方が早い。

 ならば何故作ったのかって?

 某連邦の情報局が暗殺に使った毒だぞ。

 ロマンがあるじゃないの。

 これから人間を始末する機会があるのなら、これらの毒物は有用だ。多分……。

 何せ、この世界では認識されていない毒が多い。

 何より恐ろしいのは、毒の作用機序がわかっていないと解毒魔術の効きが著しく悪いということである。

 俺やヘッケラーなら魔力量に任せて増幅した解毒魔術で強引に毒素を破壊できるが、普通の出力では解毒は簡単なことではない。

 特に、筋弛緩系の毒は神経節接合部の中でも効く場所が違う。

 そもそも骨格筋の収縮のメカニズムというものが簡単に言えば、神経線維のシナプス小胞からのアセチルコリン遊離、シナプス間隙のアセチルコリンの濃度上昇、シナプス後膜のニコチン性アセチルコリン受容体による認識、そして活動電位が発生してからの筋小胞体からのカルシウム遊離で筋収縮がおきる、という手順だ。

 例えばテトロドトキシンは一番初めの神経線維におけるナトリウム透過を抑制し、シナプス小胞からのアセチルコリン遊離を阻止するという機序だ。

 ボツリヌスはシナプス小胞からのアセチルコリン遊離の抑制という意味では同じだが、そもそもの最初の活動電位を抑制するテトロドトキシンと違い、次の段階であるカルシウムの流入を抑制して小胞からのアセチルコリン遊離自体を阻害する物質である。

 ここを理解しておかないと、解毒魔術はただ毒素をぶっ壊すという曖昧なイメージで発動するしかない。

 実際に、生け捕りにしたゴブリンで試したところ、作用機序を認識するのとしないのでは同じ魔力の量でも効果が違った。

 アセチルコリン受容体を阻害するという意味ではツボクラリンとスキサメトニウムは同じだが、この二つの物質には明確な違いがある。

 ツボクラリンはアセチルコリンの競合阻害物質で、スキサメトニウムはアセチルコリン受容体の持続的脱分極を起こす薬だ。

 要は、ツボクラリンの解毒にはネオスチグミンなどのコリンエステラーゼ阻害薬(アセチルコリンを分解するコリンエステラーゼを阻害するのでアセチルコリン濃度は上がる)の投与が有効だが、スキサメトニウムは受容体そのものをブロックするのでアセチルコリン濃度を上げても意味が無いのでコリンエステラーゼ阻害薬では解毒できないのだ。

 しかもスキサメトニウム自体がコリンエステラーゼによって分解されるので、コリンエステラーゼ阻害薬は作用を増強してしまうというおまけつきである。

 恐らくここら辺の作用機序の認識の有無も、解毒魔術の効果には深く関わってくるはずだ。


中二病の大好物、その名もDO・KU・YA・KU。

この設定が活かせる日が来るのだろうか......。

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