93話 謁見
「面を上げよ」
フィリップを先頭に謁見の間に入場した俺たちは、玉座の前で片膝をついた体勢から、リカルド王の言葉で顔を上げた。
「この度は、王都を未曾有の危機から救ってくれたこと、深く感謝する」
「勿体なきお言葉」
今回はフィリップがメインなので彼が代表して返答する。
公式な謁見は爵位の継承以来だと言っていたが、さすがは上級貴族。
様になっている。
「エンシェントドラゴン、それも邪法により強化された強敵を打ち倒し王国を守ってくれるとは……。その方らの武勇と王国への忠誠に、余は感激しているぞ」
くさい芝居だが、こういうポーズが必要なのだ。
俺たちは王国の危機を見過ごせず、一丸となって危機に立ち向かい、デ・ラ・セルナの尊い犠牲のうえに、聖騎士と勇者とその他大勢の戦士たちの尽力のもと、強大な敵を倒した。
宮廷貴族?
さて、何のことでしょう?
「聞けばオルグレン伯爵。そなたがエンシェントドラゴンに止めを刺したそうだな」
「はい」
「それに、闇の波動を跳ね除けることで魔力が聖属性に覚醒し、聖剣も手に入れたと?」
「はい」
リカルド王は満面の笑みで言葉を続けた。
「ならばそなたは名実ともに勇者だ。我が王国に繁栄を齎した古の勇者の再来である。オルグレン伯爵、我が臣下から勇者が輩出されたこと嬉しく思うぞ」
「はっ、より一層王国の繁栄に努め、剣を振るう所存でございます」
勇者の認定は意外とあっさりしたものだったな。
まあ、聖騎士の任命なんかと違って前例が無い以上は仕方ないな。
「さて、早速そなたたちへの報酬の話に入りたいのだが、今回の件は色々と損失が多い。騎士団に宮廷魔術師団、冒険者など多くの民が犠牲になった。それに……デ・ラ・セルナを失った」
「確かに、惜しい人物を亡くしました。しかし、彼が居なければ被害は王国全体……いえ、大陸中に広がっていてもおかしくなかった。デ・ラ・セルナ校長は我々を守り戦死したのです」
ヘッケラーが沈痛な表情で言った。
大陸全土に云々はともかく、デ・ラ・セルナのおかげで被害が抑えられたのは事実だ。
先日始末した連中以外にもデ・ラ・セルナの件でケチを付けたい奴らは居るだろうが、リカルド王とヘッケラーの二人が認めている話に異を唱えることなどできない。
「うむ、それにエンシェントドラゴンの素材も王国が主導で買い取ろうと思うのだが、聞けば瘴気に侵されていて、使えるまでにするには時間が掛かると言う。通常なら白金貨千枚は下らないところだが、少々値が下がるやもしれぬとのことだ。許せよ」
白金貨は一枚で金貨百枚、一千万円相当だ。
上級竜は普通なら百億円単位か。
凄まじいな。
「とはいえ、そなたたちの働きに報いないわけにはいかん。討伐報酬として余の懐からも出そう」
「ありがとうございます」
実は、戦士たちの遺族への見舞金は、今回潰したチキン侯爵たちから没収した財産から出るらしい。
まあ、デヴォンシャー公爵が居るのに、王国の財政が著しいダメージを負うなんてことにはならないか。
その後は、フィリップに新たに子爵位が授けられることが説明された。
既に伯爵位を持つフィリップが貰っても役に立たないのではと思ったが、これは地方の領地貴族が自分より下の爵位の任命権を貰うのと同じだ。
要は、伯爵位は嫡男にしか継がせられないが、次男に子爵位を与えることができるということである。
フィリップの場合は貴族出身の正妻をいずれ娶るとして、そちらとの子どもに伯爵位を、レイアとの子どもに子爵位を、って感じだな。
「さて、エンシェントドラゴンに止めを刺したオルグレン伯爵は文句なしの第一功であるが、次に貢献したのは……イェーガー将軍、そなただな」
来た。
「そなたの雷鳴は王城にも届いていたぞ。騎士団があわや壊滅というところで割って入りエンシェントドラゴンと互角以上に切り結んだとも聞いた。それに、あの巨大な尻尾や前脚を切り落としたのもイェーガー将軍だそうだな」
「はい」
「うむ、素晴らしい働きであった」
その後もリカルド王は俺の戦功を褒めちぎった。
普通に考えれば名誉以外の何物でもないが、俺にはリカルド王の魂胆が透けて見える。
ここで調子に乗って何でも受け入れてしまったら、本当に第二のトラヴィス辺境伯として未開地の開発に送られてしまう。
確かに、成功すればデカい利権で、王国屈指の地位と財産を手に入れられるだろうが、それを成すために必要な労力も考えてもみてほしい。
俺が爺になるまで働き詰めでも間に合わない。
「ときに、イェーガー将軍。つい最近、法衣侯爵家が一つ断絶してな。救い難い男であったので、改易で済ませるわけにはいかないのだが、王国としては彼の家と財産を有益に使ってやりたいとも思っておる」
チキン侯爵か。
白々しい話だ。
「イェーガー将軍、ここは侯爵と同等の辺境伯家を一つ立ててしまうのも悪くないとは思わんか?」
第一功のフィリップを陞爵して侯爵にせず、俺を押し込む材料に使ってきたか。
相変わらず侯爵ではなく辺境伯と言うところに、リカルド王の意図ははっきりしている。
「失礼ながら、辺境伯を務めるのは容易なことではないでしょう」
「然り。それこそサヴァラン砂漠近郊を治めるトラヴィス辺境伯が認めるほどの人材は限られてくるのう」
マズい。
俺はトラヴィスが認めるどころか、救援に行ったレベルだった。
彼が頼るほど人物といえば、ここには既に侯爵位を持つヘッケラーを除いて俺しか居ない。
だが、リカルド王は「認めるほどの人物」と言った。
「フィリップ……オルグレン伯爵ですね」
「ん? 私はトラヴィス辺境伯と会ったことは……。いや、幼い頃に会ったか……?」
フィリップは唖然としているが、俺は強引に矛先を逸らした。
「陛下、オルグレン伯爵はトラヴィス辺境伯と会う機会はあまり無かったようですが、勇者で剣聖を超える剣士で運送ギルドの総括役です。それほどの人物であれば、トラヴィス辺境伯も喜んで推薦するでしょう。その不幸な侯爵の意志を継ぐ栄誉はオルグレン伯爵にこそ相応しいかと」
よし、フィリップに押し付けたぞ。
しかし、俺がしてやったりとほくそ笑んだのも束の間、リカルド王は少々困惑した表情になった。
「うむ、まあ、戦功のことを思えばオルグレン伯爵を陞爵するのも吝かではないのだが……」
「いえ、私は今の爵位と立場に満足しております。陛下のお心遣いには感謝しております」
フィリップは毅然とした態度で言い切ってしまった。
もしや……先代の云々と関係があったのか?
少々ミスったな。
「うむ、第一功のオルグレン伯爵に第二功のイェーガー将軍もそう申すのであれば仕方ない。取り潰したチキン侯爵家の財は、先の戦いの犠牲者や民の役に立つように取り計らう。よいな?」
「はっ」
「御意」
一瞬微妙な空気になってしまった謁見だが、あの後は順調に進み、俺たち四人は勲章を授与された。
「竜骨勲章、ね」
ヘッケラーは昔エルダードラゴンの討伐で貰っているので二個目らしい。
ドラゴンの討伐ともなれば必然的に聖騎士の案件となるが、この竜骨勲章は討伐隊の中でも多大な貢献をした者には送られるそうで、聖騎士勲章よりは出た数は多いのだとか。
「エドガーも持っているぞ」
フィリップが教えてくれた。
なるほど、オルグレン伯爵家の家宰である剣聖エドガーはドラゴンスレイヤーでもあるのか。
まあ、昔話はまた今度お茶でも飲みながら聞けばいいだろう。
「さて、帰るとするか」
ヘッケラーや閣僚はこれから大変だろうが、俺の仕事は終わりだ。
王都の復興に宮廷貴族たちの後始末にデ・ラ・セルナの件に……。
この世界の人間の平均に比べれば、俺もデスクワークでは遥かに優秀だろうが、進んで面倒事を引き受けるつもりは無い。
魔法学校もシルヴェストルが処理しているとはいえ、しばらくは休みになるだろうし、俺もゆっくりと休養しよう。
ランドルフ商会にも今すぐに顔を出す必要は無い。
コルボーの屋台で買い食いをして、ミゲールの店でお茶をして……。
剣の素振りだけでは鈍るので、たまには狩りに行くか。
獲物は自分で食べたり魔法の袋に保管したりするほかにも、ワイバーン亭におすそ分けすればいい。
新米冒険者や若者にとって、安くて飯が美味いワイバーン亭は無くてはならない存在だ。
そういった店を支援しているのは、大抵は武官系の貴族だが、俺も聖騎士になってからは、高ランク冒険者として、準貴族としてサポートはしている。
直接的な融資や寄付などはしていないが、肉などを多めに渡しているのだ。
何はともあれ、しばらくは休暇を満喫できると思った。
しかし、そうは問屋が卸さないのも俺の運命なわけで……。
「イェーガー君、オルグレン君、ようやく謁見が終わったアルね」
俺とフィリップの肩を掴んだのは、いつになく目が血走ったラファイエットだった。
「イェーガー君、エンシェントドラゴンの素材の一部の浄化が完了したアルね。ついては君のローブの改良をしようと思っているアルよ」
「あ、そいつはありがたい。では、ローブを置いたら俺は失礼して……」
しかし、ラファイエットは俺の肩を放さず、さらに力を込めた。
大した握力は無いはずなのに、何故か振り払えない気迫を感じる。
「鱗を剥がすのは君の馬鹿力でやった方が早いアルね。ついでに細かくデータも取りたいアルから、今日からしばらく君も泊まり込みアルよ」
俺の顔色がブルーレイ。
「いやいや、いくらある程度の浄化ができたからって、素人の俺が触ったら危険……」
「聖水で洗えばいいアルよ」
何だ、その火傷しても冷やせばいいみたいな理論は!?
「ラファイエット先生、私は関係ないのでは……」
「オルグレン君、君の覚醒魔力と聖剣のさらなる調査も並行してやらせるアルね。さっさと来るアルね」
「は、はぁ……」
そして、ラファイエットは次にレイアに視線を向けた。
「え? あたしは何も関係……」
「レイア君、君は私の助手アルね」
「は、はい!」
有無を言わせぬラファイエットの勢いにレイアも呑み込まれてしまった。
「さあ、研究所に行くアルね。ああ、ヘッケラー侯爵。宮廷魔術師を何人か……何十人か借りているアルね。事後承諾だけど許してほしいアルね」
「今、人手を減らされると苦しいのですが……」
ヘッケラーが処置なしといった具合にため息をついた。
「さあ、三人とも研究所に行くアルよ」
俺の休日が先延ばしになった瞬間だった。
学園編2年は以上となります。
次回からは3年編ですが、基礎学科を修了したクラウスたちを取り巻く環境の変化、『黒閻』との戦いの結末や如何に。
乞うご期待!