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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編2年
90/232

90話 エンシェントドラゴン戦5


「レイア!!」

 瘴気の槍がレイアを捉える寸前、急接近する気配があった。

 声を聞くまでもない。

 魔力で誰だかすぐにわかる。

「っ! フィリップ、何故!?」

「ボサっとするな!」

 左手の腕甲の小盾を翳したフィリップが、レイアと槍の間に割り込んだ。

「うぐぁっ!」

 瘴気の槍はフィリップのガルヴォルンの防具を貫きはしなかったものの、小盾に衝突すると同時に炸裂し、フィリップに炎のような靄状の瘴気が降り注いだ。

 フィリップは左手に指先から肩までガルヴォルンの防具を装備しておりロイヤル・ワイバーンのレザーアーマーを着ているが、顔や首元など防御していない部位では纏わりつく瘴気を防ぐことができない。

「フィリップ! 今、浄化を……っ!」

 すぐにレイアがフィリップを治療しようとするが、急接近する影を視界の隅に捉えて表情を凍りつかせる。

「ゴォォァァアアアァァァァァ!!」

 二人のすぐ近くまでエンシェントドラゴンの頭が迫っていたのだ。

 顎は大きく開かれ、魔法金属の鎧すら貫くと言われる牙が目の前にあった。

「くそっ! どけぇ!」

「――“浄化の炎ピュリフィケーションフレイム”」

 俺とヘッケラーもエンシェントドラゴンを攻撃し、どうにか阻止しようと試みるも、分厚い瘴気の触手と障壁の層を突破することは叶わない。

「あ……」

 レイアの唖然とした声が俺の耳に届くが、エンシェントドラゴンの巨体と瘴気の靄でその姿を視認することはできない。

 俺とヘッケラーに成す術は無く、とにかく瘴気を斬り払い続けるしかなかった。

 直後、巨大な顎が噛み合わされ、硬質な剣戟のような音が響き渡る。

 同時に、先ほどまでレイアとフィリップの居た位置で巨大な魔力が爆発したように撒き散らされた。

「くそっ! ブレスか!?」

 辺りの浮遊魔力が巨大な魔力反応で掻き乱され、状況が把握できない。

 万に一つのフィリップとレイアが一命を取り留めている可能性を信じて、俺は少しでも前進しようと瘴気の壁を魔力剣で吹き飛ばした。

「ギョァァアアアァァァァァ!!!!」

 次の瞬間、急激に視界が晴れた。

 そして俺の目に飛び込んできたのは、夥しい量の血の雨だった。



 エンシェントドラゴンの口から吹き出す赤黒い血を浴び、不快な臭いに顔を顰めながら、俺は未だに消えない巨大な魔力反応の元に目を凝らした。

 ブレスは不発だった。

 フィリップたちを噛み砕こうとした巨大な顎の中で何が起こったのかはわからないが、地上の街が焼き払われていない以上、ブレスは放たれていないようだ。

 そして、ドラゴンブレスに勝るとも劣らない高密度の魔力反応を醸し出すものは……。

「フィリップ、無事か!?」

「あ、ああ……」

 目の前には五体満足のフィリップが居た。

 彼が腕に抱えたレイアにも先ほど腕に瘴気の槍を食らった以外の傷は無い。

 ミアズマ・エンシェントドラゴンの瘴気と噛み付きにブレスのトリプルコンボを食らったとは到底思えない。

 しかし、フィリップがあの絶望的な状況下で生き延びたことは事実だ。

「フィリップ、一体何が?」

「いや、私も無我夢中で……」

 俺はフィリップと口から鮮血を吹き出すエンシェントドラゴンを見比べ、頭の中を整理しようと試みた。

「とりあえず、さっきの血はフィリップがあいつの牙をへし折ったってことだな?」

「いかにも。しかし、私のアダマンタイトの剣とはいえ、上級竜の牙を一撃とは……。苦し紛れの足掻きだったのだが……」

 俺は片方の牙を失くしたエンシェントドラゴンを一瞥してフィリップに視線を戻した。

「あいつの牙はどこにも落ちていないが、それは……」

「それが……このレイピアに吸い込まれたというか溶け込んだというか……」

「あたしも見たわ。でも……アダマンタイトの武器にドラゴンの牙が融合するなんて……どういうこと……?」

 レイアの証言を聞いて、俺はフィリップの持つレイピアに視線を移した。

 確かに、今までとは別物のようだ。

 アダマンタイトは硬度に優れる代わりに魔力の通りが悪いので、魔剣や魔道具に使用されることは無い。

 普段なら、俺も何も感じないはずだが、今のフィリップのレイピアからは強い魔力を感じる。

 しかし、感じる魔力の質に関していえば、最も大きく変わったのはフィリップ自身だ。

 先ほどドラゴンブレスが不発だったにも拘わらず、高密度の魔力反応を発し続けるのは、フィリップ自身だった。

 フィリップの魔力の変質に関しては、俺にもわかることがある。

 何せ自分が同じような現象を経験したのも、つい最近なのだから。

「フィリップ、君の魔力だが……」

「覚醒していますね」



 俺の言葉を継いだのはヘッケラーだった。

 彼もフィリップの身体魔力が一つの属性を帯びていることにすぐに気付いた。

「ヘッケラー殿、しかし……」

「確かに、フィリップ君には覚醒の兆候はありませんでしたね。ですが、今重要なのはそこではありません。君は覚醒を果たし、魔力が暴走するような気配も無く御し切れている。そして彼奴に効果が高い属性であるということです」

 ヘッケラーはエンシェントドラゴンを見据えて声を弾ませた。

 先ほど、レイアを助けようと乱入したときのフィリップの魔力は前と同じだった。

 変わったのは、瘴気の槍を受け、エンシェントドラゴンの牙から逃れた後だ。

 そして覚醒するにしても属性がまた珍しい。

「聖属性か……」

 自分では使えなくとも、レイアやヘッケラーが使うのを見ているので、俺にも聖属性の魔力反応は検知できる。

 フィリップは全身に見事なまでの聖属性の魔力を纏っていた。

 先ほどのドラゴンの牙を叩き折ったことからも、あの瘴気に侵されたドラゴンに対して有効な攻撃となり得ることがわかる。

「聖属性の覚醒魔力は私も見たことがありませんね。『看破の宝珠』による適正魔力の診断が完璧ではないとはいえ……っ!」

「グルァァァァァ!!!!」

 ヘッケラーが思案に耽ろうとした瞬間、腹に響くドラゴンの咆哮が空気を揺らした。

 牙をへし折られて相当ご立腹のようだ。

「フィリップ、そいつはコントロールできているんだな」

「もちろん、と言いたいところだが、正直わからん。だが強化魔法の勝手が違うという点に関しては心配要らない。すぐに適応して見せよう」

 フィリップの自信に満ちた表情に俺は頷き返し、大剣を構えた。

 強化された上級竜――ミアズマ・エンシェントドラゴンは、俺とヘッケラーの火力にレイアのサポートを以てしても削り切れなかった。

 徐々に押していたものの、俺は吹き飛ばされてズタボロになり、ヘッケラーはギリギリの戦いを強いられレイアも負傷した。

 しかし、ここに俺たちに並ぶ戦力が降り立った。

 聖属性の覚醒魔力を持ち、俺以上の剣技を修めた男だ。

 この四人ならば、ミアズマ・エンシェントドラゴンを葬り去ることができる。

「行くぞ」

 俺とフィリップが散開してエンシェントドラゴンに迫ると同時に、ヘッケラーとレイアも魔力を練り上げ攻勢に移った。



「おおぉぉぉ!」

 俺は大剣に収束した雷の魔力を斬撃に乗せて一気に斬り払った。

 眼前の瘴気を広範囲に散らし、続けざまに貫通力に優れた“プラズマランス”を無詠唱で連射する。

「しっ!」

 瘴気の層が回復する前に、防御が薄くなった場所を、俺に追従して接近していたフィリップがレイピアで突いた。

 フィリップのレイピアには青白い聖属性の魔力が高密度に収束し、瘴気と接触すると爆発したような閃光が瘴気の層を貫く。

 剣閃はエンシェントドラゴンの身体まで到達した。

 今のフィリップの剣は、俺の魔力剣のように離れた場所から魔力の刃を飛ばしたりはしないものの、魔力が貫通力や衝撃に転化され、レイピアの刃渡りでは届かない場所まで敵の身体を抉るようだ。

 微量の身体魔力で腕力を強化できる戦士や強化魔法の使い手ならば、大型の魔物に刃渡り以上の深い傷を負わせる衝撃力を伴った攻撃をできる者も居る。

 しかし、フィリップの刺突に伴って放たれる剣閃は、最早ただの衝撃波や真空波とは別物だ。

 全長八十メートルのドラゴンの胴体を深々と貫く剣閃の火力は、生半可な魔術を軽く凌駕する。

「ギョォォオアアアァァァァァ!!!!」

 エンシェントドラゴンがフィリップの聖属性の刺突に体の内側から焼かれ怯んだ隙に、俺も別の方向から襲撃した。

 急降下して瘴気の触手と翼の影に潜り込み、奇跡的に無事だった建造物の屋根を蹴って飛び上がる。

 そのまま勢いを乗せ、魔力を込めた大剣を横薙ぎに振るった。

「でぇりゃぁぁぁ!」

 寸分違わず狙った箇所で炸裂した雷の魔力はエンシェントドラゴンの右前脚を吹き飛ばし、狂暴な爪の付いた足先が千切れ飛んで宙を舞った。

「ゲェェァァァャャァァオオォォォォォ!!!!」

 醜い悲鳴を聞き流し、上昇する勢いのままエンシェントドラゴンの頭上に躍り出た俺は、今度は上から大剣を振り下ろす。

「くっ」

 しかし、そう簡単に頭をかち割らしてはくれない。

 瘴気の霧が俺の眼前で一気に濃度を増し、奥から憎悪に満ちたエンシェントドラゴンの赤い瞳と目が合った。

 エンシェントドラゴンはそのまま俺に肉薄し残った牙で噛み付こうとするが……。

「甘ぇんだよ」

 俺はあっさりと押し切るのを諦め、大きく後退した。

 そして俺が離脱すると同時に、フィリップが目の前を一瞬で通り過ぎる。

 フィリップは走り抜けざまに瘴気の渦を切り払った。

 闇属性に特効的な聖属性の攻撃を受け、俺たちの前の瘴気の層はほとんど霧散してしまう。

「“プラズマランス”」

 フルパワーで放った高出力の貫通力が高い魔術がエンシェントドラゴンの眉間で炸裂し、巨大な角を根元から焼き切った。



「仕留めるぞ!」

「うむ!」

「ええ」

「行くわよ!」

 俺とフィリップが再び散開してエンシェントドラゴンに迫る。

 満身創痍で意識も朦朧としているはずだが、さすがは上級竜の亜種。

 残った左前脚と瘴気の触手で俺たちの猛攻を凌ぐ。

 しかし、残った魔力を全て注ぎこむとばかりにフルスイングで剣閃を放つ俺に、とうとう本体への刃の到達を許した。

 瘴気の層は全て霧散し、爪に纏える魔力の反応も微弱だ。

「ッラァ!」

 それでも膂力は健在である。

 俺の斬撃を左前脚で受け止めた。

「ガルァァァァァ!!!!」

「ぐぅ」

 俺の大剣を弾き爪で打ち下ろす打撃が、ベヒーモスのローブ越しに俺の左肩に伝わった。

 エンシェントドラゴンはそのまま俺に止めを刺そうと、もう一度爪を振り上げた。

 どうやらフィリップよりも、右前脚を切り落としたり角を奪った俺を警戒しているようだ。

 しかし、今回の本命は俺じゃない。

「残念だったな」

 俺は魔法障壁を展開したうえで大剣を翳し、完全に防御を優先する体勢を取った。

 振り下ろされたエンシェントドラゴンの爪が、俺の紫電を帯びた魔法障壁を砕き、僅かに勢いの削がれた一撃を俺は大剣で防御する。

 先ほどの負傷もあって左腕は治療しないとまともに使えないが、俺は構うことなく大剣を左手だけで支えた。

 同時に右手で腰のオリハルコンのサーベルを抜き放ち、エンシェントドラゴンの前脚の爪の下に突き立てる。

 そのまま柄のハンドガードも利用して、サーベルを捻った。

「グリャァァォォォ!!」

 巨体からすれば小さな傷とはいえ、爪の下の肉をぐちゃぐちゃにされれば、さぞかし痛いだろう。

「フィリップ!」

「任せろ!」

 俺がサーベルと大剣で前脚の爪を抑えているので、エンシェントドラゴンにはフィリップを迎撃する術は無かった。

「――“聖域(サンクチュアリ)”、――“浄化の炎ピュリフィケーションフレイム”」

「同時展開――“落雷(サンダーボルト)”、――“聖槍セイクリッドジャベリン”、――“聖矢(セイクリッドアロー)”、――“聖枷(ホーリーバインド)”、――“聖盾セイクリッドドシールド”」

 ヘッケラーの広範囲に聖属性の魔力を振り注がせる上級魔術とレイアの防御魔術の支援を受け、フィリップの体を覆う聖属性の強化魔法は輝きを増し、流星のようにエンシェントドラゴンに正面から突っ込んだ。

「覚悟!」

 フィリップのレイピアがエンシェントドラゴンの喉元に到達すると同時に、王都の空を眩い閃光が包んだ。

 視界が一瞬奪われるも、すぐに俺の目には刺突の残心の姿勢を取るフィリップの姿が入ってきた。

 レイピアから伸びた聖属性の魔力が収束した刃は、寸分違わずエンシェントドラゴンの喉を貫通し、延髄まで貫き完全な致命傷を与えている。

「ゴァ……」

 苦悶の声を漏らしエンシェントドラゴンは僅かに身じろぎをするが、飛び上がることは叶わない。

 残った前脚と尻尾はピクピクと痙攣している。

 やがて瞳孔が開き始め、口から血が零れ落ちた。

「ガフッ……」

 フィリップがレイピアを引くと同時にエンシェントドラゴンの目から光が失われた。

 巨大な魔力反応は徐々に霧散し、ついには生命を感じられないまでに微弱なものになる。

 俺は戦闘態勢こそ解かないものの、フィリップに倣って大剣とサーベルを引いた。

 支えを失くしたエンシェントドラゴンの骸は、ゆっくりと眼下の王都に落下を始め、やがて轟音と土埃を上げて横たわった。


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