9話 優雅な馬車の旅からの王都到着
王都への一週間の旅路も残すところ半分程度。
今俺が乗っている馬車は人族のものとは比べ物にならないほど快適だ。
晴れの門出に父アルベルトが王都の運送ギルドに頼んでくれたのだ。
地球でいえばハイヤーのようなものか。
御者のパウルというドワーフの男がいうには、もともと炭鉱を根城にしていた種族が運送業に手を出すうちに、より性能のいい馬車を開発していったそうだ。
サスペンションもそうだし、何よりタイヤにゴムが装備されている。
すでに開発されているとは思わなかった。
このパウルという男、おっさんのような髭を蓄えてはいるが、落ち着きの無さや声などから察するに中学生くらいに見える。
印象に反してもう数百歳なのか、髭の見た目に反して子どもなのか判断はできないな。
だが俺は快適な乗り心地に舟をこぎながらも、嫌な予感の匂いに辟易していた。
前世、RPGなどをプレイするときは最初のステージから次に進む前に、必ずフィールドをくまなく探索し慎重に制圧範囲を広げていくやり方だった。
経験値稼ぎにはかなり時間を割いたはずだが、いかんせん王都までの移動が前世の感覚からすると不用心すぎる。
しかしせっかくアルベルトが用意してくれた馬車を断るわけにはいかない。
「はぁ……」
危機管理に穴ばかり探していると自然とため息が漏れる。
最初に疑ったのは御者パウルだ。
強盗目的のチンピラ御者なんてテンプレだからな。
いかにも小心者で襲撃の際には客を置いて一目散に逃げだしそうなやつだと思っていたが、槍をそこそこ扱えるらしい。
それに篭絡は完璧だろう。
夜の見張りは必ず俺が引き受けている。
ついでにリスや野鳥なんかがいたら、パウルの分も俺が捕まえてくるわけで、保存食ではなく新鮮な肉が毎晩食卓に上がるのだ。
それに、故郷にいるとき自作した酒も提供している。
待遇はどう考えても悪くない。
これで裏切ろうものなら跡形もなく燃やしてやるところだ。
酒は正直なところ機嫌取りのためだけではない。
ドワーフは酒好きだが酔いが醒めるのも早いので二日酔いになることはめったにない。
やる気のない夜警をさせるよりさっさと寝かせて、自分は日中に馬車の中で寝た方が安全だと判断した。
それに、毒見というかモニターというか、売ったり送ったりする前に品質を確かめておくという目的もある。
とにかく、ドワーフの酒に関する舌は確かだ。
実際、自分でも失敗作の予感がしていた小麦から作ったエールもどきのような酒は不評だった。
俺も前世では確かビールが好きではなかったな。
完成度が低いのも、その嗜好を引きずっていたからかもしれない。
とにかく、雇い主という立場で毒見をさせられるのは一石二鳥というわけだ。
だが、このまま無事に王都に着く可能性は低いと第六感が告げている。
この世界に生まれ落ちてから、前世のような甘い計画とルート選択に横やりを入れられなかったことはない。
今は死亡フラグを全力で回避することに専念しよう。
「パウル君、この辺は盗賊とかいないのかい?」
「盗賊ですか? 王宮騎士団が本格的な排斥に乗り出してからは、ほとんどが王都の南に逃げちまったって話ですぜ。おまけに散り散りになった残党が潜んでそうな場所も避けてまさぁ。まずお目にかかれないでしょうな」
この世界でも最近、暴対法がキツくなったのか……。
「何です旦那? 討伐にでも行こうってんで?」
「いや、この馬車が襲われないか心配だっただけだ」
「(おい……パチこきやがって!)」
「だ、だだ、旦那……」
パウルが裏返った声で助けを求める。
「ひゃはは、有り金をぜんぶ置いていってくださらないでしょ~か~?」
語尾は丁寧だが、助手席に這い上がりパウルに錆びた剣を突きつけている男は見るからに品がない。
こいつをただのハイカーだと思う奴がいたらお目にかかりたいものだ。
左の草むらから弓を向けている敵は2人。
「(よし、行くか)」
馬車の内部から助手席の辺りに向けて刀を突き刺す。
木材を貫いた際の軽い反発の感触に続き、人体に刺さったことを柄に確かめると同時に、左手の人差し指と中指に収束させていた“水刃”を弓使いたちに放った。
「(ヒュッ)」
「(ゴハッ)」
すでに無詠唱でもこの程度の魔術なら威力を落とさず放つ自信がある。
視界の隅で血を吹き出すアーチャー二人を確認した。
続けて俺は“アクティブソナー”を放つ。
風魔術の“探査”を改良したものだ。
本来なら「コオォォォン」という音が響くが、外では最初に刺殺した男の断末魔にかき消されたことだろう。
魔術師がいたら即座に防壁を張るだろうが、残った三人の盗賊に自分たちの置かれた状況が分かるはずもない。
「死ねぇ!」
自信過剰な一人が跳躍し上から剣を突き立てようとしているのがわかる。
屋根まであと数メートルに迫ったところで“岩槍”で体を串刺しにしてやる。
ようやく二人の生き残りは踵を返し逃げようとするが、ここで逃がすほどお人よしではない。
先ほど形成された巨大な岩槍の根元をパンチでぶち破り顔を出す。
振り返った瞬間には二人は俺の“風刃”で切り刻まれていた。
「片付いたか」
「だだだだ、だ旦那。ぜ、ぜぜ全部倒したんですか?」
咄嗟のことでずいぶんとオーバーキルしちまった。
この“岩槍”と“風刃”は明らかに魔力の無駄だ。
人を殺したのは初めてのわりに俺は冷静だった。
既に高揚感は収まっているが吐き気もなければ、罪悪感や恐怖感もない。
前世でもひったくりや強盗は返り討ちで射殺、撲殺されて当然だという価値観を持っていたおかげかもしれない。
「だ、旦那? どうしたんです?」
「いや……こいつらをどうしようかと思ってね」
「普通は死体がアンデッドにならないように燃やして、討伐の証拠に装備の一部を騎士団に届けますね」
「残りはネコババか」
「このご時世に売れないものなんてないんですぜ、へへへ」
逞しいことだ。
「……君にやるよ」
「いいんですか?」
「ああ。馬車を穴だらけにした詫びだ」
残念ながら低品質の武具を有効利用する方法は知らない。
せいぜいパイプ爆弾のパイプの材料くらいだ。
それにこういうものを下手にため込むと碌なことにならない気がする。
「では早いとこ片づけて出発しよう。処理は専門家に任せるに限る」
「へい」
土魔術を詠唱し始めたトレントの腕が飛び、頭が粉砕される。
俺は刀を振り抜き足を後ろに蹴り出した態勢のまま着地し、ゆっくりと刀を納めた。
「やけに魔物が多いな」
「そ、そうですね、くっ……」
振り返るとパウルは槍を振り回しオーガとゴブリンの集団に苦戦していた。
一瞬でゴブリンの集団の背後に移動し、ローキックの一撃で2、3体を始末する。
ゴブリンメイジが慌てて“火弾”を放つが難なく躱し、顔につま先をめり込ませながら着地(着顔)してそのまま踏みにじった。
ようやくこちらに向き直ったオーガに対して中指を立てて挑発する。
「グォァァ」
オーガは湯気が立ちそうなほど顔を真っ赤にして、棍棒を振り回しながらこちらに突っ込んできた。
「あ、意味わかった……のかな?」
勢いよく振り下ろされる棍棒をかいくぐり、オーガの鼻に容赦のないストレートをたたき込む。
「お前はもう死んでいる、なぁーんつって」
「……ぜぇ、はぁ、旦那……よく、そんな、よゆっゲホ……」
ふとオーガを見ると、かすかに息があった。
「ちっ。仕留め損なったか、――」
「ああ!」
“風刃”でオーガの首を刎ね、とどめを刺すと同時にパウルが素っ頓狂な声を上げた。
「っ! 新手か?」
辺りに魔物の気配はない。
「ち、違います! 何でこんなに魔物が多いのかわかったんですよぅ」
「何だって?」
「旦那、最初の盗賊に襲われてからその風の魔術、何回使いました?」
「すでに5回ほど魔物に襲われて最低1回ずつ……6回は使ってるな。っ! まさか血のにおいを?」
「ええ、そうです。近くでぶっ放されてわかったんですが旦那の“ウィンドカッター”はとても強力で半分竜巻みたいなもんです。魔物の死骸は処理したとはいえ、すでに血の匂いはぶわっと……」
「(早く言えよ~)」
とんだ間抜けだ。
次に現れた魔物は“風刃”を使わずに殲滅した。
パウルの予想通りそれ以上の襲撃はなかった。
意外と使えるじゃん。パウル君。
風魔術の精度をもっと向上させないとな
「旦那、明日の夕方には王都に着けるはずです」
パウルが焚火で焼いた野鳥の肉を咀嚼しながら告げる。
その表情は安堵とも取れるがどこか寂しそうだ。
酒のせいと思うことにした。
「そうか。世話になったな」
「へへ、まだ着いちゃいませんぜ。それに世話になったのは俺のほうでさぁ」
「ふむ、ではそういうことにしておこう。魔物の素材の分け前でもそれなりの臨時収入になるだろうからな」
「へへ、ごっつぁんです」
ライアーモーア王国王都『サント・アルカディア』。
古めかしい、しかし堅牢な造りの城壁に囲まれた街だ。
活気も人口密度もイェーガー領とは桁違いだが、前世の通勤電車を知る自分にとっては呆けるほどのものではない。
「旦那、都会に来るのは初めてじゃないんで?」
「初めてさ。……さて、とりあえず宿を探さないとな」
「あ、それでしたら門番の衛兵たちに聞いてください。初めて来た街では入り口で聞くのが一番ですよ」
「そうか。ありがとう」
パウルと別れ列に並ぶ。
「来訪の目的は何だ?」
衛兵はちょっとばかし威圧的な態度だ。
この魔物の毛皮のベストのせいか?
「王都魔法学校の試験を受けに。とりあえず高くない宿の場所を知りたいんですが……」
「そうか。魔法学校の受験生や冒険者がよく泊まるのはワイバーン亭という商店街沿いの宿だ。門を入ってすぐ左、騎士団の警備隊詰所前に街の地図があるから見ていくといい」
「ありがとうございます」
言われた通り地図を確認しワイバーン亭と魔法学校、冒険者ギルドの場所を調べる。
イェーガー領でもエルフや獣人の混血はいたがこの王都はまさに亜人種のサラダボウルだ。
肉の串焼きを売る鳥人やジュースを売る魚人の屋台が立ち並ぶ。
雑踏を抜けワイバーン亭にたどり着いた。
武骨なつくりだが堅牢でかなりの部屋数を有することがわかる。
分厚い扉を開けて中に足を踏み入れた。
「いらっしゃい。食事ですか? 宿泊ですか?」
派手なイヤリングをした獣人のおばちゃんが顔を出す。
この宿の女将さんだろう。
いかにも守銭奴っぽい雰囲気……。
「とりあえず3日食事付きで」
「はいよ。じゃあ白銅貨1枚と銅貨8枚だね。料金システムはこの紙を見ておくれ。」
1泊朝晩の食事とお湯付きで銅貨6枚、洗濯は銅貨1枚だそうだ。
風呂食事付きで1泊600円。
ワオ、前世では考えられない安さだ。
「3日ってことはあんたも魔法学校の受験生かい」
「ええ」
「……試験日までに服を新調するようにお勧めするよ」
「服?」
「ああ。どうせ入学試験で落とされる奴はほとんどいないんだ。しかし、もうちょいまともな服を見繕った方がいい。冒険者としてならその山賊みたいなのでも問題ないだろうが、仮にも自分を売り込みに行くんだからね」
「ではそうします。ところで入試で落とされる奴がいないとは?」
「何だい、そんなことも知らないのかい? 魔法学校の入試ってのは要は特待生の選考さね。入学を拒否するなんてよほど悪名高い奴でなきゃありゃしないよ。まあ、おかげでうちの客の入りは試験日の後すぐに落ちてしまうんだけどね」
「(建前だけの入試ってわけか)」
それを聞いて少し安心した。
鍵を受け取り部屋のある階へと上っていく。
部屋の備品は安っぽいが手入れが行き届いていた。
鏡はひび割れ、机は傷だらけ、ベッドは固くあまり寝心地はよくないがシーツは洗いたてで床にも目立った汚れはない。
3日間の拠点としては十分だろう。