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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編2年
89/232

89話 エンシェントドラゴン戦4.5


「メアリー! ファビオラ! 無事か!?」

「フィリップ!」

「フィリップさん!」

 魔法学校の学生は講堂に集められていた。

 『黒閻』の首領イシュマエルの隷獣が出現する話は、既に学生たちの間にも流れている。

 魔法学校の学生の中には冒険者として登録している者も多く、今回の討伐作戦に志願した学生も少なからず居たが、この講堂に避難させられているのは非戦闘員や戦闘に参加しなかった者たちだ。

 騎士団も宮廷魔術師団も、この騒ぎの原因を討伐部隊以外の者にわざわざ伝えたりはしていない。

 しかし王都の中心部で大規模な召喚魔法のような魔力が渦巻いている以上、噂が流れるのは時間の問題だ。

 末端からの情報漏洩も避けられない。

「オルグレン伯爵! 外はどうなっていますか?」

「何故、王都のど真ん中でこのような……」

「商店街の方は無事でしたか?」

「ミスター・オルグレン。よく来てくれた。君もここの防衛に参加してくれるのだろう?」

 外の様子が気になりフィリップを問い詰める者が出るのは仕方のないことだろう。

 いきなり戒厳令でも発令されたかのように講堂に押し込められ、外では戦闘が始まろうとしているのだ。

 学生であるフィリップに戦力として頼ろうとする教師もマシな方だ。

 しかし、どこにでも救いようのない馬鹿というものは居る。

「オルグレン伯爵、この事態はデ・ラ・セルナ校長が引き起こしたと聞いたが?」

「そうだ。それにお前とイェーガーが王都の外で何やら嗅ぎまわっていると」

「デ・ラ・セルナ校長と共謀して何やら良からぬことを企んでいるのでは?」

「どう責任を取ってくれる!?」

 ハイゼンベルグ伯爵一門の件で駆逐された馬鹿は全体から見ればごく少数だ。

 この緊急時においても人の足を引っ張ることしか考えられない輩も残っている。

 親からプライドと嫌味だけ引き継いだ彼らは、フィリップに突っかかり始めた。

 これにはメアリーとファビオラも黙ってはいない。

「あなたがた、今がどのような状況かわかっているんですの!?」

「こいつらが、やれ校長を呼んで説明させろだの家臣を呼べだの騒いで警備隊に当たり散らすせいで、状況を聞きそびれたのです」

「貴様……醜い獣人風情が!」

「黙れ!!」

 取るに足らない貴族の子弟の罵倒如き、ファビオラは軽く受け流すつもりだったが、フィリップの予想外の怒号に身を縮めた。

 フィリップの殺気を直接浴びた学生は、先ほどの勢いはどこへやら、すっかり怯えて生まれたての小鹿のように足を震わせている。

「貴様が自らの愚行で勝手に死ぬのは構わん。だが、他の人間を巻き込んで危険に晒すようならば話は別だ。ちょうどいい。私の婚約者を侮辱した罪も、死を以って償え……」

 刺すような視線から明確な殺意を放つフィリップには、講堂に居た教師たちも手出しできなかった。

「ひっ……」

 そのまま一歩踏み出したフィリップはレイピアの柄に手を掛けるが……。

「フィリップさん!」

 レイピアを抜こうとしていたフィリップの腕はファビオラに掴まれていた。

 殺気の余波で手の震えが止まらないにもかかわらず、激情に駆られるフィリップを諌める彼女の目には隠しきれぬ不安が浮かんでいる。

 ファビオラも、フィリップがクラウスとともに前線に向かわなかったことが、彼の不機嫌と関連があることには感づいているのだ。

「…………」

「フィリップさん、馬鹿の相手は後なのです。シルヴェストル教頭と合流しておいた方がいいと思うのです」

「……そうだな、お前の言う通りだ」

 剣を離れた手でファビオラの手を愛でるように包みながら、フィリップは頷いた。

「諸君、我々はシルヴェストル教頭と話さなければならぬが、こちらにも警備隊は続々と配備されている。一か所にまとまっていた方が、彼らにとっても守りやすい。くれぐれも、そこの愚か者のように妨害はしないようにな」

 フィリップは呆然と固まる学生や教師たちを尻目に、メアリーとファビオラを引き連れて講堂を後にした。



「そう、そんなことがあったんですの……」

 周囲に人の気配が無いことを確認したフィリップは、教員棟に移動がてらメアリーとファビオラに事の経緯を話した。

 デ・ラ・セルナの暗殺に関しては二人とも驚愕の表情を見せたが、フィリップが討伐部隊に参加しなかったことを聞くと安堵の息を隠しきれなかった。

 特にメアリーは心労の元が一気に片付いたかのような雰囲気だが、それも仕方のないことだ。

「レイアさんとクラウスさんは心配ですが、上級竜が相手では、ワタクシたちではどうにもならないのです」

「わかっている。しかし、それを言うなら、聖騎士であるクラウスはともかく、レイアが戦うのも無謀な話であろう」

 レイアも戦闘力や魔力量でいえば、宮廷魔術師団でもトップクラスになる。

 それでも上級竜を相手にするのであれば、生きて帰れる保証は無い。

 まだフィリップたちは知る由も無いが、今回のようにエンシェントドラゴンがさらに強化されているようでは絶望的だ。

「私にも……何かできることが……」

 沈痛なフィリップの表情に二人は掛ける言葉も見つからない。

 婚約者にしてみれば、フィリップが危険な前線に赴かなくてもいいのは喜ばしいことだが、クラウスとレイアに何もできないのが辛いという気持ちは痛いほどわかるのだ。

「と、とにかく、シルヴェストル教頭のところに行きましょう。わたくしたちにもできることがあるかもしれませんわ」

「……うむ」

 メアリーの取り繕うような言葉に生返事をして、フィリップは歩を進めた。



 教員棟の会議室にはシルヴェストルの他に、講堂で学生の引率を担当する者以外の魔法学校の教員がほとんど集まっていた。

 他にも警備隊の指揮官が数名居たが、フィリップと面識のある者も多かった。

「オルグレン君、話は聞いています。そちらのお二人も大筋は理解していると見てよろしいですか?」

 シルヴェストルの言葉にメアリーとファビオラは頷いた。

 先ほどフィリップから説明を受けたばかりだ。

 シルヴェストルはもう一度“探査”の魔術で付近に耳が無いか念入りに確認し、口を開いた。

「エンシェントドラゴンに関して、不用意に街の噂に介入するのは危険なため、討伐部隊の末端からの漏洩を放置、手を出さないことにしています。強力な魔物が召喚されることは市井の人々の間でも予想はついているでしょうが、公式に発表するのとでは信憑性が違います」

「外から攻められるのならまだしも、王都の中心に出現するとわかっていては、民衆は……いや、貴族も我先に逃げ出し、火事場泥棒で巷は溢れかえるということだな」

 シルヴェストルはフィリップに頷く。

「その通りです。防衛戦ならば王都内部に戦力を集中しているので、敢えて情報を犯罪者にも伝わるように流しますが、今回は下手に情報を流すと露呈しかけている治安維持能力の欠如が裏付けされ犯罪を助長します」

「ただ唯一、意図的に拡散した情報は聖騎士が二人出動したということですな」

 警備隊の指揮官の補足にファビオラが疑問を呈した。

「それでは事態は思ったよりも深刻で戦力が出払っていると悟られるのです?」

「逆ですわ、ファビオラ。デ・ラ・セルナ校長の死は口止め……は無理にしても、そう簡単に信じられることではありませんもの。確かな情報は、聖騎士の出撃で軍部の動きが活発だということだけですわ」

「その通りです、メアリー君。布石は打ちました。後は、秩序の回復までの治安維持を現場単位で割り振るだけです。つきましては……」

 突如、シルヴェストルの声を遮るように轟音が響いた。

 頑強な教員棟の壁が軋むほどの振動を伴った落雷の音に続き、遠くからは断続的な爆発音が響き地面を揺らす。

「今のは……クラウスか」

 ミアズマ・エンシェントドラゴンが出現し、クラウスの最上級雷魔術“雷の裁き(ジャッジメント)”が炸裂した瞬間だった。



「始まりましたね」

 窓の外の目が眩むような閃光を戦々恐々として見ている指揮官を尻目に、シルヴェストルやフィリップたちは冷静なものだ。

 シルヴェストルはデ・ラ・セルナで、フィリップたちはクラウスで、天災にも等しい魔術を見慣れている。

「さて、魔法学校の警備は先ほど決めた通り学生を収容した講堂と、一般人を臨時で受け入れる訓練場に人員を割り振ってください。采配に関してはお任せします。指揮官殿のやりやすいように」

「了解しました。ありがとうございます、シルヴェストル殿」

 そうして次々と魔法学校周辺の警備に関して概要が決められたところで、フィリップたちに水が向けられた。

「君たちはどうなさいますか? 特にオルグレン君は、我々とどちらが守っているのかわからないくらいの腕なので、できれば講堂の学生たちの警護をしてほしいのですが……」

 シルヴェストルの意見は至極真っ当だ。

 フィリップの後ろに隠れようとする教師や突っかかる馬鹿貴族の子弟はともかく、シルヴェストルのように腕が立つ人間の判断ならば信頼度も増すというもの。

 しかし、フィリップの表情は優れないものだった。

 ここで自分は黙って隠れていていいのだろうか?

 本音を言えば、クラウスの力になりたいし、レイアだけ危険な場所に赴くのは断固反対だ。

 それはただのエゴだと嘲笑する自己嫌悪、足手纏い扱いされても行かなければ後悔するという誘惑なのか危機察知なのかわからない心の声。

 葛藤は決してフィリップの背中を押してはくれなかった。

「…………」

「フィリップさん……」

 ファビオラも掛ける言葉が浮かばない。

 しかし、痛いような緊張感の中、一石を投じたのはメアリーだった。

「ねぇ、フィリップ。もし、できたらなのだけど……わたくしの実家の方を見てきてくださらない?」



 フィリップは驚愕の表情でメアリーを見た。

 彼女はフィリップが危険に近づくことを一番嫌っていたはずだ。

「メアリー……お前……」

「そ、そうですわ。商店街は元Aランク冒険者のワイバーン亭の大将が居ますけど、わたくしも実家が心配なのですわ。うちの顧客の冒険者の皆さんも気にはかけてくださるでしょうけど、やはり心配ですの。この混乱に乗じて、妹の魔剣を盗もうとする輩が居るかもしれませんし」

 取って付けたような理由だが、メアリーの最大限の気遣いと譲歩だった。

「そ、それは大変なのです~。さあさあ、フィリップさん。すぐにメアリーさんの実家を見てきてくださいなのです。フィリップさんならできるのです。フィリップさんにしかできないのです」

「お前たち……」

 フィリップは落ち着きを取り戻すとシルヴェストルに向き直った。

「仕方ないですね、オルグレン君。うちの学生が不用意に出歩くのは歓迎できませんが、君の腕なら大丈夫でしょう。商店街の偵察は頼みますよ」

「ありがとうございます。しばらく二人のことはよろしくお願いします」

 フィリップはシルヴェストルに礼を言うと、装備を確認し出口へ向かった。

「フィリップ……」

「フィリップさん……」

 そして婚約者に向き直り宣言する。

「必ず、レイアは連れて帰る」



 遠目に見える黒い霧を纏ったエンシェントドラゴンに、フィリップは僅かに違和感を覚えるが、戦況は悪くないと見てそのまま中心街に向かって飛び続けた。

 上空ではちょうどクラウスがエンシェントドラゴンと切り結び、瘴気の層を大剣で切り裂き、振るわれる前脚の爪と打ち合い、徐々に押しているところだった。

「上級竜と互角以上に打ち合うか……。クラウス、貴公は本当に最強の聖騎士なのだな」

 一瞬、かつてメアリーに言われた、そんなにクラウスと張り合いたいのか、というセリフが頭をよぎるが、すぐに思考から振り払った。

 剣技ではクラウスに負けていない。

 生存力ではクラウスに引けを取らない。

 しかし、大型の魔物に対して有効な攻撃手段を持っているわけではないフィリップを参戦させることは、リスクとリターンの問題で割に合わなかった。

「(レイアを守りたい、か……。結局、私もクラウスの力に嫉妬しているだけなのか……?)」

 ネガティブな思考に沈み始めたところで、フィリップはメアリーの実家のすぐ近くまで到達したことに気付いた。

 そのまま無造作に接近しようとしたものの、フィリップの鼻が鉄錆の匂いを捉えたことで足を止めた。

「(血!?)」

 フィリップは顔色を変え、レイピアの柄に手を添える。

 上空ではクラウスがエンシェントドラゴンの首に大剣を叩き込んで打ち落とし、盛大な地響きを上げるが、フィリップの耳にはほとんど入っていなかった。

 フィリップは近くの家の屋根に飛び移り、武器屋の前に着地した。



「ん? 何だぁ?」

「待て! 油断するな!」

 メアリーの武器屋の前には武装した屈強な男たちが並び道を塞いでいた。

 リーダー格の男は即座にフィリップの立ち振る舞いと気配から強さを悟り、警戒を促した。

「お前たち、何者だ?」

 フィリップは隙の無い姿勢でいつでもレイピアを抜けるように準備し、男たちに近づいた。

 視線を横へやれば、見るからに人相の悪いチンピラが数人、血溜まりに倒れている。

「へっ、名乗るほどの者じゃねぇ」

「どうやらお貴族様のようだが、ここは通さねぇ。一歩もな」

「ここを通りたきゃ、俺たちを倒し「黙れ、馬鹿」痛ぇ!」

 啖呵を切る男たちに横槍を入れたのは、フィリップよりも年下の少女だった。

 フィリップは無事な様子の少女の姿を見て、僅かに殺気を鎮めた。

「あ、アンの嬢ちゃん! 一体何を!?」

「嬢ちゃん……脛をぶっ叩くのはあんまりじゃないかい?」

 痛みで涙目になる男と軽く引いた様子のリーダー格の男を尻目に、武器屋の娘でメアリーの妹のアンは溜息をついた。

 そして、フィリップを指差しながら一言。

「……お姉ちゃんの婚約者」

「…………………………………………え?」

「メアリーちゃんの……?」

「そういや、若い貴族が見初めたって……」

 フィリップに一斉に視線が注がれる。

 居心地悪そうにしながらもフィリップは頷き名乗った。

「うむ、私がオルグレン伯爵だ」

「「「…………」」」

 男たちはしばらく思考停止していたが、一気に顔面蒼白になり頭を下げた。

「「「さーせんした!!」」」



「……義兄さん、さっきは申し訳なかった」

「俺からも謝らせてくれ。すまんかったな」

「いや、私も突然来たからな。それにメアリーから知己の冒険者が手を貸してくれると聞いていたのを失念していた。不幸な行き違いが起きなくて何よりだ」

 フィリップを招き入れたアンと親父さんはフィリップに頭を下げていた。

 メアリーと結婚してこれから家族になる相手に、雇った冒険者が斬りかかるところだったのだ。

 もし、衝突が起きていたら、フィリップの面子は丸潰れ、武器屋も只では済まない。

 当人同士が良くても、そこを大げさに問題にして突きたがるのが貴族というものだ。

「先ほどのことは、もうよい。それよりも、あの表通りに転がっていた者たちは、闖入者で間違いないか?」

「ああ、そうだ。奴ら、最近うちがクラウスの兄ちゃんのハンティングナイフなんかを売り出して景気がいいのを知っていやがる。金を盗む目的で押し掛けたそうだ。まったく、メアリーが顧客の冒険者連中と顔繫ぎしておいてくれて助かったぜ。ワイバーン亭の大将に、ずっとこっちに詰めてもらうわけにはいかねぇからな」

 フィリップは経緯を聞き終えると、声を潜めて本題に入った。

「して、クラウスの銃は?」

「無事だぜ。奴らはただの金目当てで、あいつらを陽動にした襲撃は無かった。中身も確認済みだ」

 フィリップは、クラウスの国家機密に匹敵する兵器の情報が漏洩していないことに安堵の息を漏らした。



 商店街の情報を一通り二人から聞き終わったフィリップは店を出た。

 一応、これからワイバーン亭の大将を探して話を聞くつもりだが、その後の行動の目処は立っていない。

 フィリップが危険に晒されるのを嫌うメアリーが彼の気持ちを察して、引き籠るだけではなく自由に動けるように配慮してくれたが、今のフィリップには何も進展した感が無い。

 このまま商店街の様子を調べたら魔法学校に戻るのか?

 それとも、クラウスとレイアの忠告を無視して、このままエンシェントドラゴンとの戦いに参加すべきか?

 自問自答を繰り返しながらも、フィリップはエンシェントドラゴンと思われる巨大な魔力反応の元へと歩を進めた。

「(結局、答えは決まっていたか……)」

 前線に近づくにつれ、瘴気の密度が濃くなり、探査的な魔力感応力に優れていないフィリップでも息苦しさを感じるようになる。

 次第に、撤退途中と思わしき兵士や魔術師が視界に入る。

 そして、ついにクラウスたちを完全に視認できる位置まで辿り着いた。

 エンシェントドラゴンは体中に火傷をつくり、尻尾が半ばから切断されていた。

 クラウスとヘッケラーとレイアでここまでやったのだ。

「(私の出番は無いか)」

 フィリップは一瞬踵を返そうか迷ったが、微かに夕暮れの空に微弱な魔力反応を感じ、夕闇に同化するような黒い魔力の塊を視認した。

 槍の穂先が向く先は……。

「レイア!!」

 フィリップは地面を蹴って、土埃を上げながら飛び立った。


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