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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編2年
88/232

88話 エンシェントドラゴン戦4


「ヘッケラー様! 結界魔法陣、これが最後です」

「よろしい。第六分隊を撤退させなさい」

 ミアズマ・エンシェントドラゴンの周囲を囲む聖属性の結界が霧散し、再び聖属性の魔力が周辺一帯に満遍なく降り注いだ。

 密度と範囲はギリギリでどうにかドラゴンの身体と瘴気の層を囲い足止めできる程度だ。

 宮廷魔術師団の消耗は限界に近づいていた。

 ヘッケラーの巧みな指揮で再編成を繰り返しつつも、既に八割の魔術師が戦線を離脱している。

 騎士団や冒険者に比べて死傷者の数こそ少ないものの、ほとんどが魔力切れで戦力外だ。

 魔晶石も補給物資のポーションも底をついた以上、魔力を回復させる手段は無い。

 今回の戦闘に動員された者は、当然ながら攻撃魔法などを得意とする戦闘員だが、それでもクラウスやヘッケラーのように魔術が撃てなくなるまで魔力を消費しても戦える人間は稀である。

 残った面子も半数以上は前衛に交じって剣を振るったり陽動をしたりしている。

 彼らは強化魔法も使える魔法剣士だ。

 もう既に魔術を放てるほどの魔力は残っていない。

 いまだに魔術を放って火力支援をしているのは、宮廷魔術師団の中でも特に魔力量や魔力消費の軽減に秀でた練達の魔術師だ。

 その数は一割にも満たない。

 そして、彼らも既に、普段なら戦線を離脱して魔力の回復に努める基準をとっくにオーバーしていた。

「くそっ、本当に効いているのか?」

「わからん。しかし我々が崩れては……」

「イェーガー将軍が最初に削ってくれなければ、俺たちはとっくに全滅か」

「その削った状態でも、私たちが総崩れになりかけて、ヘッケラー様も居てどうにか拮抗できる状況よ。万全のあいつと一対一で優位に戦うなんて……将軍はまさに化け物ね」

 クラウスが聞いたら化け物扱いに憤慨しそうなものだが、実際に王国屈指の魔術師を結集した宮廷魔術師団でさえ、強化されたエンシェントドラゴンの圧倒的な暴力の前には成す術が無い。

 彼らもクラウスが戻るまで時間稼ぎをするしかないことは理解している。

 それでも自身の無力を嘆く暇があったら少しでも戦いに貢献しようとする姿勢は、ヘッケラーも好ましくそして頼もしく思っているため、撤退指示は出さなかった。

 しかし、それもそろそろ限界である。



「ヘッケラー様、どう頑張っても次の一斉攻撃で打ち止めです」

 ヘッケラーは声を掛けてきた指揮官に向き直った。

 普段の貴公子然とした雰囲気は鳴りを潜め、土埃で汚れた長い金髪やローブを気にする素振りすら見せない。

 彼も戦場を飛び回りながらドラゴンに攻撃を仕掛け、魔術師団を支援し、前衛部隊への被害をできるだけ軽減しようと尽力してきたのだ。

 当然、無傷では済まない。

 聖属性にも適性があるので瘴気の靄に纏わりつかれてこそいないが、ドラゴンが触手のように振るう瘴気や魔力を乗せて叩きつけられる爪の斬撃、それに叩きつけられる瓦礫で負傷はしている。

「なるほど、私にこれ以上の仕事を振るということですか。薄情な部下どもですね」

「第一分隊は既に軽口すら叩けない状態です。客観的に言って、行動不能になって味方の足を引っ張らないようにするには、次の射撃の後は撤退させるしかありません」

 ヘッケラーはしばしの逡巡の後、口を開いた。

「致し方ありませんね。いえ、彼奴を相手によくやってくれました」

「ヘッケラー様も退却の用意を……」

 指揮官の言葉にヘッケラーは頭を振った。

「クラウス君の復帰は宮廷魔術師団の撤退の後になるかもしれません。その時に私がどれほどの余力を残しておけるかで勝敗は決まります。クラウス君への支援の密度が変わりますから」

「僭越ですが、レイア殿に支援は任せて、ヘッケラー様は時間稼ぎに専念しては……」

「残念ながら、それは厳しいですね。彼女は冒険者としてのキャリアは長いですが、それゆえに周到に準備をした安全策を何重にも講じた戦いを好みます。先ほどのように足が震えたままでは、とても任せられません」

 弟子に対して突き放すような言い方だが紛れもない事実である。

 これが訓練ならば、経験を積んで克服すればいい、時間的な猶予と他の手札があるのならば途中までやらせてみてもいい。

 しかし、貴族家の当主であり王国に忠誠を誓っているヘッケラーにとって、この戦での敗走は死を意味する。

 最悪、王国を見捨てて逃げればいいと考えているクラウスやレイアとは違う。

 不確定な要素に賭けるわけにはいかないのだ。

「私と同じ魔術師タイプの弟子だからこそ、未来の宮廷魔術師団のために犬死にさせたくないというのもありますけどね。まあ、戻って来たときにレイアさんが振り切れていたら幸い、といったところでしょう。さて、第一分隊の準備は?」

「既に」

 ヘッケラーは後ろを振り返り、終結した宮廷魔術師の集団に視線を送る。

 返ってくるのは迷いの無い力強い眼光だ。

「聖結界魔法陣の効力が切れたと同時に撃ちます」

 各々、杖の魔力結晶に魔力を収束し始めた。

 最後っ屁のような一斉射撃だが、宮廷魔術師にとっては今更出し惜しみする必要など無い。

 撤退の前に一矢報いてやるという空気がひしひしと伝わってくる。

 張り詰めた緊張感の中、ついに運命の時がやって来た。

 青白い光を放っていた魔法陣から魔力が薄れ、ドラゴンも動きを阻害する結界の効力が切れたことで、待ってましたと言わんばかりに瘴気を吐き出し、翼を広げて攻勢に移ろうとする。

「撃て!! 並列起動――“浄化の炎ピュリフィケーションフレイム”」

「「「――“聖槍セイクリッドジャベリン)》”」」」

「「「――“聖光(ホーリーライト)”」」」

 ヘッケラーの周囲から火属性と聖属性の混合魔術が無数に放たれ、追従するように宮廷魔術師団渾身の聖魔術が殺到する。

 既に攻撃部隊の大半が撤退している今となっては、周辺への被害を考慮する必要がほとんど無い。

 ヘッケラーの攻撃も思い切ったものだった。

 そして辺りは、聖魔術と混合魔術の光で埋め尽くされた。



「ギャアアァォォオオオォォォ!!!!」

 魔術の一斉射撃によって眩い閃光が視界を奪い、宮廷魔術師のほとんどはドラゴンを一瞬見失うも、戦場全域に響くようなドラゴンの悲鳴で我に返った。

「おい、効いたみたいだぞ!」

「何だと!?」

「奴はどうなった!?」

 多少の手傷を負わせたことを確信した宮廷魔術師団は着弾点に目を凝らした。

 彼らにしてみても撤退の前にせめて自分たちがどれほどの傷を負わせたか確認したいのだ。

 爆炎と土埃が徐々に密度を減らしたとき、彼らは信じられない光景を目にした。

 巨大なミアズマ・エンシェントドラゴンの尻尾が半ばから切断され、瓦礫が散乱する貴族街に落下したのだ。

「え……?」

「一体何が……?」

「誰か、“風刃(ウィンドカッター)”でも撃ったか?」

 先ほどは宮廷魔術師団のほとんどが聖魔術を放った。

 その中に大型の魔物の尻尾を切り落とせるほどの強力な切断系の攻撃は無かったはずである。

 一体何が起こったのか?

 その答えは、腹に響く重低音で明らかになった。

「死にさらせ、“雷の裁き(ジャッジメント)”」

 復活直後の初撃で既に受けた技とはいえ、尻尾を失いバランス感覚を欠き痛みで冷静さを失ったドラゴンに、最上級の雷魔術を回避したり迎撃したりする余裕は無かった。

「ゲェェァァァァアアァァァ!!!!」

 数条の雷が収束した強烈な雷光がドラゴンの瘴気の守りを貫き身体を焼いた。

 ヘッケラーは怯むドラゴンから視線を外さず、戦場に舞い戻った強大な魔力の方に声を掛ける。

「遅かったですね、クラウス君」





 俺は大剣を油断なく構え、瘴気の触手を振り回しているドラゴンに視線をやったままヘッケラーの前まで移動した。

「いや、結構いいタイミングだったつもりなんですけど……」

「確かに、最悪の想定では宮廷魔術師団の撤退から君の到着まで間があると思っていましたから、私が単独で敵を抑える必要が無くなったことは予想以上の好展開です。しかし、できることなら、もう少し損耗が軽い段階で復帰してほしかったものですね」

「そりゃ欲張りすぎってもんでしょう」

 俺はヘッケラーの愚痴を受け流しながら宮廷魔術師団に視線を送った。

 若干、拗ねたような表情が見えるのは気のせいか?

「いや、わかってはいたが……」

「我々の残った魔力では中級魔術が精一杯。それで尻尾を切断などできるはずもない」

 なるほど、俺が宮廷魔術師団の一斉射撃にタイミングを合わせて尻尾を切断したから、自分たちがやったと勘違いしたのか。

 先ほどの俺は、前線に戻ってきたのと同時にヘッケラーと宮廷魔術師団の方に魔力反応を捉えたので、一斉射撃が始まると見て後ろから同時に斬りかかったのだ。

 瘴気は思ったより薄かった。

 恐らく、ヘッケラーたちの攻撃に気を取られて、他方向への注意が疎かになっていたのだろう。

 俺の剣がクリーンヒットするわけだ。

 そうなると尻尾を取ったのは俺だけの功績ではない。

「尻尾は連携攻撃による戦利品です。素材は山分けにしましょう」

 俺の言葉に落ち込んだ様子の宮廷魔術師団は再起動した。

「さすがは将軍様!」

「イェーガー将軍、私の研究チームには鱗の配分を」

 まったく、現金なことだ。

 俺はレイアがヘッケラーの横に降り立ったことを確認し、再びドラゴンに注意を向けた。

「レイアさん。その様子だと、覚悟は決まったようですね」

「はい。……いざとなったら逃げだすことが前提ですけど」

「まあ、当然ですね。私も家族が居なければ、国など捨てて逃げることも視野に入れているでしょう。とにかく、君が普段通りのパフォーマンスを発揮できるようで安心しました」

「先ほどは大変な無様を……」

「いえいえ、君がこれほど早く復活したことは嬉しい誤算ですよ」



 ドラゴンの闇雲な瘴気の触手を振り回したり波動をばら撒いたりする攻撃が終わったころ、俺たちは攻勢に出た。

 先ほどは、油断や騎士道精神で畳みかけなかったわけではない。

 ドラゴンが俺に切り落とされた尻尾の再生や“雷の裁き(ジャッジメント)”による全身の火傷の治療を後回しにして、滅茶苦茶に攻撃を乱発し魔力を浪費していたから放置していたのだ。

 奴が冷静さを取り戻して傷の再生を始めた以上、待つ理由は無い。

「一気に攻勢をかけるぞ。“放電(ディスチャージ)”」

「追撃します。並列起動――“浄化の炎ピュリフィケーションフレイム”」

「同時展開――“聖域(サンクチュアリ)”、――“聖槍セイクリッドジャベリン”、――“聖盾(セイクリッドシールド)”、――“影枷(シャドウバインド)”――“落雷(サンダーボルト)”」

 逆再生のように修復されていく傷に若干の焦りを感じながら、俺は瘴気を電撃で吹き飛ばして、障壁の密度が下がった場所から魔力剣を打ち込む。

 接近して大剣で斬りつけ、後退と同時に雷魔術を撃ちながら、俺は着実に瘴気のガードを切り払い続けた。

 ヘッケラーは高密度の聖魔術を乱射して、これもチクチクとドラゴンの体力を削り続け、俺をうまいこと援護してくれている。

 レイアの牽制と支援も見事だ。

 聖魔術による攻撃と同時に、俺やヘッケラーに迫る瘴気の触手を防御用の聖魔術で防ぎ、対応しにくい個所を絶妙に攻めている。

 ドラゴンにとって自分が広範囲に展開し操る瘴気に似た魔力の性質を持つ闇魔術は、足元から迫ってきても察知しにくい。

 上空から降り注ぐ“落雷(サンダーボルト)”も着実にダメージを与え続ける俺と同じ属性なので、予期せぬ方向から撃たれれば警戒もするし混乱する。

 結果、俺の魔力剣もドラゴン本体により多くの傷を作ることに成功している。

 しかし、俺たちが押しているように見えても、決して全てが思い通りの状況というわけではない。

「くそっ、いつまで再生しやがる!」

 俺の大剣から放たれる剣閃は、切れ味と衝撃力を余さず転化されドラゴン本体の身体を傷つける。

 闇属性に対して特効ではないものの、命中すれば鱗を吹き飛ばし、皮を切り裂き、肉を焼く。

 レイアとヘッケラーの援護射撃も命中し瘴気を削られるものの、未だにスタミナが切れる様子は無い。

 どちらかと言うと、レイアの体力の方が危ないくらいだ。

「何で……これだけやって、まだ仕留められないの……?」

「ふぅむ……どうやら周囲の死者から生じた瘴気も回収して利用できるようですね。再生速度を上回る攻撃を加えなければ厳しいでしょう」

 ヘッケラーの悠長な分析は俺の耳にほとんど入っていなかったが、何となく今のままでは時間がかかりすぎるのはわかる。

 俺が聖属性の魔力剣でも使えれば話は別だったが、残念ながら適性が全くない。

 俺には初級聖魔術すら発動できないのだ。

 そして、僅かに攻撃の手を緩めざるを得ない時間が生じると、先ほど俺がつけた傷は瞬時に回復されてしまう。

 一瞬、上級竜の鱗が取り放題だと思ったが、このままでは素材以前にこちらがやられる。

「時間をかけてでも押し切るしか……っ! レイア!!」

「え……?」

 刹那、魔法障壁が砕ける音が響き、レイアが空中でバランスを崩した。

 同時に鮮血が飛び散る。

 迂闊だった。

 火力を優先することに集中し過ぎていたせいで、レイアの後ろから生じた魔力反応に気付くのが遅れた。

 日が沈み瘴気の靄が視認しにくい状況ではあるが、自分が攻撃されるのならば問題ない。

 俺なら大剣で受けるなり斬り飛ばすなりできる。

 しかし、レイアは反応しきれなかった。

 闇属性の魔力の槍で上腕部を抉られていた。

 俺にしても、闇に紛れた攻撃を反射神経に秀でていない仲間に向けられることで完全に対応が遅れたのだ。

「うぅ……」

 魔法陣でも仕込んであったのかレイアの出血は収まったようだが、続いてレイアを貫こうと闇の中から現れた槍状の瘴気に、俺の背筋は凍り付いた。

 マズい。

 俺なら強化魔法と馬鹿力で切り抜けられるが、レイアはまたしても反応できていない。

「くっ!」

 俺は空中を蹴ってレイアの許へと急ぐが、ドラゴンに接近戦を主に仕掛ける位置と後衛のレイアの間には、庇うには絶望的な距離の差があった。


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