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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編2年
87/232

87話 エンシェントドラゴン戦3


「ゲアッ! ……ゴハッ、ゲホッ! ……ハァ……」

 俺は背中から叩きつけられた衝撃で、意識が一瞬飛びかけるも、頭を振って何とか周囲の状況を把握した。

 どうやらミアズマ・エンシェントドラゴンの攻撃で吹き飛ばされて、近くの木造の建物に突っ込んだらしい。

 体中が痛むが、魔力を体中に循環させておけば動けないほどではない。

 ベヒーモスを参考に手にした雷属性の覚醒魔力は、恐らく他の属性よりも身体強化や回復力向上への寄与が大きい。

 それでギリギリ動ける状態とは、どれだけ重症かわかるというものだ。

 前世なら確実にICU送り。

 こちらの世界でも、他の人間ならここで戦線離脱は確実だろう。

 どうにか体を起こそうとした瞬間、肌に外傷とは質の違うピリピリするような痛みを感じた。

「つっ……」

 視線を下げてみると、所々破れて血が滲んだシャツには焼け焦げたような跡があり、俺の肌にも黒い炎のような靄が付着している。

「くそっ、瘴気か……」

 俺は顔から体全体に治癒魔術をかけて、傷を塞ぐとともに内出血を治療した。

 上級治癒魔術の“ハイヒーリング”を何度も使ったので、内臓にも治癒の効果は届いたはずだ。

 しかし、黒い靄は完全には取り除けなかった。

「はぁ……これ絶対、健康に良くないやつだ……」

ヘッケラーなら“聖治癒セイクリッドヒーリング”が使えるだろうが、あれは聖属性の魔術だ。

 俺に使えない属性、弱点のところで攻められたな。

「これで、どうにか……」

 仕方ないので、俺は魔法の袋からポーションと聖水を取り出した。

 このポーションは自作したものではなくラファイエットから貰った物だ。

 ラファイエット本人が作ったものではないが、弟子だか直接教えている錬金術師志望の学生だかが作った、効力の高いものらしい。

 強力な呪いでなければ浄化できると言っていたので役に立つだろう。

 俺はポーションを頭から被り、体にも振りかけた。

 あまり美味いものではないが、回復が優先なので口からも摂取する。

 深い傷や内臓の傷には飲んだ方が効果は高いのだ。

 瘴気がどこまで影響しているかわからない以上、念には念を入れたい。

 そして、教会で買った聖水の蓋を開け、これも頭からかぶった。

 聖水は本来は武器を浸すなどしてアンデッドへの攻撃に使うものだが、瘴気自体への効果もあるはずだ。

 事実、墓場などでアンデッドの出現を予防するために撒いたりする。

 弾けるような刺激を若干肌に感じるが、それもすぐに治まった。

 ラファイエットに作ってもらった魔晶石で魔力を回復させて、俺は瓦礫の山をかき分け外に向かった。

「さて、早いとこ戻らなくては……」

「クラウス! ここなの!?」

 治療を終えて戦線復帰しようとしていた俺の耳にレイアの声が届いた。



「――“聖治癒セイクリッドヒーリング”」

 レイアの聖属性の治癒魔術で俺の身体に付着させられた瘴気は完全に除去された。

「ほとんど瘴気は残ってなかったみたいね。強力なポーションと聖水、それにあなたの身体魔力でほぼ全て除去されていたわ」

 よかった。

 聖魔術も使えるレイアの見立てなら間違いないだろう。

「助かったよ、レイア。まだハゲるのは、ご免だからな」

 如何にも健康に悪そうな瘴気なんぞ、いつまでも体に貯めておきたくない。

 頭皮に作用した場合、本当にハゲるのかは不明だが、身を以て試す勇気は無いな。

「さてと、早く前線に戻らないとな。今は師匠が抑えているみたいだが、一人では厳しいだろう」

 俺は愛用の大剣を握りなおして立ち上がった。

 そのまま歩き出そうとしたところ、レイアの手が俺のローブの袖を力無く掴んでいるのに気付き、足を止めた。

 気の利いた言葉など俺からは出てこないが、レイアは顔を上げて呟いた。

「ねえ、クラウス。あなたは何のために、あんな危険な奴と戦うの?」

 今はそれどころじゃないと振り払いそうになるが、レイアの悲痛な表情を見て何とか思い留まった。

 いかんな。

 俺もかなり気が立っているようだ。

「突然どうした?」

「あたし……クラウスが飛び出したとき、足が竦んで動けなかった。お師匠様はすぐに騎士団や後方の魔術師団に指示を出して、クラウスのフォローに回ろうとしていたけど、あたしは何も……」

「そんなことはないさ。君の“(セイクリッド)(ジャベリン)”が飛んできたのは見たぞ」

「遅すぎたわ。それに中級の聖魔術なんて、何の役にも立たなかった……。フィリップを足手纏いなんて言っておいて……」

「レイア、失敗を悔やむのはいいが、士気まで落とすな。今はできることをやって、反省は後でして、次に活かせばいい」

「だから、どうして!? 普通の魔物が相手なら、あたしも最善の策を考えるわ。でも……相手は聖騎士でも手に負えないような怪物なのよ! 何で、迷いなく戦えるの? あなただって……もうボロボロじゃない……」



 俺はズタズタになった自分のシャツとズボンを見た。

 怪我は治癒魔術とポーションで治ったが、服は切り裂かれたままだ。

 雑巾と化した服は、俺がどれだけの傷を受けたかを物語っている。

 これほどのダメージを受けたことは、今までに一度も無い。

 貫通力が低い攻撃や生半可な斬撃や刺突程度なら魔法障壁で防ぐことができた。

 障壁越しに一方的に攻撃できない相手や状況でも、今までは大剣で攻撃しつつ防げば致命傷は避けられた。

 しかし、上級竜が相手ではそうもいかない。

 ラファイエット謹製のベヒーモスローブを着ていても、このザマだ。

 確かに、レイアの言う通り危険すぎる相手だ。

 戦い始める前にも思ったが、できることならヘッケラーとデ・ラ・セルナに任せて、俺は尻尾を巻いて逃げたかった。

 王都と住民を見捨てて逃げれば、聖騎士の肩書きどころか王国内での居場所も失うだろうが、それでも迷うほどだ。

「あなたは義務とか責任とかは嫌いで、下らない見栄なんて張らないでしょ。それに普段なら対策も碌に立てずに、行き当たりばったりで戦うのは避けるじゃない」

「そういう話なら、答えは簡単だ。今の内に奴を仕留めるのが最善の策だからだ。俺自身や大切な人間を傷つけに来る『黒閻』やその手先は各個撃破しておきたい。王国最強クラスの戦力である師匠が居る今こそ好機だ」

 レイアはまだ納得できていないみたいだが、こういった弱さや心の傷に向き合うのはフィリップの役目だ。

 とはいえ、少しは彼女のケアに気を遣わないとな。

 気もそぞろで、目の前で死なれるのは困る。

「あたし、怖いわ。あのエンシェントドラゴンが野放しになったら、フィリップもメアリーもファビオラも無事では済まない。自分で言うのもなんだけど、あたしには宮廷魔術師と比べても遜色ない戦力がある。でも、怖いの。あたしの魔術が効かずに負けるのが、フィリップに二度と会えなくなるのが……」

「……なあ、正直に言って、今のままミアズマ・エンシェントドラゴンと戦い続けても勝ち目は薄い。何せ半ばアンデッド化しているにもかかわらず膂力や知能はそのまま、防御力や魔力は大幅に強化されて、攻撃には瘴気が上乗せされている。最悪だ」

「…………」

「だが、絶望的じゃない。事実、俺は互角に打ち合えているし、師匠も抑えることは問題なくできる相手だ。あと一押し、決め手になる何かがあれば、戦況は好転する。最悪、俺と師匠が腕の一本や二本を持っていかれるのを覚悟して、精根尽きるまで戦えば勝てる可能性はある」

「クラウス……あなたがそんな不明瞭な根拠で危険に飛び込むなんて……」

「いいか、戦いは相手を斬り伏せた方が……いや、生き延びた方が勝ちだ。状況を見る間も無く瞬殺される可能性がある相手ならばハナから逃亡を計画した方がいい。しかし、攻撃パターンが読めているあいつが相手なら、挑戦して敗れてからでも十分に生き延びるチャンスはある。こんなに都合のいい状況があるか?」

「…………」

「どうする? 決めるのは君自身だ。フィリップに自慢できる武勇伝を手にしに行くか、彼の意思を汲んで危険な真似をするのはやめるか。どちらも正解だろう」

 レイアはしばしの逡巡の後、顔を上げて俺を真っ直ぐに見つめてきた。

「行くわ。あたしはフィリップを、皆を守りたい。それに、いざとなったら逃げればいいんでしょ? 討伐が叶うより状況は悪くなるかもしれないけど、そのときはそのときよ。国外逃亡するなら、あたしが案内するわ」

 俺はレイアに頷き、大剣を握りなおした。





「――“聖光(ホーリーライト)”、“聖域拡大陣”――展開、“術式魔力濃縮陣”――展開、――“浄化の炎ピュリフィケーションフレイム”、くっ……同時展開――“聖槍セイクリッドジャベリン”、“津波(タイダルウェーブ)”」

 クラウスが戦線を離脱している間、戦況を支えていたのは当然ながら『白魔の聖騎士』ヘッケラー侯爵だ。

 彼に率いられて攻撃に参加するのは、宮廷魔術師団の面々と騎士団や冒険者からなる弓兵部隊、それに僅かに残った近接部隊だった。

 前衛の剣兵や槍兵はクラウスが一騎打ちに持ち込む前のドラゴンの猛攻で、かなりの数が死傷もしくは戦線離脱した。

 ドラゴンの本体には振り撒かれる瘴気の影響で未だに接近できない。

 それでも仕掛けなければ押し返されるので必死に攻勢をかけ、現在進行形で戦士たちは数を減らしている。

 魔術師団の消耗も激しい。

 ダメージ効率や詠唱時間のことも考慮すれば、各自の判断で適当に撃たせるわけにもいかない。

 自らは常に魔術と魔法陣を駆使しながら、魔術師団の指揮も一手に引き受けるヘッケラーの手腕はさすがの一言に尽きる。

「第一分隊! 撃て!」

 ヘッケラーの合図で、宮廷魔術師団の一個分隊から一斉に放たれた中級聖魔術は、ドラゴンの翼と瘴気であっけなく振り払われた。

 それでもいくらかの瘴気の層と魔力を消耗させられたことで士気は上昇する。

 しかし、魔力の枯渇は気力だけではどうにもならない。

 既にエリートの集団である宮廷魔術師団からも、戦線離脱者が出始めていた。

「ヘッケラー様、第三分隊の半数以上が戦闘不能です。聖域結界を維持できません」

「第六分隊と合流させなさい。統合して、次の魔法陣の交換までには満遍なくドラゴンを囲えるように再編成を」

「ヘッケラー侯爵、第一分隊の消耗が激しすぎます。魔晶石はほぼ底を突き、魔力回復ポーションも残りわずかです」

「ポーション類の補給は?」

「急な出撃でしたので……物資の積み込みすら終わっていません」

一瞬、ヘッケラーは顔を顰めた。

 中央大陸でもここ最近全く戦争が無かったわけではない。

 王国の深部、それも王都のど真ん中で戦闘が発生することなど誰も想定していなかったとはいえ、あまりにもお粗末な対応だ。

 ヘッケラーにも直接の原因が騎士団や軍にあるわけではないということはわかっている。

 未だに状況が見えていない、この建国史上最大と言っても過言ではない危機においてなお人の足を引っ張る宮廷貴族が横槍を入れたのだ。

 彼らにとっては、とりあえず慌ただしく動き出した軍部を妨害してみた、ヘッケラーやクラウスに嫌がらせをしてみた程度の認識に過ぎないのかもしれない。

 それがどれほどの人的被害を齎そうとお構いなしに、自分の身にも危機が迫る可能性など考えもせずに。

「クラウス君には騎士団や他の部署と連携して王都の防備は引き受けるなどと啖呵を切りましたが……こんなザマでは合わせる顔がありませんね」

「…………」

「無い物ねだりをしても仕方ありません。魔力の温存のために散発的に撃とうにも押し切られては本末転倒です。攻撃部隊には何としても時間を稼ぐように言いなさい」

「時間……?」

「クラウス君が……最強の聖騎士が来るまでの辛抱です」


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