80話 決闘当日
新キャラ出ます。
カークの決闘は魔法学校の訓練場で行われた。
王城の騎士団の訓練場や、武芸大会で使われたコロシアムまでいかなくてもいいのは幸運だったが、面倒なことに変わりはない。
まあ、わざわざ決闘の立ち会いのために呼びつけられた文官の手前、愚痴は言えないな。
それにしても、よくギャラリーがこれだけ集まったものだ。
シルヴェストルたち魔法学校の教師陣や理事会の面々はともかく、学生もかなりの人数が見に来ている。
完全なる野次馬だ。
そして王宮から来た文官はといえば、今まさに俺とカークがサインした宣誓書を手に不機嫌な顔を隠そうともしない。
目の吊り上がったキツい……凛々しい女性だった。
ヤバっ、こっち睨まれた。
いや、もしかしたら不機嫌なのではなく生まれつきそういう表情なのかもしれないな。
「立会人は私、軍務局官吏のキャロライン・デヴォンシャーが務めます。不正が発覚した際には、その時点で負けと判断させていただきます。なお……」
カテ○ーナ・スフォ○ツァかと思った……。
まあ、文官とはいえ軍務局の人間なら多少は刺々しい雰囲気を持っていても不思議ではないか。
「ふん! 御託はいいから、さっさと進めろ」
「うるさいですよ。屠殺寸前の豚みたいな声が耳障りです」
「なっ!? 官吏風情が……」
「おっと失礼。豚様には人間の、それも文官風情の噛み砕いた言葉はわかりませんか」
おお、怖っ。
あの蔑んで見下す目つきが何とも……。
カークが変な性癖に目覚めないか心配だな。
そんなことを考えていたら説明が終わり、キャロラインはこちらを振り返った。
「豚相手の決闘だろうが、殺戮の機会となれば雑食の豚のように飛びつく血に飢えた将軍殿、準備はよろしいですね?」
「……ええ」
「醜い豚……カーク殿もよろしいですね?」
「くっ、貴様……」
「それでは、一度下がって武器をお持ちください」
ドSだ。
この人、絶対ドSだわ。
俺は一旦、訓練場の端まで下がりフィリップから魔法の袋とサーベルと大剣を受け取った。
宣誓の際には丸腰で立会人のもとに向かい宣誓書にサインをする。
その間、武器は付添人に預けるか控え席に置いておくのがルールだ。
決闘などという無駄に正々堂々と戦うシチュエーションを作っておきながら、宣誓の際に不意打ちを警戒するのも妙な話だが、慣例である以上は仕方ない。
「ところで、フィリップ。あのドS……文官の女性は?」
「宰相カーライル・デヴォンシャー公爵の令嬢キャロライン殿だ。性格はともかく有能であることに間違いはない」
そういえば、1年のときの事件が終わって、俺が聖騎士の任命やら何やらをやっている間、フィリップたちは宰相と会っていたんだったな。
よくよく考えれば宰相の名前も初めて聞いた。
「そうか、宰相の娘なのか、あれが……」
「苛烈な性格らしくてな。デヴォンシャー公爵も持て余して、普通に結婚させることは諦めたそうだ」
なるほど、確かに彼女は見た感じ20歳を超えている。
公爵令嬢でその歳まで独身は珍しいが、キャロラインのドSぶりと目つきを鑑みるに、そうなるべくしてなったというわけか。
「軍務局は水が合うようで、いつの間にか専任の官吏に収まった。何せ、拷問の知識に関しては右に出る者が居ない」
「拷問って……印象通りだな。そんな危険人物がよく軍の部署とはいえ官吏になれたもんだ」
「有能さと武官からの人気故だろうな。騎士からの信頼も厚いし……世の中には変わった性癖や趣味の人間も居るのだ」
最後のは聞かなかったことにしよう。
武器を装備した俺は、訓練場の真ん中に進み出た。
俺の装備は大剣だ。
今回はこいつを殺さず、理事会に処分させる方針だが、腕の一本や二本切り落としても文句は言われまい。
ハナから手加減して武器を飛ばすだけで済ませる気など無い。
腰の貧相な剣を使うつもりなら武器ごと腕を切断してやる。
一定の距離を開けて、カークと向かい合った。
「イェーガー……もう逃げられはせんぞ。俺は貴様を倒し、貴様に迎合する連中を従え……」
「あー、はいはい。そういうのはいいから」
「貴様っ!」
カークが開始の合図を待たずに突進してきそうなので、俺は立会人のキャロラインの方を見て急かした。
「(もう少し放置するのも面白そうですけど……)それでは、只今よりクラウス・イェーガー殿対カーク殿の決闘を執り行います。双方、正々堂々と戦うように。はじめ!」
カークは開始の合図の直後、すぐに後退った。
遅すぎる。
完全に素人の動きだ。
「フハハ! イェーガー、先ほどは冷静さを欠いたが、その隙を突かなかったのが貴様の命取りだ」
「冷静になって今の動きかよ……」
「その自信が命取りだ!」
「大切なことだから二回言いました、てか?」
どっちの命なんだか……。
カークは懐から短杖のような物を取り出した。
魔法学校で配られた杖に似ているが、どうやら別物のようだ。
「原初の火種よ、我が命に応え、この手に集い、彼の者を焼き尽くせ!」
おお、中二病。
カークの持つ魔道具から、かなりの大きさの魔力反応が発せられ、渦巻く炎が出現した。
「うわぁぁ! 何だあれ!?」
「“業火”だ!」
「何だって!? 上級魔術だと!?」
「カークの奴、いつの間にあんな強力な魔道具を……」
「上級の火魔術だぞ、さすがのイェーガーでも危険じゃないのか?」
なるほど、誰でも上級火魔術“業火”を使える魔道具があいつの切り札ってわけか。
購入したとすれば、かなりの値段だったはずだ。
ギャラリーの反応に気をよくしたのか、カークは馬鹿笑いを始めた。
「はは、ヒャハハハハ! イェーガー、見たか! これが俺の力だ!」
「お前じゃなくて、その魔道具の力な」
「馬鹿め! お前はここで終わりだ。死ねぃ!!」
カークが俺に向けて短杖を振るった。
渦巻く炎が蠢き、カークの腕の動きを追従し、炎の奔流が俺に迫る。
そのまま竜の顎のように俺を呑み込むかと思われたが……。
「舐められたもんだな。――“火槍”」
俺が放った中級火魔術がカークの“業火”に飛び、炸裂した。
通常の“業火”を遥かに凌駕する閃光と衝撃を伴って。
「こ、こんな……バカな……」
「“プラズマランス”」
間髪入れず放った俺のオリジナルの雷魔術がカークの両腕目掛けて放たれた。
込められた魔力の量は並みの上級魔術程度だ。
俺は油断をしない男なのだよ。
「……あっ……っ!?」
爆発する性質は無いのでカークが木端微塵になる心配はないし、狙いも正確に腕だけに命中する位置につけたので、急所には当たっていない。
寸分違わず、俺の“プラズマランス”はカークの両腕を切断した。
「げゃあぁぁぁぉぉぉぉぉ!! ぎざまぁ……ぎさまぁあぁぁぁ!」
カークは地面をのたうち回り苦悶する。
本来なら、出血を抑えるために気絶させて動きを止めた方がいいが、高温で焼いたので血はほとんど出ていない。
だから俺はキャロラインばりの冷たい目でカークを見下ろすだけで放置した。
「うぎぇぇぇ……ぎさ、ゆるざん……」
俺には人を痛めつけて悦に浸る趣味は無い。
これ以上、見ていてもつまらないので俺はキャロラインの方を向いた。
「え……今の、中級魔術で……上級魔術を……?」
「キャロライン殿」
「ひゃ、ひゃい!」
「判定を」
慌ててカークに視線を戻したキャロラインは声を張り上げた。
「勝者! クラウス・イェーガー殿!」
決闘の結末はあっけないものだった。
「イェーガー君」
俺が大剣を仕舞って訓練場から下がったところでシルヴェストルが声を掛けてきた。
彼の後ろには理事会の面々。
皆ひどく緊張した表情だ。
「何でしょうか?」
「カーク君を殺さないのですか?」
「ええ」
張り詰めた緊張感の中、俺の言葉に安堵の息を漏らしたものは少数だ。
理事の数人は俺が人情でカークを見逃したと思っているようだが、俺が無意味に面倒事の芽を野放しにしておくはずがない。
大多数の理事や教員はそれがわかっているので、さらに表情を引き締める。
「俺が受けた被害、言いがかりと侮辱と無意味に決闘を吹っ掛けられたことですが……こいつに関してカーク本人からの贖罪はあの腕二本で勘弁してやってもいい。しかし、条件があります」
「条件ですか?」
「はい」
緊張が高まる中、俺はフィリップと打ち合わせておいた条件を告げた。
「理事会が、今までのカークの所業に対して処分してください。警備隊に突き出すのなら、全ての証言と裏付けを取ってからです」
俺の出した条件に理事会の面子の多くが顔を蒼くした。
当然だ。
理事会の多くはハイゼンベルグ伯爵の陣営の傍若無人を黙認しており、中にはどっぷり浸かっている者も居た。
関わりの深い連中は処分されたが、残った面子もどちらかといえばハイゼンベルグ寄りだったと言える。
ほとぼりが冷めるのを待つつもりだったのだろうが、カークの処分を任されたことで、静観を決め込むことはできなくなった。
「なるほど、私ではなく理事会に任せるということですね。彼らが学生たちの意を汲み正しい判断ができると信じて」
俺は悪い笑顔のシルヴェストルに頷いた。
「その通りです。理事会の皆さんは、カークの被害に遭った俺の学友たちを蔑ろにはしないと信じていますよ」
俺も黒い笑顔でシルヴェストルに答え、フィリップに視線をやった。
彼も満足げに頷いている。
この判断の結果がどうなるかというと、理事会は俺に魔法学校の癌であるカークの処分を託されたことになる。
本来なら元より理事会の仕事ではあるが、正式な手続きを踏んだ決闘の勝者である俺から信用を受けて敗者の扱いを任された以上、その仕事は決して軽いものではない。
カークの被害を受けた学生たちの訴えや証拠を揉み消すことはできなくなったというわけだ。
当然、カークに対して厳しい処分を下さなければならない。
表だけ見れば清く正しい行いだが、貴族社会ではどう取られるか?
理事会は今まで癒着して甘い汁を吸っていたハイゼンベルグ伯爵の陣営に恩を仇で返す連中だと見なされるのだ。
本心では露程も思っていないだろうが、死体に鞭を打つ非道と称され糾弾されることになる。
ハイゼンベルグ伯爵陣営の主たる人間は既に死んでいるので報復の可能性は無いが、今後はどこへ顔を出しても村八分だろう。
「(クラウス君もえげつないことをしますね。あの文官の女性といい勝負です)」
「(フィリップの案ですよ)」
「(ふむ、確かに策を考えたのは私だが、乗った時点で貴公も同類だ)」
シルヴェストルの邪推は否定したが、ノリノリだった時点で性格が悪いのは否定できないな。
「それにしても、よく魔術のみで片付けたな。上出来だぞ」
寮に帰る準備をしていたところで、フィリップが声を掛けてきた。
「ん? 魔術だけだと、何か変わるのかしら?」
横から質問を発したレイアにフィリップが答える。
「当然だ。カークの奴は魔道具を使い、クラウスは強力な剣を使うことすらなく素手で操る魔術のみで決着をつけた。武器に制限が無いとはいえ、クラウスが圧倒的に格上だと示す材料にはなる。カークは何だかんだで卑怯者として扱われるだろうな」
そうか、意図せず舐めプのようなことになっていたのか。
まあ、油断したわけではないので、気にすることもないだろう。
あの“プラズマランス”を飛ばしたのも、相手を侮らず早々に決着を付けようとして発動したのだからな。
俺が格上だとかカークが卑怯だという評価は、付いてくるならありがたいボーナスに過ぎない。
「しかし、あの魔道具が放ったのは“業火”の上級魔術であろう? よく中級魔術の“火槍”で相殺できたものだな」
それに関してはキャロラインも不可解な表情をしていた。
「そりゃ簡単な話だ。あの“業火”は一般的な魔術師が放つものを封入した、ごく普通の上級火魔術。こっちが放ったのは、俺の魔力で、俺が制御して発動した、爆発する“火槍”だ。並列起動でいくつも飛ばせば人間の集団を殺すのに最適な面制圧兵器だ。ごく普通の中級魔術じゃないのは当たり前だろ」
ついでに言えば、俺が放つ“業火”ならばカークの魔道具の術を相殺どころか、周辺一帯まで焼き尽くしてもおかしくはない。
魔力の濃さと効率が違うのだよ。
既存の魔術の術式の制御ではヘッケラーどころかレイアにすら及ばないが、火力に関しては俺の右に出る者はそう居ない。
「うむ、なるほど。確かに格が違うな」
「そうね、上級魔術で中級魔術を相殺されるほど火力が桁違いってことね」
「興味深いお話ですわね」
“業火”の相殺に関する説明に耳を傾けていたのはフィリップたちだけではないようだ。
先程の決闘の立会人を務めたキャロライン・デヴォンシャーがこちらに近づいてきた。
決着のときの動揺は無かったかのように、冷たい目に戻っている。
「キャロライン殿、何かありましたか?」
「いえ、お礼を言いたいと思いまして」
「礼?」
フィリップやメアリーの方を見てみるが首をかしげるだけだ。
「一つは、素晴らしいものを見せてくれたことに、ですわ。あの傲慢な豚が予期せぬ苦痛に苦悶する表情、何とも言えませんわね……あぁ……」
「お、おう……」
俺は半身を引いて拒絶を表した。
カークをズタボロにしたのは俺だが、この女の嗜虐趣味には付いていけない。
「いい声で鳴くこと……あの断末魔のような悲鳴を聴くだけで、もう濡れてしまいましたわ……んんっ……」
どこが、などとは聞かないぞ。
もじもじと擦り合わせられるキャロラインの脚の付け根からは意図的に視線を外した。
それにしても……この人、本物だわ。
この恍惚とした表情。
フィリップたちも全身で引いているじゃないか。
「えーと、キャロライン殿。先ほど一つは、と仰いましたが……」
キャロラインはすぐに元の冷たい表情に戻って話し始めた。
「そうでしたわ。二つ目は肥えた豚……ハイゼンベルグ伯爵の係累をまた一人始末できたことにですわ」
肥えた豚、ね。
直球だな。
まあ、俺もクレメンスのことはブタガエルなんて呼んでいたが。
「……失礼ですが、ハイゼンベルグ伯爵に恨みでも?」
「ええ。内々にですが、肉体関係を迫られたことがありますの」
あのブタガエル!
ドMだったのか!?
「また馬鹿なことをしたのです。公爵令嬢のキャロラインさんと落ち目の伯爵では釣り合わないことくらい、ワタクシでもわかるのです」
「だから内々に、なのですわ。ファビオラさん」
キャロラインは、ファビオラにはごく普通の優しげな表情で答えた。
ドSなのは異性に対してだけなのかね。
「ですが、不誠実なのはいけませんからね。私は正直に自分の性癖を申し上げましたわ。縛り上げてメイスで殴りたい、鎖で首を絞めたいって。そしたらすぐに逃げ出しましたの」
ああ、そういう……。
意外とクレメンスの趣味はノーマルだったわけか。
確かに、キャロラインも黙っていれば凛々しい美人さんだからな。
初見でホイホイ引き寄せられ、ドSの本性を知ってビビって逃げたわけか。
「なるほど。確か、キャロライン嬢を尻軽やら阿婆擦れ呼ばわりする噂の出どころはハイゼンベルグ伯爵でしたな。そういう経緯でしたか」
「ええ、完全なる逆恨みですわ」
「振られた腹いせに陰口ですの。本当に救い難い男でしたわね」
メアリーの中でもクレメンスの評価がさらに下がった瞬間だった。
キャロラインがヒロインだと思いました?
残念だったな!
......ごめんなさい、真性のドSは作者もムリです。