8話 門出と妹、そして伏線
出発の日、イェーガー家の前には馬車が止まっており、家族全員が俺を見送りに出てきた。
俺は魔法耐性と耐刃性が強い魔物の毛皮のベストを着て、懐には38口径リボルバー、魔法の袋やナイフを複数隠し持ち腰には二本の剣を刺している。
一本は家の備品であった鉄の剣だが、もう一本は試しに自作した日本刀だ。
ついでに言うと、鉄の剣も採取した砂鉄を使い、火魔術と見よう見まねの鍛冶で鍛えてある。
恐らく王都の正規の商品には劣るだろうが、デフォルトよりだいぶ耐久力は上がった。
ハンドガードもおまけで自作して取り付けてある。
家族は日本刀も改造した剣も初めて見たはずだが突っ込むものは誰もいなかった。
「気を付けてね」
「クラウス様、行ってらっしゃいませ」
「はい、母様、イレーネ。いつ戻れるかわからないけど……」
着替えを詰めた大型トランクを左手に下げているので、右手で保存食の袋をイレーネから受け取る。
実は非常食は、かなりの量を家に置き土産にできるほど、魔法の袋にため込んでいるのだが……。
「剣術もしっかりな」
「頑張ってこいよ!」
「クラウスならきっと偉大な魔術師になれるよ」
父と兄たちも門出を祝福してくれている。
「クラウス様に救っていただいたこの命、この町のために使わせていただきます。騎士団の留守はお任せください」
「クラウス様ならば、きっと稀代の治癒魔術師になるでしょう」
エルマーとジローラモも含め野郎どもへの挨拶も終わった。
さて、あとは一人か……。
「……兄様! あの…………」
そういえば妹のとはあまり話していないな……。
まあ、兄たちと違い狩りや訓練でけがをすることがない以上、顔を合わせる機会は減るか。
俺が食事以外で家族と顔を合わせる機会など、診療所に来たときくらいだ。
かっこいい兄貴の姿は見せられなかったな。
ま、このあとプレゼントに気づけば、見直してもらえるかもしれない。
特に今話すべきことはないだろう。
「行ってきます、ロッテ」
クラウス兄様が行ってしまった……。
思い返せば彼とまともに会話したことは少ない。
彼は家にいることがあまりなかった。
怠け者だとはよく聞いたが、明らかにおかしかった。
夕食に頻繁に出される肉はどう考えてもクラウス兄様が獲ってきたものなのに、外ではバルト兄様とハインツ兄様は彼を悪し様に扱き下ろした。
私もクラウス兄様と親しかったとはとても言えないが、最初は陰口を言うバルト兄様とハインツ兄様が不愉快だった。
一度クラウス兄様に告げ口をしたことがある。
もしかしたら相手にされないかもしれない。
バルト兄様とハインツ兄様からも爪はじきにされる可能性もあった。
でも言わずにはいられなかった。
だが、そんな私をクラウス兄様は優しく諭してくれたのだ。
「ロッテ。お前はまっすぐな子だ。陰口を見過ごせないほどの正義感は素晴らしいものだ。でもバルトロメウス兄さんもハインツ兄さんも俺が嫌いなわけじゃないんだよ」
確かに家の中では兄たちは全く不仲な様子を見せない。
イレーネもほかの家族に接するときよりはるかに丁寧で、その物腰は尊敬しているような感じに見える。
「ぐすっ……じゃあ、どうして……どうしてみんな兄様の悪口を言うのですか?」
クラウス兄様ははっきりとは答えてくれなかった。
「ロッテ、許してあげてくれ。もし俺がそのことで傷ついているのならお前が怒ってもいい。家族や友達を助けるのは当然だ。でも、本当に傷ついている人が誰かちゃんと見極めずに怒ってはいけないよ」
「兄様は傷ついてないの?」
「ああ、彼らも本気で思ってるわけじゃないからね。あ、本気じゃないからいいってわけじゃないよ。もし本当に落ち込んじゃってる人がいたら助けるんだよ」
「うん! 約束する」
今思えばうまく丸め込まれた気もするけど……。
食糧庫には数年分にも思える大量の干し肉が、物置には高そうな魔物?の毛皮や獣の爪らしきものが積み上げられていた。
「クラウスのやつ……。放っておけばゴミになってしまうものばかり置いていきおって」
「自分が戻るまで取っておいても意味がないと……。まったく、あいつらしいよ」
私には兄様たちの詳しい事情は分からないけれど、クラウス兄様が誰よりも強く優しい兄だったことはわかる。
「あいつほんとに、こんな高レベルの魔物を倒せる魔法使いだったんだな……ん? この紙は書き置きか?」
「ああ、そうみたい……兄さん、何か裏に付いてない?」
「っ! これ、宝石じゃないか?」
「ほんとだ。なになに……これ、ロッテにだって」
「え?」
宝石……そんなものどこから?
「まさかあいつ、フロンティアに入っておったのか!? いや、これだけの魔物を相手にしているのだから不思議ではないが……」
だとしても鉱脈を見つけるなんて、どれだけすごいのうちの兄様は……。
「う~む……」
「親父? どうした?」
「いや……実は私も宝飾品を手に入れられないかと頭を悩ましていたのだ」
「ああ、ロッテの結婚のための……」
「っ!」
え?
いきなり何?
結婚!?
「い、今すぐにではないぞ。だが、いずれロッテも嫁にやらねばならん。宝飾品の一つくらい持たせなくてはとは思っていたのだが…………調達のあてがな……」
父様、そんなに慌てなくても。
「なるほど……。クラウスはその父様の懸念も嗅ぎ付けていたのかもしれませんね」
「はぁ………本当にあいつには世話になってばかりだ」
父様のことだから、ついうっかり口に出してしまったのかも……。
「なぁ……これネックレス用のチェーンとか買うべきだよな……。どこで売ってる?」
「僕に聞くなよ……父様?」
「生憎、こんな辺境では高価なアクセサリーまでは仕入れておらん。……すまぬな、ロッテ。鍛冶師に頼んでおくから、少し武骨でも我慢しておくれ」
「いえ、ありがとうございます」
こういうところが抜けているのも兄様らしいと言えば兄様らしいかな。
「クラウス、どこまで行くんだろうね…」
「次に顔を出すときは竜に乗ってたりしてな」
きっとクラウス兄様は激しい戦いに身を投じることになる。本人は乗り気でなくても絶対周りが、世間が放っておかないもの。兄様、どうかご無事で……。
亜神。
それは下級神に次ぐ地位を持ち、ときに下級神に匹敵するほどの力を持つ。
上級神の眷属ではない、すなわちほかの生命体から神の領域へと進化した存在である。
そして、もうひとつ下級神との絶対的な違いがある。
それは神域に足を踏み入れることを許されず、その恩恵を受けられないということだ。
神の名を冠するにふさわしい力を持つ故、人の世界に干渉することは是とされず、神の領域に寄ることもできない不確定な存在である。
人の世のとある場所で、ひとりの亜神が呟いた。
「(予想通り……いや、予想以上か)」
彼の眼には何の啓示も無く、茨の道へと誘われた少年の姿が映っていた。
「(僕が戦う術を、せめて知恵を授けるべきだった。この身をこれほど恨めしく思ったことはないというのに…………)」
彼は知っていた。
その少年が『チュートリアル』を望んでいたことを。
だが、叶わないとなると自らその方法を模索して、彼の予想以上の成果を出すことは想定していなかった。
本来ならば、その少年が試みた鍛錬は決して推奨されるものではない。
彼にとって、少年の行動は無謀とも思えるひどく危険な物だった。
しかし、少年は彼の予想をいい意味で裏切る結果を示した。
それが少年の叡智によるものなのか、運によるものなのか、はたまた彼の恩寵によるものなのか今はまだ定かではない。
「(……だが、まだ足りない)」
彼は目を閉じる。
そして脳裏に映し出される、少年の運命を見てほくそ笑んだ。
「(愚かなクズどもの掃除を押し付けるのは心苦しいが、これも経験だと思ってもらおう。本人に言わせればそもそも戦いを望んでいないのだろうが、不可避なさらに強大な敵を倒すためだ。許してくれるだろう)」
その後、彼は少年のさらに未来を見ようとしてやめた。
今まで少年の様子を監視するため開いていた『窓』を閉じ、脱力する。
「(はぁ…………ここで無駄に消耗するわけにはいかないな)」
彼は少年の運命に強い興味を惹かれながらも、理性的な判断をした。
それが少年の望みであると信じて。
「――“時間支配”、――“聖気の泉”」
金色の、魔力とは違った力が空間を満たす。
神域に入れない彼にとって、それが少年と出会うときまでにできる唯一の準備だった。
序章はこれで終了となります。
次回からはいよいよバラ色の学園生活……の前に何話か挟むことになる予定です。
そして亜神の正体やクラウスとの関係がわかるのはだいぶ先になるかと。