78話 死に損ないは祟る
ロックバードの肉と内臓の解体は、概ね俺の予想通りだった。
冒険者ギルドの解体所の職員に確認したところ、モモ肉とムネ肉にレバー以外は捨てるとのこと。
当然、俺が許すはずもなく、かなり細かい指示のもと内臓全般に首の皮、それに手羽を解体させた。
いきなり最も悪名高い聖騎士の俺が押し掛けて、うるさく口出しされたのは災難だったかもしれないが、運が悪かったと諦めてもらうほかない。
少々時間を取らせたが、ロックバードの可食部は余さず回収した。
ギルドに売却したのは買い取り可能部位を収穫の半分。
即ち、卵を四つとモモ肉にムネ肉、レバーを二羽分だ。
もう半分は、こちらで引き取った。
手羽に皮、軟骨、セセリ、サエズリ、ハツ、砂肝、セギモ、キンカン、ボンジリは四羽分とも回収だ。
“分析”をかけたてみたところ、レバー以外にも毒物の反応は無かったので安心した。
問題は味だが、そちらは今度ランドルフ商会の本部で詳しく調べることにする。
それより今は卵の件を片づけなければならない。
次の日、魔法学校の食堂の調理場を借りてプリンを大量に作っていたところ、どこから嗅ぎ付けたのかレイアがフィリップたちを伴って押し掛けてきた。
彼女のご機嫌取りに、いくつか渡す予定ではあったのだが、これはいくつかでは済まないか……。
問答無用で最初に蒸した十個は分捕られ、彼らの胃袋に収まった。
その後もレイアの魔法の袋に次々とぶち込まれ、勘弁してくれたのは二つ目のロックバードの卵を半ば消費したときだった。
あと俺の分のストックを作れば、このプリン液も終わりだ。
ダチョウのものより遥かにデカいロックバードの卵を二つも消費するとは思わなかった。
「ま、こんなものかしら。入れ物がガラクタみたいなのは我慢するわ」
レイアの奴、根に持つタイプだな。
てか、ガラクタとは何だ!
俺が砂を高温で溶かして作ったガラスの食器や酒瓶は、見てくれこそ悪いが一般的なスライムガラスより耐久力は上なんだぞ。
プリンを入れるのに使ったコップも、分厚く外側はゴツゴツしているが、内側は凹凸が無いように苦労して加工した。
耐熱性も耐衝撃性も、スライムガラスに錬金術的な処理をした物には及ばないとはいえ、単純に成型しただけのスライムガラスやそこら辺の食器より遥かに優れている。
失礼な貧にゅ……何でもありません。
「ん? お前たち、どうかしたのか?」
「別に~」
「いや、何も」
レイアの勝ち誇った顔が鼻につく。
まあ、フィリップにチクられるよりマシか。
あいつにまでプッツンされて面倒なことになるのはご免だ。
とにかくこれでレイアへの賄賂は片付いた。
あと二つの卵はミゲールに任せる予定だが、彼の作ったプリンは絶対にやらん!
月日は順調に過ぎ、ある日の授業中。
ラファイエットの錬金術だ。
「さて、皆さん。今日はまず私が汎用の魔法の袋を作って見せるアルね。魔法陣の作成なんかは既にやってあるから、見せられるのはごく一部の最後の工程だけアルけど、目ん玉かっぽじってよく見ておくといいアルよ」
はいはい、ワロスワロス。
失明待ったなしですね、わかります。
「ああ、そうそう。見ての通り、この講義は1年生から3年生の全員と4、5年生の希望者を集めているアルね。何故アルね? 幸運にも滅多に手に入らない素材を使えるアルね。折角だから皆さんに製造工程の一部でも見せるアルよ」
ほう、それでわざわざ一番広い講堂で授業か。
そんなことを考えていると、遠くの方で上級生と思われる人物が手を挙げた。
「ラファイエット先生、質問です。その滅多に手に入らない素材とは?」
「ベヒーモスの筋繊維アルね」
周囲の学生の視線が俺に一斉に集中した。
まあ、最近ベヒーモスを持ってきた奴といえば俺しか居ないだろうな。
「その通り、イェーガー君の提供アルね。ちなみにこのワイバーンの革も去年イェーガー君が撃ち落としたやつアルよ。こちらはベヒーモスほど珍しい素材ではないアルが、十分に高品質な物アルね」
「なるほど、それほどの素材で作る高級品ともなれば、我々のような学生が見学できる機会など、まず無いですね」
「その通りアルね」
ラファイエットの答えに満足したのか、秀才っぽい先輩は席に着いた。
俺と目が合い、目礼してきたので、俺も軽く会釈しておいた。
彼の目に負の感情は無い。
恐らく、人間より研究や学問が好きなタイプなのだろう。
素材を提供した俺に対しては純粋に感謝をしてくれている。
それに対して他の奴らはどうだ。
「(あいつか、学生でありながら聖騎士になった奴ってのは)」
「(下級生のくせに生意気な)」
「(へぇ、あの先輩がそうなんだ。狙い目……)」
「(ふんっ、王宮ではわたくしに挨拶もしなかった無礼者ですわ)」
「(確か、オルグレン伯爵とヘッケラー侯爵と懇意だと……)」
「(土木ギルドのハイゼンベルグ伯爵の一族を皆殺しにしたらしいぜ)」
「(それ聞いたことある。見せしめに一人ずつ一寸刻みにしたとか)」
「(この講義はあいつを担ぐための茶番か)」
「(何を企んでいる?)」
俺は特に人の感情に敏感というわけではない。
むしろ殺気以外には鈍感な俺が空気の悪さを感じる時点で、どれほど嫉妬やら憎悪やらの薄汚い感情が渦巻いているかお察しというものだ。
「はいはい、時間も惜しいのでそろそろ始めるアルね」
ラファイエットの上級錬金術の実演が終わり、昼飯を食おうと思ったのも束の間、俺はまたしても面倒事に巻き込まれることになった。
これじゃあレイアをトラブルメーカーとは言えんな。
「貴様! 聞いているのか!? さっさと受けろと言っているんだ!」
俺の前で小型犬のようにキャンキャン騒ぐ馬鹿は何者なのか?
話は錬金術の講義の終盤に遡る。
「さて、実演も終わったことだし質疑応答に入るアルね。質問は秀才に任せる予定の諸君も、聴くだけはしておくといいアルね」
バレてーら。
慌ててラファイエットと目を合わさないようにした連中の数は多い。
俺と同じことを考えていたようだ。
「ラファイエット先生!」
突如、講堂全体に大声が響いた。
「何アルね?」
「確認したいのですが、この講義を行えたのは2年のクラウス・イェーガーのおかげだと、ラファイエット先生は仰いましたね?」
「その通りアルね」
「それほどの高価な素材を融通するとは、彼とはどういった関係なのでしょう?」
「どうも何も、彼が討伐した魔物の素材を任せてもらったアルよ。戦いに使える魔道具を彼には最優先で融通するという条件でね」
あの男は何が言いたいのか?
そもそも誰だよ?
「(ハイゼンベルグ伯爵の正妻イングリッド・フォン・ハイゼンベルグの浮気相手ハンスの息子カークだ。学年は我々の一つ上で3年。ハンスは平民で、カークとイングリッドと血の繋がりは無い。当然、彼女の実家のエクトル子爵家とも関係は皆無だ。イングリッドが私財で援助はしていたらしいが)」
フィリップが耳打ちしてくれた。
「(金持ちの葬式で初めて顔を合わせる親戚の親戚みたいな奴か……)」
「(貴公……まあ、その認識で問題ない)」
要は、ブタガエルの夫人があいつの親父と不倫して貢いでいたらしい。
俺の感覚ならハイゼンベルグ伯爵やイングリッドの実家のエクトル子爵家は、ハンスとやらを始末しそうなものだが、それはそれで恥の上塗りだからやらないらしい。
不倫が表沙汰になっている時点で十分恥さらしだと思うが、こういうのは本当に理解できんな。
「(今回の騒動でイングリッドも処刑だ。奴の父親のハンスもハイゼンベルグ伯爵家の関係者として抹殺されたが、息子は放置されたようだな)」
「(なるほど。エクトル子爵ってのは、どうなった? 貴族なら処刑は免れないだろう?)」
「(……貴公がシュッセンドー男爵と一緒に黒焦げにしたではないか)」
ああ、そうか。
逃げ出そうとしたシュッセンドーを始末するときに、ついでに周りのお仲間も何人か始末したな。
残念ながら名前など憶えていない。
「じゃあ、何か。あいつの親父とその金蔓だったブタガエルの妻が死んで、エクトル子爵家も滅んで魔法学校にも通えないほど財政難だと?」
「いや、学費は払い終えているはずだ」
「なら、卒業後の進路にケチがついて怒っているのです?」
「すぐに忘れ去られる程度の事件の主犯の係累の子ども。その程度で就職に影響などせんな」
それなら何も問題は無いのでは?
「卒業できれば、ですわね」
メアリーの言葉を聞いて周りの学生たちがクスクスと笑い始めた。
既に俺たちの会話は小声ではなくなっている。
「彼は放校寸前らしいですわ」
「そりゃまた何故に?」
魔法学校と銘打ちながら、魔力を持たない者まで受け入れ幅広い教育をしているのが、この王都魔法学校だ。
評価基準が各学生で違う以上、成績が悪いからといって留年や放校処分などあり得ない。
決して安くはない学費を払っているのだから学歴くらい寄越すのが筋というものだ。
入学のハードルも卒業難度も高い、より価値の高い学歴が欲しいのなら、私財を投じて勝手にそういう学校を作ればいい。
当然、今度は同じ価値を謳う学歴をより安くより簡単に買える学校が出てくるだろうが、ビジネスとはそういうものだ。
とにかく、学費を払った以上、放校寸前というのはおかしい。
もしや魔法学校の理事たちが、あのカークとかいう男をサンドバッグに選んだか?
「クラウス、恐らく貴公の考えていることとは違うぞ」
「ええ、デ・ラ・セルナ校長もそのような陰湿な嫌がらせは好みませんし、理事会もそれでクラウスやヘッケラー侯爵様の機嫌を取れると考えるほど愚かではありませんわ」
「なら、何をやらかしたのです?」
「今までもハイゼンベルグ伯爵夫人の身内を名乗り、出席しても居ない科目の好成績や首席順位を要求したりとやりたい放題だったのですが、最近では下級生への恐喝などに及んでいるらしいですわ。魔法学校には損害しか与えていませんわね」
なるほど、そりゃマズいな。
魔法学校としては、学校外のことに不干渉は貫いても自分のところに被害を出されては敵わん。
それなら明確な敵対行為として魔法学校が処分を下すのも納得だ。
「後ろ盾がポシャった以上、大人しく時間が過ぎて卒業するのを待てばいいものを……そうすりゃ普通に就職して将来の見通しも立つじゃないか」
「うむ、しかも金遣いの荒さが治るどころか下級生から奪うとは救い難いな」
「ラファイエット先生に突っかかって粗探ししているのもクラウスへの逆恨みね」
「下劣ですわ」
「うわぁ……あいつもう終わっているのです」
「き、貴様ら……おい! イェーガー!」
「あ? 俺?」
どうやら聞こえていたようでカークが顔を真っ赤にしながら怒鳴ってきた。
「貴様が……貴様は不正をしているんだろう! 由緒ある上級貴族であるハイゼンベルグ伯爵家に反抗しておいてお咎め無しとは。そうだ、理事会にも賄賂を贈っているんだ。そうに違いない! ベヒーモスやらワイバーンやら高価な素材を買えるほどの財力があるんだ。賄賂を工面するくらい造作もないだろう。そうでなければ貴様を担ぐ理由など……」
俺があの役立たずの理事に何かを送る理由など無い。
「……あんたと一緒にするなよ」
「クラウス、この人はそれ以下ですわ。賄賂を贈りもせず、ハイゼンベルグの関係者を騙るだけで首席の座を要求するんですもの」
俺とメアリーの返しを聞いて、周囲の学生のクスクス笑いがさらに広がった。
「くっ、しかしあのような品を買うルートを持っているとなれば……」
「なぁ、先輩サマよ。ワイバーンは去年の国賊の襲撃の際の獲物。ベヒーモスはトラヴィス辺境伯からの要請で討伐したものだ。それ以上の説明が必要か?」
「語るに落ちたな! そもそも貴様のような下級生が、聖騎士である校長も苦戦するような相手と戦えるはずがない! ベヒーモスを討伐したなど嘘に決まっている!」
「そもそも俺も聖騎士なんだけど……。どこからそういう発想が湧いてくるのか、俺には理解できんよ」
カークに同調する奴は少ない。
しかし下級生には俺を胡散臭げに見る目がいくつかある。
まあ、去年王都に居なかった連中は、俺の戦いどころか『黒閻』の襲撃にすら居合わせてなかったのだから仕方ないか。
「とにかく! 貴様は不正に理事会とラファイエットに取り入っているんだ! これは魔法学校の権威に関わる由々しき問題です」
どの口が言うんだか……。
大体、こいつはどっかの貴族のボンボンみたいな振る舞いをしているが完全なる平民じゃないか。
父親が謀反を企んだ貴族家の人間の愛人だったというだけだ。
俺の方は下級貴族の士爵家とはいえ直系である。
それだけでも身分はこっちが上だ。
ここまで勘違いできるのは一種の才能だな。
「もういいアルね! カーク君、あの襲撃事件の鎮圧もトラヴィス辺境伯領でのベヒーモス討伐も大勢の戦死者と功労者によって成されたアルよ。最大の功労者であるイェーガー君の戦績を否定するのは、事案に関わった全員を侮辱する行為と知れアルよ」
ラファイエットがついにキレた。
彼は研究バカに見えて、素材を提供してくれる戦士や冒険者たちには十分な敬意を払っている。
「それと、いくら人を貶めたところで君は私の科目は落第アルよ」
「な、何故ですか!?」
「出来が悪いだけなら落としたりしないアルよ。それ以上の指導もしないし、錬金術師の道を薦めないだけアルね。でも、テストも受けず提出物すら出さないで好成績の認定だけを要求するのは喧嘩売っているアルね」
そりゃそうだ。
及第点はともかく高得点は与えられるものではなく取るものだからな。
「後ろ盾の権威を示すために意図的に横暴に振る舞っていたみたいアルが、馬鹿は駆逐されたアルね。それはうちの理事会に巣食っていたド腐れも例外ではないアルよ。今回の件は上に報告される。沙汰は追って知らせるアルね」
なるほど、ハイゼンベルグ伯爵家の関係者は理事にも居たわけか。
そちらはシルヴェストルやデ・ラ・セルナたちが上手く処理したようだ。
「他の学生に掛けた迷惑の分を君に償ってもらおうにも、今の君では何の役にも立たないアルね。これ以上、シルヴェストル先生の機嫌を損ねたくないのであれば大人しくしているアルね」
「そ、そんなことが許されると……」
「君の悪行の数々を鑑みれば同情の余地は無いアルよ」
やれやれ、どうやらこの馬鹿はシルヴェストルたちが始末してくれるようだ。
「さて、今から質問に答えている時間は無いアルね。ここらで終わりにするアルね」
ラファイエットが教壇から降り、学生たちもゾロゾロと講堂を後にする。
「こんな……こんなはずでは……」
カークの奴は項垂れているが俺の知ったことではない。
学外の問題だけで魔法学校から処分されるのであれば同情するが、彼は他の学生に損害を被らせ学校側にも無茶な要求をして迷惑を掛けていたのだ。
反撃されないと思う方がおかしい。
「行くぞ、クラウス。昼飯だ」
「ああ」
俺もフィリップに続いて講堂を後にしようと席を立った。
「くそっ……待て! イェーガー!」
俺は無視して立ち去ろうとしたが、カークの次の言葉で足を止めた。
「俺と決闘しろ!」
唐突なカークの言葉に既にドアの外まで出た学生たちも足を止めている。
面倒なうえに突拍子もない行動を取る奴だ。
質が悪い。
「貴様! 聞いているのか!? さっさと受けろと言っているんだ!」
こいつ、今すぐ射殺したらダメですか……?
ダメですよね……。
俺はそっとため息をついた。