75話 新学期
前半は灰色の夏休みを過ごす羽目になったクラウスの愚痴タイムになります。
ご注意ください。
夏休みが終わり魔法学校の2年次の授業が始まった。
長いはずの夏休みは砂漠にベヒーモスを倒しに行ったり、武芸大会での件があったりと、まともに休めなかったな。
まあ、ベヒーモスの魔晶石とローブが手に入ったし、金もたっぷり支払われたのでよしとするか。
ちなみにベヒーモスの売却金を受け取りに行ったときに渡された金額は、白金貨で二百枚以上あった。
日本円なら二十億超えだ。
ヘッケラーやラファイエットに素材を大分譲ったので、下手な竜種よりも高いのが不思議だったが、本来ならぐちゃぐちゃになる頭部をかなり綺麗に採取できたことと、ヘッケラーがレポートにまとめたベヒーモスの攻撃パターンの報酬もあるのだろう。
それに武芸大会でかなりの数の厄介な貴族を排除できたので、そちらの報酬も上乗せしてくれたようだ。
金と言えば、俺が商談をまとめたトラヴィス領の香辛料やサンドバッファローの内臓を使った料理も、ランドルフ商会が介入し俺には報酬が入っているので定期的な収入の面でも安心だ。
もう隠居してもいいんじゃないかね?
まあ、『黒閻』が片付かない限り俺に平穏な日々は訪れないんだろうな。
よくよく考えれば、商会の開発者として十分生活していけるのに、何故に俺は危険な戦いに身を投じなければならんのだ?
それもこれも『黒閻』のせいだ。
今まではデ・ラ・セルナが標的だったはずなのに、俺まで敵認定しやがった。
「というように、錬金術における下級や上級の分け方は理論の難解さではなく製作難易度に基づいています。ラファイエット先生の授業でもこれから扱うでしょうが……」
例の闘技大会でアーネストが使ったゴーレムの解析は粗方終了した。
俺はゴーレム自体を見ても分からないので、ノックガンを調べてみたのだが、結論から言ってわかったことはほとんど無かった。
いや、一つだけわかったことを挙げるとすれば、製作者は筒状の鋼鉄から鉛を飛ばすため無駄に高価で珍しい薬品と複雑な魔法陣を利用した、ということだ。
どうやら銃という概念は知っているものの仕組みについてはまるで理解していない、超一流の錬金術師が作ったようだ。
偶然この世界のどこかに居る天才技術者が発想し、偶然どこかの一流の錬金術師が作ったと考えることもできるが、タイミングが良すぎる。
俺は銃弾を受けて生き延びたボルグが自分で再現したか、仲間の錬金術師に作らせたものではないかと考えている。
しかし、それならあのノックガンが俺の38口径リボルバーと比較して遥かに完成度の低い物だということはわかるはずだ。
何故、そのような明らかな欠陥品を投入したのか謎である。
デ・ラ・セルナにも俺の前世に触れない程度に説明した。
俺の銃を真似したものであることはわかったようだが、彼もノックガンの残骸から大した情報は得られなかったようだ。
一応、『黒閻』の幹部で錬金術に秀でている者として『魔帝』の称号を持つ男エルアザルのことは教えてもらったが、これが本当に彼の作品なのかなどを調べる術は無いそうだ。
「例えば、理論は詳しく解明できていなくても下級の錬金術に分類されるものとして魔術師の魔法の袋が挙げられます。汎用の物は上級です。逆に、皆さんも使ったことがある方は多いでしょうが、洗浄や着火の魔道具は普及しているにも関わらず製作難易度は中級です」
「ベルリオーズ先生、最上級は?」
「転移結晶は最上級ですね。他はアーティファクト級の魔道具を再現する場合は、ほとんど最上級に分類されます」
そういえばクレメンス・フォン・ハイゼンベルグ伯爵は処刑された。
俺やレイアだけであれば、裏社会の人間から不正に仕入れた兵器でフィリップを襲ったこと、観客に危険を及ぼしたことを問題にするのが限界だ。
良くて伯爵家は断絶、クレメンス自身は地方の教会送り、妻子は貴族籍を剥奪だ。
悪ければ賠償金だけで済まされるところだった。
それが観客としてリカルド王が来た時点で状況が変わった。
それでもゴーレムを放ってくれたのは、クレメンスとアーネストが本物の馬鹿で、取り巻きも無能だったからである。
奴らのやったことはリカルド王の暗殺未遂、反逆罪だ。
クレメンスと他の貴族家の当主は処刑、シュッセンドー男爵はじめ数人の貴族は抵抗したため俺がその場で制圧し死亡、今回の件に関わった貴族の妻子は教会送りだ。
こんな奴らでも一族郎党を連座で皆殺しにすると騒ぐ連中も居る。
それに俺自身も、身内の罪の連帯責任で処罰を受けさせるというのは好きじゃない。
もっとも、アーネストを見ているとクレメンスの親戚にもまともな連中は居ないように思えるが……ここら辺で納得すべきだろうか。
まあ、クレメンスたちを尋問して聞き出せた情報もケチな闇商人止まりで、既に口封じをされたか自然に壊滅した盗賊までしか追跡できなかったので、これ以上責めても時間の無駄だろう。
落としどころが見つかったのなら、今更蒸し返すこともあるまい。
「魔法の袋に関して少し詳しく話しますと、魔術師の魔法の袋は一般的に“倉庫”の魔術を増幅するものと言われています。汎用の魔法の袋は魔石が制御の基盤と魔力の供給を、魔法陣が“倉庫”と同様の現象を起こし増幅するところまでを司ります。どちらも『収納する物品に魔術をかける』ことで『保存する』という認識が近いです。ですから生物が入れる魔法の袋や、時間が外と同じく経過する『亜空間』を作るのは難しいのです」
ところでアーネストとマリウスは魔法学校を退学した。
国賊との裏取引とリカルド王殺害未遂の実行犯の一人なのだから死刑かと思っていたが、どうやら彼らも他の貴族の子弟と同じく教会送りらしい。
さすがに国王を襲撃したも同然のことをしでかした奴を処刑したところで、うるさく言う奴は居ないと思うが……。
二人とも赤ん坊ではないのだ。
前世で12歳といえばまだ小学校6年生から中1で子どもだが、この世界の貴族の出で12歳ならば判断能力は十分培われているはずだ。
反逆罪の責任くらい取らせてもいい気がする。
まあ、リカルド王が情けをかけるポーズが必要なのだろう。
これが親であるクレメンスのせいで巻き込まれたのなら俺も同情するが、奴は典型的な勘違いした貴族のお坊ちゃんで、嫌がらせのために『黒閻』の手先の暗躍を助けるも同然のことをしたのだ。
……奴が居なければ、俺がここまで深く『黒閻』と関わらないで済んだのではないか?
そう考えると無性に腹が立ってきた。
あいつらも五、六発くらい殴っておくんだったな。
「等級が難易度によって決まるということは、今は上級とされているものが数十年、いや数年後には初級になっているかもしれないのです。学問とは須らく……ミスター・イェーガー?」
あいつらが退学になったことは気の毒に思っていたりする。
特待生は別にして、他の学生は安くない学費を払って学歴を買っているのだ。
学生が他でどのような行いをしようが、学校には関係ないだろう。
無差別大量殺人犯だろうと、学校や大学は入学を認めた以上、最低限やるべきことは卒業させることだけだ。
アメリカの某有名大学などは別にしても、日本においては高校でも大学でも、客である学生側が店である学校側に買い求めるのは学歴であり卒業資格だ。
それを納品しないなどレストランで注文して金を払い、料理が出されないのと同じだ。
授業や講義の内容、環境などはサービスである。
これもレストランに例えたら内装や食器と同じだ。
それに凝るから学費というものは高くなるわけだが……。
とにかく学生がとんでもない罪を犯したからといって、所属している学校組織を責めるのはお門違いだし、そのような見当違いの批判を真に受けて退学させる側もどうかしていると思う。
しかし、今回の事件を通して俺がアーネストたちを嵌めたのは事実だ。
まるで俺が退学に追い込んだみたいじゃないか!
この悪評、どうしてくれる!?
「ミスター・イェーガー、大丈夫ですか?」
これに関しては逆恨みであることは重々承知だが、あいつらは散々俺の邪魔をしてくれた。
ベヒーモスを倒して帰ってきた後の、残り少ない夏休みが武芸大会と後始末とノックガンの調査でパーだ!
何をしても憎たらしい連中だ。
「ミスター・イェーガー!」
「あァ!?」
「ひぃ!」
ベルリオーズが飛び上がったことで俺は我に返った。
そういえば今は彼の魔法理論の授業中だった。
殺気が漏れたか……。
やっちまったな。
「……すみません、ベルリオーズ先生。少々、不愉快なことを思い出してしまいまして」
「いや、問題ないなら結構。珍しいですね、君が上の空だなんて」
正直、魔法理論の今日の単元は聞かなくても問題ない。
錬金術の分類は教科書を読めばわかる話だし、世界中の魔道具を全て分類できるように記憶することなど不可能だ。
魔法の袋に関しては筆頭宮廷魔術師であるヘッケラーから直々に教えてもらった。
今日の授業の内容に加えて、時間が普通に経過する亜空間が出来たらワインセラーやチーズ倉庫を持ち歩ける、という話まで聞いている。
レポートを書けと言われたら兵員輸送のことでも足して書けば満点だろう。
とはいえ、ベルリオーズには悪いことをしてしまった。
彼も学者タイプで戦闘員ではないから殺気には慣れていない。
以後、気を付けよう。
「えーと……罪多き生涯を悔い、魂の安寧を享受せよ――聖矢」
週末の図書館の一角に俺の姿はあった。
本棚の影でコソコソと魔術の詠唱をする姿は、この魔法世界においても不気味に違いない。
週末のガラ空きの時期を狙って来たので、俺の他に図書館を利用している学生は居ない。
そうでなければ、俺は即通報されてラファイエットの警備ゴーレムに摘み出されるか、シルヴェストルの説教部屋へ連行されるだろう。
「はぁ、ダメか……」
そして今俺が練習している魔術の習得状況は芳しくない。
いや、全く進展が無いと言った方がいい。
先程から何度も初級の聖魔術を練習しているのだが、全く発動する気配が無い。
当然、中級の“聖槍”を詠唱してもウンともスンとも言わなかった。
傍から見れば、分厚い本を片手に、壁に立てかけた薪に手を翳して中二病なセリフを呟いているだけだ。
何だか悲しくなってきた。
聖魔術は実家の魔術教本には書かれてなかったが、魔法学校の図書館にはいくつか聖魔術関連の本があった。
当然、試してみたのだが、まともに発動した試しが無い。
俺が聖魔術を使えないことはヘッケラーにも話してあり、彼も師匠らしく原因を考えてくれたのだが、残念ながら新たな発見は無かった。
精々、俺が不得手とするのが聖属性だったのではないかという推測くらいだ。
確かに、魔術師でも人によって得意属性は違い、苦手な属性は全く使えないというケースも少なくない。
火魔術が一切使えないエルフは珍しくないし、水魔術が苦手なドワーフも多い。
その代わりにエルフは人族よりも風魔術に秀でた者が多く、ドワーフも火や土の魔術を得意とする。
人族や獣人と違い、そもそもエルフやドワーフは魔術を扱える者の割合が多いのだ。
俺は雷という基本四属性ではない、特殊な属性の覚醒魔力を持っている。
聖や闇でもない。
本来、雷の魔術は水と風の複合として“落雷”があるくらいで、人間の扱う魔術の基本的な属性に数えられていないのだ。
要は、かなりマイナーなパターンということである。
情報が少ないのも納得だ。
“落雷”自体が強力な魔術であるため風当たりがマシなのは幸いだった。
これが空間属性――この世界に概念があるのかはわからないが――などの理解されにくい属性であったら、俺を排斥する動きはもっと活発だったであろう。
現代人なら空間把握レーダーや次元切断剣や火器の弾薬を無限供給など強そうな利用法も思いつくが、この世界の文明のレベルでは着想できない。
平民より高度な教育を受けている貴族もお察しだ。
そういう連中に限って、人を貶めることが生き甲斐なのだから救い難い。
何はともあれ、俺の珍しい属性に関する研究が阿呆の横槍で妨害される可能性は減った。
それでも現状として俺の雷属性の分析は芳しくないのである。
せめて、初級の聖魔術を使える段階までは解析を進めたい。
「――“聖光”」
俺の指から白色の閃光が伸び薪を焦がし抉った。
成功したじゃないかって?
残念だが“聖光”は収束などしないし、この閃光も聖属性ではない。
ヘッケラーのお墨付きだ。
威力が高い“熱線”と言った方が近い。
「“レーザー”……だな」
今の一撃は、とことん魔力を絞った。
全力で撃てばベヒーモスの外皮すら貫くかもしれない。
まあ、その威力を出そうと思ったら魔力の消費量も半端ではなくなるし、魔力を練るのに時間がかかる。
俺でなければ即魔力が尽きる。
ベヒーモスを倒すには魔力剣で首を落とした方がいい。
「――“レーザー”」
俺はもう一度威力を絞ったオリジナル魔術“レーザー”で薪を穿った。
攻撃範囲が狭く銃の代わりにはなるかと思ったが、腰からP226を抜く方が圧倒的に早い。
本当に、ただ強力な“熱線”だな。
まあ、これはこれで何かに使えるかもしれない。
銃弾より細い穴を深く穿ちたいときなどに……状況が思いつかないな。
金庫破りとか?
物理でぶち抜いた方が早い。
外科手術?
素人が軽々しく手を出していいものじゃない。
“レーザー”の利用法を考えるのを中断した俺は、先ほどの“レーザー”が貫通して壁に穴が開いていないことを確認し、的にした薪を魔法の袋に仕舞った。