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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編2年
74/232

74話 帰り道

 ベヒーモスの分配が終わる頃にはすっかり夜も更けていた。

 錬金術の素材として有用な眼球や脳などの頭部素材、内臓などはラファイエットに多くを譲りレイアとヘッケラー個人にもいくらか渡ったものの、宮廷魔術師の研究に使うとのことでほとんど捌けた。

 肉は固くて食えたものじゃないらしいが、繊維を解して錬金術の素材になるらしい。

 太くて硬いので弓の弦や布にはならないようだ。

 俺のクロスボウの強化にも服にも使えないのは残念だったが、需要はあるようで王国が買ってくれた。

 しかし、処分に困る在庫が無いわけではない。

 骨や爪や牙の類は王国政府もかなりの量を買ってくれたが、やはり大量に残った。

 特に骨が。

 ベヒーモスの骨はアダマンタイトほどの硬度は無いが、下手な金属より折れにくく曲がりにくい。

 槍や長柄武器の持ち手に最適なのだそうだ。

 もちろん魔力剣もとい魔力槍を使うのなら総ミスリルなどの方がいいのだが、特殊な効果を持った魔剣や魔槍には魔物素材がよく用いられる。

 ベヒーモスの骨を削り出して作った柄は雷系の効果を持つ魔剣などになるわけだ。

 牙や爪も刃に使えばドラゴン素材には劣るだろうがSランクに恥じぬ性能の武器になるはずだ。

 とはいえ、王国政府も武器商人じゃない。

 上級竜クラスの素材なら国を挙げて全部買い取るだろうが、ベヒーモスのレベルならばヘッケラーが倒したリヴァイアサン然り、他にも討伐される機会はある。

 国家予算をドバドバ注ぎ込んで買い占めるわけにはいかないのだろう。

 それに骨は爪や牙に比べて量が遥かに多いわけで、槍の柄ばかりあっても仕方がない。

 おかげで俺は恐竜の骨より遥かに太く長い白骨を山盛りで引き取ることになったのだ。

 まあ、少しは捌くあてがある。

 そのために真っ直ぐワイバーン亭に帰らず寄り道をしているのだ。

 訪ねるには少々非常識な時間だが、まあ勘弁してほしい。

 しかし、今はそれ以上に気がかりなことがあるのだが……。



「どうしましたの、クラウス?」

「いや、未婚の女性と夜道を二人っきりというのは……」

 フィリップの野郎はさっさと自分が泊まる高級宿に行っちまった。

 どうやら今日はファビオラを連れ込むようだ。

 部屋は別だと言っていたが、どうだか……。

 レイアはワイバーン亭に宿を変えるようで、先に帰っている。

 彼女に夜道の護衛は必要ないだろう。

 接近戦の経験はあまり無い魔術師だが、常に魔法陣やら魔道具やら何重にもセキュリティを張っているのだ。

 襲った人間が不幸になる。

 ならばメアリーは送るのかと思いきや、俺が近いうちに武器屋に行くことを聞くと、今日中に武器屋に行き、ついでにメアリーを送るように言ってきたのだ。

 信用があるのは結構なことだが、この状況はいかがなものか……。

「ふふ、フィリップの粋な計らいですわ」

「?」

 頭にクエスチョンマークを浮かべる俺に、メアリーは一拍おいてから話し始めた。

「ねえ、クラウス。わたくしは、ひどい女ですわ。一緒に強大な敵に立ち向かった仲間でありながら、その一人と恋仲になるともう一人の男性を盾にしようとしてしまうんですもの」

「おい、その件は……」

「フィリップは絶対にそんなことを是としませんわ。今こうして、あなたにわたくしを送らせていることは何よりの信頼の証だと思いますの。彼は、あなたと同じ目線でものを見ている。でも……」

 メアリーが溜息をついて可憐な眉を寄せた。

「でも、わたくしにはそれはできない。正直、婚約者であるわたくしを同性の友達より優先してほしい。そんな浅ましい思いが、あなたへの嫉妬すら生み出し……」

 おいおい、腐った関係を疑われているのか?

 BL疑惑は勘弁……いや、真面目に聞くか。

「そんな身勝手な人間でありながら、人に嫌われることを極度に恐れている。わたくしは……」

 人間なんてそんなもの、愛情を優先するのは当然、って言い方はまずいんだろうな。

 うん、ポジティブにメアリーのことを肯定しよう。

 それしかない。

「それもオルグレン伯爵家には必要なことだろう?」

「え?」

「レイアは俺やフィリップと戦いの場に出たから仲間意識が強い。ファビオラも達観しているように見えて情には厚い。メアリー、いざというとき君が一番フィリップを最優先に考えられる。そういった伴侶があいつには必要だ。他の誰も代わることができない、な」

「クラウス……」

 えーと、次に何て言おうか?

 こういうのは得意じゃないのだが……。

「あ~、なんつーか……俺はフィリップと教会が悲鳴を上げるような関係になるつもりはないわけで……その……」

 メアリーはしばらくポカンとしていたが、やがて大声を上げて笑い出した。

「あははははっ。クラウス、あなた、女の子を慰める才能はありませんわ」

「ぐっ……」

 痛いところを突いてきやがる。

「でも……」

 メアリーが不意に真面目な表情になった。

「素敵よ、クラウス」

 …………………………………………え?

 今なんて?

「メアリー、まさか……」

「フィリップより先に会っていたら……いいえ、フィリップが存在しない世界だったら、あなたにもチャンスはあったかもしれませんわ」

「……何だよそれ」

 俺の苦笑いとは対照的にメアリーの笑顔は晴れやかなものだった。



「ふぅ、すっかり遅くなったな」

 武器屋の親父さんとアンはメアリーが帰るのを待っていたらしく、まだ起きていた。

 メアリーを送ってきたのがフィリップじゃないことに首をかしげていたが、ベヒーモスの素材を見せたらすぐに切り替わった。

 明日に回して今日は寝るって選択肢は……ないですね、はい。

 メアリーと約束していた小魔石を十個に白骨と爪や牙を並べてみたが、アンは食い入るように観察し始めてとても話ができる雰囲気ではなかった。

 仕方ないので爪と牙を複数、骨は大きさごとに一つずつ置いて、欲しいものの選定はまた後日と言う流れになった。

 武芸大会を通した一連の事件は一応の収束を見せたが、謎はまだ残っている。

 恐らく、ゴーレムの分析では俺が呼ばれることになるだろう。

 何せ、この世界では俺しか知らないはずの銃の技術が使われていたのだ。

 この世界に天才が生まれたのか?

 『黒閻』のボルグが俺に撃ち込まれた銃から再現したのか?

 それとも他に転生者が居るのか?

 調べなければならないことは山ほどある。

 だが、今日はもう休もう。

 クタクタだ。

 商店街を重い足取りで歩きながら、ときどき路地裏を確認して敵の襲撃が無いか確認する。

 欠伸を噛み殺しながら歩き続け、ようやくいつもの宿屋ワイバーン亭に着いた。

 昨日も泊まっていたはずなのに久しぶりに戻ってきた気がする。

 俺は扉を開き、足を踏み入れた。

 受付にはいつもの女将さんが座っている。

「ああ、お帰り。今日はもう遅いから、お湯はいいかい?」

 俺は一瞬考えてから返事をした。

「お湯は自分で出せるので結構ですが桶を貸してください。現代人に風呂は必要なんです」





 中央大陸某所。

 周囲を強力な魔物が支配する地域に囲まれ、誰も手が出せないフロンティアの奥地。

 岩肌が剥き出しになっている渓谷を颯爽と歩く女が居た。

 腰には禍々しいレイピア。

 明らかに魔剣の類だ。

 服は革鎧の軽装だが見る者が見れば、そう簡単には手に入らない魔道具だとわかる。

 彼女は唐突に立ち止まり、汎用の魔法の袋から出した魔法陣を掲げた。

 短杖を押し当て魔法陣を起動させると、目の前の岩が消え去りぽっかりと空いた洞窟が姿を現す。

「まったく、こんなところに閉じ籠って……辛気臭いねぇ」

 女が洞窟を奥へと進むと、徐々にその場所が人の手によって作られたものだということが浮き彫りになった。

 致死性のトラップにかからないように気を配りながら歩を進め、ついに広い空間に出た。

 中には二人の男が不機嫌な表情で待ち受けていたが、女は気にすることなく近づく。

「遅かったではないかロベリア」

「そりゃあ悪かったね。馬鹿なお坊ちゃんにあんたのゴミを渡すためだけに、さらなる馬鹿をいくつも経由させ、報告に戻る場所はこんな馬鹿馬鹿しい仕掛けの奥だったもんで」

 先ほど小言を言った魔術師風の男――『黒閻』の幹部にして『魔帝』の称号を持つエルアザル――は嫌味に眉一つ動かさず薬品の調合を続けた。

「で、首尾は?」

 もう一人の椅子に座り剣の手入れをする男――『冥帝』の称号を持つ男ボルグ――から掛けられた声に一瞬顔を顰めるも、ロベリアは淡々と答えた。

「ああ。エルアザルの武器は成功だろうさ。闘技場の地面が大きく吹っ飛んだらしいからね」

「どうやって調べた?」

 ロベリアは今度こそ不機嫌な顔を隠さなかった。

「それがあんたと何の関係があるんだい?」

「情報の精度が知りたい」

「……ちっ。観客席に居合わせた貴族の家の使用人が、店で喋っているのをあたいの情報屋が聞いたんだよ」

 ボルグは剣の手入れをやめてロベリアを睨む。

「貴様……そんな不確かな情報源で……」

「うるさいね! あんたがイェーガーとかいうガキに負けて、デ・ラ・セルナのじじい一人すら始末できないから、あたいが出張っているんじゃないか!」

 ボルグは無言で剣を鞘に仕舞いロベリアを睨むが、彼女はヒートアップするばかりだ。

「大体、無駄なんだよ! 妙に策士ぶって。あいつらを殺したきゃ、今すぐ知り合いの小娘の一人でも攫って……」

「それは前に警備隊の駒にやらせて失敗しただろう」

「あたいなら成功してたさ」

「いいや、貴様ならば死んでいた。それに奴らはオレたちのことを知った。二度と同じ手は通用せん」

 睨み合うボルグとロベリアを尻目にエルアザルは溜息を吐き一言。

「無駄だな」



「エルアザル?」

 ボルグがロベリアから視線を外し、調合の手を止めたエルアザルを見た。

「今の情報だけでは、いくら薬品を変えたところで無駄だ。例の『破裂暗器』は作れん」

 エルアザルは一度錬金術などに没頭し始めると、途端にマイペースになる。

 気勢を削がれたボルグとロベリアが興味を失くしたように視線を外した。

「破裂音と共に鉛の礫を放つ魔力反応の無い魔道具。掌より幾何か大きい黒い金属の塊で先端には弓ではなく筒がついている。お前が受けたのはそういった物だったな」

「ああ、その通りだ」

「恐らく小規模な“爆破(エクスプロージョン)”に似た現象を発生させ、その勢いで筒の中の鉛を飛ばすのだろう。同じ大きさで最初から再現できるとは思っていないが、こうもうまくいかないとは……」

 ロベリアが首をかしげる。

「参考までに聞くけどさ、何がうまくいかないんだい?」

「まず、魔力反応を完全に消すことなど不可能だ。魔石を使うのは却下。いくらか感知しにくくなる程度なら薬品と暗器の外郭に処理をすることで可能だ。しかし、どうしても狙ったタイミングで破裂を起こすとなると、遮断できる程度の魔力で動かすことは難しい」

 エルアザルは続ける。

「それにボルグは、数発の鉛を連続で食らったと言ったな?」

「ああ」

「筒をいくつも束ねれば複数の鉛を飛ばせるが、時間差で発動させるなど、それこそ魔石や魔法陣を使わなければどうにもならん!」

 エルアザルはボルグが食らったクラウスの38口径リボルバーの説明を元に、同じ兵器を作り出そうと試行錯誤していた。

 しかし、時間差で六発の弾を食らったことはわかっても、リボルバー機構のことなどわかるはずもない。

 むしろガス圧のこともろくに知らず、筒に詰めた鉛を飛ばす銃の原型を作り出したエルアザルに感服すべきだろう。



「お前を追い詰めたクラウスとかいう少年は、我をも超える錬金術師かもしれぬな」

 これはエルアザルの勘違いだ。

 クラウスには錬金術の心得はあまり無い。

 前世の趣味の知識から銃を作り出したわけだが、エルアザルがそのようなことを知るはずもなかった。

「でも、ゴーレムは成功したんだろ」

 気楽なロベリアにエルアザルは眉を顰めた。

「お前は地面が吹き飛んだと言ったな。死体の話は無く。それは誰も仕留められていないということではないか」

 これにはロベリアもどう言っていいかわからず、黙るしかなかった。

「恐らく、小型化することも肝なのだろう。我の手作業ではゴーレムに使わせる大きさでないと調整しにくいが、破裂暗器の真髄は不意打ちで魔力反応を捉えることができない致命的な攻撃を放つことのはずだ」

 再び考えに没頭し始めてエルアザルを見てボルグが声を掛けた。

「エルアザル、破裂暗器の研究もいいが例の計画に支障は無いのだろうな?」

 ボルグに現実に引き戻されたエルアザルは少々不機嫌な表情をしながらも答えた。

「問題ない。奴らもしばらくはゴーレムの件で手一杯だろう。右往左往している間に我々は計画通り動けばいい」

 

今回で武芸大会編は終了となります。

次回からは2年の新学期がスタートです。

乞うご期待。

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