72話 ささやかな祝勝会
「さて、堅苦しいのは無しだ。皆、ご苦労であった。存分に楽しめ」
武芸大会が終わり、ようやく帰れると思ったのも束の間、何故か俺たちは王城へ召喚されてしまった。
ヘッケラーやフィリップたちだけでなく、俺やマイスナー、バイルシュミットにシルヴェストルまで。
警備隊の二人やシルヴェストルは完全に委縮していたな。
恐らく、自分たちの人生で王城に足を運ぶことなど無いと思っていたのだろう。
そして通されるのは謁見の間かと思いきや、リカルド王に案内された場所は豪勢な装飾が施された食堂だった。
立食パーティーができるほどの広さではない。
限られた人間が王族との会食に使うような部屋なのだろう。
「諸君の功績としては非公式なものになるが、国賊まがいの連中を嵌めることができたのだ。遠慮なく寛いでくれ。それに褒美はたっぷりと出そう。連中から色々と押収するので、余の懐は痛まないからな。はっはっは」
まあ、これもリカルド王の粋な計らいってわけか。
遠慮なく料理をいただくとしよう。
「ところで、例の賭けの勝敗はどうなるのだ?」
そういえばフィリップとマイスナーの戦いの予想で賭けをしていたな。
俺はマイスナーが一度は反撃する方に賭け、他は皆フィリップが一発で倒すと踏んだ。
リカルド王の言葉でようやく俺たちも思い出した。
試合の直後はレイアたちが飛び出し、俺もマイスナーの治療に向かっていたから、すっかり忘れていた。
「そういえば何を賭けるかも決めていませんでした」
「まあ、今更いいではないか。白魔の、賭けの結果も……引き分けであろう」
「確かに、フィリップ君が一撃で決めましたけど、マイスナー大尉の蹴りも掠りましたからね。条件の後付けは美しくありません」
「その通りだ。賭けとは自らの生存本能を試す真剣勝負。後からゴチャゴチャと言うのは無粋の極み」
ヘッケラーとニールセンはギャンブルに一家言あるようだ。
ここでフィリップが口を挟んだ。
「何の話をしておるのだ? クラウス?」
見るとマイスナーもバイルシュミットもきょとんとしている。
当事者の二人は知らなくて当然だし、バイルシュミットも貴賓席には居なかった。
結局、俺が説明することになるのかい。
「実は……」
「ほう、我々の真剣な闘技を賭け事に?」
何故、俺がフィリップにキレられなければならんのだ!
マイスナーとバイルシュミットは、模擬戦が賭けの対象になるのは慣れたものなのか苦笑いしているだけだぞ。
「まったく、気楽な……」
フィリップに融通が利かないところがあるのは知っているが、このままでは俺が嫌味ラッシュを食らうことになるな。
普段なら聴いてやらないこともないが、今回はこっちも散々だったんだ。
俺にも言いたいことがあるぞ。
「なあ、フィリップ。そもそも今回の件は、ブタガエルと俺の確執も関係しているとはいえ、君がレイアたちと乳繰り合っている最中に絡まれたことに端を発しているだろう。俺が遠征に向かった後、そっちは何をしていた?」
「むぅ……」
「まったく、俺が砂まみれになってベヒーモスと相撲を取っている間に、お前さんは婚約者とイチャコラか? 俺の周りにはむさ苦しいおっさんしか居ないっていうのによ!」
「……それは……何というか……」
ああ、駄目だ。
自分で言ってて悲しくなってきた。
何故かニールセンやマイスナーからも同情の目を向けられてしまった。
「イ、イェーガー将軍。そなたの身分と武功なら、嫁など選び放題だろう。今度、昼下がりに王宮に来てみるがいい。靡く女などいくらでも……」
「実家の家計が火の車で金目当て」
「うっ……」
「俺と寝たことを吹聴したいだけのビッチ」
「そ、それは……」
「見栄っ張りと浪費が過ぎて婚期を逃したババアまで近づいてきましたね」
「…………」
取り成そうとしていたリカルド王もついに黙ってしまった。
さすがに文句を言い過ぎたかと反省したが、彼は為政者とは思えないほど深い同情の目を俺に向けていた。
「余も政略結婚であったが、そこまでひどい連中しか居なかったわけではない。イェーガー将軍くらいの年で女性に希望が持てなくなるとは……」
「い、いや。さすがにそこまで重症ではありませんから。俺は健康ですよ」
女性不信からのモーホーやED疑惑は勘弁である。
「まあ俺の武力が目当てくらいなら、まだマシですけどね。そのために危険人物扱いされている俺に近寄ろうってんなら気概がある。しかし俺をコケ脅しのために利用しようってのは腹に据えかねますよ」
「……若すぎる聖騎士というのも苦労するのですね」
いや、ヘッケラーはたとえ俺と同じくらいの年で聖騎士になっていても、女性に関して苦労はしなかっただろう。
何せイケメンだ。
肩書など関係ないときから選り取り見取りで、そのままゴールインだろうさ、畜生……。
「ま、まあ雷光の、気を落とすな。まだ12歳ではないか。いずれきっと良き伴侶との出会いがある」
「だといいんですけどね……」
ニールセンに慰められてしまった。
そういえば彼も既婚者だったな。
勝ち組か……。
「そ、そうだ、皆さん。例の賭けは不発に終わりましたが、何を賭けるつもりだったので? クラウス君対他の全員の構図でしたが、何か要求は考えていたのですか?」
ヘッケラーが無理矢理に話題を変えたが、まあいい。
あのときは詳細を詰めようとしていたところで試合が開始された。
何も決めていなかったな。
強いて言うなら……。
「俺はマイスナー大尉への報酬の肩代わりくらいですかね」
彼には武芸大会の件が済んだら、ミゲールの店のブランデーケーキを進呈する約束だった。
まずは十本。
それから今後一年に渡ってツケをこちらに回してもらうことで、今回のフィリップの護衛を引き受けてもらった。
一本で白銅貨2枚はする高級品なので、十本で銀貨2枚。
一年間、遠慮なく食いまくられても金貨数枚の話だ。
ヘッケラーたちが負担するのなら一人あたり銀貨で済む額である。
マイスナーにとっては危険な作戦の報酬の割に安いが、まあ結果としてリカルド王の覚えもめでたくなったはずなので我慢してもらおう。
「あたしは今度ミゲールさんの店のスイーツを奢ってもらうか、魔術師と相性の悪い魔物の素材でも頼むか迷っていたわ」
「わたくしは実家の宣伝の手伝いでもしてもらおうかと。特に妹の魔剣の売り上げを伸ばしたいですわね」
「ワタクシは実家とランドルフ商会の連携を取り持っていただこうと思っていたのです」
フィリップの婚約者三人は予想以上に現実的でした。
「どうせいずれ協力させられる気がするのは何故だろうな……?」
「ははは、実は私も君には仕事を頼もうと思っていたのですよ。式典の出席の代役をね」
「うむ、某はさる王家の血を引く令嬢の警護を代わってもらおうかと」
危ねぇ!
ヘッケラーといいニールセンといい……。
この親父どもはロクなことをしねぇ。
「当ててみましょうか。式典は退屈で好奇の視線に晒され、愛想笑いと挑発に耐えることが任務。令嬢ってのは我が儘で癇癪持ちで襲撃犯より厄介なドラ娘」
「大正解です」
「あまり悪く言うわけにはいかぬが、否定はできん」
まったく、とんでも無いことを考える連中だな。
つくづく負けなくてよかったと思う。
「ちなみに陛下は?」
ヘッケラーの問いにリカルド王は悪戯っぽく笑みを浮かべて答えた。
「うむ、イェーガー将軍に、もう一つ遠征を頼もうかと思っていた」
「遠征ですか?」
もしリカルド王の勅命ならば、どちらにしろ指示されるのではないか。
「うむ、トラヴィスの領地の北でも南でもいいから、ちょっくら開拓を……」
「それ、どう考えても遠征では終わらないですよね? 数年、下手したら数十年規模の計画ですよ」
「普通ならな。なに、イェーガー将軍はベヒーモスのときみたいに魔物の首を刈って要塞を築いてくれればいいのだ」
「どう考えても割に合いませんよ! こんな賭けのチップで」
「雷光の、賭け事に負け惜しみは……」
「いや、俺負けてねぇし」
ヤバい、この王に比べればヘッケラーやニールセンなど可愛いものだ。
危うく泥と血に塗れた地獄へ叩き込まれるところだった。
「実は、イェーガー将軍が勝ったときのパターンも考えてある。見事な見識を称えてそなたに領地を……」
「要らない! 要りませんから」
聖騎士拝命のときに爵位を断ったのが無意味になってしまう。
爵位を貰ったら漏れなく領地まで付いてくることは読めていた。
しかし環境が良く大地の恵みで領民は気楽に、領主は何もしなくても税収でウハウハ、などという土地はとっくの昔に貴族たちへ分配されているのだ。
俺に寄越されるのは間違いなくフロンティアだ。
それも下手をしたらトラヴィス領より過酷な地域である。
小規模な城壁なら俺の土魔術でどうにかなるうえに、少々強力な魔物が多くても俺が居れば掃討して占拠を始められることも計算済みだろう。
質が悪い。
「残念だ。三人目の辺境伯になれる可能性もあるというのに」
メリットが無い。
過酷な砂漠地帯を治めるトラヴィスがあれだけ苦労しているのに、俺には同等以上のヤバい地域を一から開拓して治めろと?
冗談じゃない。
夕食会もリカルド王の音頭でお開きになり、俺はフィリップたちと共に一緒に王城を後にしようとした。
ヘッケラーも帰宅するそうで一緒に出るようだ。
警備隊の二人とシルヴェストルも一緒だ。
「はぁ、緊張したぜ」
「まったくだの! 儂もまさかこの年で王城に招かれるとは夢にも思ってなかったぞ!」
「私は一度デ・ラ・セルナ校長のお供で応接室に行ったことはありますが、あのような王族のプライベートスペースに招かれた経験は……」
なるほど、確かにこの三人にとっては縁の無い場所だろうな。
皆、緊張して全然喋らなかったから存在を忘れかけていた。
「それだけ皆さんの働きを評価しているということですよ」
ヘッケラーが補足したが、バイルシュミットとシルヴェストルは浮かない顔だ。
「儂は大した活躍は……」
「ええ、私もオルグレン君やイェーガー君ほど貢献したわけではありませんよ」
「陛下が高く評価し、期待しているのです。過ぎた謙遜はお止めなさい。まあ、気負う必要はありませんよ。陛下の目に留まるということは、自然と功績も付いてくるはずです。あの方に見出された人間は、皆そうして立身出世していきました」
何故だろう?
俺も評価は低くないはずだが、厄介ごとが出世に比例する以上に多い気がする。
まあ、『黒閻』と敵対したときから、多少の面倒は避けられないと割り切っている。
今から、ナーバスになっていても仕方ないな。
「イェーガー君、陛下との会談は終わったアルね」
俺は声を掛けられて振り向いた。
気配でわかってはいたが、この胡散臭い某四千年の国の商人っぽい喋り方は彼に間違いない。
魔法学校の魔法薬と錬金術の担当教諭にして、王国随一の錬金術師ラファイエットだ。
彼の要件といえば……。
「ラファイエット先生、もしかして……」
彼は俺の期待に大きく頷いた。
「そう、君の装備が出来たアルね」